第三話(2)
ズバン、とボールが体育館の床をたたいて快音を鳴らす。ボールが叩き込まれたのは私たちの側で、マッチポイントを落とした。
肩をすくめてみんなでコートを出ると、柚羽が迎えてくれた。
「理々香ちゃん、おつかれさま~!」
私は柚羽が差し出してくれたタオルを受け取って、汗を拭く。
「柚羽も応援ありがとう」
私たち一年三組の女子バレーはこれで予選敗退。仕方ない。球技はセンスも必要だ。うちのクラスにはそういう女子がいない。球技大会というフィルターでクラスメイトを見ると、ちょっと頼りなかった。私も含めて。ものすごく悪いという意味ではないのだけど。皆もなんだかそこはわかっているみたいで諦めの境地みたいなところがあった。
補欠の柚羽が、荷物番をしてくれていたので、みんなそこに集まってきた。
「みんなごめんー、足引っ張っちゃって」 「柚羽ちゃん、荷物ありがとー」
それぞれが声を掛け合ってコートから出てくる。互いに声を掛け合って、やや疲れたハイタッチで労をねぎらう。負けは負けだが、すべての試合が終わったチームは、応援などのフリータイムになるので、気が楽というのもみんなの本心。
「桐原さん、お疲れ」 「桐原ちゃん、いい動きだったね」
そう言って手を掲げてくるチームメイトたちに、私もタッチを返した。
なんだか……私は先日の体育祭前にプリント事件でとんでもない目立ち方をしたので、敬遠されるのかと思った。面倒くさいタイプの人間と分類されてしまうのかと思っていた。
けど、みんな思ってたより大人なのかも。
体育祭を経て、同じ赤組だった女子とかから、少しずつ打ち解けられた気もする。黄組で柚羽と仲良くなったという子たちも、柚羽といると、話すようになったりもした。
口が裂けても言わないけど、柚羽と友達になれてよかった。絶対言わないけど。
「ね、ねえ。みんなは、このあとどうするの?」
自ら掛けたその一声は、私にとって自分を変えるきっかけだったかもしれない。
「んー、そうだね。男子が勝ってるっぽいし、観覧席で応援かな?」
そうするかー、なんて同意の声が上がっている。
「じゃ、私もあとからいこうかな。飲み物買ってから、いく、うん」
「なにそれ、桐原さんカタイ~」
クラスメイト達に笑われるのも、何か心地よかった。
「理々香ちゃん、私はここらにいるね? リオくん戻ってくるかもだし」
柚羽にうなずいて、私は体育館を出た。
自動販売機は校舎に戻る通路の壁際に並んでいる。
つるつるのレンガ調の壁に据え付けられた自販機。
自販機の種類は、紙パックのやつ、紙コップのやつ。それから缶とペットのやつ。
私と柚羽のお気に入りは紙パックのフルーツジュース。ちょっとお野菜入り。柚羽の分も、買っていこうかな。
冷たい紙パックを“三つ”抱えて、私は体育館に戻ろうとしていた。体育館の入口に向かう脇に、部室棟に抜ける小道がある。体育館と校舎の隙間のような抜け道だ。そこから、聞き覚えのある声と名前が聞こえて、私は立ち止まった。
「丸尾さあ、こないだお前にイイ画像、プレゼントしただろ?」
丸刈りの男子を相手に、あの井出が語っていた。プリント事件で私と少し言い合いになった男子だ。
その井出が、丸尾に対してほぼ一方的に喋っているようで、仲良くお喋りという雰囲気ではなかった。
「あれ、あの画像、見てくれた?」
井出は悠然と壁に背をもたれて、丸尾は、嫌なら無視して立ち去ればいいのに。
私は思わず物陰に潜んだ。
「あんなの、体育祭の共有画像だろ! みんな見てるし、それがなんだよ!」
何のことだろう。という疑問より、懸念が先立つ。この二人の共通点に、葉月莉緒という名前が頭に浮かんで、その可能性をぬぐえない。
「んん~、でもほら、もっと特別なヤツも、あとから送ったじゃん」
「あれはっ!……」
丸尾が口ごもる。
「すげえよな。あんな人間いるんだな。そういうの抜きでも、美人だしさ」
井出は丸尾の反応を楽しむように下種なセリフを重ねた。
「なんていうの、オタクはああいうの、男の娘とかいうんだろ?」
「そ、それはフィクションの話だよ!」
「ほんのり膨らんでて美乳だよな~? 普通に興奮するしさぁ。俺好きだぜ?」
どうよ? と、丸尾の顔を覗き込む。
「あれー、あれ~? ひょっとして? もしかして、つかっちゃった?」
丸尾が顔を背けた。私からはよく見えないけど、内容からして羞恥に震えているように見えた。
「ははは! 図星かよ! まじウケる!」
別に、名前も何も二人の会話には出てこない。軽く聞き流せばいい。ただ、男子がいやらしい画像を見て騒いでいるだけ。そう思えなくもないのに、私は鳥肌が立ってしようがなかった。私の知っている体育祭の画像のことでなければいいのに。
気づかれないように小道の入口を通り抜けて、私はスマホを操作した。
◆◇◆◇◆
“葉月先輩、いまどこにいますか?”
“リオくんが見当たらないんです”
“変な虫がつくといけないんで、確保してください”
怒涛の三連投が着信して、俺は横で寝転がる莉緒にスマホの画面を見せた
寝そべる俺の横に寄ってきて、フフッ、と莉緒が笑う。
“りおなら、ここにいる。だいじょうぶだ”
“ここってどこですか。まあ、先輩の横にいるなら安心ですけど”
“そろそろ、体育館に戻るよ。俺もりおも”
俺は莉緒にも見えるようにそれを打ち込んで、目線を送る。
莉緒と俺はうなずきあって、送信をタップした。
莉緒を先に行かせて、俺は生徒会室に立ち寄った。
その……先ほどの風紀的に問題のあるであろう事実(を目撃したわけではないけど)を報告するためだ。
普通の男兄弟だったら、莉緒と二人で覗きに行ったりしたのかな。りこと莉緒の前では、なぜかカッコイイ兄であろうとする制御が働くらしくて、俺というやつは。
「失礼します」
ノックのあと、何の気なしに扉を開けると、この時間、真白は居なくて、かわりと言ってはなんだが、一ノ瀬蒼司と三橋優香がいた。
「あ」
思わず、戸を閉めてやり直したい気分になったが、ぐっとこらえた。
俺の「あ」は、返事を待たずに開けてしまったら、中の人の恋路をお邪魔してしまったのではないか? の「あ」だ。
「葉月さん、ノックの返事があってから戸を開けるものですよ」
三橋女史がなんとなく俺の反省点を口にしてくれたので、いたたまれなさが緩和する。
「すみません」
謝罪してから、かくかくしかじか。俺は耳にしたことを報告したが、まさかこの二人じゃないよね。高校三年生の恋人同士って、普通どの辺までススんでるんだろ。動じてない様子だし、まあこの二人ではあるまい。
「ところで、真白は?」
「おまえの応援をすると、息まいて体育館に行った。妹のチームは、もう負けてしまったらしいからな」
一ノ瀬お兄様が答える。
「そうすか」
ちょっと、照れる。うれしい。女の子に応援されるって、初体験だな。俺の初体験なんて、そんなもんだ。




