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第三話(4)

「なんだか、お邪魔するのは悪そうね」

 うちのクラスの男子バスケの試合観戦を終えたあと、お弁当に、葉月先輩も誘ってみよう、と言い出したのは私だ。タイミングがあれば、丸尾と井出のことを相談したかったのだ。

 葉月先輩たちも、ちょうど試合が終わったあとみたいで、こちらは勝った模様。バスケ部員が担当する、手でめくるタイプのスコアボードがそのままにされていて、二年一組が勝利を収めたことを示している。

 うちのクラスは敗退。補欠のリオくんもちょっとだけ出場した。体格負けする部分はあるけれど、なんとシュートを三本決めた。

 お兄さんに見せられなかったね、動画に取ったから見せてあげよう、なんて話していたのだが。

 私は後ろのリオくんを振り返った。

「理々香、邪魔しないように、僕らだけで食べよう?」

 リオくんはさみしそうな顔だった。こういう時、お兄さんを取られたような気持にもなるものなのか。遠目に真白先輩と仲睦まじくしている姿を見て、彼は微笑んでいた。それがなぜか寂しそうに見えるのだ。




 ◆◇◆◇◆




 生徒会室は無人だった。一ノ瀬兄も、三橋女史も出ていた。ほかのメンバーも、カバンすらなかった。

 真白の作った弁当をゆっくり味わって、真白が食後のお茶を淹れる間も、生徒会室は俺たちだけの空間が保たれていて、ひょっとして気を遣われたのかもしれない。

「あのね。私は、あなたが思っているよりは、それなりに恋愛的な感情であなたを見ているわ」

 今日は、湯飲みに緑茶を淹れてくれた。俺がふうふうと冷ましながらお茶をすすっていると、真白は神妙に切り出したのだった。

 いまの真白は、観戦モードが落ち着いたのか、クールな真白だ。一生懸命応援する、という宣言通り。俺は真白の声援のおかげでがんばれた。さらにいえば、そのおかげで、いまは油断すると足がプルプルする。

「なんとなく、伝わってるよ」

 最初に、真白は俺に興味があるといった。男女の恋愛の意味合いで、とも言っていた気がする。

 クールな真白は、二人の時間を淡々と過ごすことが多い。かと思えば、手作り弁当を、最初は何も考えずに二人で分けあったり、同じ箸で食べたりしてしまった。さらには、それは無意識でやってしまったので、あらためて仕切り直ししたいと申し込んできたり。

「ちょっと恋愛についてはへっぽこだよな……そこが……か、か、かわいい、とは思っている」

 俺はそう言って、ふたたび湯飲みを口に付ける。顔をせめて半分くらい隠したい。

 恋愛にへっぽこなのは俺も同じだった。照れ臭い。女の子にかわいいと伝えるだけで、恥ずかしいのだ。

 真白は窓の外を眺めて、風にあたっている。余裕そうにみせていて、その実、俺と似たり寄ったりなのだろう。

 それから彼女は、ひとしきり精神を取り繕えたのか、違う話題を提供してきた。

「そういえば三橋先輩から、春詩くんに校内での不純異性交遊について報告を受けたって、生徒会のグループにメッセージが入ってたわ……具体的には書かれてないのだけど、春詩くんは現場を見たの?」

「いや、声だけだよ……」

「声? どんな?」

「それ、説明しなきゃダメ?」

 真白はぽかんとする。普段の真白は、優秀な生徒会長だ。なのにどうしてこういうとき想像力が働かないのだ。

「それはちょっと、恥ずかしいというか……」

「はずかしいの?」

「声というか、言葉の意味は為してない、音みたいなものだよ」

 真白が首を傾げたままなので俺は説明を加えた。

「つまり、喘ぎ声というか。いたしている音というか」

 真白は過去最大級に赤面した。

「ごめんなさい。まさか、不純異性交遊といっても、その段階とは思ってなくて……」

 顔を片手で覆い、椅子に腰を下ろした真白は、深呼吸していた。

「そ、それは由々しき問題ね。風紀委員に巡回してもらったほうが良いのかしら」

「今思うと、だな、人の恋路を邪魔するのもどうかなあ、と……それにしたって巡回は先生に頼んだ方がよくないか?」

「なぜ?」

 頭に血が上って、真白の思考力が停滞しているようだ。未成年にとって刺激の強すぎる現場を、生徒が発見するのはよくないと思う点。それから不純異性交遊に限らず、校内が無人に近いのは、不良グループが悪さをするのに都合がいいのではないか、という懸念点を伝えた。

「そうね……今後議題にあげましょう……ところで、お願い事、もう一つ聞いてくれるという話……」

「ああ、覚えてるよ」

 体育祭で真白が勝ったら願い事を聞く。それは手作りの弁当を改めて一緒に食べるという事だったので、もう一つくらい何か聞くよ、と言ってあった、その件だ。

「今日はきっと時間があるだろうし、考えておいたのだけど……ちょっと頼みづらくなってしまったわ」

「うん?」 どういうことだ?

「手を……ね? 出して」

「ああ、はい」

 言われるがまま右手を差し出す。真白はその手を取って、握った。なでなでしたり、指をぷにぷにしたり、マッサージしてみたり。

 俺は首をかしげてみる。

 真白も、これは何か違う、と少し首をかしげて、俺の隣に椅子を持ってくると公園のベンチのように横並びに座った。なんだか、たったそれだけで途端に落ち着かなくなる。嫌なわけではない。

 そして、同じ方向を向いて、手をつないできた。最初は普通に。そして、一本ずつ、指を絡めていく。

 それは、とても甘やかな刺激で、ちょっと呼吸が苦しくなった。

 真白は何も言わない。ただ、手を握り、それから肩を寄せて。互いに体操着で、体温が近かった。

「春詩くん……は、そういうことに、興味がありますか……?」

 真白がせいいっぱい顔を寄せて、俺に囁く。なぜだか、口の中が急に干上がって、言葉が出ない。肯定するのか? 否定するのか? でも、安易に答えてどうなる?

「どの段階までなら……」

 許されるか、と聞こうとしたところで、生徒会室の扉にノック音が響いた。

 少し大げさなノックだが、返事をするまもなく扉が開いた。

 その瞬間、一瞬にして真白は席から立ち上がり、体操着のしわを伸ばしたりして明らかに何かを誤魔化す様子。頬が紅潮しているのは隠しきれていないぞ、真白。

 俺は、大きくつばを飲み込んでようやく口が開けた。

「三橋先輩、ノックの返事があってから扉を開けるのでは?」

 彼女はふっと笑った。絶対わざとだ。決めつけはよくないが、きっとそうに違いない。

「あら、失礼」

 不敵な笑みを三橋女史は浮かべた。真白は降参して、さっさと会長の席に逃げ込む。

 生徒会室は、平和な昼下がりを迎えそうだ。


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