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ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―  作者: つくもいつき
1年目春 学外実習編(完)

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第41話 闇の華はこうして人間不信になった



 人類の天敵──『淫魔族』。

 六百年前、水の王国北部の魔の島深部から突如現れ、人類を激減させた連中だ。

 その淫魔族とマリーが同じ種族だと、今の声の主は言った。



 アリスの反応は当然のこと。だが、どことなく彼女の表情に違和感を覚える。

 彼女とマリーのやりとりを、俺はいったん見守ることにした。



「こともあろうに女神教の元聖女候補が、淫魔だったとはね……。辞めた理由もそれかしら? 正体を現しなさい、いったい何が目的なの?」



「私は……」



 切っ先は喉元に突きつけられたまま。

 アリスは金色の瞳を輝かせ、マリーを値踏みしている。

 肩の力は抜けているのに、足の位置だけがいつでも踏み込める角度で固定されていた。



 対するマリーは水色の目を逸らさず。

 アリスの脅しに、微動だにすらしていない。

 合わさった指が強張り、爪先が掌に浅く食い込むばかり。

 僧衣の胸布がひとつ上下し、呼吸が落ち着いているのが俺の位置からでもわかる。

 いつでも対処できる──そんな自信の表れだろうか。



 その様子を見たのか、謎の声がはしゃぎ出した。



【何々、仲間割れ!? て、手伝うよ淫魔様、ちょっと待ってて!】



 声の主からわずかな焦りを感じる。

 マリーの不興を買ったのではないかと思ったのだろうか。

 俺は声の主が幼い存在であると感じ取る。



 こいつが、エステバンを傷つけ、カナメとリオラをさらった『闇の華』なのか?

 そう考えるととたんに口角がひくついた。どす黒い考えが脳裏をよぎる。

 にらむアリス、押し黙るマリー、慌てる声の主に対し俺は一石を投じることにする。

 杖の先のランタンの灯が揺れ、三人の影が石床で交わった。



「──貴様ぁ! マリー様の計画に水を差しおって……! 余計なことを……!」



 俺は周囲を見回し、怒鳴りつけた。反響で(ほら)が低く唸る。

 目を見開くマリー。対して、アリスは片眉を上げる程度。

 やはり、そうか。

 アリスが視線で『乗れ』と俺に合図する。

 盛大に乗っかることにした。



「貴様が口にしなければ、ゆくゆくは王都を……。ああ、なんてことだ!」



【え? え? え? ご、ごめんなさいっ、あなたも淫魔様の……】



「そうだ! 貴様は何だ! 姿を見せろ! 我らの邪魔立てをする理由を言え!」



 俺は仰々しく手を払う。

 原作ゲームでも相手を言いくるめるのは効果的な行動である。

 あらんかぎりムカついているふりをした。本心が声に乗り、舌は軽やかに動く。

 俺の意図を察したのか、弱々しい声をアリスは上げる。



「も、モブ……? そんな、あなたもなの……?」



「……マリー様!」



「──!」



 俺が呼びかけるや否や。

 マリーはアリスのレイピアを払いあげた。鍔金が鳴り、細剣が軌跡を描く。

 アリスは後退しようとするも、すぐにマリーに詰め寄られる。



 鳩尾へ掌底。アリスの体がふっと浮く。

 僧衣の袖が張り、マリーの肩の線が浮いた。



「うぐっ!?」



「失礼、アリス」



 アリスの褐色の肌に脂汗が滴る。

 口元から唾液を飛び散らせた。ランタンの光が飛沫に点々と灯る。液体は、石床に落ちてはじけた。

 金糸のような髪が垂れ下がる。項垂れるアリスを肩に担ぎ、マリーはこちらに振り返った。



「モブ、こちらを」



「はっ、マリー様」



 俺は近づいてアリスを抱き寄せる。彼女を腕に抱えた。王子様抱っこに抱え直す。体温が外套越しに移る。彼女の規則的な鼓動が、指先に届いた。

 足元に落ちたレイピアは、マリーが手に取り、切っ先を石床に向けている。細剣の影が床の目地に沿って伸びた。



 俺は腕の中のアリスを見やる。

 焦点の合わない彼女を見て、俺は恐怖する。

 演技だよな? やりすぎてない?



【さ、流石です淫魔様! 素晴らしいです】



「……案内しなさい、その者。顔を見せなければ、殺しますよ?」



 レイピアを中空に差し向け、マリーがすごむ。

 声の主は震えあがったような声を上げる。



【わ、わかりました。声で案内します。僕の元へいらしてください。それで、その、あの……】



「ええ。今あなたが戦っている相手も、ついでに排除します。それでよいでしょう?」



【は、はいっ! ありがとうございます淫魔様!】



「さ、行きましょうモブ」



 俺はうなずく。アリスを抱えながら、マリーの背を追った。

 足もとで水が薄く鳴り、石床の目地に灯りが帯になって伸びる。

 マリーの僧衣の裾がリズムよく揺れ、彼女の持つレイピアの切っ先は一定の高さを保った。



 通路の曲がり角ごとに声が間を空けて脳裏に響き、案内の方向が少しずつ定まっていく。

 抱えたアリスの重みが腕に移り、外套の繊維が衣擦れの音を立てた。



《作戦は、うまくいったみたいね》



 こめかみに痛みが走る。アリスに視線を落とすと、彼女は目を閉じたまま舌を出していた。

 俺も気づかれぬよう、通信魔法で応答する。



《芝居打ってくれてありがとな。大丈夫か?》



《痛すぎね。あの子あれで加減したつもりかしら? 目がちかちかするわ》



《お、おかげで相手も信じ込んでるからさ。でも、よくすぐに切り替えたな》



《……バレてた? 途中まで本気だったこと》



 俺はアリスを持ち直す。金の髪から薔薇の香りが匂い立ち、運ぶ労力を忘れさせる。下り道を進む足取りも軽かった。



《レイピア抜く手がよどみなかったからな。どうして思い直したんだ?》



《簡単よ。人の情報を視れる、あなたが知らないわけないもの。マリーのことを知った上で泳がせてるってわかったから、すぐに切り替えることができた》



《……理解が早くて助かるよ》



《でしょ? まあ、しばらくはこの心地よい揺りかごに身を任せるわ。男の子に王子様抱っこされるのって、これはこれでいいわね♪ ──後で、全部事情話してね?》



 俺は返答の替わりにアリスの肩をぽんと叩いた。

 満足したのか、彼女は俺の胸に顔を傾ける。寝息を立てるように安らぎ始めた。





 俺たちは第五層に降り立った。

 冷えが一段深い。通路の天井に、白い糸膜が新しく張られている。



 第四層まで姿かたちもなかったモンスターの群れ──十数匹の大鼠と大蜘蛛が、俺たちを無視して通路を駆ける。

 カナメたちを狙っているのだろう。

 不可視の魔法を使ったわけでもないのに無視されるとは。普段お目にかかることのない光景に、俺は目を丸くする。



 モンスターを横目に、俺たちは指定のポイントへ向けて小走りした。



【もぉおおおおお! なんだよもぉおおおっ! ちょこまかとぉ! ダンジョン中のモンスター呼んでるのになんで平気なんだよぉ!?】



《余裕はないみたいね》



《荒れてるなぁ。カナメたちが、ずいぶん暴れ回ってるみたいで。あいつ、もう体調回復したのか?》



 声の主に導かれ、俺たちは暗がりの通路を抜ける。

 第五層の隠しエリアの位置。

 ヌシとダンジョン核がある部屋とは反対側に位置する場所だ。



 部屋に入る前から、甘ったるい香りが鼻をつく。

 広間の奥に、人型の魔物が鎮座しているのを俺たちは視認した。



 屋敷ほどの大きさの植物。

 絨毯のように広がった瑠璃色の花びらの中央に、人型の異形の姿がある。

 蔦の髪がうねり、上半身は裸体。肌は青い。

 漂う粉末の粒が光を拾って、周囲を淡く輝かせる。



 俺はマリーと並び立ち、赤瞳黒眼の異形を見上げる。

 彼の情報(ステータス)を、俺は『視た』。



[名前:闇の華

 種族:闇の華(ブルームアルラウネ変異種)

 性別:男

 年齢:0

 レベル:4

 経歴:

  女神暦1997年=秋シーズン第六週の六日目朝。淫魔四天王の一人〈幽潮妃(ゆうちょうひ)〉によって種を植えられた。


(中略)


 才能(タレント):〈女神の呪い〉、〈自己再生〉

 弱点:火属性]



 深く『視た』ことによって俺は多くの情報を手に入れる。

 そして彼が原作には登場しない、不可思議な存在であることを俺は再認識した。

 幽潮妃という情報もついでに見ようとするも、こちらもレベル制限があった。



【名称:幽潮妃

 説明:***モブの現在のレベルでは開示不能(レベル5要)***】



 驚きを空気と共に呑みこむ。俺は表情を押し殺した。



【淫魔様!】



 俺たちはゆっくりと彼の足元まで歩み続ける。

 その間に俺は辺りを見回し、戦闘の痕跡を確認し続ける。



 部屋での戦闘は……あった。

 右手前方十歩の位置。収容用と思しき花型シェルターの一つが、欠けていた。

 根元から斬られたのか茎だけ残っている。

 時間が経って間もないのだろう。断面から体液が滴っている。

 他にも根元から生やした二本の蔓に数条の浅い切り傷が入っていること、岩肌のところどころがめくれているのを、俺は視認する。



「敵は?」



 マリーが耳にかかった水色の髪を払う。

 その冷たい問いかけに、闇の華は恐る恐るといったように反応した。



【は、はい! いま向こう側の部屋に逃……いえ、追い立てて! えと、こちらに来るよう、今モンスターを向かわせました!】



「わかりました。この場で迎え撃ちましょう。──彼女らを油断させるため、人の姿でしばらくはおりますが、いいですね? 期待していますよ?」



【はい、ありがとうございます淫魔様! 任せてください】



 マリーがいけしゃあしゃあと言ってのける。

 とんでもない大女優である。

 自分も騙されている気がして、俺は喉が渇くのを感じた。



 ふと懐から黄色い魔力光が灯る。

 手元のアリスが首元に手をやっているのを俺は見た。

 こめかみに痛み。アリスから通信が入る。

 


《モブ。ルールルーに通信できたわ。リオラはルールルーが保護。カナメも一緒にいる。……この植物の声、どうやらあの子たちにも伝わってるみたいよ?》



《まじ?》



《個別通信じゃないみたいね。気づいてないのかしら? ルールルーには、こちらの準備はできたって伝えたわ》



《──了解。アリス、脂ビンを用意してくれ。俺が初撃を与える》



 俺は額に右手を添えた。一拍だけ目を閉じる。

 俺がこの世界に生まれ落ちてから初めて対峙する、意思のある魔物──闇の華。

 体力は高く、時間経過の再生能力もあった。

 


 『魅了の粉』『繁殖の粉』といったスキルについても先ほど情報を得た。

 何も知らなければ、大いに苦戦したことだろう。

 ただ、彼は運がなかった。生まれたばかりの彼には、冒険者に対する知識も経験も、全てが欠けていた。



 俺は膝を折り、アリスを地面に横たわらせる。

 腰のホルダーから、火属性ダガー〈貫く火烏(ひう)の爪〉を抜いた。



 相手の装甲を貫通する能力を持った火属性のダガー。

 火属性魔法『熱線』も発動できる珠玉の一品。



【き、来ます! 淫魔様! テレポートを使います、あいつら!】



 悲痛な声が脳に響く。

 俺はかがんだまま一歩後退。

 視界を赤に染める。闇の華の、俺に対する警戒度が5%なのを確認する。



「むっ!?」



【来ました! ……お前ら、もう終わりだぞ! ここにおわす淫魔様がお前らを──】



 カナメの声。

 闇の華、マリーの眼前に、突如として寝間着姿のカナメと大きな紫のスライムが姿を現す。

 スライムの中には、リオラが埋まっていた。

 保護されている様子を見て、俺は心から安堵する。もう待つ必要はなかった。



 レベル3スカウトスキル『忍び足』。

 俺は陰に潜む。

 闇の華が有頂天でマリーへ話しかける瞬間、味方扱いの甘えか、俺への警戒度が5%から0%へ滑り落ちるのを見た。



 音もなく俺は跳躍する。跳躍靴のおかげで少ない力で高く飛ぶことができた。

 後方の壁を蹴って、三角跳びの要領で闇の華の上空に踊り出る。



【必ずや、バラバラに引き裂いてくれる!! さあ、一緒にやりましょう淫魔……】



 視界を赤に染め、闇の華の警戒度が未だゼロなのを確認。

 火属性ダガーの柄を逆手に持つ。振りかぶった。

 秘めた殺意を両手に込める。

 降り立つ速度と振り下ろす力を乗せる。

 彼の背に、爆ぜる刃を突き立てた。



【様……?】



 レベル3スカウトスキル『急所突き』。

 無警戒の相手に対し、致命傷を与えるスキル。



 うなだれる彼の痩せた体から、刃が飛び出す。

 彼の頭から生えた蔦が、行き場を求めてうねる。

 何が起きたかわからないでいる様子。

 俺は続いて火属性魔法『熱線』を至近距離で発動した。

 赤い魔力光が、ダガーの柄を包む──。



【ぎゃああああああっ!?!!!??】



 ダガーの刃から放たれた三条の熱線が傷口を広げた。彼の胸に大穴をあける。

 俺は衝撃を逃すために後方に飛ぶ。

 植物の体に引火するのを、間近で確認した。



「アリス、カナメ!!」



 俺の呼びかけに応じ、各々が動き出す。

 投げ込まれる脂ビンに、走りこむ銀の流星。



 後方宙返りする一瞬の間に、俺は見る。

 脂を食って火が燃え広がる様を。

 カナメが飛び上がったのを。

 彼女が両手で構えた刀を振り切り、闇の華の首をはねるのを。



【どう、して……】



 闇の華はただただ運がなかった。

 淫魔の血を持つマリーがたまたまこの場におり、仲間だと思いこんだこと。

 それを逆手に取る俺やアリスがいたこと。

 知識と経験を得る前に、カナメやルールルーといった高ポテンシャルの冒険者と対峙したこと。



 全てが、彼にとって悪い方向に噛み合ってしまった。

 せめて少しでも、俺を警戒していれば。『急所突き』は通らず、このような結末にならなかった。

 彼の不幸に、俺は少しばかり同情を覚える。

 だからといって、容赦する気なんてさらさらなかったが。



 地面に降り立つとともに、俺は炎に包まれる大花を見上げる。

 目を細めた。

 頬を撫でる熱気の向こうに、赤い粒子が立ち上るのを視認する。



 闇の華の消滅と共に火は消え去る。

 火の向こうにいたカナメと目が合った。刀の柄を握りしめたまま、彼女は残心したままだった。寝巻の裾が焦げ、額に汗が一筋流れている。



 深藍の瞳が、潤みを帯びているのが、遠目からでもはっきりとわかった。

 俺は戦いの終わりを実感する。ひと息ついて、カナメの下へ歩き出した。





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