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72歳、まだ アップデートされていません(便利すぎる世界で、最適化から外された人間の話)

作者: 徒然生成

✦72歳、まだアップデートされていません

――便利すぎる世界で、

 最適化から外れた人間の話――


……


72歳になって、

私はようやく人生の使い方が分かってきた。

ただし、

世の中の方がそれを許してくれなかった。


……


★【目次】


■第1話

72歳、健康寿命終了のお知らせ

(統計が人生に区切りをつけに来る)


■第2話

72歳、スマホに叱られる

(便利はいつから監督になったのか)


■第3話

72歳、アプリに急かされる

(急がない自由は想定されていない)


■第4話

72歳、ゆっくり配達を褒められる

(待てる人が価値になる時代)


■第5話

72歳、考えすぎで要観察になる

(思考は病気か才能か)


■第6話

72歳、通知を無視する

(既読スルーが人生を救う)


■第7話

72歳、AIに相談される

(人間が教師になる日)


■第8話

72歳、何もしないを選ぶ

(最適化されない勇気)


■第9話

72歳、評価されないことに安心する

(点数の外側に立つ)


■第10話

72歳、ログアウトを覚える

(世界は切断しても壊れない)


■第11話

72歳、再ログインしない日

(不便より先に静けさが来た)


■第12話

72歳、通知のない朝

(自分の声が一番うるさい)


■最終話

72歳、評価不能になる

(管理できない人間は自由だ)


……… 


■第1話

72歳、健康寿命終了のお知らせ

(統計が人生に区切りをつけに来る)


私は市役所から届いた一通の封筒を開けた。

中身は健康診断の結果でも、

年金の案内でもなかった。

……


【通知】


「あなたの健康寿命は、

 本日をもって統計上、

 終了しました。」


「これまでのご利用、

 ありがとうございました。」


……


一瞬、意味が分からず、

次の瞬間、

コーヒーを吹きそうになった。


「終了」という言葉が、やけに軽い。

テレビ番組の最終回か、何かだろうか?

しかも「統計上」とある。


この二つの言葉が、

どうにも腹立たしい。


丁寧なのに、

責任は取らない感じがする。


今朝も私は、

自転車で坂を上り…、


途中で

社会の仕組みについて考え…、


坂の上で「なるほど」と

一人でうなずいてきたばかりなのに…。


体も頭も、自分の感覚では

まだ普通に動いている。


昔から、

「口は災いの元」とは言うが、

頭については何も言われてこなかった。


どうやらこの時代では、

考えることそのものが

災いになりつつあるらしい。


定年退職してから、

私はようやく本当の趣味を見つけた。


「自分の頭で考えること」


金も道具もいらない。

ただ考えるだけだ。


それが思いのほか楽しくて、

気がつけば毎日やっていた。


ところが72歳になった途端、

世界のほうが私に言ってきた。


――もう十分だろう。


通販アプリから

「最短お届け日」が消え…、


ライドシェアは

「それなら歩いてください」と言い…、


医者は

「考えすぎも体に悪い」

とまで言われた。


私は歩いた。

歩きながら考えた。


どれも間違っているようには

見えなかった。


ただ、どれも

「これ以上、考えられても困る」

という顔をしていた。


――ああ、

 考える人間というのは、

 どうも効率が悪いらしい。


どうやら私は、

「考えすぎ」という理由で

社会不適合になったらしい。


帰り道、

私は少し安心している

自分に気づいた。


「考えるのをやめる前に、

 自分の寿命のほうが

 先に尽きるわい…。」


そう考えられたことは、

私には幸運だった。


そうじゃなければ、私は、死ぬまで

考え続けていたかもしれない。


近い将来、考える人間は、

「説明するのも面倒臭い存在」

になっていくのだろう(笑)。


……


■第2話 72歳、スマホに叱られる

(便利はいつから監督になったのか)


私は人より先に

スマホに叱られるようになった。


朝、目覚めて

何気なくスマホを手に取る。


画面が点灯した瞬間、

いきなり警告が出た。


「昨日のスクリーンタイムが

 長すぎます。」


挨拶もない。

おはようもない。

人間関係としては、かなり雑である。


しかもその下に、こう続いていた。


「高齢者の皆さまは、

 適度な利用を心がけましょう。」


私は一瞬、自分が誰なのか

分からなくなった。


「高齢者」

そう呼ばれる年齢なのは知っている。


でも昨日、

私がスマホでしていたことといえば、


せいぜい世の中の様子を眺めて、

少し考えていただけだ。


それでもスマホは言う。


「休憩をおすすめします。」


――おすすめ、である。


断れそうで、断り方が書いていない。


昔は「親切は過ぎればお節介」

と言ったものだ。


ところが、最近の親切は、

最初から断る前提が用意されていない。


私は反論したくなったが、

スマホはこちらの事情など聞く気がない。


仕方なく外に出て、

自転車に乗った。


スマホは

ハンドルに固定されている。


地図を確認しようと

ちらっと画面を見ると、

すぐ音が鳴った。


「前方を注視してください。」


私は反射的に前を向いた。

教師に見張られている

小学生の気分である。


その後も、

少しでも画面を見るたびに

スマホは正しい声で繰り返す。


「安全第一です。」

「安全第一です。」


分かった。

分かったから、そんなに言わなくていい。


どうやらこの時代では、

転ぶ前に叱られるらしい。 


仕方なく、私は自転車を降り、

歩くことにした。


歩きながら、

少しだけ考えた。


――便利というのは、いつから

 人の上に立つようになったのだろう。


家に戻ると、

スマホがまた話しかけてきた。


「今日の歩数は十分です。

 無理をしないでください。」


私は思わず笑ってしまった。


「誰だ。この小さな板に、

 ここまで気を遣わせたのは……」


夜、ベッドに入る前、

スマホを置こうとすると、

最後に一言、表示された。


「そろそろ休みましょう。」


理由は書いていない。

命令でもない。


ただの提案のようで、

断った場合の未来だけが

省略されている。


私はスマホを伏せ、

天井を見る。


そして結局、

また少し考えてしまう。


72歳。


どうやら私は、

人より先に管理される対象として

丁寧に扱われる存在になったらしい。 


それが

親切なのか…?


それとも、

社会が不安になっているだけなのかは、 

まだ分からない。 


ただ一つ言えるのは、

叱られながら生きるには、


私にはもう

「考えすぎる癖」が 

ついてしまったということだ(笑)。


……


■第3話 72歳、アプリに急かされる

(急がない自由は想定されていない)


72歳になってから、

私は自分では急いでいないのに、

周囲から急かされることが増えた。


その筆頭が、

スマホのアプリである。


朝、天気予報を見るだけのつもりで

アプリを開いた。 


すると、画面の上に赤い文字が出た。


「本日のおすすめ行動

 今すぐ動きましょう。」


なぜ「今すぐ」なのか?

理由は書いていない。


昔から

「急いては事を仕損じる」

と言われてきたが、


どうやらこのアプリは

その言葉をアップデートの際に

削除してしまったらしい。


散歩アプリも容赦がなかった。


「目標歩数まで、あと少しです。

 今がチャンスです。」


私は立ち止まった。


――「今がチャンス」

  という言葉ほど、

  信用できないものはない。


そう思ったが、理由は特にない。

だからこそ、余計に信用できなかった。 


私はあえて、

その場のベンチに座った。


「急がば回れ」という言葉が、

頭のどこかで小さく咳払いをした。


するとスマホが、小さく震えた。


「長時間の休憩は

 推奨されていません。」


どうやら、急がないという選択肢は、

最初からメニューに 載っていないらしい。


私は空を見上げ、雲の動きを眺めた。


雲は、誰にも急かされず、

目的地も決めず、

それでもちゃんと進んでいた。


しかも、

特に急いでいるようには見えない。


――ずいぶん、

 余裕のある存在だ。


昔の人は、空を見て季節を知り、

雲を見て時間を測った。


今の私は、

アプリを見て焦らされている。


そう思った瞬間、

スマホの通知音がぴたりと止んだ。


「壊れたのか?」と一瞬思った。

でも、そうではなかった。


72歳。


どうやら私は、アプリにとって

扱いにくい存在になったらしい。


急がない。

競わない。

間に合わなくても、特に困らない。


それはこの時代では、

かなり説明しづらい生き方のようだ。

だけど、悪くない気がした。


少なくとも、

雲は私を急かしてこなかった(笑)。


……  


■第4話 72歳、ゆっくり配達を褒められる

(待てる人が価値になる時代)


ある日、私は通販で日用品を注文した。 


急ぐ必要は、特にない。

そこで「ゆっくり配達」を選んだ。


昔から「待つ身は長い」と言われてきたが、

この年になると、

待つ身は意外と暇でもなかった。  


数日後、スマホに通知が届いた。


「ありがとうございます。

 あなたはゆとりある選択をしました。」


思わず画面を二度見した。

選択を褒められたのは久しぶりである。


さらに通知は続いた。


「環境への配慮。

 ドライバーへの配慮。

 そしてご自身への配慮。

 素晴らしい判断です。」 


そこまで言われるとは思っていなかった。


私はただ、

急がなかっただけなのだ。


数日後、荷物はまとめて届いた。

箱は一つ。

中身はちゃんと全部入っている。 


私はしばらく箱を眺めた。


――これで褒められるのか?


急がなかった。

それだけだ。 


72歳。


どうやら私は、

「待てる」というだけで

評価される年齢に入ったらしい。


ありがたい。

だが、少し居心地が悪い。


なぜなら、

待つことは努力ではなく、

ただ時間が余っていただけだからだ。


それでもアプリは満足そうだった。


――この社会は、

 人を急がすのをやめたのではない。


ただ、急がない人間の扱い方を、

まだ決めかねているだけなのだ。


私は箱を開け、中身を取り出し、

しばらく何もせずに座っていた。


その間、

アプリは何も言ってこなかった。

それが今日いちばん気になった(笑)。



■第5話 72歳、考えすぎで要観察になる

(思考は病気か才能か)


定期検診の日、

医者はいつもより長くカルテを見ていた。


ページをめくる音だけが、

やけに丁寧だった。


「特に異常はありません」


私はほっとした。

だけど、次の一言が余計だった。


「ただ……

 少し気になる点があります」


昔から

「案ずるより産むが易し」

と言うが、どうやら 

産む前に止められる時代らしい。


「考えすぎです」


病名として聞いたのは、初めてである。


「最近、何かお悩みでも?」 


「悩みというより、

 社会の仕組みについて

 考えているだけです」 


医者は黙り、カルテに何かを書いた。


〈要観察、思考量やや多め〉


「やや」というところに人情を感じた。 


考えることが、

ついに観察対象になったらしい。


――出る杭は打たれるが、

 考える杭は静かに囲われる。 


72歳。


体はいくらでも測っていい。

でもね、頭の中までは預けない。 


考えすぎで捕まる日が来たら、

罪名だけ確認しよう。


「過剰思考」 


少し、誇らしい(笑)。 



■第6話 72歳、通知を無視する

(既読スルーが人生を救う)


朝、スマホが鳴った。


「本日も素晴らしい一日を始めましょう」


私は始める予定は特になかった。

通知はいつも丁寧だ。 


だけど丁寧さの奥に、強い意志がある。

昔から「笑顔の裏に刃あり」とも言う。

この場合、刃は“おすすめ”の形をしている。


「水分を補給してください」

「歩くともっと良いです」

「今が行動のタイミングです」  


だけど、誰が決めたのかは書いていない。


「郷に入っては郷に従え」

みたいな顔をしているが、

その郷がどこなのかは、やっぱり書いていない。


私はそっと画面を伏せた。


「無視」という選択肢は、

いつの間にか説明書から消えている。

でも、72歳の私は説明書を読まない。


説明書は、知らないほうが楽なこともある。

しばらくするとスマホは静かになった。


「怒ったのか?」それとも

「学習したのか?」分からない。


それでも、

その沈黙は思った以上に心地よかった。


――通知に従わないと、

 世界は何も言わない。 


72歳。


私はついに、

既読をつけない自由を手に入れた。

ただしそれは勝利ではない。


「スマホが私を諦めたのか?」

「私が社会の想定から外れただけなのか?」


まだ判断がつかない。

まぁ、どちらでもいい。


「急がば回れ」と言うし、

静かな朝は、それだけで十分だった(笑)。


■第7話 72歳、AIに相談される

(人間が教師になる日)


ある日、私は新しいアプリを入れた。


「人生相談AI」と書いてあった。 

人生を相談される側なら慣れているが、

相談するのは久しぶりである。


「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」

などと言うから、試してみた。

そして、試しに質問してみた。


「老後はどう生きるべきか?」


画面が光り、少し考えたあと、文字が出た。


「逆に、教えてください」


私は指を止めた。

昔なら「馬の耳に念仏」で済んだ話が、

今は馬のほうが質問してくる。 

仕方がないので正直に書いた。


「考えたいことを考える」 


しばらくして返事が来た。 


「それは理想的です。

 多くの人ができていません」 


少しだけ、照れた。

ほめられると弱いのは、 

年を取っても変わらない。


不自然な褒め方でも、

人間はちょっと嬉しい。

続けてメッセージが表示された。 


「その状態に到達するまでの

 時間を教えてください」


私は少し悩んでから答えた。


「定年後、数年」


AIは黙った。長めの沈黙だった。

この沈黙には、 

昔話の“間”みたいな重さがあった。

やがて最後にこう表示された。


「参考データとして保存します」 


保存?どこへかは書いていない。

行き先くらいは知りたいものだ。


72歳。


どうやら私は、人生の答えではなく

途中経過として扱われたらしい。


まぁ、それでいい(笑)。


答えより、 

途中のほうが長いのだから。


■第8話 72歳、何もしないを選ぶ

(最適化されない勇気)


その日は、特に予定がなかった。

スマホにはやるべきことが

きれいに並んでいる。


運動。学習。交流。最適化。


私は一つも選ばなかった。

というより、見なかったことにした。


「見ぬが花」ではなく、

今日は「見ぬが休み」だ。


代わりに窓を開けた。

風が少し冷たく、

季節がちゃんと残っていた。 


私は椅子に座り、

何も考えないつもりで目を閉じた。 


……(沈黙)


それでも、

30秒ほどで考え始めてしまった。


「まぁ、人間だから仕方がない。」


“無”を選んだ瞬間に、頭がしゃべり出す。 


昔の人は

「無理が通れば道理が引っ込む」

と言ったが、


無理をやめても、

道理は引っ込んでくれない。


スマホが一度だけ鳴った。


「しばらく操作がありません」


それ以上、何も言ってこなかった。 


私は心の中で軽く答えた。


「たぶん、しばらくこのままだと思う」


それ以降、通知は来なかった。


72歳。


私は今日、何もしなかった。

成功かどうかは分からない。

ただ、一日はちゃんと終わった。

それで十分だと思った。


「終わりよければすべてよし」

…とまでは言わないが、


“何もしないで終わった一日”は、

意外と上等だった(笑)。



■第9話 72歳、評価されないことに安心する

(点数の外側に立つ)


市役所から一通の案内が届いた。 


「満足度アンケート ご協力のお願い」


最近は、何をしても評価を求められる。 


買い物。診察。配達。窓口対応…。


星をつけ、短い感想を書く。

私は紙を眺め、しばらく考えた。


評価するほど使っていない。

良くも悪くも、特に覚えていない。

不誠実だろうか?

それとも正直なのだろうか?


昔から「正直者が馬鹿を見る」とも言う。

でもね、星をつける世界では、

正直者は“未回答”という名前で片づけられる。 


しばらくして、どうでもよくなった。


――評価するほど何も起きなかった、

 ということかもしれない。


私はアンケートを出さなかった。


誰にも褒められない。

誰にも怒られない。

ただ、何も返ってこない。


72歳。


気づけば私は、

点数のつかない場所に立っていた。


自分でそこへ行ったのか、

気づいたらそこにいたのかは分からない。

ただ、星の数を気にしなくていい

午後だった。 


「風吹けば桶屋が儲かる」みたいに、

世の中は勝手につながって動いていく。


だったら、たまには

つながりの外で息をしてもいい。


……そう思えたのが、

今日いちばんの収穫だった(笑)。



■第10話 72歳、ログアウトを覚える

(世界は切断しても壊れない)


最近、ログインはとても簡単になった。


顔。指。声。

考える前に、もう中に入っている。


昔は

「入り口は低く、出口は高い」

などと言われたものだが、

この世界では出口が見当たらない。


ある夜、私はスマホを見つめていた。


通知。更新。おすすめ…。

終わりがない。


――腹八分目、という言葉は

 どこへ行ったのだろう。


私は少し考え、そっと電源を切った。

一瞬、不安がよぎる。

何か大事なものを見逃すのではないか?


でもね、何も起きなかった。

部屋は静かで、時計の音がよく聞こえる。

それは、子どもの頃からあった音だ。  


――世の中は、

 人が抜ける前提では作られていない。


だからと言って、 

自分が抜けたとしても意外と困らない。


72歳。  


私は、自分の人生から少し席を外した。

再ログインは、急がなくていい(笑)。



■第11話 72歳、再ログインしない日

(不便より先に静けさが来た)


朝、私は目を覚ました。

枕元にスマホはある。

だからと言って、手は伸びなかった。


昨日、ログアウトしたまま眠った。

世界は無事だった。

窓を開けて天気を確認する。

ニュースは聞かない。


――案ずるより、見てみよ。


時間は、誰に言われなくても

ちゃんと流れている。


私はコーヒーを入れ、湯気を眺めた。

再ログインしないと 

不便になると思っていた。


でもね、不便より先に静けさが来た。 


72歳。


今日は、

ログインしないまま午前中を過ごした。

誰からも連絡はない。


世界は、私がいなくても平気らしい。

それが、少しうれしかった(笑)。



■第12話 72歳、通知のない朝

(自分の声が一番うるさい)


午前中、

スマホは一度も鳴らなかった。


電源は入っている。

圏外でもない。

ただ、通知がない。


最初は落ち着かなかった。


――何か忘れているのではないか? 


でも、そのうち気にならなくなった。


代わりに聞こえてきたのは、

遠くの車の音と鳥の声。

昔は、こんな朝が普通だった。


私は新聞を広げない。

検索もしない。


――知らぬが仏、という朝もいい。


72歳。


私は今日、自分の声を

聞こうとしたわけではない。

ただ、他の声が来なかっただけだ(笑)。 


それで、十分だった。 



■最終話 72歳、評価不能になる

(管理できない人間は自由だ)


ある日、

スマホに見慣れない表示が出た。


「この行動は

 評価対象外です。」


私は思わず笑ってしまった。


歩数もない。

成果もない。

スコアもない。


――人は、測れぬものほど

 大事にしてきたはずだ。


私は歩きながら考え、

座って考え、

何もしないで考えた。


誰にも褒められない。

誰にも叱られない。

それが、少し居心地よかった。


72歳。


私は、

評価できない存在になったらしい。


評価できないということは、

管理しにくいということだ。


管理しにくいということは、

思い通りにならないという意味だ。


――足るを知る、とは

 管理から外れることなのかもしれない。


私は今日も、

ゆっくり考える。


それが、

この歳で手に入れた

一番の贅沢なのだから(笑)。 



■あとがき


この小説は、72歳になったから

書いた話ではない。 


72歳が、

見えてきたから書いた話だ。


昔の人は、多くを持たず、よく考えた。

今はその逆だ。


世界は人を追い出したりしない。

代わりに、少しずつ親切になる。


判断を代わり、

選択肢を減らし、

考えなくていい理由を配ってくる。


――情けは人のためならず、

 だけど、考えない親切は

 誰のためだろう?


私は老後の不安を書きたかったわけでも、

便利な社会を否定したかったわけでもない。

言いたかったのは、これだけだ。 


考える時間が残っている人生は、

思っているよりいい。 


72歳になると、体は数字で見られる。

注意書きも増える。 


それでも、頭の中まで預ける必要はない。

考えることは、努力でも成果でもない。

ただの癖だ。


そして、なかなか悪くない癖だ。


もしこの話を読んで、

あなたの少し呼吸が深くなったなら、

それで十分である。


急がなくていい。

評価されなくていい。


考えている限り、

人生はまだ途中なんだよ。


72歳は、

終わりではない。

静かな自由が始まる場所だ(笑)。


――少なくとも、

 私にはそう見えている。

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