第六話(6)
観客席から、初戦や二回戦にはない歓声が上がる。勝ちあがると、やはりどの学校も盛り上がってくるんだな。向こうの学校の保護者らしき団体は、だいぶ数をそろえて、しかも団結している。
緑生学園女子バレーボール部の保護者達は、それぞれに我が子の応援に来ていて、まとまりはない。まあ、俺たちもこのスタンスの方が、気が楽なんだけど。
でも俺たちは一生懸命応援したよ。この夏でりこの中学バレーは終わりだしな。
りこは、前の二試合と同じように、一生懸命跳んで、転がって。
それはとみちゃんやほかのチームメイトも同じだった。みんながんばってた。大きなミスもなかった。でも……。
セットカウントは一対〇。二セット目も押され気味で、このセットを落とすと敗退が決まる。
タイムアウトで、りこが観客席を仰ぎ見た。観客席の一番前にかぶりついていた俺たちに、りこは気づいていたはずだ。目が合った、と思う。りこは笑っていた。
タイムアウトから試合再開。流れは、変わらなかった。
拮抗した実力が、やや及ばなかった。それだけ。
結果としてはセットカウント二対〇、ストレート負け。内容は、どちらのセットもデュースまでもつれ込んだ接戦だった。慰められるとしたら、それくらい良い試合だったってところだろうか。
「負けちゃったわね……」
母さんが、ちょっと涙ぐんでいた。りこの頑張りと悔しさを、もしかしたら一番よく知っているのが母さんだ。
(終わったな……)
自分の試合でもないのに、脱力感を感じて、天井を見上げた。昼か夜かもわからなくなる、体育館の独特の照明が目にちらついた。
ぎらつく太陽に、目眩がした。
八月、俺たちは海にいた。
白い砂浜は灼けていて、やけどしそうだ。日差しの強さは、Tシャツごしでもじりじりと肌に痛い。潮の香りが風に乗って押し寄せる。白く砕ける波が音を立てて、俺たちのテンションを上げた。だって、いかにも夏休みじゃないか。
海に飛び込みたいのをぐっとこらえて後ろを振り返る。
「ようし、ふたりとも、ちゃんと準備運動しろよ?」
俺の指示に、こくんと素直に従う弟妹ふたり。
軽く準備運動。それぞれ「ちゃんとする」の加減に性格が出る。
「それじゃ、お先にっ」
もっとも雑なのは俺だ。
「あ! はる兄ずるい!」
りこが元気に追いかけてくるが、あの波に真っ先に飛び込むのは俺だ!
「あちっ、あちちちちち!」
灼けた砂は、裸足に容赦のない温度だ。だが問題ない、あの波に濡れた場所まで走ってしまえば!
「ひゃっほう」
一番乗りでじゃぶじゃぶと波に足を突っ込んでいく。
「やったぁ!」
俺に出し抜かれたことより、波に戯れる欲求が勝ったりこが、次いで飛び込んできた。
だが、出し抜かれたことも忘れていない。さっそく波を掬って俺の顔面に水をぶっかけてきた。
「うへっ、しょっぱ!」
そこへ、ゆっくりだが駆けて来る莉緒。さすが、ビーチサンダルを波打ち際まで履いてきて、それどころか俺とりこの分も手にしているではないか。優しいなあ。
りこはセパレートタイプで、ちょっとフリフリした水着。肌色面積が広めだが、りこが着ると健康的、って感じだ。
莉緒のほうは、今回遠方での旅行先という最大のメリットを活かしている。
ビキニタイプの上半身と、下はビーチデニムという、まあいわゆる半ズボン的な形状で、いろいろ誤魔化している。
やむを得ず女性ものの水着を着ても、誰も見とがめない。というか、美人女子高生にしか見えないだろう。別の意味で少し注目を集め気味ではあるものの、莉緒も思い切り楽しめそうだ。
だって、せっかくの家族旅行なのに、みんなで気兼ねなく泳ぎたいじゃないか。
そう。俺たちはかねてから計画していた、高知への家族旅行にやってきたのだった。
まずは午前中を遊び倒した。水の掛け合いに満足した後、レンタルのバナナボートに乗ったり、浮き輪で波乗りしたり。
シュノーケリングは、莉緒がうまかった。たまに潜って貝をとったりしてみせた。潜るだけだったら、りこもイルカ並みだったけど。
莉緒はシュノーケリングが気に入ったみたいだ。海の中で漂っていると、なんだか安らぐらしい。たまに潜っては、波に任せて浮き上がるのを繰り返す。
波に身を任せて、あっちへいったり、こっちへいったり。
なんだかゆらゆらと水中をゆれる莉緒が、熱帯魚みたいな魚たちより、よほどきれいだった。
昼どきになってようやく休憩。
海の家での昼食は、母さんに持たされた小遣いで、海の家を堪能。
莉緒が休憩スペースで休んでいるというので、俺とりこは腹ごなしに海辺を散歩した。
岩場のくぼみに溜まった海水を、りこが水鏡のように眺めていた。
「カニとかいるのか?」
「ん……」
そう言いながら、俺も、そこに映ったりこの顔を見つめてみた。
あの、県大会の試合の日。負けた女子バレー部は、部員全員バスに乗って学校に戻り、片付けをして解散。俺たちは真白を家に送ってから、りこを迎えに中学校に寄った。チームのみんなが、泣いて悔しがり、三年生の部活の終わりを惜しんだのだろう。りこの目も赤かった。
帰ったら、りこを風呂に入れて、夕食の準備ができるまで休ませる。夜は仕出しの寿司が注文してあったらしく、りこが眠りこける前に夕食の準備が整った。
母さんに頼まれて、子供部屋にりこを呼びに上がる。
「漫画の主人公みたいには、成れなかったな~」
独り言か? 障子の向こうでそんな声がした。
俺が部屋に入ると、りこは手のひらで明かりを遮るようにして眠っていた。いや、眠った振りだった。開いた眼には、涙が浮かんで、それがこぼれた。
夕暮れというには、まだ少し高い。夏の西の空から、日が差す時間。
「おつかれ、りこ。めしだぞ。寿司だぞ」
りこが鼻をすする。
「がんばったな」
「がんば……たもん」
ひっく、と声が震えた。
俺は頭を撫でてやった。
「も少しだけ休んだら、降りて来てな。みんなでご飯食べよう」
「うん」
水鏡に映るりこの顔は、試合で負けたことでも思い出しているかのように、物さみしい瞳でみなもを見つめていた。
ざざーっ、と、少し高めの波が打ち寄せて、水鏡を打ち消した。
「寿司……うまかったな」
しまった、つい海から連想してしまった。
「えー、すしネタはこんなちっちゃいとこにはいないよ?」
「ほら、ホテルの夕食のバイキングにあったろ? うまかったなあと思って」
まさか、りこが負けた日の思い出に、寿司を思い出したとは言えない。
「ほら、いくぞ」
手を差し出して、りこを立たせる。そして歩き出したのだが、なぜかりこは、その手をそのまま握ったままだった。手を握ったまま、腕が触れあうくらい、りこは引っ付いた。
そうだな、ちょっぴり甘えさせても、いいのかな。




