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第四話 夏のはじまり(1)

 球技大会の結果なんて、終わってしまえばだれも見向きはしないだろうが、言っておくと、男子のバスケは三年一組を率いる一ノ瀬兄と三年二組の藤原のチームが激突した。

 一ノ瀬兄は藤原に試合をさせなかった。藤原の性格はともかく、技量は卓越していたが、パスワークで翻弄して封じ込めることで、チーム全体で勝った、という具合だった。

 いらだつ藤原が、ボールのカゴをぶっ壊して一年生をビビらせていたのが、ハイライト(?)

 女子のバレーの方もなんと、同じく三年一組が勝ってたな。

 そんなわけで、球技大会が終わった。俺自身の内容はそこそこ満足。

 そんなことより、健全な男子としては真白と手をつないだことが、何よりの成果なのだ。

 ほんとに?

 真白との関係には、少し疑問も残る。好意を寄せてくれて、俺に興味がある、という言葉にも、うそ偽りはないのだろう。じゃあ、俺は?

 カノジョなんていたことないから、浮かれて付き合っているだけなのでは。




「うーん……」

 暑い。自宅で眠る夜。タイマーでエアコンが切れると、朝まで涼しさが持続しない。和風建築は、何かと密閉性が悪いのだ。

 安眠を放棄して布団から身を起こす。りこと莉緒も、寝苦しそうにそれぞれのタオルケットを蹴飛ばしていた。おなかが出ているけど、掛け直すのもかえって悪いかな、この暑さは。

 汗でじっとりとした寝間着をつまみながら、俺は一階へ降りる。天窓からはとっくに薄暗い青い光が入っている。時計の針は朝の四時を過ぎたあたり。

 夜のうちに、いくばくか冷やされた空気が、さんさんと陽光に照らされはじめるのは間もなく。日が差し込むころには、蝉が鳴き声を上げ始めるだろう。

 冷蔵庫の麦茶をコップに注いで、仏間の縁側に座り込む。

 気象庁は、日付を一週間ほどさかのぼって梅雨明けを宣言した。例年より早い梅雨明けだった。夏休みを心待ちにする世代にとっては、あと十日ほどという頃合いだった。




 ……ハル、りこ…………仕方ないわねぇ。こんなとこで寝ちゃって……。

 母さんのそんな声を聞いた気がする。

 少しでもひんやりとした縁側に寝っ転がって、明け方ふたたび眠気を覚えた俺は気持ちよく睡魔に身を任せていた。

 やがて、縁側にも日が差し込んできて、俺は暑さに負けてうっすらと目を開けた。飲み干した麦茶のコップが目の前にある。寝ぼけて蹴っ飛ばさなくてよかった。

 ごつごつとした縁側の固さに寝返りを打とうとして、背中の感触に気づいた。

 りこが、いつの間にか俺の背中に張り付いて眠っている。

 俺は、諦めて元の姿勢に戻った。俺は横向きに寝っ転がっていて、背中におんぶするようにりこが引っ付いている。

 いつかもおんぶしたけど、りこのおんぶはそれに始まったことじゃない。

 なんども、なんども、りこをおんぶしたよな。

 小さいころ、俺と莉緒が元気に遊びに行くと、りこも一生懸命ついてきて、足がもつれて転んだっけ。

 元気っ子に育ったりこは、小学校に上がってもすっ転んでは俺がおんぶして連れて帰ったな。

 極めつけは、あの日の大けが。あのときはサッカークラブに出る日だったけど、結局おんぶして帰って欠席だったっけ。

「ん……」

「りこ? 起きたか?」

「おにいちゃ……」

 全部言いきらぬ間に、りこは大あくび。眦から大粒の涙をこぼして。それが、ひとしずく、ふたしずく。それは頬をつたって、畳に落ちた。

「お、おい、大丈夫か?」

 ごしごしと、りこは目を擦る。

「うん。あくびしただけ」

 りこの涙は、でも止まってなかった。

「かお、あらってくるね……」

 とたとたと、仏間の畳の上を歩いて、りこは行ってしまった。

 これは、とみちゃんに相談、かな。

 そんなことを思いながら、なぜか仏壇を眺めた。




 ◆◇◆◇◆




 お兄さんからメッセージが届いた。ようやく私の不安が通じたようだ。

 “とみちゃん、最近りこの様子、どう?”

 私も説明しづらい。どちらにしても、朝のあわただしい時間に返信は諦めて、既読をつけたまま私は登校する支度をした。

 青陵高校と緑生学園中学の最寄のバス停は同じ。バス通りを挟んで両側の丘の上に、それぞれ敷地があるような立地だ。校門まで住宅地を抜けていくので、そこそこの距離はある。

 りこの家の方からくるバスから、葉月家三兄妹が降りてくるのを見つけて、私は手を振った。

「りこ、おはよう」

「とみちゃん、おはよー!」

 相変わらず、りこは元気だ。お兄さんたちにも一礼して、私たちは中学の方へ歩き出した。

 お兄さんは、苦笑いしながら手を振り返していた。たぶん、メッセージのことをおくびも出さない私に対する表情だろう。あとから返事してあげますから、待っててくださいってば。




 教室についた私は部活用のバッグからタオルを取り出して汗を拭いた。

 りこは、すっかり短めのスカートが板についたのか、きれいに座っている。短いといっても、今までがヤボったかったので、普通なんだけど。

「今日も暑いねえ」

 運動スイッチオフのとき、りこはほんわか喋る。いつも通り、変わらない。

 でも……。

 “りこ、朝起きたとき、泣いてたんだ。あくびのせいっていってたけど、違うと思う。何かあったのかな、それとも、俺が何かしたのかな”

 お兄さんからの、続くメッセージを分析するに、りこは重症だ。

 りこは、他のクラスメイトと朝の挨拶を交わして雑談したりしている。私たちだって、いつもべったりじゃないからね。

 恋愛未経験の恋愛マスターにして、葉月家特派員・富田祐子が、りこを守ってやらねば。

 スマホの画面を眺めて私は唸った。

「富田、どうしたんだ?」

 そこへ、勇吾のやつが珍しく私に話しかけてきた。いや、ほんとは、昔は私に声をかけることの方が多かった。

 私と勇吾は家が近所で、幼馴染といって差し支えないんだけど、でも家が近所で子供の頃から顔なじみなんて、小学校の学区内じゃ大勢いたから、そういうラブコメみたいな要素は皆無。

 昔は祐子の名前から、祐ちゃんとまで呼ばれていたくらいだ。

 そんなことを思い出すと、無性に腹が立った。

「おまえのせいだバカ」

「な、なんだよそれ……」

 勇吾が、ちょっと傷ついた顔をしたので、悪かったわよ、と謝った。

「なあ、葉月って、さ。もしかして、元気ないのか?」

 勇吾は、りこが他の女子とおしゃべりしている様子を見ながら聞いてきた。

「私に、聞かないでよ……」

 投げやりに返すしかない。

「俺……はっきりさせようと思うんだ」

 当然それは、りこの元気の話ではないはずだ。

 頬杖をついて、りこを眺めている私の視界の外で、勇吾は言った。どんな顔をしているか、見るつもりはない。ただ、みんなが私を置いていってしまうような錯覚を覚えた。


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