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第三話(3)

 俺たち二年一組の試合は予選最後の、午前中最後の試合だった。

 靴ひもを結んでいると、俺のそばに女子の誰かが立ったのがわかった。女子が着る赤茶色の裾が見えたのだ。

 昔から思っていたけど、もう少しこの色、かわいらしい色にならないのかなって。海老茶色っていうらしいんだが。

 でも、真白がそれを身にまとっていると、途端に魅力的に見える。

「春詩くん、せいいっぱい応援するから、がんばって」

 それは、真白にしては少し意外に思えた。クールに観戦しているイメージだったから。

「お、おう」

 真白が手を伸ばして、何かしようとしたのを、俺が怪訝な顔をしたので、彼女は手を引っ込めてしまった。なにをしたかったんだろ?




 試合開始。相手は三年だが、ざっと見た感じ、メンバーの体格に差はなさそうだ。

 藤原みたいなやつがいなければ、つまり経験者がいなければ、いい試合になるんじゃないかと思う。みんな体育の授業程度にしか、バスケットボールを触っていないわけだからな。

 うちはパス回しでシュート本数を先行。点こそ突き放せないが、序盤のリードを奪った。

 予選の試合は十分間。早いうちに先行して、逃げ切りたい。

 だが、こちらのオフェンスのキーとなるやつを、目ざとく押さえるやつが出てきた。

 先行していたわずかな点差がみるみる詰まる。

 俺はパスコースを意識して位置を変える。うちのキーマンは、小学校まではバスケをやってたってやつで、プレーの最中にも視野が広かった。ノールックで俺にパスを回してきた。

「ハ、はるしくん、がんばって!!」

 ちょっとだけ声の裏返った、俺宛の声援が体育館の天井にこだました。

(はいよ)

 パスを受けた俺は三、四歩位置を変えるドリブルをして、スロー。

 授業の時、全力でシュートするとちょうどいい距離を見つけていただけのことだが、運よくリングに吸い込まれてくれた。

「おお~! スリーポイント!」 「ってか、さっきのでけえ声、一ノ瀬会長の声?」

「付き合ってるってマジかー」

「妹を抱っこして運んでる写真の人でしょ?」 「妹じゃなくて、弟だってさ」

「知ってる! 感動のシーンの写真の人だよね!」

 なんどか言ったかもしれないが、俺は地獄耳だ。観覧席でも、大きな声はよく届く。そんなことで知れ渡っているのか。莉緒効果ってすごいな。

 その間にも攻守入れ替わった相手チームのシュートが外れると、素早いパス回しでこちらが再び攻めあがる。

 もう一度回ってきたパスを、さっきの要領でシュート。

 ―― パサッ という音とともに、ボールがまっすぐリングを通り抜ける。

 どわ~っ、と観覧席がどよめいた。

 さすがにできすぎだろう。

「葉月ぃー! いいぞ!」 「ナイッシュー!」 「葉月くんがんばー!」

 クラスメイトらしき声援。ちょっとだけ女子の声も混じってるぞ?

「葉月、すげえじゃん。どんどんボール回すぜ?」

 肩に手を置かれたが、それは過大評価だ。

 俺は手で制止する手振りで言った。

「いや。運がいいだけ。次から外れるから」

 俺は俺というやつをよくわかってる。

 うちのチームはこの試合、とにかくパス回しがハマっていた。相手の三年を翻弄して、とにかく攻めに回ることが多い。

 その後、俺にパスがどんどん回ってくるようになったが、シュートはほどほどに、なんならスリーポイントの印象が残っているうちに、それをフェイントに利用して味方のシュートに貢献した。

 そのほうが良い。

 だって。

 再度、俺のシュート……。

 ――ガシャン。ボールがリングにあたって揺れる。

 スリーポイントどころか、俺のシュートは予想通りそのあとすべて外れたのだ。いや、予想より遥かに悪い。

 欲をかくとこうなるんだ。ほんとの実力じゃないからな。

「春詩くん、もういっぽん!」

 でも、真白が本当に真剣に応援してくれるから。

 俺は結構頑張った。

 あとで部活をやっているやつに言ったら、自分で頑張ってるっていうやつはダメなんだってさ。そこで限界というか頭打ちになるから。自己評価はだめなのかよ。まあ、でもそうだろうな。

 本気でやってるやつらのようにはできない。

 でも、真白の声援はあきらめることなく続いた。

 最後のシュートチャンスをチームメイトにもらって、シュート。

 またボールがリングに弾かれると同時に、試合終了を告げる審判のホイッスルが鳴った。

 俺のシュートは外れたけど、試合には勝った。

「おつかれさま」

 真白がタオルを用意してくれていた。真白のタオルだ。いや、色が白いタオルという意味ではなく、真白の持ち物という意味だぞ。

「あ、ありがとう」

 彼女がいるって、こんな感じなのか。いつもはあまり人目に付かないところで会っているから、なんか照れ臭かった。

 男子からの恨めしそうな視線を感じながら、俺はふわふわのタオルに顔をうずめた。いいにおいがする。タオルが不快な汗を全部吸い取ってくれる。真白の持ち物が体に触れるというだけで、なぜかそれが心地よかった。

「タオル、洗って返すよ」

「いいの。使い終わったら渡して。それより決勝には上がれそう?」

 うちのチームは一勝一敗。チーム数が多いので、二戦した成績で上位チームが決勝トーナメントに上がれる。二勝しているチームはともかく、一勝一敗だと得失点差で優劣がつく。

「集計してるやつに聞いたら、どうやらダメみたいだ」

「そう。がんばってたのに、残念」

 真白は、小さな両の拳を握って悔しがった。ほんの少しだけ、真白は興奮気味だった。大きな声を出して応援していたせいか、今もちょっとだけ声のボリュームが大きい。

 観戦を楽しんでくれたのはうれしいかな。

「残念だけど、でも、ゆっくりお弁当食べれるわね」

 と、チームメイトのやつらがやってきてお誘いを受けた。予選が終わって昼休憩が入るタイミングなのだ。

「葉月ぃ~、チームのメンバーで昼飯食わね?……いや、誘った俺たちがバカだった」

 チームメイトたちは俺の横にいる真白をみて、すぐさまお誘いを撤回した。

 回れ右をしていく連中の背中を見て、真白はくすくす笑った。

 真白は、いつもは冷静で淡々と物事をこなすけど、こんなふうにも笑うんだな。

「お弁当、食べましょう?」

「あ、そうだ」

 真白、と声をかけて、俺は片手を掲げた。真白が何事かと、それを真似る。俺はその手にタッチした。

「お疲れ様。試合前に、ハイタッチしようとしてくれてたんだろ? そうじゃないかなって、試合中にふと、な」

「気づいてくれてたの?」

 真白が、もじもじとした。全く真白がそんな姿を見せるとは、全校の誰もが想像だにしないだろう。

「心構えをしてなかったので、感触を味わえませんでした。もう一回お願いします」

 そんなことを言いながら、真白は手を掲げる。俺はもう一度ハイタッチ。パチンとはならない。そっと触れるくらいに。

 少しうれしそうにしてくれた真白の顔が、印象的だった。


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