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第五話 悪意 II (1)

 事件は、夏休みを控えた終業式の日に起きた。

 その日は、りこは合宿でいないし、莉緒は吹奏楽部の朝練で先に出ているから、久しぶりに家を一人で出た朝だった。

 朝のホームルームのあと竹内のお喋りに付き合いながら体育館に移動し、長い校長の話に覚悟したが、暑さのせいか例年より手短に感じる。

 再び教室に戻ってLHR(ロングホームルーム)

 授業がないので教科書の入っていない軽い鞄に、受け取った気の重くなるプリントやらなんやら(主に成績関係)を受け取って詰め込む時間だ。

 まあ、夏休みを迎える儀式みたいなものだ。

 そのあとの担任の五味渕が喋る夏休みの諸注意も、俺含めクラスのみんなにとっては、今から始まる夏休みをわくわくさせる要因に過ぎなかった。

 やれやれ話が頭に入ってないなと、あきらめムードで五味渕は締めくくった。

「じゃあ、休み中はくれぐれも気をつけろよ。終わりっ」

 わぁっ、とみんなが席を立つ。礼を済ませて部活に向かうのもの、遊びに行くもの、教室を足早に出るもの、教室に残って遊びの相談をするもの、にぎやかに散っていく。

 俺も竹内にカラオケに誘われて、どうしようかな、と思案していた。歌なんてよくわからないが、まあたまにはいいだろう、くらいに思っていた。メンツはだれだとか、俺も行っていい?  なんて声がかかる。竹内は俺なんかとは比べようもなく顔が広い。

 そんな風に、時間が少したって、吹奏楽部の音出しが始まったころ合いだった。

 莉緒も部活に行ってるんだろうな。そんなことを脳裏に考えていた。

 桐原理々香から、メッセージが着信した。




 “葉月先輩、画像のことで、至急生徒指導室の前に来てください”

 装飾もない、事実だけを伝える文章が、理々香らしい。

『画像』という二文字が、酷く俺の頭を冷淡にさせた。

「悪い、竹内。用ができた」

 その時の俺の顔は、ずいぶん悪党面だったらしい。

 のそのそと教室から出た俺は、廊下に出ると全力で走った。

 生徒指導室の前に理々香はいた。隣には杉山柚羽がいて、何事か会話していたが、俺の顔を見た途端、余計な会話はなくなった。

 理々香が俺に説明する。

 丸尾が、井出というクラスメイトを殴ったらしい。理々香たちはその現場に居合わせたという。

 丸尾は、ある画像データを井出から受け取っていて、どうやらそれが原因らしい。

 ある画像とはなにか。それはわからないが、理々香は丸尾と井出の会話から、それが莉緒の画像なのではないかと、断定していた。

 教師によって、その二人は生徒指導室の虜囚だ。理々香と柚羽も、多少現場でかかわりがあったようだが、外で待たされているという。

 理々香に呼ばれただけの俺は、まだ部外者というわけだ。

 だけど。

 俺は生徒指導室の扉をガラリと無造作に開けた。

「葉月じゃないか。どうした」

 入って正面に五味渕が立っていた。そうか、生徒指導担当は、そういえば五味渕だったか。

 終礼を終えたばかりの五味渕も、話を聞いたばかりといった状況だろう。

 だが五味渕には目もくれず、俺は丸尾と、井出と思われる一年を見る。

「は、葉月……先輩」

「んだよ、てめえ」

 以上がそれぞれの反応。丸尾は、少しほっとしたようにも見えた。井出の方は、わかりやすい悪態だ。口が切れて血がにじんでいて、興奮しているようだ。

 俺は言った。

「おまえらの持ってる画像、みせろよ」




 ◆◇◆◇◆




 高校入学して、初めての終業式。校長の話が短いのはよかった。

「理々香ちゃん、今日は帰りどうするの? リオくん今日も部活あるんだって」

 ホームルームが終わるや否や、柚羽が寄ってくる。リオくんも、前の席から振り返って話に加わったが、ごめんね、というセリフとともに早々に離脱。コンクール直前で、練習が大変らしい。うん、私たち以外にも付き合いがあるのは、いいことだ。

 部活のない女子たちが姦しくするのが耳に入った。男子のグループが声をかけて誘っているようだ。そのグループに、井出がいた。井出の印象は、あのプリント事件からなんら変わっていない。先日の丸尾との会話を聞いて、なお一層不快になった。

 その丸尾が、井出に声をかけているではないか。

 二人は、グループから離れて、連れ立って教室から出ていく。

 その様子は、私にとって放置できないものだった。

 場所を変えた二人が選んだのは、校舎と体育館をつなぐ、屋外の通路の一つ。ただし、遠回りになるのであまり人通りがない。




「あの画像、消せっていっただろ?!」

 私は物陰からそれを見ていた。

「なんだよ、おまえが消したっていうから、もう一回送ってやったんだぜ?」

「ふざけるなよ! 俺はいらない! データを消せ!」

「ええ~? でも結構需要あるしなぁ。お前も使うだろ? 身近な女子が脱いでる姿って、コーフンするよな? 女子じゃないけど」

 井出が、指につまんだスマホをプラプラと揺さぶって、画面を丸尾に見せる。ここからは見えないけど、映っているのは問題の画像、なのだろう。

 その井出の態度が、丸尾を激発させた。

「消せっていってんだろ!!」

 丸尾が殴り掛かる。いかにもケンカに慣れてなさそうな不格好さだった。

 丸尾の拳が、防ごうとした井出の手にあたる。スマホを弾き飛ばして、地面に転がった。それに気を取られた井出の頬に、もう一度繰り出された丸尾の拳が掠めていた。

 それから丸尾も、井出の手からこぼれたスマホに目を移す。

 そのスマホを拾い上げる人物がそこにいた。

 長身に長い手足。大きな手がスマホを拾う。そいつは、スマホの画面をみて言った。

「へえ。おもしれえ画像持ってるじゃねえか」

 金髪の三年、藤原が立っていた。ただ、それだけでなぜか威圧的に見える。いったいどこから現れたのか。

「それを渡せ!」

 丸尾が飛び掛かるのを、藤原は蹴りで制した。

 踏んだ場数が違うのか。褒められたものではないのだけれど、藤原の動きは鋭くて、到底丸尾が躱せるようなものではなかった。

 丸尾が苦痛に顔をゆがめて地面に這いつくばった。

「ほらよ、一年。お前のスマホだろ?」

 藤原は、拾ったスマホをよりによって井出に差し出した。

 そのスマホが、画像のデータが入ったスマホが、井出の手に戻る。私にとっても、それは重要な証拠物件に見え始めていた。

「あざす、藤原先輩……」

 井出にとっても、思わぬ人物の出現に緊張せざるを得ない様子だ。

「後で俺も、プレゼントほしいなあ」

 それは、後で必ず寄越せ、という脅迫めいていた。

「う、うす」

 井出が、丸尾に殴られた頬を手の甲で拭いながら立ち去ろうとする。

 こちらに向かって歩いてくる。隠れる? でもそれは素通りさせるってことだ。私は足が震えた。

 問題の画像は、ほうっておいちゃいけない気がした。

 なのに、足が震える。

 男子のケンカなんて、見たことがなかった。小学生の子供のケンカとは違う。思いきり殴り合ったらケガをして血を流す。テレビの向こうの格闘技とも違う。

 現実の暴力なのだ。


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