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第五話(4)

 二日後。夏休みに入った校舎に俺はいた。帰宅部にあるまじき行為だ。

 指定された時間に職員室の五味渕(ごみぶち)を訪ねる。時計は午前9時を指していた。

 俺以外には一昨日の顔ぶれは居なかった。

 夏休みに悪いな、と、五味渕は言った。いえ、と俺も応じる。

 先生が椅子を勧めてくれたので腰かけた。

 まず、丸尾のことだが。と彼は話し始めた。

 丸尾は野球部に退部届を出して、事に及んだらしい。

「すごいですね……」

 莉緒の画像を削除させるために、そこまで。俺はその一言に敬意を込めた。

 退部届は本人のために受理しない方向だという。

 ただし自宅謹慎三週間。殴られたほうの井出についても同様だという。

 井出は、丸尾くんの心理を突いて、いわば共犯の心理に追い込み、丸尾くんを黙らせようと幼稚な策を弄したわけで、学校は喧嘩両成敗と結論づけたのだそうだ。

「とまあ、校内の処理はそれで異論がないだろうと思う。いや、たぶん葉月には興味がないことだろう」

 顔に出ていたのだろうか。ぺち、と自分の頬に手をやる。俺は正直に驚いた。

「先生もな、それなりの年月、教師をやってるんだよ」

 まあ、諸先輩の先生方からすれば、まだひよっこではあるが、と五味渕は自嘲した。

「学校もな。ちゃんと弟さんのことを、病気のことも含めて把握してる」

 意外な話題の方向性に、俺は聞き入った。

「葉月のお父さんと弁護士さんが、葉月……弟さんではなく、おまえの方が入学するときから、事前に、かつ段階的に学校と情報共有をして下さっててな。今年、弟さんの方が入学するときにも、弁護士の先生と一緒にお見えになっている」

 そうだったのか……。

 父さんは、かつて莉緒の修学旅行の事件で出回ってしまった画像について、徹底的な対処をしていた。当時からの弁護士は、俺もちょっとだけ会ったことがあるけど、今もやり取りが続いているのは、電話でも聞いた通りだ。

 俺と莉緒、ゆくゆくは、りこを守るために、ここまでしてくれていたのだ。

 だからだ。保健の先生も体育祭のとき、莉緒の透けて見えたはずの下着、スポーツブラをつけた男子生徒の姿を見ても、何も言わなかった。男子と女子は体操服の色が違うから、男女を間違えるはずもない。いや、まてよ? あの先生どこかで見た気がする。

「教員の人数も多いので、プライバシーの保護の観点から、全部知っている人間は校長、教頭、学年主任、それから葉月の担任の俺と、弟さんの担任。外部委託の保健医。それくらいだったかな。他の教員は、デリケートな生徒がいるとだけ伝達してある」

 ここまではいいか? と、五味渕は区切った。

「それでな。葉月が心配しているのは、井出が持っていた画像のデータのことだろう」

 五味渕は書類を取り出しながら続けた。

「まず、井出には一昨日、その場で削除させた。そのうえで、井出本人と保護者あてに、弁護士の先生から文書を出してもらっている。もちろん、葉月のお父さんの依頼があってのことだ」

 文書とは、画像の不適切な扱いに関する警告を示したもので、五味渕は手元に取り出した同じ書面を俺に見せてくれた。

「学校と、大人ができるのはこのくらいだ。もちろん、この後も観察はしていく」

「はい……ありがとうございます。五味渕先生」

 俺は頭を下げた。心から。

 中学のときから、俺は内心では、教師の名前に先生とつけて呼ぶことをしていなかった。あくまで、心の中での話だ。

 でも結局、俺は大人に頼りきりだった。

 父さんにも頼りきりだった。

 水際で莉緒を守れたのだから、それでいいじゃないか。自分の無力さは感じるけれど、たぶん、それでいいのだ。


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