プロローグ
『はるうた 1 さくらの季節』 から続く第二部
月曜、体育祭の翌日は振り替え休日である。
そして火曜。
気の早い梅雨の前触れが訪れて、雨が降った。
体育祭当日の暑さが嘘のように肌寒い。
桐原理々香と杉山柚羽が、俺の教室に足を運んでくれた。
後輩の女子が二人も俺を名指しで訪れたので、竹内が浮かれている。いや、なんでお前が浮かれるんだよ。
俺は二人に日曜の礼を言って、それから莉緒の様子を聞いてもらった。
熱中症自体は軽くて、ただそれをきっかけに体調を崩しているので今日も休み。
騎馬戦で落っこちたのも、頭は打ってなくて、ただ、こちらも落っこちた衝撃で、軽いムチ打ちみたいになって身体をおこすのがつらそう。
でも、すごく楽しかったって、莉緒は言ってたよ。
二人ともありがとう。
そう俺は伝えた。ありがとうは、莉緒からの言葉だし、俺からの言葉でもあった。
二人ははにかんで、なんにもしてないって言ったけど、そんなことはない。重ねて言うと、あのツンとした理々香が、照れ臭そうな、かわいらしい女の子みたいな反応でお礼の言葉を受け取ってくれた。
お礼になにかできないかな。そうだ、莉緒の誕生日が近いから、自宅に招いてみようか。
そんなことを思って、ちょっと言葉に詰まる。
そういえば、俺もそんな友達イベント、したことなかったな。
ちょっと悩んでから、口にしてみた。
莉緒がもうすぐ誕生日なんだ、って。
なんだろう。たった一歩だけど、踏み出してみれば変わるんだな。
とんとん拍子に、莉緒の誕生パーティをすることになった。
横で聞いていた竹内が、連絡のためのメッセージグループを作り始めて、ちゃっかり竹内もグループに入ったりして。
思いもよらぬ方向に話は流れて、メッセージグループに入った名前の数は、かなりの大人数になっていた。
たった一歩踏み出したその違いを、俺はかみしめた。
俺は、中学で失ったものが一度に返ってきたように思えて、そう、うれしかったんだ。
『葉月家』
それがメッセージグループの名称だ。どうしてこうなった。なんだか家系ラーメンみたいになってるぞ。全部竹内のせいだ。
それはさておき、俺の発言から莉緒の誕生パーティが企画されてしまった。
ど、どうしよう。こんなこと、俺はしたことがない。お客様をお招きするって、どうすればいいんだ。
ある休み時間に、そんなことを吐露した時の竹内の答えが、次のソレだ。過大評価もいいとこだ。すなわち、
「春詩って、やるときゃヤル男じゃなかったっけ」
竹内の丸投げに、俺は血涙を流さん勢いで睨み返した。
「とりあえず莉緒くんには、桐原さんと杉山さんが遊びに行く約束をすることになっていますから、春詩くんはお母様に大勢お邪魔することを伝えてください」
真白がフォローしてくれる。
ああ、それは母さんが張り切るやつだ。
「私も、早めに行ってお母様のお手伝いします」
ああ、それは母さんがさらに張り切るやつだ。
そんな風に、休み時間に話すときもあれば、メッセージグループで話し合ったりと、俺たちは準備を進めた。
“小倉さんは私と買い出しを手伝ってもらえますか?”
真白のメッセージに竹内が割り込む。
“会長は忙しいでしょ、俺と小倉さんで行ってくるから!”
チャンスとばかりにきっかけづくりをする竹内。
“じゃあ、桐原さんと杉山さんも手伝って? 人数多いほうがいいと思うし”
竹内のアプローチを無意識にスルーした小倉さんに、
“了解です” “おけまる” と、桐原理々香・杉山柚羽、両名のスタンプが返ってきたり。
『よろしくお頼み申す』 と武士のイラストスタンプで、一度だけ一ノ瀬蒼司副会長が連絡を寄越したりした。
わかるよ。副会長にこのノリは似合わない。スタンプを送るのが精一杯だよな。スタンプを用意したことすら賛辞に値する。
楽しいメッセージのやり取りで、あっという間に当日を迎えた。
「「莉緒くん、たんじょうび、おめでとう!」」
最初、理々香と柚羽だけの来客だったはずだが、
「莉緒、お客さんよ~」 という母さんの声で、まんまと玄関におびき出された莉緒は、みんなから360度全方位でクラッカーを浴びせられて面食らった。その顔を、りこがパシャリと画像に押さえる。
花束は、理々香が渡した。
「あ、ありがとう……」
パシャリ。りこがまた写真に収めた。
そこからは、『お祝い』と『楽しい』の飽和攻撃だった。
母さんが前々日から仕込んでいた手料理がどんどん出てきた。人数が多いので、もう鍋ごと。
そのほか、持ち寄った料理や、みんなでお金を出し合って買ったケーキをホールふたつ並べたりと幸せのネタは尽きない。
「ね、ねえ、りこ。私ってお呼びじゃないんじゃない?」
「やだなあ、とみちゃん、平気だよ」
らしくない尻込みをするとみちゃんに、俺は先日対決した真白をあてがってからかった。実態は、年上ばかりで緊張する富田さんに真白が優しく接するという絵面だったのだが。
「あ、全校グループに体育祭の写真あがってるよ?」
小倉さんが程よい話題を提供してくれた。さすが小倉さん! と竹内が無駄に褒めたたえるのを、みんなは生暖かくスルー。
全校グループとは青陵学園の校内限定SNSのカテゴライズの話だ。
校内SNSで全生徒に学校行事の画像が公開されている。生徒からの投稿も可能で、みんな楽しく活用している。
「どれどれ~?」
りこが俺の背中に乗っかって、俺のスマホを覗き込む。うぐ、まあ仕方ない。りこたちは青陵学園の校内SNSアカウントがないもんな。
写真は、体育祭実行委員会が業者に依頼した撮影分と、生徒から集めたもので当日の時間順に並べられていた。
けっこうな枚数があるが、みんな目ざとくサムネイルから互いの写真を見つけて来ては盛り上がった。
「リオくん、障害物競走、たくさん写ってるよ!」
「会長、騎馬戦の大将姿、かっこいいです」
「いいな! たのしそう~!」
「一ノ瀬副会長、青組大将、影薄いっすねー」
「ほら、りおくんのお姫様抱っこ!」
「非常時の写真はやめてくれよ……」
「ごめんね、迷惑かけちゃって……」
「その写真すごい閲覧数伸びてない?」
「感動的だったからねー」
「あ、竹内先輩うつってる。ほぼ背景だけど」
「俺のこと好きならもっといい写真探せよな? 真剣に」
それぞれスマホを覗いたり、見せ合いしながら好き勝手なコメントを言い合う。
「お?」
「これかっこいい。理々香ちゃんの写真!」
竹内と柚羽は、それぞれ同じ写真を見つけたようだった。
それは選抜最終リレーを走る理々香の姿。莉緒の代わりに走ってくれたんだよな。
白い足の見事なストライドに、赤いハチマキがきれいに風に乗って伸びているのが、青い空を背景によく映えている。プロにとっても会心の写真じゃないんだろうか?
「理々香ちゃん、すっごくきれい!」
柚葉が理々香にスマホを見せる。
「あのとき、リオくんの男子枠の代わりだけど、緊急事態だからって、理々香ちゃんがタンカ切って出場認めさせたんだよねー」
その時タンカ切られたのは俺だけどね、と実行委員だった竹内がぼやく。
「へー、良く撮れてんじゃん」
竹内の評価は雑だったが、みんながスマホで同じ写真をみるきっかけになった。
「フォームがきれいね」
真白がいう。
「おい、これって」 「ああ」
確かにきれいだ。フォームも写真の構図も映りもさすがプロ。
しかし健全な男子としての指摘をどうしてもしたくなったのと、相手が理々香だから冗談で済むだろうという、ある程度の交流の深まりが、俺と竹内をそうさせた。
「桐原さん、うつくしい“おむね様”だね」
それは竹内が言った。俺は支援して大きくうなずく。一応俺たちは褒めているのだが、念のため竹内には矢面に立ってもらおう。
写真の中の、風を受ける体操着が、その部分の形をちょっとだけ強調していた。別にものすごく大きくて、はぁはぁしてるわけではない。ただきれいだなって……という俺のフォローは通用しなかった。
「セクハラです」
冷静に理々香が切り返す。
「ええ~! 男子ってこれで興奮しちゃうの!!?」
柚羽が大げさに胸を隠した。柚羽の動作は大げさだが、隠された秘宝はささやか……口にはすまい。
「会長、これが彼氏でいいんですか?」 「はい、男子はもうあとずっと正座ね」
「もうケーキなし!」
女子たちに口々に言われて、ケーキをひと口ずつ取られる罰が課せられた。
一ノ瀬兄を巻き込んで、俺たちは縁側で正座させられた。弁明の余地はないが竹内も悔いはなさそうだ。
莉緒くんは正座しなくていいからね~。と猫なで声が聞こえる。
そうそう。体育祭の結果は、白組が一位を守った。二位以下は超接戦。最終選抜リレーで巻き返せず、赤組は最下位にまで転落。二位の座をあろうことか黄組に奪われて、何の因縁があるのか知らないけれど、赤マッチョ団長はハラキリ、という名のジュース奢れコールで周囲のメンバーにたかられてた。
そうか、そういえば白組が勝ったんだ。
――春詩くん、私の組が勝ったら、一つお願いを聞いてください――
真白の言葉が、ふっと蘇っていた。
正座して格好付かないモノローグだった。




