第四話(2)
とみちゃん――わが家の特派員、富田祐子からの連絡がない。だが、とみちゃんも忙しいのだろう。だいいち、こちらから返事を滞らせることの方が多いのに、こちらの都合を押し付けるのも失礼な話だ。
その日、久しぶりに早く帰宅した俺は、母さんのお茶に付き合っていた。
この暑いさなかに、母さんは元気に熱い茶をすすっている。
「彼女さんから連絡を待ってるの?」
スマホをちょいちょい覗く俺に、母さんが言う。母さんは、すっかり真白がお気に入りだ。あんな美人で出来のいいお嬢さんが嫁に来る(あくまで突っ走り気味の妄想)と思えば喜ばしいものなのだろう。
「いや、真白じゃなくて、とみちゃんからね、返事がないんだよ。前はしょっちゅう、りこがどうだああだって教えてくれてたのに」
「バレー部の試合、県予選がもうすぐだから、忙しいんでしょ? 今日から合宿だって、りこも張り切って出かけたわよ」
「え? りこって合宿なの? 今夜から?」
「あら、めずらしいわね。あんたに言わないなんて」
「合宿っていっても、まだ夏休みじゃないし、学校は?」
「合宿所から通うんですってよ」
通える距離と聞いて、場所はすぐにわかった。ちょっとした小高い山の上に、体育館とグラウンド付きの公営施設がある。きっとそこだ。
たしかに自転車で行ける距離だし、通えなくもない。山の上にあるので、少しだけ涼しい。県予選に備えて、最後の仕上げなのだろう……そんなのは、俺にはどうでもよくて。いや、良くないか。りこが頑張ってるんだもんな。
でも、そうじゃなくて、家で合宿用のカバンを用意したりしていれば気づくはずだし、会話に出てもおかしくないはず。それに気づけなかったという事は、りこが俺に対して、合宿にいくのを隠していたのではないか。そう思うとちょっと哀しかった。いや、だいぶ哀しい。
莉緒は、病院の定期健診のことを言えなくて、それを隠していた。それを例にして考えれば、りこにだって話したくないことくらいあるだろう。
莉緒といえば、莉緒も夏休みに入ってから合宿だといっていた。みんな忙しいな。
ちょっと、しょんぼりしちゃうな。
◆◇◆◇◆
その日の部活は、移動と荷物の運搬。私はキャプテンの補佐役として、後輩を指揮して荷物の積み込みをやらせたり、小型バスへの分乗を男バレの連中と割り振ったり。だから、お兄さんにメッセージを送る余裕がなかった。りこのことを、何か、何でもいいから相談したいのに。なにがりこの気持ちを軽くできるかわからないから、ずっと引っかかってる。
緑生学園中学校バレー部の夏が始まる。それは、私たちの部活の終わりの始まりでもあった。
バスの座席に着くと、りこが窓際の席で固い顔をしていた。この表情は、暗い顔、かな?
「どうしたの? 珍しく暗いじゃん」
「わたしだって、静かにしてる時くらい、あるよ」
うーん。これは不機嫌? 眠たい? とりあえず放っておいてほしそうなのは確かだ。
座席についてシートベルトを締める。バスの車内はエアコンが効き過ぎていて、寒さと心地よさが対立する中で、到着まで私はウトウトした。
「とみちゃん、着いたよ」
りこが起こしてくれる。ぐっすり眠った感じがするけど、三十分くらいだろうか。
キャプテンたちが指示をだすと、みんな駆け足でバスを降りて練習の準備に入った。
自分たちの荷物と用具類を降ろして体育館の一角にまとめ、男バレと協力してネットの準備をする。着替えは済んでいるから、ものの十五分でウォームアップ開始。
合宿は伝統的に軍隊方式って言われている。軍隊なんて私は知らないけど、きびきび動いて、みんながお互いのためになるように考えて、そして動きに反映する。
サーブ、トスとスパイク、すべての練習にレシーブのグループをつけて。今度はグループを入れ替えて。レギュラーは優先的に自分の強みの部分の強化を優先。転がってフリーになったボールを補欠メンバーが率先して拾う。ケガの元だから。
流れるように練習が始まって、終わった。
先生の指導が入って、解散。
解散の合図で、さすがにちょっと気が抜ける。
「つかれた~」 「初日はいつもとリズムが変わるからきついよねー」
雑談を交えてリラックス。それも、あまり度が過ぎると先生に叱られるんだけど。
でも確かに、初日は疲れる。いつもは、帰宅時間が遅くなるといけないので放課後の二、三時間の練習が、合宿中はメニューによって一、二時間伸びる。
「早くお風呂入ろう~?」
誰かの一言で、一、二年生が少し浮足立つのがわかった。
そうだ、お風呂だ、お泊りなのだ。三年の部員はさすがに慣れているのか、そのくらいの言葉の刺激では揺るがなかった。なんらかの事実がついてこないとね。
さて、警戒すべき男子の方は、やっぱりみんなエロい顔してる……いや、言い過ぎか。
性に目覚めたばかりの中二男子あたりが一番騒がしい。三年男子は、女子の目があるので気取ってるのかな?
ふと、自分を省みる。こんなふうに人を観察するから、一歩引いて物事を考えすぎちゃうのかな。
夕食を挟んで、二班体制で入浴。
おもに三年女子に割り当てられた大部屋で私はくつろいでいた。
お風呂上がりにドライヤーを使っていた子が電源を切ると、口火を切った。
「そういえば、りこって、大澤勇吾とどうなってるの?」
「ああ、それ。私も聞きたかったぁ~」
目下、女バレ三年女子には浮いた話がない。となれば、恋愛成分は他人から補充するしかなくて、それにもっとも遠い場所にいると思われていたのが、りこだ。それがまさか噂の渦中の人になって数か月。皆は確定情報が欲しくてうずうずしていた。
私の隣にいたりこは、布団にうつぶせでくつろいでいたけど、急に水を向けられて、まるで窮地に陥ったような表情。
「べ、つに。どうにもなってないよ……」
枕に突っ伏す。早くも降参したみたいだ。
それに追い打ちをかけるほど、察しの悪いチームメイトでもない。彼女らは話題のネタだけりこから拝借して勝手に盛り上がった。
「ねえねえ、勇吾のほうは、りこのことどう思ってんのかな?」
「ええ? それ聞く? もうわかり切ってんじゃん」
「あー、じゃああとは、りこ次第かぁ」
「んー。ねえ、りこ。これだけ教えて?」
最初の、ドライヤーの彼女が聞いた。名前は志穂っていう昔馴染みだ。卒業したらバレーはやめておしゃれするって意気込んでた。髪を伸ばして、今使っているドライヤーも自前で持込んだもの。髪質が良くなるんだって。
まあそんな彼女だけど、三年間、ともに女子バレー部で過ごして、互いの距離感を掴んだ仲。あるいは少し大人になった中学三年女子だからこその気遣いがそこにあった。
嫌なことは無理強いしない。
「りこは、勇吾のこと好き? 少なくともいま現時点では、の答えでいいよ」
ゔゔ、と、りこが私の隣でうめいた。
「だって、ひそかに勇吾のことを好きな子が、いるかもしれないじゃない。その子が、遠慮して気持ちを押さえていたら、りこだって申し訳ないって思うでしょ?」
志穂は、なんの気なしの一般論を言ったのだろう。
その時、私はどきっとしていた。




