第六話(4)
午前中の試合がいくつか続いているが、順次昼休憩になる。各チームのスペースでは試合が終わったチームから手早く昼食をとっている光景が見られた。
それにしても、りこのお弁当を運ぶのに対して二人がかりというのはオーバーだよな。
「真白、水筒も俺が持とうか。弁当いっこしか持ってないから、全然一人で平気だし」
「ううん。これくらい手伝わせて」
真白は、大事そうに水筒を抱える。
館内の通路は混み合っていて、少し手狭に感じた。前から、試合を終えたよそのチームが、ぞろぞろと歩いてくる。生徒たちも気を使ってはくれているが、荷物などを運んでいる団体相手だと、二人組の俺たちが端に押しやられた。
俺は弁当、真白は水筒、片方ずつの空いた手が、そのタイミングだけ、ちょっと触れた。
お互い、あまり意識はしていなかったと思う。
俺たちは緑生学園のスペースで、りこに弁当と水筒を渡すと、テンション高めの試合の振り返りを聞かされた。ほどほどのところで、次の用意もありますからと、とみちゃんがりこを引き取る。
その場を後にした直後、ぶぶっ、とスマホが揺れた。
きっと、とみちゃんのお小言だ。無視しておこう。あとで、な?
「時間もあるし、少し散歩してみようか?」
俺の提案に、真白は驚いたようだった。
「意外」
「なんで?」
「春詩くんは、私とデートなんて、まだまだそんな風には考えてないと思ってたわ」
「そうかな……」
確かに俺たちは、まだ一度のお出掛けだってしたことがない。
「春詩くん……手を、つないでみましょう?」
そう言った真白は、クールな生徒会長の真白ではなくて、少し一歩踏み出す勇気を示した女の子だった。
「お、お頼み申す」
「うちの兄さんみたい」
意外だ、あの完璧そうな兄貴が。そういうと、真白は笑った。
「カタブツでね、ああ見えて世間知らずのお坊ちゃんなんだから」
俺は、差し出された真白の手を取って歩く。
「あのな、真白……」
真白は俺の言葉を急がずに待った。
「今日、来てくれてありがとうな」
各スペースで試合に臨もうとする中学生たちを眺めながら、真白は言った。
「今日は、りこちゃんの応援というのもあるけれど……」
真白はゆっくりと隣を歩く俺を見た。
「春詩くんも応援したいの」
「俺は、別に試合なんてないぞ?」
「春詩くんが、頑張っているのを、私は知っているから」
真白はまじめな顔を微笑みで崩した。
「さ、いきましょう?」
真白に手を引かれて、俺は歩き出した。
体育館のコート部分のエリアを、ぐるりと囲うようにホール、ロビー、通路があり、さらに別の施設へ館内の通路が結ばれている。体育館の区画を総じて、俺たちは県立体育館と呼んでいたが、全体を合わせるとかなりの施設といえる。昨今の猛暑になる前の設計で、空調の性能が追い付いていないのだけが難点だ。
通路には別の施設の催しの告知ポスターなどが貼られていたり、巨大なサイネージ広告が表示されていた。
美術やクラシックのコンサート。ピアノの発表会などなど。
俺たちは興味のある催しを互いに話した。真白がピアノを弾ける、と語ったのは、なんとなくイメージ通り。もしくはバイオリンあたりを想像してた。
中学までは、発表会にも出ていたのだそうだ。発表会のドレスは、他にどこにも着ていく当てがない、なんて話を聞いた。きっと真白の話題の持ちネタだろうな。
体育館エリアをぐるりと一周する形で俺たちは歩いた。
「ちょっと、やっぱりさっきの葉月莉緒じゃない?」
「あー、中学のときの、アレねー」
「ええ? さっきの女の子じゃないの?」 「葉月莉緒って男でしょ?」
「そ。みえないけどね」 「さすがにあそこまで”女子“じゃなかったと思うー」
「ね、後で声かけてみようよ」 「あんた、緑生学園出身じゃないでしょ?」
「みんなの話聞いてたら興味わいたっていうかー」
すれ違う女の子のグループの会話が耳に入った。大きな声で、いやがおうにも耳に入る。
「春詩くん……」
真白が小声で訴えてくる。
「たぶん、りおの同級生だ」
卒業生が見に来ていてもおかしくはなかった。だがバレー部のOGではないはずだ。バレー部がらみの卒業生は、保護者の一団が多く固まる席の近くに陣取っていた。
商業施設もこの施設に連結しているから、遊びがてら体育館エリアに見にきたという事も考えられる。だが、そんな経緯はどうでもよかった。
どうしようもなく心がざわつく。
「真白、急いで戻ろう」
「ええ」
元の場所に戻ると、母さんが待っていたが、莉緒の姿がなかった。
「母さん、莉緒は?」
おトイレよ、と母さんは落ち着いて答えるが、俺が何か言いだしそうなのは察したみたいだ。
「春詩くん」
声が怒っているわ、と真白が首を振る。
ふう、と気を落ち着ける。
「空調の風当たりが良くて、もっと見えやすい所見つけたんだ。そっちに移動しよう」
はいはい、と何も言わずに母さんが荷物をまとめ始める。
「なにごと?」
莉緒が戻ってきて、拠点の引っ越しに目を丸める。
「莉緒くん、春詩くんがもっといい場所見つけたから、場所を移ろうって。ね?」
真白が説明したところで、俺は思い当たった。この言い訳にふさわしい、“もっといい場所”を探さなければならないことに。
「その前に、私もお手洗いに行ってくるわ。ちょっと待っててもらえるかしら」
「あ、うん」
ほどなく、真白からメッセージが来る。 ”適当な場所を見繕ってきます“
俺には過ぎた彼女だよ、まったく。俺はノープランな自分を恥じた。
それから、俺たちは真白の押さえておいた場所に荷物を移動して腰を落ち着けた。
次の試合のコートが目の前で、空調の効きもいい。瓢箪から駒、嘘から出たまこと。
その場所で、俺たちは母の力作を堪能し、お茶をすすって、ひと心地ついている。
「おなかがいっぱいになると……」
「はいはい、寝るんでしょ」
母さんが、手提げバッグを枕がわりにしてくれた。
空いている席に身体を丸めて、おさまった腹の虫とともにウトウト居眠り。
ただ、それはほんのわずかな時間だったと思う。
ふと、さっきつないだ真白の手のことを思い出して、びくっと目を覚ました。
莉緒が、なんとなく察してこちらを見たが、すぐに目を閉じて、いびきをかいて誤魔化した。
(やばい、俺女の子と手をつないじゃったんだよな……いや、真白と手を繋いだのは初めてじゃないけど……)
どうせこの程度の恋愛スペックだよ、俺は。莉緒の同窓生の女子グループのせいで、すっかりそのことが頭から吹っ飛んでいたのだ。
「真白さん、ごめんなさいね。何があったかわからないけど、この子、突然突っ走りはじめるでしょう?」
と、母さんと真白の声が耳に入った。
「小さい頃は、なにかうまくいかないと、すぐ癇癪をおこしたもんだわ。で、諦められなくて日が暮れるまでやめなかったり。でも今は、春詩が癇癪おこすのは、たいていは莉緒やりこのため」
「はい。学校でもそうですよ。おばさま」
昼休憩が終わったらしく、体育館の床をボールが跳ねる音、シューズが床をグリップする音が響く。選手たちの掛け声が、次第に昼の競技への高まりの予兆のようなものを感じさせる。
「そうなの。お騒がせしてなきゃいいけど……中学のときも、この子ね……」
母さんは、懐かしむように言葉を漏らしたが、その先は口にしなかった。
横になって目を閉じる、俺の肩を撫でてくれる感触があった。たぶん、その手は莉緒だった。俺はそれが心地よくて、寝たふりがいつの間にか、ふりでなくなっていた。




