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ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―  作者: つくもいつき
1年目春 学外実習編(完)

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第44話 喝采



 春シーズン第四週の四日目、正午過ぎ。

 浮遊帆船の後部甲板に備えられた六人がけのベンチに、俺とカナメ、マリー、ルールルーは座る。



 太陽は頭上を越え、手すりの金具が白く光る。甲板は日差しを浴び、ほどよく温まっている。

 靴底越しに乾いた木の弾みが伝わった。

 後方の帆は巻かれ、帆桁(ほげた)の影が短く落ちていた。



 結界の障壁をかいくぐって届く、そよ風が心地よい。

 風圧結晶の柱頭に淡い緑が灯り、足もとには微かな揺れだけが残る。

 遠く下には川の筋と畦道、屋根瓦の列。集落から上がる昼餉(ひるげ)の煙が細く立ち、空の青に溶けていく。



 カナメは藍の小袖を着込み、素足から足袋に履き替え済である。俺の正面で膝を揃えて座っていた。

 カナメの隣にはマリー。彼女は僧衣の裾を整え、息をひとつ吐く。

 人間形態に戻ったルールルーは、帽子を膝に抱えては、俺の右隣から俺の胸元に視線を注いでいる。



「モフ! モフ!」



「うぃ~。どした~、リオラ~」



 俺の腕の中でリオラがもぞもぞする。

 物珍しげに顔を巡らせ、何かを見つけるたびに彼女は指を突き出し、舌ったらずな声をあげた。

 エステバン譲りの赤茶色の髪がそよ風に揺れる。

 青地のオーバーオールが日差しで熱を帯び、手のひらに温かさが広がっていく。



「ふっ。元気なわらしよ」



 腕を組み、澄ました顔でカナメはうなずく。

 だが、その口元がわずかに引きつっているのを俺は見逃さない。



『あだだだっ!? やめい、リオラ! 引っ張るでない!!』



 先ほどリオラに髪を引っ張られたことから、カナメはやや距離を置いていた。

 この歳の子どもが髪に手を出すのは見慣れた光景である。

 カナメの隣に座るマリーが、カナメの銀髪を持ち上げた。



「髪、上でまとめましょうか?」



「よ、よい。我はこれが気に入っている。わらしの行動一つで変えるつもりはないぞ、うむ」



「ふふっ。いつでもお申しつけください」



「るうー、うー」



 リオラが俺の隣に座るルールルーのマントに手を伸ばす。

 ルールルーは表情を変えず、黒い布を手に取り、リオラの手に預けた。



「どう?」



 ルーが小首をかしげて言う。

 リオラは遠慮なく布をつかみ、自分に引き寄せた。

 満面の笑みでリオラはマントを揺さぶり、甲板に笑い声が跳ねた。

 その微笑ましい光景に、俺もつられて笑う。



「リオラはルーが気に入ったっぽいぞ。な、リオラ」



「あい!」



「感情値、戸惑い」



「ふふっ。ルーは、私たちのいた孤児院でも人気だったんですよ?」



「なんとっ。まあ、親しみやすさがあるから納得だ」



 昔を懐かしむようにマリーは片頬に手を添えた。

 ルールルーが恥ずかしがったのかうつむく。落ち着きなさげに、彼女は帽子の縁を指先でいじり始めた。



 スタンピードといい救助クエストといい、今回のルールルーの活躍は目覚ましいものだった。一番の功労者と言っても過言ではない。俺はリオラを通じて、労いの言葉をかける。



「リオラ、お姉ちゃんがリオラのことずっと守ってくれてたんだぞ? ありがとって言っとこうな?」



「ぁいがと!」



「感情値、不可解。モブとカナメのほうが敵を倒してた」

 


「いやいや! ルーよ。お前の働きがなければ、あれほどリオラの救助が順調に終わることはなかったであろう。胸を張るといいぞ!」



「そうよ、ルー。あなたも活躍したんだから。喜ぶことよ?」



「そうそう。俺がボスを倒せたのも、カナメやルーがリオラの安全を確保してたのと、ルーがテレポートでかく乱してたからこそだ。パーティの貢献度は一番だったよ。ありがとな」



「……ん」



「そろそろ着くわよー」



 船体の後部からアリスの声。

 鼻歌まじりに彼女は舵輪を握る。 

 速度が落ちて、横切る景色もなだらかなものに変化する。

 短い船旅が終わり、リヴィエ村の桟橋が近づいてきた。



 乗務員であるメイド隊の四人が甲板を歩き回る。

 係留索が準備され、甲板の金具が低く応えた。風が一段やわらぎ、リヴィエ村の祭り騒ぎがふっと耳をくすぐった。





 三日前に降り立った桟橋に、俺は再び足をつけた。

 板張りがみしりと鳴り、川面のきらめきが足もとで跳ね返った。



「来たぞ!」



「モブたちだ! 子どもを助けて帰ってきた!」



 桟橋の端には、リヴィエ村の人々が詰め寄り、歓声を上げていた。

 帽子を振る者、手拭いを振る者、両手を口に当てて叫ぶ者──その熱が一気に押し寄せる。

 酒瓶を片手に持っているのは、祭りを抜け出してまで来てくれた証だろう。たぶん。



「観測値、熱狂」



「熱烈な歓迎ね」



「ふふっ、嬉しいかぎりです」



「うむ、みなの活躍を聞きつけたのだろう! 我も誇らしいぞ」



 土手の上まで人だかりが出来ているのを見て、俺は目を見開く。

 音頭取りの太鼓が遠くで二度打たれ、歓声がまたふくらんだ。



 メイド隊の四人が腕を広げて、村民の桟橋への侵入を防いでいる。

 彼女たちがいなければ、歩くこともままならなそうだった。



「モブ! モブ!」



 俺たちが群衆へ近づくたびに、怒号のような合唱が鼓膜を打った。

 腹まで響き、腕の中のリオラはいまにも泣きだしそうであった。小さな手が俺の襟を掴み、熱い息が頬にかかる。

 俺は身じろぐ彼女の背を必死に撫で、落ち着かせようと試みた。



「静かにッ!」



 雷鳴のごとき声が喧騒を切り裂いた。

 冒険者ギルドの責任者であるシルヴェットの声。

 途端に場が静まり返る。風が川面を撫でる音と、桟橋の板が軋む音だけが残る。

 みなが一様に押し黙る姿に、よく統制が取れていると俺は感心する。帽子を胸に当て直す者、体を半歩引く者──動きが波のように揃った。



 俺たちが顔を見合わせている中、群衆を割って前に出る人影があった。

 シルヴェットをはじめとした冒険者ギルドの面々。

 攻撃班の四人が、メイド隊の前で止まった。足並みがぴたりと揃う。



 それを見て、俺たちも歩みを進める。

 やがて桟橋の端に辿り着いて、俺たちはシルヴェットと顔を突き合わせた。

 川風が頬を撫でる。伸ばせば互いの手が触れ合う距離。

 群衆が固唾を飲む音が聞こえる。桟橋の板がひとつ、乾いた音を返した。



 俺は一礼し、シルヴェットに向かって言った。

 胸の前で外套を直し、声の調子を整える。



「モブ隊、ただいま帰還しました。救助クエスト、完遂です」



 シルヴェットは軽く顎を引き、視線を背後のカナメたちへ巡らせてから、俺に戻した。

 治療が済んだためか、シルヴェットの片目から包帯は取れていた。

 灰色の両眼をまっすぐと俺に差し向ける。

 彼女の身に着ける薄灰の外套と、長い黒髪が併せて川風に揺れた。



「お疲れ様。報告にあった、変異個体の件も、よくやってくれたね。変異個体の早期発見と、討伐。ギルドは君たちの働きを高く評価している。本当にありがとう」



「はい」



 俺はもぞるリオラの重みを支え直す。

 次の言葉を待った。

 途中、俺の耳が焦りをはらんだ声を拾う。

 シルヴェットの背後に控える冒険者たちの奥から、その声は届いてきた。



「通して、通してくださいっ……!」



 ミドリー・デルヴァン、エステル・デルヴァンが人混みを縫って前に出る。

 ──そして。

 彼女らより先に、必死の形相で体を前方に押し込む男がいた。

 水色の寝間着姿で、赤茶色の髪。

 青ざめた顔色を彼はたたえている。額に汗、サンダルを履く素足の踵には土ぼこりがついていた。



「あ、おいっ、エステバン!」



 近くにいた攻撃班の一人が心配げに声を上げる。

 エステバンがシルヴェットの隣に、倒れ込む。



 エステバンが放つ命の輝きに、俺は目を細める。

 倒れた彼に近寄った。

 一歩前に出て、(かが)む。

 「ぱぁぱ」と呼びかける彼の娘と共に、俺は彼に向かって手を伸ばした。



「りっぢゃん……、りっぢゃぁん……、生きて……!」



 腕を支えに、エステバンは立ち上がろうとする。

 回復に努めたであろう体は、思い通りに動いていない。

 顔を上げるのも精一杯という様子だった。彼の喉がつまる音が、俺の胸元に伝わる。



 ここまで来れたのは、気力のたまものに違いない。

 背後から駆け寄るミドリーたちより先に、俺はエステバンに触れた。

 


 鼻水を垂らし、涙を流し続けるエステバンを、俺は片手で引き寄せた。

 リオラと一緒に、エステバンを抱きしめる。桟橋の板が三人分の重みで低く鳴る。



「ぱぁぱ! ぱぁぱ!」



 リオラがエステバンの首にしがみつく。

 二人の吐息が俺の襟ぐりにかかった。指先から伝わる温もりが心地よい。

 気の緩みだろうか。

 俺の目元からも、熱い雫が流れ出す。頬を伝って顎に集まり、足もとの木目に小さな点を残す。



「よかったな、エッタ、リオラ。ほんとうに……」



「に゛ぃざん……。うわぁあああ……」



 エステバンの声が震える。彼の手が俺とリオラを抱きしめ返した。

 俺の肩に彼は顔を(うず)める。ただただ感じ入っては、声にならない声を彼は上げ続けた。



 パチ、パチ。



 どこからともなく拍子が鳴る。最初の二拍は、どこか遠慮がちだった。やがて、音の輪は広がり、喝采へと変じた。

 周囲を見渡すと、誰も彼も手を叩いている。

 ミドリーやエステル。

 シルヴェットたちに、メイドたちも。

 みなが俺とカナメたちに喝采を送っていた。



 俺は気恥ずかしくなるも、彼らの行為に応えようとする。エッタの脇に手を入れ、一緒に立ち上がった。膝が少し笑うも、しっかと両脚に力を入れる。



 俺たちが立ち上がったと共に、どよめきが一拍、拍手の合間に差し込まれる。

 俺はその隙に、右手を天に突き上げた。

 パーティの代表として意と威を示す。



 歓声が上がる。

 待ちわびていたかのように、万雷の拍手が鳴り渡った。数百人のスタンディングオベーションを一身に受ける。

 鼓膜が震える。頬の産毛まで揺れ、腹の底まで音が響いた。

 賞賛の対象であると自覚し、言い知れぬ高揚に包まれるのを、俺は実感した。



(ほんとうに、よかった。闇の華や魔物たちからリヴィエ村を守ることができて、カナメやリオラを取り戻すことができて、ほんとうによかった……)



 かつて月に掲げた拳を、自身の右手を見ながら俺は思い起こす。

 またこの世界に住まう、親しい人たちの笑顔を守ることができたことを誇った。

 胸の内側から熱は広がる。

 川風が、火照った体を通り抜けていった。




◆□◆




 その後、俺たちは村の『生還祭』に参加し、道行く人々から賞賛を受けた。

 共に戦った冒険者ギルドの面々、世話になったデルヴァン家の人たち、昔なじみ──多くの人たちと(さかずき)を交わし、スタンピードの終結を祝い合う。



 広場には長テーブルが並び、人々はテーブルの前で思い思いに酒をあおり、ご馳走をつまんでいた。

 串焼きと煮込みの匂いが夜風に混じる。

 小さな舞台では笛と太鼓が鳴り、子どもたちが手をつないで輪を作っていた。



 杯が触れ合う音、笑い声、拍手。

 俺とカナメ、アリス、マリー、ルールルーは何度も肩を叩かれ、抱きしめられ、名を呼ばれた。

 「英雄だ!」「また来てくれ!」「この村のギルドで一緒に働こう!」の声に、自然と顔がほころぶ。

 マリーとルールルーはこうした場に不慣れなのか、終始照れた様子で杯の中身を覗いていた。



 ついでに言えば、俺へ寄ってくる村の女性たちを、カナメたちがにらんでやんわり追い返す──そんな場面もあった。

 結局は最後、握手会のような催しを行う羽目になったが。

 振り返ると、実に微笑ましい一幕だった。



 そして翌日。

 いよいよリヴィエ村を発つ日が来た。




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