第六話(5)
わあっ、と歓声が上がった。コートに出てくる両チーム。それに声をかける保護者応援団。
「りこ! がんばれ!」 「りこ、がんばって!」 「り、りこさん、がんばって!」
と、これは俺、莉緒、真白の順。
落ち着いてみんなのお茶を注いでいる母さんが聞いた。
「今度の相手は強いの?」
俺たちは顔を見合わせる。
「そういえば、僕たち何の事前情報もないね」
「まあ待て。わが家の特派員が前になんか言ってた」
俺はスマホを開く。
”お兄さん、お弁当を届けるのはいいですけど、真白さんとデートっぽいのは減点です!“
う。これはさっき着信したやつだ……。もっと以前にきたメッセージによると…。
「“一回戦は、順当にいけばうちが優位。それに勝って二回戦は、初戦の勢いがいい勝ち方だったら波に乗れる。三回戦は、どこと当たっても互角に戦える力がついてるはず。りこの調子もいいです。応援お願いします”。だってさ」
「さすが、わが家の特派員さん」
かゆい所に手が届くね、と莉緒が変な褒め方をしていたが、とにかく二回戦も希望が持てそう。
そんな試合前の予想は現実に変わった。
今日のりこは、すごい。チームのみんなも、プレーが的確に決まってて他を寄せ付けない感じだ。
いや、出来過ぎなんじゃないのか、これは?
スコアをみれば、セットカウントでストレート勝ち。勝利の余韻もそこそこにコートを出る選手たちを、保護者応援団が大歓声を送っている。
ふう。と一息、休憩のために俺は席を立った。そういえば、だ。
この時間、男子の緑生学園バレー部も試合をしているのだ。
初戦に全く気付いていなかったので、誰に詫びるというわけではないが、席を立った俺は彼らの二回戦を観に行った。
中学生とはいえ男子はパワフルだった。スパイクで叩きつけられるボールのスピードが違う。俺のイメージする中学生なんてただの小僧だけど、三年間鍛えた彼らは、高校二年の俺から見ても負けそうな迫力だった。
その中で、勇吾くんの動きは目立った。
勇吾くんは、以前言っていた。りこが応援しなくても頑張るけど、りこが応援してくれたらうれしい。
それはこういう意味だ。モチベーションを他人にゆだねない、ということ。すごいことだし大事なことだと思う。
大澤勇吾という男は、りこに対する失恋を言い訳にはしなかった。
勇吾が大きく跳び、照明で汗が光る。彼のスパイクが、その試合のマッチポイントを決めた。
男子の試合を見たその足で、俺はもう一度りこたちの休憩スペースに足を運んだ。
緑生学園中学のスペースは、少し閑散としていた。男子の応援に行っているのかもしれない。
りこ本人は、ユニフォームからジャージに着替えてリラックス……いや、目はもう真剣モードで、入念にストレッチしていた。
声をかけるのは憚られるな、と思ったら、りこの方から見つけてくれた。
「はる兄」
軽快に立ち上がって駆け寄ってくる。それから、俺の背後をきょろきょろと見まわした。
「りお兄と真白さんは?」
「ん? 今は一人だぞ?」
「ふうん……」
りこは、ちっちゃいグーで、俺の腹をぽすぽすとパンチした。もちろん、ちっとも痛くない。
「こらこら」
俺はりこの頭をぽすぽす撫でてやった。
「調子いいみたいだな。見てたぞ」
「うん」
「ジュース飲むか?」
「うん、甘くてあったかいのがいい」
「あったかいかあ、夏なのに、あるかなあ……」
俺とりこは連れ立って出かけた。カップの自販機が手近にあったので、カフェモカを買ってやる。ベンチの場所取りに待たせておいたりこが、どんな味?と聞いてくる。
カップを渡しながら俺は答えた。
「ん、ココアみたいなもんだ」
一口飲んで、りこが気に入ったみたいなので、俺は自分のコーヒーを買ってベンチに腰掛けた。
淹れたてのコーヒーに息を吹きかけ、ちびちびとすする。
りこもおいしそうに口をつけていた。
なにかりこに言ってやらねば。兄として。そんな風に考えていたけど、うまい言葉が思いつかないまま、時間が来てしまった。
緑生学園のスペースに、みんなが再集合し始めている。そろそろ準備しなければならない時間なのだろう。
りこがベンチを立った。
「りこ。コップ」
「はる兄、ごちそうさま」
空になった紙コップを受け取る。りこの指が、俺の指に触れて、りこは手を止めた。
りこが何を考えているのか、出来るだけわかってやりたい。
それは緊張だったのか、分からないけど、りこは言った。
「はる兄、私、がんばるね」
「おう。思いきりな」
俺らは、ふたりで小さくハイタッチ。りこの背中を見送った。
観客席に戻る途中、トイレに寄ろうとしたところで俺は現場に出くわした。
「やっぱり葉月莉緒くんじゃない。ひさしぶりー!」
「どうしたの? バレー部の応援?」 「すごい可愛くなってる~」 「髪伸びたね」
「その服、かわいいね! どこで買ったの~?」
「ね、化粧品どこの使ってるの? お肌が超きれい!」
莉緒が五、六人の女子に取り囲まれていたのだ。
一見すると、高校で騒がれているのと何ら変わりない風にも見える。
「ねえ葉月くん、同級生がこれだけ集まってるんだし、何か言ってよ」
だが、高校にいるときと違って、莉緒の表情はすぐれないように見える。
まったく、こいつらに見つからないために場所を替えたのに。
「あっ、そうだ、高校は青陵に通ってるんでしょ? 夏休み終わったら、学園祭だよね。私、知り合いと遊びに行く約束してるんだよね。案内してよ。仲よくしよ?」
やめろ、いまの青陵学園は、莉緒が穏やかに暮らしている場所なんだ。聖域だ。そこを犯すんじゃない。
女子たちの無遠慮なかしましさに嫌悪して、俺は口をはさむことに決めた。
「りお、トイレかぁ?」
俺はわざと大きな声で言った。
女子たちの何人かが、俺を見た反応といえば、「げ、兄貴の方だ」 という顔。
(ちょっと、葉月莉緒の兄貴って、中学で乱闘事件したことあるんでしょ?)
(やばくない?)
ひそひそと何か話してるな。大体わかるけど。後輩にはそんな風に伝わってるんだな。
「さっさと便所いって、もどろうぜ?」
俺は莉緒の手を引いて男子トイレに引っ込む。さすがに追ってこれまい。
先に用を足して外に出ると、女子たちは退散していた。
莉緒も個室トイレから出てきた。
「兄さん、ありがとう。でもだいじょうぶだよ。中学だって、三年生の時は普通に通ったんだから」
人に対して、特に中学生時代の相手に対して、莉緒はどうしても身構えてしまう。それは仕方のないことだろう。防御して、体と心を守って、中学三年生の残り一年をやり切った。むしろそのことを褒めてやりたい。莉緒をあのまま同じ学校に通わせたのは、父さんと母さんの英断だった。転校するという選択肢も残した上での判断だったが。
「そうか。頼もしいな」
俺は、思わずりこにするみたいに頭を撫でそうになって、手を止めた。さすがに莉緒にも男子のプライドがあるだろう。
莉緒が、少し物言いたげな顔をした……ようにも見えた。
そろそろ、りこたちの出番だ。




