第37話 緊急救助クエスト
春シーズン第四週の四日目、午前。
ギルド訓練所の会議室の椅子に、俺とアリス、マリーの三人は腰かけていた。
長机の上には未開封の封筒と紙束、印章に押さえ石。窓枠から差す光が紙の端を白く縁取り、椅子の背で革紐が小さく鳴った。
中央広場から届く歓声は、遠い国の出来事のように俺の耳に響く。
正面に座るシルヴェットも俺たちも戦闘装束のまま。
彼女の後背で後ろ手を組むシリルのみ、膝下丈のチュニックとズボンと普段着の装い。
俺はシルヴェットの顔を見て、片眉を上げる。
彼女は右目を覆う包帯を巻き、頬の汚れも落とさぬままに俺たちの前に座る。
片頬の布が呼気に合わせてわずかに膨らんで見えた。
他の攻撃班の面々も医務室で治療を受けていると聞く。
短期間でヌシを倒すことを目指した結果、無理をしたとのことだ。
彼女らの命を懸けた行動に俺は尊敬の念を抱く。
そんなシルヴェットが淡々と、俺たちに賞賛の言葉をかける。
「……君たちの活躍のおかげで、犠牲は最小限で済んだ。感謝するよ。メイド隊の支援も大きかったうえに、中転移による遊撃もかなり効果的だった。十数回も中転移を使ったと聞いたよ。それで魔力切れもしないなんて、すさまじい子だね」
「ええ。誇らしい仲間です」
アリスが肯定する。
俺とマリーもまた、同様に首を縦に振った。
「マリーさんも先ほどまで、救護活動ありがとう。〈小回復〉の使い手は多いけれど、レベル3水属性魔法の〈治癒の水〉ともなると少なくてね。おかげでエッタも一命を取り止めた。他にも多くの軽症者の治療、ありがとう」
「シスターとして、当然のことですわ。礼には及びません」
「そう言ってもらえるとありがたい。──モブも、よくやってくれてたみたいだね。スライムの位置を洗い出してくれたおかげで、村内の被害を抑えられたと聞いてる」
サポーターとして、という言葉をシルヴェットは使わなかった。
俺は素直にうなずく。
「ありがとうございます。俺の力のおかげであるのはもちろんですが、村の被害を抑えたのは、戦闘経験のある村民たちです。彼らに感謝を」
「そうだね。とにかく、スタンピードは無事に終わってよかった。本来なら、学外クエストは終わったから、ゆっくりして行ってくれと言いたいところだけども」
「──はい。私たちは、仲間を探します。救助クエストの発行をお願いします」
「……だよね」
アリスの要請を聞いて、シルヴェットは後頭部をひとかきする。
彼女は手元の魔力紙に、手をかざす。灰色の魔力光がきらめいた。
黒文字が浮かび上がったことを確認し、彼女は腰の携帯袋から判子を手に取った。
そのまま魔力紙に押下する。
紙の右下に羽とペンを模した赤い魔法陣が刻まれた。
シルヴェットが紙をこちらに向けて差し出す。
即興で作られた【クエスト票】には〈リヴィエ地下迷宮行方不明者救助〉と書かれていた。
「シ、シルヴェットさん!?」
シルヴェットの背後からシリルが身を乗り出す。
白いエプロンの紐が胸前ではねる。額には細かい汗の粒、シリルの視線は紙とシルヴェットの顔をせわしなく往復した。
「シリル、これは冒険者ギルドの、身内の問題だ。行方不明の仲間を探す許可を出すだけ。村は関係ない。ヴェルディル家の意向通り、スタンピード終結宣言を出して構わないよ」
「そ、それは……」
「その探索途中で、デルヴァン家の娘を見つけることも、あるだろうけどね?」
シルヴェットが俺にウインクをよこす。
頬の包帯がわずかに持ち上がり、金のピアスが灯りを返した。
首を縦に振って、俺は応えた。
「それで、参加者とパーティリーダーは? サポーターは必要?」
シルヴェットは、アリスに尋ねる。
〈冒険者ギルド記載欄〉の空欄となっている対象項目について、シルヴェットはうかがう。
一瞬の緊迫。
アリスはこともなげに答えた。
「参加者はモブ、アリス、マリー、ルールルー。パーティリーダーは、モブで申請します」
シリルの目が見開くのが、視界の端に映った。
アリスと前もって打ち合わせた内容と異なる展開に、俺も思わず眉根を上げる。
不敵に笑うアリスの横顔に、俺は抗議の視線を送った。彼女は肩をすくめ、「問題ない」と指先を左右に振る。
「なるほど。あなたたちは、それでいいんだね?」
「ええ。シルバーランク以上が要件なので、問題ないでしょう。ならばより、相応しい人間がリーダーとなるべきです」
「私も異論ございません」
アリスとマリーが口々に答える。
シルヴェットは口の端を緩め、弾んだ声音を返す。
「なら、サポーター枠は不要だね」
灰色の魔力光が指先でまたたき、クエスト票に正式な記載が黒く刻まれる。
その行為を見て、シリルが声を張り上げた。
「シ、シルヴェットさん! 男性がリーダーなんて! そ、それにそいつはサポーターとしてこの村に来たんですよ!? 規則違反だ!!」
「──シリル。これは特別扱いでも、なんでもない。救助クエストは原則シルバーランク以上だから、男性リーダーで申請されてもギルドは受理する。シルバーランクであればね。それにさっきも言った通り、これは身内の問題だ。冒険者ギルドとして依頼をする。上級冒険者学校の規定では、冒険者ギルドの要求に応じて学生はクエストに参加する義務がある。だろう?」
シルヴェットの視線が俺たち三人を撫でる。
代表して、アリスがはにかんで答える。
「ええ。依頼主がお求めなら。今回は拒否権を行使しません」
「成立だね。モブはただのいち冒険者として参加することができる。シリル、私の決定が不服かな?」
シルヴェットがシリルのほうをちらと顔を向ける。
シリルは言葉を詰まらせながら、悪あがきを続ける。
「そ、その、であれば村の冒険者たちにも機会を……」
「もちろん。あとでクエストボードに貼っておくよ。宴の途中に、ダンジョンに潜りたいという奇特な冒険者がいるといいね。ヴェルディル家はスタンピード終結宣言、出すんだろう?」
「……」
「よろしい。では、モブ、アリスさん、マリーさん。緊急救助クエストの申請を受理します。……モブ」
そう言って、シルヴェットがハンドサインを送る。とん、とん。机に指先を二回。
板目に響く控えめな合図。俺はうなずき、彼女に向かって密かに親指を立てた。
「あなたたちの、成功を祈ります」
シルヴェットに頭を下げて、俺たちは会議室を後にする。
扉を出てすぐに、シルヴェットから通信が入った。
俺は首元に指を触れ、応答する。
【──モブ。本当にリヴィエ地下迷宮でよかったのかい? 私たちが潜っていた時には、報告のあった『闇の華』の痕跡らしきものはなかった】
【大丈夫です。デルヴァン家にできた大穴からルールルーに追跡してもらってます。すでに調べはつきました。リヴィエ地下迷宮で間違いないです】
【相変わらず、抜け目ないね。……無事に戻ってきてね、モブ。無理はしないで。仲間を見捨てるのも、冒険者には時には必要なことだよ?】
【はい。心得てます。……すぐに片付けてきますよ。それでは】
通信を終える。
俺は一歩先で待つ二人に、軽く顎を引いて合図を送った。
「行こう。相手の目的はわからないが、意図は感じる。おそらく、カナメを狙った犯行と思う」
「意思のある魔物……。まるで伝説の淫魔族のようね」
アリスの言葉に、ぴくりとマリーの肩が震えていた。
マリーの水色の瞳の奥に、暗い炎のようなものが差したのを、俺は見る。
紫水晶の飾りが彼女の喉元で揺れ、息の速さに合わせて微かに鳴った。
「優先事項はカナメの救助。次に正体不明物の調査。デルヴァン家の子は、ついで。──それで合ってる?」
「アリス様、それはあまりにも」
非難めいたマリーの声を、アリスは手のひらを軽く差し出すことで、押しとどめた。
金色の瞳がマリーを見上げる。
赤い外套の肩に差した光が、硬い線に変わる。
「現場は、女神教の教えと違う。──人命は安いわ。仮に救えなかったとしても、失われたとしても、引きずる必要はないし、引きずらせないように家族を慰めるのが周囲の役割よ。この村の運用とも一致しているじゃない。デルヴァン家以外、誰も行方不明者を気にかけていないわ」
「……それは、男神教的な考えですわ。あの子は、天界へ昇るにはまだ若すぎます」
マリーの指が胸の前で組まれる。女神教の祈りの構え。
アリスは視線を逸らさず、外套の襟を指で整えた。
襟元の糸が一本だけ逆立ち、彼女の吐息で倒れる。
「ええ。別に彼らの信徒というわけではないけども、その合理性は評価しているわ。それで、モブ。あなたの考えは?」
アリスが俺に目を差し向ける。
同じように、マリーが伏し目がちに俺を見る。
俺は二人の視線の重みを受け止めながら、答えた。
廊下の奥で扉がひとつ閉まり、祭りの喧噪が細い糸になって消えた。
「──カナメ、リオラの救助優先。次に正体不明物の調査で行く」
「モブ様……!」
マリーのまなざしに潤みが差し、唇がほころぶ。
アリスは横顔だけで微笑の形を作り、肩の力を落とした。
「……そう」
「アリスの考えのほうが正しいよ。けど、俺はまだリオラの救助を諦めちゃいない。やることをやっておきたいんだ。……それに」
「それに?」
「エステバンに代わって、村のみんなを守るって。──そう、あいつに約束したからな。取りこぼしはしたくない」
アリスは目を丸くする。
すぐに微笑みをにじませた。
「ふふっ。……約束じゃ、仕方がないわね。わかった、あなたに従うわ」
「ありがとう。今回リオラがダンジョンの養分化の対象となっているかはわからないけど、急いだほうがいい。通常の養分化の時限はレベル2女性の体力で一週間って話だ。レベル1の二歳児であることを考えると、今日片付けるべきだ」
やりとりの間、壁掛け時計の音がかすかに刻みを進める。
アリスはうなずき、これみよがしに黒革のチョーカーの金環をつまんだ。
それを見て、俺は耳の先を熱くする。
「なら急ぎましょ、ご主人様♪」
「ああ、行こう。……人前ではよしてくれって」
「ふふっ。どうしようかしら」
からかいにこれ以上反応するのは止めておいた。
後頭部をかいて、俺は誤魔化す。
「……むむ」
マリーの熱視線についても無視する。
俺たちは歩をそろえる。
通路の端で光が段々に明るさを変え、足もとに三つの影が重なって伸びた。
(エッタ。リオラは俺が必ず連れ帰るよ。だから、死ぬなよ……)
──村に降り立った時。
桟橋でリオラが俺の外套の裾を握ったのを、思い返す。
「モフ、モフ」と俺を呼びかける幼子の言葉が、胸中を過ぎった。
リオラはまだ、十分に生きちゃいない。
だから、やれることは全部やっておきたかった。
本当は自分の手で守りたかったであろう、弟分の無念を胸に抱く。
俺は視線を前へ上げる。治療中のエステバンのことを想う。彼の悔しみを糧に、歩みを進めた。
同時に、俺は怒りを燃やす。
握り拳を作る。外気が肌に触れても、一向に体温は鎮まらない。
腹の底で、まだ見ぬ『闇の華』に対し、俺は刻一刻と憎悪をたぎらせ続ける。
カナメは生きているだろうか?
リヴィエ地下迷宮に本当にいるのだろうか?
どうか無事であってほしい、どうか見つかってほしいと俺は強く願う。
カナメを連れ去ったカスを必ず見つけ出してぶち殺してやる──そう俺は心に決めた。




