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ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―  作者: つくもいつき
短章 1年目春 秘密会合編(完)

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第46話 モブの家にて



 春シーズン第六週の二日目、晩。

 上級冒険者学校の北東区画。貴賓(きひん)館を横目に、自宅へ続く芝の小径(こみち)を俺たちは登る。刈りたての青が、ほのかに香った。



 この区画の住人は俺ひとり。芝を踏む音が数えられるほど静かだ。



 学校帰りなので、全員制服姿である。

 貴賓館の裏に回り込み、雑木林を抜ける。

 林の先に三つの平屋。夕紺の空に沈む低い影を、俺たちは見つける。



「おお! かようなところに屋敷があるとは!」



「ここが例のセーフティーハウスってやつね」



 俺の右隣でカナメが素直に目を丸くし、左隣のアリスは得意げに顎を引く。

 背後から付いてくる三人──マリー、ルールルー、カーラは、それぞれ息を弾ませて現れた家々に見入っていた。



 周囲は浅い堀で囲われ、建物は水精樹の板で組まれている。

 灰色の切妻屋根の棟では、夜渡りの小鳥が羽をたたみ、気配を消していた。

 堀の水面が家の輪郭を揺らして映す。芝はよく手入れされ、足跡が緩やかに戻っていく。



 左端の平屋の前には大きな引き戸の物置小屋が建つ。

 俺たちは小屋の前を通り過ぎる。

 戸の隙間から、油と金具の匂いがわずかに漏れてくる。

 


「ねね。なんでここだけ物置小屋があるの?」



「マリン先輩と協力して、荷物置き兼工房兼運動施設を作ったんだ。最近じゃ、よくこっちで寝泊まりしてるよ」



「ほほう! 見事な造作(ぞうさく)だな。お前にこのような技能があったとは」



「言うても、大体はマリン先輩の力だよ。作り終えるまで苦労したから、その分、思い入れはできたな」



 わいわい歩く前列に対して後列は静かである。

 後ろをちらと振り返ると、マリーとルールルーの二人は肩を寄せて談笑していた。

 カーラは……ひとりぼっち。彼女がマリーたちの半歩後ろをひとり歩いているのを、俺は肩越しに見る。



(コミュ力の低さ出とるなー……。なんとか打ち解けさせたいけど、どうしたもんか)



 原作ゲームでも、カーラはクラスメートに対する初期好感度と好感度上昇値が低かった。さらに、カナメ・アリス・マリー・ルールルーの四人は先の学外クエストで秘密を共有した間柄。カーラが部外者扱いされるのも無理はない。



 これから先が少し不穏だなと、俺は実感する。

 ひとつ、俺はため息を吐いた。




◆□◆




 平屋に入ると、精霊樹材製の幅のある廊下が俺たちを出迎えた。

 ダークブラウン色の磨かれた木床に足を踏み入れる前に、俺は内履きへの履き替えを指示する。



「我が家は外履き厳禁でね。慣れないだろうけど、頼む」



「変わってるわね」



「和国ではこれが普通ぞ、アリス。我はこちらのほうがよい」



「ふーん。水の王国内でも流行り出しているとは聞くけど……。私も試してみようかしら?」



 全員にスリッパに履き替えてもらったことで、布と木が擦れる小さな音が連なった。木床を歩くたびに艶が撫で返してくる。



 四部屋あるうちの左奥──ダイニングルームへ案内する。

 入ってすぐ、壁の魔力銀盤に手のひらを当て、銅線へ魔力を通した。天井のシャンデリアが灯ると「おお!」「へえ」「まあ」「驚き」「わ、わぁ」といった声が、背後から上がった。



 照度が増すと、黒檀のカウンターと六人掛けの卓が二台、はっきり姿を見せる。

 初めて足を踏み入れたときに抱いた「酒場や食堂のような部屋」という印象は、いまも変わらない。



 長いカウンターは壁際に延び、黒色が光を吸ってしっとり艶めく。

 カウンターの上には、五人分のクロスをすでに敷いてある。

 俺は内側へ回り込み、手で席を示す。赤絨毯を長い椅子脚がかすめる音が順に続き、やがて静かになった。



「まるで店よの!」



「感情値、驚愕」



「俺もそう思うよ。ひとりじゃあいくらなんでも広すぎる」



 そんなやり取りをしながら、俺は棚からグラスと湯呑を取り出した。

 布で口縁を拭う。

 次いで、左端の壁際に設置した冷却ボックス上段を開き、冷えたビン容器とロゼのボトルを抜く。残りの飲料は腰の携帯袋から取り出して並べた。



 事前リサーチは済ませてある。

 それぞれの好みの飲み物を、俺は彼女らの前に差し出した。

 カーラ、カナメ、アリス、マリー、ルールルーの席順どおりに給仕する。



「カーラはリンゴ酒。カナメは緑茶──温かいのを。和国酒はまた今度な?」



「あ、ありがとう」



「うむっ」



「アリスはレミー地方産のロゼワインに、併せでチーズ」



 そう言って俺はアリスの前にチーズを載せた皿を差し出す。

 グラスを受け取ったアリスは、鼻にグラスを近づけて匂いを楽しみだす。



「いい香りね」



「だろ? で、マリーは桃ジュース果肉多め。ルールルーは蜂蜜濃いめのソーダ。炭酸は魔術ギルドの発明だから、研究員にはただで支給されてたって聞いてるよ。あとは……」



 俺は白磁の小皿を取り、蜂蜜菓子館〈ハニーホルン〉の一口パイを皿の中心に置く。木造りのフォークを添えて、五人の前へそれぞれ差し出した。

 焼き面の艶、角で焦げた蜜、割れば層の儚い音。温い甘さがふっと立ち昇った。



 俺は立ったままカウンターに手を置く。

 五人の顔を順に確かめた。



「まずは、軽く。落ち着いたら、本題に入ろう」



 俺の言葉を皮切りに、各々が目の前に出された飲み物を手に取った。

 カナメの隣に座るカーラを、俺は横目でうかがう。

 グラスの中のリンゴ酒は淡い泡を立て、薄金色の液面に窓明かりが揺れた。

 口元へ近づけたカーラの目尻が、ほんの少しだけ緩む。



 ひと口飲んだ後、カーラはぱっと目を見開く。

 彼女は飲み口を見下ろし、片手で口元を押さえたまま、興味深そうに眺めた。



「シャリシャリ? 凍ったリンゴの欠片? と、とにかくおいしい……」



「それはよかった。そのリンゴ酒、ダンジョン産の氷晶リンゴをすりおろして作ったやつでさ。気になったから仕入れてたんだ。おかわりもいいぞ」



「え! じゃ、じゃあいただきます……!」



 カーラは遠慮なくグラスを空にする。

 亜麻色の前髪を片手で払いつつ、俺へグラスを突き出した。

 その様子を、アリスが横目でじっと見ているのに俺は気づく。眉間に浅い溝──行儀をたしなめたい顔だ。



 気に留めず、カーラのグラスに俺はリンゴ酒を注いだ。

 注がれる間、彼女は両手でグラスを差し出し続ける。

 肩の力が抜けたような笑みを、彼女はこぼしていた。



「えへへ」



「……」



 他の面々へ俺は視線を移す。

 ルールルーは相変わらず静かだが、残る三人は険のある表情でカーラを見ていた。

 仲良くしよ? 空気の重さに、俺は思わず顔を覆いたくなる。



 音がひとつ。アリスが、カウンターにワイングラスを下ろした音。

 ──空気が張る。

 白桃色の液面が細い波紋を描き、縁に映った明かりがゆっくり千切れた。

 


「──で、なんでカーラがいるわけ? 今日はこの前の学外クエストの話の続きじゃなかったの?」



 アリスが真っ先に切り込む。

 カーラの肩が小さく跳ねたのを俺は見逃さない。彼女はリンゴ酒のグラスを静かに置き、視線を膝元へ落とした。両(もも)に手を押し付けているのか、肩が張っている。



 カナメ、マリー、ルールルーは無言のまま。

 湯呑やグラスを両手で支え、口をつけもせず、アリスの言葉が通り過ぎるのをやり過ごしている。前回のクエストで深まった関係が、黙り方ひとつにも表れていた。



 ずいぶんと仲良くなったものだと感心する。

 アリスの言葉に俺はうなずいて返す。

 


「ああ。前回の話の続きだよ」



「なら、なんで? この子、部外者でしょ? あなた例の件、教えたの?」



 そう言って、アリスが一拍だけマリーたちのほうを見る。

 二人の素性まで話したのか──その確認だ。俺は首を横に振る。



「いいや、教えてない。けど、カーラも当事者だ。カーラには俺の才能を教えている。俺にとって、これ以上ない信頼の証だよ。今回は、俺の秘密を知っている人間の中から呼んだんだ。──これから、俺の目的を話す。それを聞いて、みんなには判断してもらいたい」



「……なにを?」



 アリスのまつ毛が一度だけ上がる。いぶかしげに彼女は聞き返した。

 俺は喉の奥で息を整える。()を置いてから、言葉を継いだ。



「この先、俺とパーティを組むかどうかを」



 音が消える。

 誰かが小さく唾を飲みこむ気配が、伝わった。





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