第六話(8)
昨夜はビュッフェスタイルの食事を選択したが、今夜は和食のコースを提供するレストラン。上品な小鉢が並び、鍋物やら焼き物やら、少しずつ次々と料理が出てくる。
実はネットでホテルの宿泊料金やらを調べたんだが、うーん、家族をこんな旅行に連れていけるって、父さんすごいな。
綺麗に和風の装いを演出したレストランは、ひと時自分がどこにいるかも忘れる空気を作り出し、ただただ夕食を堪能。父さんとゆっくり話せるのも久しぶりだった。
その後、部屋に戻ってみんなで大浴場に行こうという話になった。このホテルにいれば自然の流れだ。温泉が、このホテルのメインのウリだからな。
だが当然、莉緒の容姿でそれは難しい。だからなのだ。だから親父は温泉家族風呂付のゴージャスな部屋を取ったのだ。
莉緒もそれを理解していて、不安な様子は全くない。
なるほどさすがだ。母さんもすごいけど、父さんって、すごい父親像を見せつけてくるな。
じゃあ、俺もできることをしよう。
「俺も、莉緒と男同士で家族風呂を使うよ。中一まで一緒に入ってたしな、久しぶりに背中でも流してやるよ」
莉緒の背中をたたくと「う、うん」と、何とも言えない答え。
やっぱり、莉緒一人を部屋に残して温泉に出掛けるのは、ちょっと寂しい気がした。大浴場に行くなら、俺は後でもいいし、莉緒と風呂に入れば別にいかなくてもいい。
一瞬、父さんと母さんが顔を見合わせる。りこは、聞いてないふりをしたのか、風呂の用意を済ませて先に部屋を出ていった。
両親は、目で会話をして解決したのか、父さんがなんてことないように言った。
「じゃあ、こっちはゆっくりしてくる。春詩、莉緒を頼むぞ」
父さんの手が、俺の肩にしっかりと重みを込めてのせられた。
「いってらっしゃい」
莉緒と二人でみんなを見送る。オートロックのドアが、ガチャっという音とともに締まると、急に部屋が静かになった。
なんだか悪いことを始めるような、そんな気になる。だって、莉緒が何も言ってくれないのだ。ひょっとして、俺は空気を読み間違えたのか?
つやつやの板張りの通路。和室には、静かにしていると立ち込めてくる井草の香り。寝室はベッドサイドの暖色系の明かりが消されずに残してあって、なんぴとの影もそれを揺らすことはない。
「あー、りお、さっきは男同士で、とか言ったけど、嫌なら先に温泉使っていいからな」
「に、兄さん先入ってよ……ね?」
海から上がってホテルを散策した莉緒の姿は、ラフなパンツルックに、Tシャツ。いつもなら、そこにもう一枚羽織るはずが、いつもと違って旅先の安心感からか、女性らしい丸みを帯びた体を隠すことなく出歩いていた。
肩の細さとか、首元の繊細さとか、普段目にしない姿が、俺の網膜にまざまざと見せつけられていた。
思えば、ナンパ男に声を掛けられていた莉緒を、俺は途中までどこかの知らない女の子がナンパされているのだと、勘違いしていなかったか? それが莉緒とそう気づくには、若干のタイムラグがあった。もう、弟だって、見た目では思えなくなってしまった……のか?
さっき叩いた背中の感触も、小さくて、脆くて壊れそうな筋肉だった。
(一緒に風呂とか、俺は何をトチ狂ったことを言ってしまったんだろう)
その後悔は、発言から三分もたっていない。
「ね、温泉、先入って?」
莉緒が俺の背中を押す。フリーズしていた俺は正気に返った。
「わ、わかったよ」
そう言い返す今も、背中を押す莉緒の手の感触があたたかく、そして小さくて可愛らしいという事に、どきどきしていた。要するに、全身が莉緒を、女の子だって勘違いし始めたのだった。
(俺、無神経だったな……)
ざばっ、と家族風呂の湯をかぶる。
兄弟だからって、莉緒の気持ちに踏み込み過ぎるのも、良くない……か。
俺はこれまで、莉緒の気持ちが暗くならないように、ことあるごとに問題が大したことではない風に、言葉も行動も示してきた。だから、りこのブラジャーと自分のブラジャー、見分けつくのかー、とか、デリカシーのないような物言いもしてきたけど。
そろそろ、その方針を改める頃合いなのかもしれない。
少し遠くでは、浜で花火を楽しんでいる人たちの声。市販の小さな打ち上げ花火が、パン、とたまに小さく響いた。なんとなく夏っぽいよな。こういうの。
それ以外は、ちょろちょろと、源泉からの湯がそそぐ音が響く。風にかき消されてしまうけど、ときおり硫黄の香りが鼻腔に吸い込まれて、温泉気分を高めた。
それにしてもすごい温泉だ。家族風呂っていったって、この広さで経営している温泉があってもおかしくない。屋根の下に洗い場があり、岩を固めて風呂場にした部分は、半露天……半分は屋根の下、半分は空の下に出ていて、屋外とは竹の囲いで遮蔽されている。
洗い場で体を洗うと、岩風呂に身体を沈めた。
「しみる……」 思わず口に出る……。
その時、ガラガラ、と、脱衣所の引き戸が開く音がした。
振り返った俺は、網膜にその情景を焼き付けてしまった。




