第六話(3)
県立体育館には、県内の中学バレー部が勢ぞろいしていた。開会式はとっくに終わっている。大会日程を全部追い掛けるとしんどいから、そこはパスした。
りこたちの試合まであと二時間を切っていた。
観客席は、テレビ中継されるような大会にも耐えうる席数がある。学校の体育館の観覧席とはえらい違いだ。その席の一部に陣取ってから、俺たちは陣中見舞いに行くことにした。
館内の通路や建物の日陰に、昔ながらの行事用のテントが立てられ、各校のスペースとして割り当てられている。
保護者や応援、高校推薦のスカウトとかもいるのだろうか? テントの並ぶエリアを練り歩く人は多い。
「はる兄! りお兄 ! お母さん!」
りこが、わが母校に割り当てられたテントから元気に飛び出してくる。みんな本番のユニフォーム姿で、とっても凛々しい。
と、スマホが鳴った。
”お兄さん、りこはすっかり元気ですよ“
テントの隅から、とみちゃんが笑っている。俺も苦笑して返した。
「と、真白さんも応援に?」
「ええ。私は卒業生じゃないけれど、りこさんが頑張ってるって聞いたから」
「ありがとうございます、がんばります!」
「ホレ、陣チュー見舞まいだ」
俺はキンキンに凍らせたジュースをりこに手渡した。二十本ばかり袋に入っている。
「数が足りないかもだから、レギュラー優先な」
「ありがとう~!」
多少小遣いを使っても、この笑顔があるなら高くはないな。
「りこ、ユニフォーム、かっこいいぞ」
りこの顔が、ぱっと花開くように笑顔になった。
あまり長居しても他の子たちの迷惑になるから、さっさと退散。
パーソナルスペースと化した観客席に戻って腰を落ち着けると、俺たちも水分補給。
ちなみに、全館空調で県立体育館は冷房が効いている。さすがにこれだけの選手の数と広さで、効きが悪い気がするが、屋外よりはましだ。涼しいところにいて一息つくと……。
「うん、なんか腹減ったな」
「ええー」
さしもの莉緒もあきれ顔だ。にひひ。
しようのない子ねえ、なんて母さんがお茶菓子を出してくれる。お昼までそれでガマンなさい、といわれた。
と、そこへ男子の組み合わせが進行しているコートで、歓声が上がった。
あれ? スケジュールをノーチェックだったけど、そちらは緑生学園の男子バレー部の試合だったみたいだ。りこたちと同じデザインのユニフォームを身にまとった選手たちが、コートから引き揚げていく。
歓声は勝負がついた瞬間のものだった。すまない勇吾くん。勝っててよかった。
俺は遠目にスコアを確認してほっとしたのだった。
ぶぶ。スマホが俺を呼ぶ。
“お兄さん、ユニフォーム褒めたのは、得点高いです。りこ、ご機嫌です”
とみちゃんも、いつもの調子だ。
ぶぶ。
“でも、真白さんがいるのはちょっとビミョーです。真白さんのこと、私も好きですけど”
とみちゃん、イイから集中……。
“いいから集中しろ” 思ったことをそのまま返信してやった。
いよいよ、りこたちの試合だ。
緑生学園中学校はノーシード。相手校も同様の初戦同士。
外気温が上がり始めたのか、体育館の空調がやや負け気味。
観客席で手持ちの扇風機で風を当てたり、古風な人だと扇子を取り出す人も出始めた。
そんな熱気の中、サーブ権を最初に持ったのは緑生学園。
最初のサーブを打つのは……りこだ。
俺はいきなりクライマックスみたいな気分になったが、いや落ち着け俺。試合は始まるところ……いや、落ち着くのはりこだ。がんばれ。
(声を出して応援するか……いや、集中してるみたいだし……)
俺のそんな逡巡をよそに、りこはボールを宙に投じる。
一瞬、場内がざわっとする。
りこはボールを高く上げるとリズミカルに跳んだ。ジャンプサーブだ!
ボールは勢いよく相手コートに落ちる。狙いも良かった!
「りこ、すごい!」
莉緒が思わず元気な声を出す。母さんも、きゃあ、と真白の手を握ってはしゃいだ。
女子中学で、しかもりこの身長ではかなりの冒険だ。場内が一瞬ざわめいたのも頷ける。
我が家はもうこれだけで大騒ぎだ。まだ1点目なんだけど。
「りこナイス!」 「つぎいこー!」
りこの性格は、チームのムードメーカーだから、最初の勢いという意味で、監督が攻めの姿勢をとったのだろう。たぶん。現に、チームは初戦での固さを感じるより先に、一気に『やれる』ムードになってしまっていた。
りこは二本目もジャンプサーブで勝負に出て、これは相手のレシーブに拾われたが、こちらにボールが来たところで、少し髪の長い子がスパイクを決めて追加点。綺麗に二点目だ。
観客席のそこかしこで、声援が上がる。緑生学園、保護者応援団が多いみたいだ。別のコートの試合も、時折歓声が上がるが、盛り上がり方が違う。
りこは三本目もジャンプサーブで勝負。性格だなぁ。これは打ち損じて大きくアウト。皆からどんまいのタッチを受けながら、りこは苦笑いして応じていた。
試合開始で得点先行のムードを作り出した緑生学園は、危なげなく一回戦を突破した。
うん……これは……すごいかも。
「さてと、この後りこたち昼食だよな?」
「うん、そういってたよ」
莉緒がうなずく。試合のスケジュールも莉緒は確認してくれて間違いなし。
「じゃあ、弁当届けてくるよ」
「私も行くわ」
真白がお茶のポットをしっかりと握っていた。
「真白、それはこっちで俺たちが飲む分だから」
真白の顔が恥ずかしくて死にそうといっている。生徒会長をしているときは、ものすごくきりっとしているのに、こんなときは普通の女の子だ。
「真白ちゃん、こっちの小さい水筒を持っていってあげて。おなかを壊すといけないから、あったかいお茶」
「はい、おばさま」
母さんはすでにお母さまと呼んでほしそうに、にこにこしている。途中で手綱を引いたほうが良さそうだ。
俺は弁当箱の入った巾着を手に、真白とふたり、先ほどの緑生学園のスペースに向かった。




