第四話(3)
志穂が、これだけは教えて、と言った。
りこが、大澤勇吾に、好意があるのかどうか。
私は自分の気持ちを言うのと同じくらい、どきどきしていたのを、必死に隠した。
みんなが、りこの言葉を待った。
枕に顔を伏せたり、ふとまた顔を上げたりしたりこは、起き上がって布団の上に座ると、半泣きの表情で言った。
「わ、わたし。人の気持ち、こんなふうに向けられたことなかったし」
うんうん、と皆が聞き入っている。
「向けられた気持ちが、好きって気持ちだって、わかったら……すごく、申し訳なくて」
「それはつまり……」 「結論を急かさないの」
外野は互いにけん制しあって静寂を保った。
「好きって気持ちは、すごく真剣で、大変だよね。でも、私はそうじゃないから。向けられた気持ちと、同じじゃないから。どうやって答えたらいいか、わかんなくて……」
うう、と、りこの目に涙がたまってきた。
「りこ!」 「かわいい~!」 「まじめ!」 「おもーい」
みんな、好き勝手な感想を口にしながら、りこに抱きついていった。
そんなみんなに、りこがきょとんとしている。
「りこがピュアってのはよくわかったけど、もっと軽く考えていいんだよ」
「そうねー、そこがりこのいいとこだって思うんだけどね」
「自分の気持ちも、相手の気持ちも、両方大事だよ?」
口々にいわれて、りこに笑顔が戻った。久しぶりに見る、りこの素の笑顔な気がした。
「みんな、いろんな考え方しててさ、それでいいんだよ、たぶんね」
ちょっとだけ、私も偉そうなことを言っておいた。
布団の上の女子会もほどほどに、そろそろ就寝を切り出そうと思った矢先……。
「ね、ねねね。それでさ。好きっていう気持ちを、そんな風に実感をもって定義できるりこは、それだけ好きな人が、いるってことじゃない?」
チームのお笑い担当が、大鉈を振るった。
またこの子は空気を読まない、っていうみんなの視線が集まっている。いい話で終わろうとしていたのに。いや、いっそこのままこの機会に、りこの気持ちを、自分自身で認識させたほうが良いのだろうか。
「え、え? えっと……えーっと???」
勇吾が、自分にとってそうじゃない理由。勇吾の気持ちを、真剣にくみ取れた理由。
頭の中でそれらが文字となってぶつかり合っているようだった。
「りこがフリーズしてるわ」 「もう寝る?」 「もうちょっと待ってみない?」
「りこが、勇吾の好きっていう気持ちがわかるのは~」
「りこが、誰かを好きってことでー」
りこの両耳でチームメイトたちがささやくと、りこの口から気持ちがこぼれ落ちた。
「好きって……なんだろ」
あ、と私は思った。
「あ、今だれか思い浮かべたでしょ」 私が思ったのと同じことを志穂が口にした。
俯いたりこの瞳が見ているのは、合宿所の薄っぺらい布団ではなくて、誰かの姿のような気がしたのだが、志穂も気づいたようだ。
「ねえ、りこの好きな人って、いつだったかチャリで二人乗りしてた人じゃないの?」
てっきりそう思ってたんだけど、という声もあった。なんだ、事情を知らない子もいるんだ。
「あれはお兄さんでしょ?」
「なあんだ、違うのか」
「兄貴とか、ないない、ありえない」
「ほんと、うちの兄貴サイアクだし」
「だれかほかにいたっけー? りこの周りって」
みんながりこの相手を勝手に推測し始めた。
みんなが気づいていない、りこの顔が、赤くなっていくのを、私だけが見ていた。
りこは、もぞもぞ布団に隠れてしまったのだった。
今日は、とんでもない一日、いやとんでもない一日の締めくくりだった。
消灯時間を迎えた後、私は大部屋を抜け出して、合宿所のロビーにいた。全館空調が効いているのか、ロビーも大部屋とおなじく涼しかった。
ペットボトルのお茶を飲みながら、スマホに文字を入力していく。
“お兄さん、連絡遅くなってすみません。りこは、元気にやってますよ”
“乙女は、悩み多き年頃なんです”
(送信、と)
しばらくそうしていると、大部屋のふすまがそっと開くのがわかった。
志穂が暗がりから姿を見せる。
「トイレ?」
長い髪を振って、志穂はとなりに座ってきた。
「祐子、まだ大澤勇吾のこと好きなの?」
それを志穂が知っているとは意外だった。志穂は確かに小学校から一緒だけど。
「違うよ。ずっと昔に諦めたもん。どっちかっていうと私はりこが心配なだけ。推してるし?ただ、りこの近くにいると、勇吾が寄ってくるから、ちょっと変なカンチガイしないようにしなきゃなーって、気をつけてる」
「そ。あんたがしんどいんじゃないかって。事情を知ってるから、ちょっと思っただけ」
志穂はそれだけ言って部屋に戻っていった。
さあ、明日も早いし、私も寝よう。
◆◇◆◇◆
合宿といっても終業式前だから、最初の二日間は授業がある。夏休みに入ると、当然授業がなくなるが、代わりに早朝練も始まる。トータル七日間。
特派員からの連絡が再開した。なので、俺はスケジュールを細かく聞いておいた。
試合も見に行ってやりたい。りこにとって、中学最後の試合なのだ。俺にはそういうのなかったしな。
とみちゃんからのスケジュールによると、今日明日は得意、不得意を選択して選手それぞれが強化練習。明後日からは基礎練習の後、試合形式。その次の日からは近在の中学と練習試合。強化のためにうちの高校のバレー部とも練習試合をするらしい。もう、県予選前にできる手はすべて打つみたいな合宿なんだな。そして、合宿が終わると一度帰宅して、一日自宅で体を休めたら、いよいよ県予選が始まるという日程だ。
練習試合は、終業式以降の日付だから、こっちも見に行こうかな、と思っていたけど、いけなくなった。問題が起きたのだ。




