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ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―  作者: つくもいつき
1年目春 学外実習編(完)

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第45話 特例措置



 春シーズン第四週の五日目、午前。

 村をあげての『生還祭』から一晩過ぎ、俺たちは出立の日を迎えた。



 川面が薄く光り、緑の外套が風でやわらかくはためく。

 桟橋の端で、出立の列に加わる。マリーの隣から、俺は村の方角を見やった。



 デルヴァン家の人々に、友人たち。冒険者ギルドからはシルヴェットと非番の面々。

 見送りの人間が五十人ほど集まっていた。

 手拭いを振る子ども、帽子を胸に当てる昔なじみ。ばらばらの仕草が、ひとつの風景に溶け合っている。



 村はすっかり元の活気を取り戻していた。

 『生還祭』は週末まで続くらしく、朝から河川敷に屋台が並ぶ。その隣で知人同士で魔物肉を鉄板で焼く姿も見える。炭と脂の匂いが風に乗り、腹に響いた。夜は焼肉にすることを、俺は決意する。



 今日から迷宮での資材採取も再開したと聞く。

 俺が記録した採取ポイントの情報は役に立っているだろうか?

 そうこう考えているうちに、シルヴェットが前に進み出て、俺たちに声をかけた。



「これで、お別れだね。寂しくなるよ」



 黒のポニーテールが風ではためく。

 灰色の瞳を動かし、シルヴェットは俺たちの顔を眺める。

 普段表情の固い彼女も、いまは口元を緩めている。



「ええ。短い間ですが、お世話になりました。この村で学んだことは、忘れません」



 アリスが頭を下げる。

 俺たちも続いた。万感の思いを込めて、礼をする。



 シルヴェットが名残惜しそうに微笑みかける。

 一歩下がって、彼女は最後に俺たち全員の顔を見回した。

 川風が列を撫で、外套の裾が一様に揺れる。



「こちらこそ世話になった。君たちに、リヴィエ村はずいぶんと助けられたよ。スタンピードしかり、救助クエストしかり、変異個体の討伐しかり。私が今まで担当した学生の中で、君たちほど成果をあげた学生はいなかった。学校には最高級の評価で伝えておきます」



 シルヴェットの言葉に、俺たちは一様にうなずく。

 カナメたちの表情も緩んでいるような気がした。

 学外クエストの評価は偉業=経験値に直結する。

 思わず口角が上がりかける。俺は唇を強く結び、表情の崩れをこらえた。



「それで、モブ」



「はい?」



 個別に呼び掛けられ、俺は片眉を上げた。

 シルヴェットがまっすぐ灰色の瞳を差し向ける。

 言葉を選んでいるのか、短い沈黙が走る。

 凛とした表情をたたえながら、彼女は告げた。



「私のほうからギルドを通じて学校に推薦しておくよ。君は特例扱いすべきだって」



「!」



 にわかにざわめきが走る。

 カナメたちと見送りの面々の視線が一斉に肌に刺さった。



「窮屈だったろう? 武器も振るえず、サポーターという枠に縛られて」



「……それは」



 スタンピードで俺がダガーを使うことはなかった。

 ……デルヴァン家の屋敷内で激情し、一回ホルダーから抜いたが、抜いただけなのでセーフだろう。

 自己防衛のためと言い訳する用意はあったものの、終始指示と索敵に注力したことで、俺は違反行為をせずに立ち回ることができた。



 制限がなければ、もっとうまく立ち回れたという自負はある。

 シルヴェットの問いに、言葉が詰まった。



「六年、私は君の活動を見て来た。たとえレベルが周りより低くても、君はサポーターの域を超えて、パーティの活動に貢献できる男だ。それは、私が保証するよ。レベルが高いいま、なおさら君の行動に制限をかけるべきではないと、私は思う」



「先生……」



「変異個体の件で、大分話は通しやすくなった。朝一でギルドから連絡があったけど、いくつかのダンジョンでつぼみが見つかったそうだよ。すぐに駆除できたってさ。これも、君たちの詳細な報告のおかげだよ」



 改めて、シルヴェットが俺たちの顔を見回す。

 最後に俺と目を合わせた。

 胸に手を当てながら、彼女は言った。



「君が羽ばたく姿、ずっと見守ってるよ。──頑張れ、モブ。行ってらっしゃい」



 不意に目頭が熱くなる。

 俺は一礼した。深々と頭を下げ、数秒ほど固まった。

 顔を上げる。唇を内に折り畳みながら、声を震わせた。



「はい、行ってきます」



 俺は(きびす)を返す。カナメたちと横並びで、桟橋に足を踏み入れた。

 第二の故郷とも言えるリヴィエ村を後にしようとする。



「アリス様ー!」「カナメちゃーん!」「マリーちゃん!」「ルールルーちゃん!」「モブくーん!」「モブー!」



 見送る人々を俺は肩越しに見る。

 俺と同じように、カナメたちも足を止め、見送りの面々を見つめていた。



「みんなも、だいぶ受け入れられたな」



「うむ! この村の者たちには、ほんとうに世話になった。……『ちゃん』というのは気に入らんが、よしとしよう」



「私なんて様よ? よく言われるけど、なんで?」



「まあ、敬意がこめられてると思えば、いいじゃないですか」



「同意」



「むう……。複雑ね」



 アリスの反応に、俺含め四人で笑い合う。

 そのまま桟橋の奥へ足を向けた。



 縄はしごに足をかけ、浮遊帆船に乗り込む。

 係留索が外れる。準備が整うと、浮遊結晶が低く唸り、帆船は静かに離水した。

 船首が風を受け、交易都市ミカの方角へと高度を取っていく。



「さよならーっ!」



「また来よう! さらばだ!!」



 俺たちは手すり越しに肩を並べ、リヴィエ村の人々へ、何度も手を振り返す。

 そんな中、俺はデルヴァン家の一団の中にいる、エステバンとその妻ミドリーを見つける。

 エステバンは昨日の大怪我の影響か、杖を支えに立つ。その隣では、ミドリーがリオラをあやしている。



 エステバンと視線が合う。

 彼は帽子を胸に当て、何度も深くうなずいていた。

 朝のデルヴァン家での一幕を思い出し、俺はすっと目を細める。

 右拳(みぎこぶし)を高く上げ、彼に最後のあいさつを送った。



 川が下へ遠ざかり、土手の草に光が走る。

 胸の奥に残る熱が、ようやく落ち着いていった。




◆□◆




 春シーズン()()()の一日目、午前。

 俺は、交易都市ミカの冒険者ギルド支部に呼び出されていた。



 先週何度かミカの冒険者ギルドにて変異個体に対する聞き取りが行われ、ようやく落ち着いたかと思った矢先である。

 石造りの館の廊下は朝の冷気を含み、学校指定のブレザーだけでは少しばかり寒い。

 赤絨毯を敷いた階段を使い、俺は三階へ上がる。



 三階中央の扉のプレートに「支部長室」と刻まれた文字。

 俺は制服を端々まで見て、よれていないかチェックする。

 ひとしきり見終えてから、ノックした。



「失礼します。上級冒険者学校所属、モブ・アイカータです。入ってもよろしいでしょうか?」



「──どうぞ」



「失礼します」



 支部長室に入った瞬間、俺は二人の人物に見定められた。

 机の前のリンダ校長。紫紺のローブをまとい、とんがり帽子を胸元に抱きながら、彼女はこちらを向く。

 続いて、精霊樹材の高級机で指を組む冒険者ギルド支部長──シャロン・ストーンハートの視線を、俺は受け止める。



 シャロンが自身の白髪を指先ではじく。

 髪は簡潔に後ろでまとめており、彼女の左頬には太い切り傷が刻まれていた。

 濃紺の長礼服を着込む。肩には鍛鉄の飾り留めが輝く。

 左手の薬指は先が欠け、印璽指輪だけが静かに灯りを返す。立ち居振る舞いは武人、装いは代官の格式──その両方を併せ持つ風格だった。



 俺は前に進み出て、シャロンとリンダの前で直立する。

 シャロンの背後にある窓からは交易都市ミカの内城壁が間近に見え、薄いレースのカーテンが風で揺れた。



 部屋に、樹脂と葉巻の燻香が混じる空気が薄く広がる。

 俺の母親も愛煙しているスモークトレントの葉巻。

 植物系の魔物の樹皮を燻した煙は、一本の細い線になって立ち上がり、窓から差す光で白く透けた。



「ご足労ありがとう、モブ・アイカータ。書状ひとつで伝える話でもないから、呼び出させてもらった。すぐに終わる」



「はい」



 シャロンは書状へ視線を落とし、書面を指で一度なぞった。

 彼女の座る机の天板は滑らかで、彫り込まれた枝葉の意匠が鈍く光る。

 脇には公印箱と赤蝋、羽根ペン、そして葉巻を置いた銀の灰皿が整然と並ぶ。

 紙の端がわずかに揺れ、部屋の静けさが濃くなる。



「──君は、本日付けでゴールドランクに昇格となる。そして初の、サポーター戦闘許可運用措置の試験適用者となる」



「!?」



「冒険者ギルドとしての決定だ。登録証とサポーター戦闘許可腕章は、後で学校で受け取ってくれ」



 リンダが右手側を向く。シャロンを細めたまなざしで見下ろす。

 戸惑って口を固く結ぶ俺を横目に、彼女は問いかける。


 

「シャロン。ギルドマスターは彼の功績を認め、ゴールドランクと、サポーターでの特例措置を与えると? ……ずいぶんと思いきりましたね? 通例では、男子はレベル4にならないとゴールドランクとして認められないのに」



「適正な評価だよ、リンダさん。この街とリヴィエ村。この子は二つの場所で長年にわたって成果を上げ、今度は『淫魔族』の痕跡を明らかにした。ランクを上げるには十分な理由だ。……と、本当はそう言いたいところだが」



 シャロンは指を組み直す。品定めするような、厳しいまなざしでこちらを見た。

 時計が時間をひと刻み進める音が、部屋に響く。



「我らがギルドマスターの意向は、別にある。『淫魔族』への対応。そのための特例措置だ。モブ──君個人には、まだ詳細を明かせない。だが今まで以上に、冒険者ギルドは君を支援することになる。頑張ってくれ。期待しているよ」



 そう言って、シャロンは口角を上げる。

 俺は恐れ半分、嬉しさ半分といった思いを抱いて応じる。

 一礼して、俺はひとり、支部長室を辞した。




◆□◆




 春シーズン第六週の二日目、朝。

 窓からの光が黒板に斜めの帯を落とす。教壇の粉受けには白いチョークの粒が溜まっている。



 リンダ校長の計らいか、それとも冒険者ギルドの意向か。

 俺は教室の壇上で、担任のメイリーナからゴールドランクの冒険者登録証とサポーター戦闘許可腕章を手渡された。

 名簿の上ではなく、今日から現実の装備だ。



「……これで、お前は名実ともにゴールドランクの冒険者となる。仮にレベルが落ちても、そのサポーター戦闘許可証により、戦闘参加も可能となる。──調子に乗って、身の丈に合わないクエストを受けるなよ? 違反時は即資格剝奪となる。いいな?」



 メイリーナは書類を閉じ、顎だけでこちらを示した。

 手もとの腕章の金具が光を返す。



「心得てます」



 教室中から、歓声が上がる。「男子でゴールドランクって学校初!?」「すごすぎでしょ! さっすがモブくん!」口々にクラスメートが賞賛を口にする。誰かが軽く手を叩き、つられて喝采が鳴り始めた。



 手渡しの間、メイリーナはずっと渋面を浮かべていた。彼女なりに俺を心配してのことだ。俺は一礼してから、彼女に背を向けた。

 胸ポケットの登録証はまだ硬く、加工された魔力銀板の角が制服越しに当たった。



(──これで学外のクエスト、学外のダンジョンで稼ぐ準備は整ったな)



 俺は素直に行動の幅が広がったことを喜ぶ。

 一方で、冒険者ギルドがなぜこのような措置を取ることにしたのか、調べようとも思った。

 『淫魔族』に対抗するための特例措置と、あの時シャロン支部長は言った。

 ──冒険者ギルドは、もしかしたら俺に英雄ランズや英雄ダークと同じ価値を見出し始めたのかもしれない。

 だとしたら俺にとっても都合がいい。その意向を利用させてもらう。



 『闇の華』『淫魔四天王』『冒険者ギルドの計略』と、原作にない要素がどれほど俺の計画に影響するかはまだわからない。

 だがやることはシンプルで変わらないと、俺は思っている。



(とにかくレベルを上げる。ダンジョンを攻略し、装備を集め、暴発し過ぎないように己を律する──それだけだ)



 俺は席に戻る途中、カナメ・アリス・マリー・ルールルー・カーラに視線を走らせる。

 彼女らに目的を打ち明ける時がようやく来た。

 今夜の彼女らとの秘密の会合に向け、俺は思案を巡らせた。






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