表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―  作者: つくもいつき
1年目春 学外実習編(完)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/73

第28話 モブの答え



 俺はカナメの問いに、すぐに答えることができずにいた。

 なぜ俺に聞く? 彼女の内に眠る想いはなんだ?

 藍の瞳が、胸底のよどみまで見透かすように揺れる。

 返事を急かさない静けさが、かえって胸を締めつけた。



 頭上では鱗雲が幾層にも折り重なり、茜に染まった空に広がっている。

 雲の隙間からこぼれる薄金の光が運河の波頭を撫で、水鏡に火の粉のような反射を撒き散らす。



 川の緩やかなせせらぎが、今は妙に大きく聞こえる。

 カナメの香──鼻を抜ける清涼なにおいが、俺の心拍をさらに早める。



「俺は……」



 唇が乾き、言葉が舌の裏に貼りつく。

 逸らせば楽なのに、どうしてもカナメのまなざしから目を離すことができない。

 彼女の瞳に映る自分の姿は、酷く頼りなく、けれど何かを決めねばならぬ者の顔をしている。



『戻ってほしい』



 あくまで、仮定の話だ。

 カナメは同意を求めているはず。不安になって第三者の意見を聞きたくなったのだろう。

 だから「戻ってほしい」と伝えるのが合理的だ。

 それに男神ゆかりの呪いといえど、女神に会うことで解呪できる可能性は高い。

 女神教国にある聖山アモスから神級ダンジョン〈天界〉へ渡り、最深層にたどり着くことができれば、きっと何とかなる。

 


 喉まで上がった言葉は、吐息と一緒にほどける。

 一陣の風が、俺の背を撫で上げていった。



 もし、カナメが男に戻ることに成功したら。

 カナメは原作どおり英雄への道を邁進するだろう。

 アリス、カーラ、マリー、ルールルーとパーティを組み、たやすく淫魔王の膝元にたどり着くに違いない。



 ──俺は肩の荷を下ろし、ただのモブに戻るのだろうか。

 それともカナメの隣に立ち続けるために、レベルを維持し続けるだろうか?



 握った拳が湿る。

 脈動とともに小刻みに震えた。

 視界の縁がわずかににじみ、カナメの長いまつげが夕映えにまばたきする様子ばかりが、鮮明に焼きついた。



「──すまぬ」



 カナメが先に、視線を逸らした。

 藍の双眸(そうぼう)を伏せる。

 片腕で反対の肘を抱きしめた。

 足元の草を見つめたまま、彼女は小さく肩を落とす。



「お前に問うことでは、なかった、な。どうかしていた。……我の都合だというのに。要らぬことを漏らした。許せ、モブ」



「あ、ああ……」



「どうにか、女神とやらに会う手段、見つけぬとな……」



「……っ」



 喉奥から転げた声は情けなくかすれて、誰のものか一瞬わからなかった。

 胸板がきしむように痛む。

 けれど同時に、ほっとする自分がいるのを痛感し、息が詰まった。



(そうか……。俺は……)



 憂いを帯びた深藍の瞳と銀糸のきらめきを前に、俺は自覚する。

 俺はカナメが、女性のままでいることを望んでいる。

 カナメを心から好いている。

 俺の胸に去来する想いは紛れもなく──恋慕だった。



『戻ってほしくない』



 その一言を、俺は口に出すことができなかった。

 もし言ってしまえば、己の欲と人々の明るい未来を秤にかけ、己の欲を選んだ男だと。

 自身の醜悪な身勝手さが、炙り出される気がして──。

 俺は、拳を固く結んだまま、黙ってしまった。





 茜から藍へと境目を移す空の下、カナメと肩を並べて歩く。

 提案された「そろそろ帰るか」のひと言以後、互いに言葉はなく、ただ河川敷のゆるい斜面を俺たちは踏みしめていく。



 斜面の先で職人外区の道を照らす、魔晄ランタンの群青が漏れ出た。

 土手を上がった先の、帰り道を急ぐ職人たちの喧騒がかすかに耳に届く。

 湿った草のにおいが靴裏に絡んだ。



 俺は土手を登り切る寸前で、ふと足を止める。

 胸に、見えない壁が突き当たったような圧が掛かり、息が詰まった。

 拳を握れば掌に汗がにじみ、脈の鼓動が耳奥で不規則に跳ねる。



 カナメが三歩ほど先で振り返る。

 銀のポニーテールが魔晄光を受け、青白く縁取られてふわり浮く。

 藍の瞳がいぶかしげに細められた。



「モブ、どうした?」



「……カナメ。ちょっといいか? 伝えたいこと──いや、贈り物があるんだ」



 声がかすれたのを自覚し、俺は一度深呼吸する。

 夜と昼の入り交じる空気が肺を満たし、冷たさが喉奥に残った。



 小袖の懐に忍ばせておいた魔法の携帯袋の口を開く。銀の紐がほどけた。

 〈収納魔法〉の霧に手を突っ込んで、青竜の革で張った掌サイズの魔導板帳を一冊そっと抜き取った。



 近寄って俺は板帳をカナメの胸元へ押し当てる。

 彼女は不意の重みにひとつ瞬きする。手元の本と俺の顔を見比べた。



「これは、お前がよく使っている物、か」



「友情の証だ。この国じゃあ、友だち同士の魔導板帳を使った交流が流行ってるんだ。開いてみ?」



 恐る恐る、カナメは留めベルトを外す。

 表紙裏の金箔飾りがランタンの灯を受けて鈍く光っている。

 ページをぱらぱらめくる。すべてのページはまだ雪のように白い。

 彼女は小首をかしげた。



「何も書いておらぬぞ?」



 その合間に、俺は袋の奥からもう一冊──対になる赤竜革の板帳を取り出す。

 表紙の鱗は深紅を帯び、わずかに香る龍脂のにおいが夜風に紛れた。



「まあ、待て」



 俺は手のひらを赤革の表紙へ当て、指先から淡い魔力を注ぐ。

 赤光が稲妻のように走り、一ページ目に墨色のインクがすっとにじみ上がった。

 同じように、カナメが手に持った本に対しても手をかざし、魔力を流す。



「これでよし」



「ど、どういうことだ?」



「一ページ目」



 カナメは驚きのまま最初のページを開く。

 月光に揺れるまつげの影が紙面をかすめる。黒い筆跡を見つけて、彼女は息を呑んだ。

 


友誼(ゆうぎ)の証、ここに結ぶ。

 魔力で書きし言葉は(ふた)つの帳を経て、相手の心へまっすぐ届く。


 返書は次ページに】



 河畔の夜風が紙をふわり揺らす。インクがほのかに輝いた。

 カナメはゆっくり視線を上げ、藍の瞳に小さな光を映して俺を見つめる。



 俺は手元の本にもう一度、魔力を流す。

 自身の本のページに刻まれた文字を、カナメに見せつけた。



【返信はいかに?】



 カナメははっとして視線を落とす。

 薄闇の下、青竜革の二ページ目はまだ雪白のまま。

 胸元で小さく息を吸い、彼女は左手をそっと紙面に添えた。



「軽く魔力を注いでみてくれ」



 うなずくカナメの指先に、藍硝子のような光がぽ、と灯る。

 次の瞬間──紙の繊維をたどるように淡黒のインクが走り、俺の一文が鏡写しに浮かび上がった。



「お、おおっ……」



「俺からの、贈り物だ。瞑想稽古の返礼をしたいと思ってた。ちょうどいいと、思ってさ」



 差し出した赤革の板帳を軽く振り、俺は微笑む。

 カナメは戸惑いと喜びをないまぜにした面持ちで、青革の帳を胸に抱え直した。



「どうやって、言葉を記す?」



 風でほどけた前髪を耳にかけながら問う声は、どこか心細げな響きを帯びている。

 俺は肩をすくめ、穏やかに答えた。



「──思いの丈を浮かべて、魔力を通す」



「わ、わかった」



 草むらを渡る夜気がふっと静まり、一冊の帳を照らす藍色がより鮮明になる。

 青革のページへ墨が定まると同時に、カナメの細い肩がほっと下がる。



「どうだ? 写ったか?」



「確認する」



 俺は魔力を通して手元の板帳を見る。

 カナメがつづった藍色の文字が、ページに写し出された。



【貴殿の返礼、ありがたく頂戴す】



「……ばっちりだ」



「おお!」



 俺が自身の板帳を見せると、カナメは喜色を浮かべた。

 わずかに上向く唇は、満足と照れの混ざった弧を結んでいる。



 俺は息を整え、赤革の帳を胸元へ引き寄せた。

 胸の奥からすくった言葉を思念に変え、ページへそっと放つ。

 指先からこぼれた紅い魔力が霧のように散り、二人のあいだでひときらめき──すぐ淡く溶けた。



「む。いま、書いたな? どれどれ」



 カナメは透かし見るように目を細め、自分の帳に魔力を流す。

 書き記された内容を彼女は見る。

 ──頬を染め、髪を逆立てた。



「も、も、モブ……!? こ、こ、これは……?」



「……」



 深藍の戸惑う瞳が俺を射抜く。

 カナメの肩の力が、すっと抜けたように、俺には見えた。



 俺は自身が書いた内容に視線を落とす。

 全身が火照り始める。

 春先の冷たい風が心地よい。



【あなたが男に戻ろうと、女のままでいようとも。

 私は、ずっと側にいることを誓います。

 最愛の友、カナメ・ビゼンへ。

 モブ・アイカータより、愛を込めて】



「……さっきの返事だ。それを、伝えたかったんだ」



 どっちつかずの回答。口にはできなかった分、書いて記す。

 いまは、これが精一杯だった。

 赤革の帳を魔法の携帯袋にしまって、俺はカナメに近寄る。



 カナメの肩を抱く。長く連れ添った友人のように俺は振る舞った。

 彼女の肩はひときわ大きく跳ねる。

 とがめるようなまなざしを、こちらに向ける。



「な、なにをする」



「飯でも食って帰ろうぜ。腹、減ったろ?」



「そ、それより……」



「なんだよ?」



 カナメは視線を落とし、指先で青革の角をそっとなぞった。

 ぽつりぽつりと、言葉をつづる。



「わ、我も、その。お前の、こと、を……」



「──俺を?」



「い、一番に想っているぞ! ……ゆ、ゆめゆめ忘るるな! よいな!?」



「わ、わかったよ」



 顔を真っ赤にし、俺の胸元でカナメがこちらを見上げながら吠えた。

 後生大事そうに、彼女は青竜革の魔導板帳を抱える。

 恥じらい、うつむいた横顔が俺の胸に染み入る。

 忘れようと思っていた気持ちが押し寄せ、俺はすかさずかぶりを振った。

 


 カナメがどんな気持ちで「一番に想っている」と言ったのか、確かめることはしない。

 俺は親友として、カナメと向き合うことに決めた。

 俺が(いだ)いた感情は無用なもの──世界を救うために、俺は最善を尽くす。

 女神教国の信任を得て〈天界〉へ至る道を開くことを、俺は今後の中間目標に据える。



 原作ゲームでは神級ダンジョンはレベル8でないと入場すらできなかった。

 昔、中級ダンジョンの下層で移動制限に阻まれたことを思い出す。神級も原作通り同じ制限がかかると見ていい。

 


(なんにせよ、レベルは必要になる。〈第四の目〉で『視た』情報の開示制限も、途中で明らかになるはずだ)



 俺はレベルを上げ続けることを決意する。

 何があってもカナメに最後まで付き合う。置いて行かれないように努力する。

 カナメが男に戻った時には、一緒に並び立って淫魔王(ラスボス)に立ち向かおうと、俺は思った。



(……けれど、手を尽くして、それでもカナメが男に戻れなかった時は──)



 今夜は、月がきれいだ。

 夜空を見上げると、三日月が俺たちを見下ろしていた。

 職人外区の舗装されていない道を踏みしめる。帰りを急ぐ職人たちの雑踏の中を、俺たちは進む。



 離れないように、俺はカナメの肩に、彼女は俺の腰に手を回す。

 互いの温もりを確かめ合う。軽口を言い合いながら、俺たちは帰り道を歩き続けた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ