雪乃の脅し
「晴奈!」
と、晴奈の背後から声が掛けられる。
「し……しょう……」
涙目を隠すこともできないまま、晴奈は声のした方に顔を向ける。
「師匠? お前のか?」
一方、晴奈の右手を折った狼獣人は、斜に構えて雪乃の方に目をやっている。
「良かったな、ドラ猫。飼い主に甘えて傷なめてもらえよ」
「ひぐっ……」
何も言い返せず、晴奈ののどから嗚咽が漏れる。と――。
「本来、あなたとは戦う必要性はない。あなたは逃げた同志を回収しに来ただけだものね」
雪乃が晴奈の前に立ち、狼獣人に向けて刀を構えた。
「でもたった今、戦わなきゃならなくなった。わたしの愛弟子を侮辱してくれたから」
「へぇー」
狼獣人はヘラヘラとバカにしたような笑みを浮かべつつ、武器を構えた。
「この程度の小娘を鬼神だなんだって持て囃してるようなカス揃いの中じゃ、多少はやりそうな目つきだけはしてやがるが……どうせお前も同類だろ」
「試してみなさい」
ぐい、と雪乃が一歩、前に詰めるが、狼獣人は動かない。
「子供のケンカに親が出てくんのかよ。みっともねーな」
「バカな子供におしおきするのも、親の役目よ。あなたみたいなハナタレ小僧も含めてね」
「オレにおしおきだと? やれるもんならやってみろよ」
ここでようやく、狼獣人が動く。
「はああッ!」
先程晴奈に仕掛けたのと同様、狼獣人は武器をまっすぐに突き出してきた。ところが――。
「……なっ……」
「身の程を分からせるのも、親の役目ってことよ」
次の瞬間、狼獣人の武器が真っ二つに切り裂かれ、地面に転がっていた。
「バカな……この三節棍は鋼だぞ!? てめえ、何者だ!?」
「あなたが名乗らないのだから、こちらも名乗る道理はないわよ。繰り返すけれど、本来ならあなたと戦う必要性はない。この娘もあなたたち――逃げた者を追い回すと言う無礼を働いたわけだし、あなたの暴言とその真っ二つになった三節棍で、手打ちにしてあげてもいいわ。
さあどうするのかしら、ウィルバー・ウィルソン上僧兵さん?」
雪乃にすごまれ、狼獣人ははっと表情をこわばらせる。
「オレの名前……ドコで知った?」
「うわさには聞いてるわよ。昨年、弱冠15歳で上僧兵に昇進した兵が黒炎教団にいるって話をね。友達からの又聞きだけど」
雪乃の言葉に、追いついていた小鈴が肩をすくめて返す。
「こー見えて情報屋もたしなんでんのよ、あたし。他にも知りたいコトあったら教えたげるわよ? アンタのお父さんのお気に入りのコーヒーの銘柄くらいなら、タダで教えたげるけど?」
「……」
ウィルバーはこわばった表情のまま、しばらく雪乃をにらみつけていたが――やがて背を向け、教団員たちに「帰るぞ」と告げて、その場から立ち去った。
こうして今回の紅蓮塞防衛戦は、結果的には今年も黒炎教団を撃退する形で決着した。嵐月堂以外の場所でも防衛に成功し、大きな被害も出ずに済んだ。本来なら雪乃と晴奈は功労者として、家元・重蔵からそれなりの褒賞を受けるはずだったが――。
「辞退すると?」
雪乃本人からそう言われ、重蔵は目を丸くした。
「今回、剣士にあるまじき振る舞いをしたこと。そして師匠として、それを制止できなかったこと。以上の理由から、褒賞は辞退します」
「ふむ。あの一件、嵐月堂に陣取っていた他の者からも報告を受けておる。勇ましいと評価する者もおる一方、確かに雪さんの言う通り、道義に悖る行いだと批判する声も上がっておる。わしが褒賞しその行為を認める形となれば、かえって剣士としての品格に瑕をつけることになろう。
相分かった、褒賞は無しじゃ。その件は勲功と相殺と言う形で、どちらも今後は取り沙汰さんこととする」
「ご配慮、痛み入ります」
「して、晴さんはどうした?」
「小鈴に治療を受けています。あの娘も治療術を使えますから」




