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ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―  作者: つくもいつき
1年目春 学外実習編(完)

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第26話 男へ戻りたい



第二章あらすじ


 女が強く、男は“欲”で弱体化する世界。

 ラスボスが女に対して無敵であり、原作主人公が女体化した今、俺ことモブ・アイカータは禁欲と知恵で主人公の代わりに世界を救う決意をした。



 〈激怒の兎〉を討伐した週末、大商会の令嬢アリスがカナメのパートナーを狙い俺に宣戦布告する。



 次のダンジョン実習で アリス班 vs. モブ班 の踏破レースが組まれ、「敗者が勝者の犬となる」という賭けの内容に、全校中が注目した。



 大接戦の末、奇策を巡らせた俺たちが見事勝利。

 アリスの首に黒革の首輪をはめたことで、俺は『首輪かけのモブ』という悪評を受けることになった。




————————————————




 春シーズン第三週の四日目、朝。



「はぁあ~……」



 俺は盛大にため息を吐いた。



 ホームルーム前の講義棟一階の教室に、東から淡い白光が滑り込む。

 窓外の林から風になびく葉の音がかすかに届いた。

 隣席の女生徒——ベル・ブルーウィングのほうから、アカシアの蜂蜜を溶かしたような香りが漂う。



 彼女の机上にはバスケットが載り、金色の蜜を垂らした焼き菓子が重ねてある。それをつまみながら、クラスメートのエリナ・ヴェスターとジュリアナ・スカイスルが立ったまま談笑していた。

 エリナとジュリアナの青髪が光を払うたび、教室の空気に粉砂糖が溶け込んでいく気がした。



「どうした、モブ?」



「いや、ね」



 前の席のレンが板壁に肘を当て、俺に半身を向けた。

 窓辺の明かりが彼のジャケットの表面をすべり、紺糸を微かに光らせる。



 その奥でシモンが書見を中断し、気遣わしげに眉根を寄せた。

 閉じかけた薬学書の見返しから香草の押し花がわずかに覗く。



「あんなん貰ってもなあ」



 俺は前屈みになり、頬を机へつけた。

 冷たさを覚えながら、先ほどの廊下でのやり取りを思い起こす。



 十分前。

 一学年上の先輩——マリン・サンドストームが、俺に黒革のバックルチョーカーを笑顔で手渡してきた。腰まで伸びた黒髪が、手を伸ばすと共に揺れる。

 なんでも、チョーカーの内側に名前を書いて欲しいとのことだった。



『ちわーす、マリン先輩。なんで一年の廊下に?』



『うん、ちょっと君に用事があってね。これに、名前書いて欲しくて』



『……え? は? 首輪? お、俺の名前を? ど、どうして?』



『駄目、かな?』



 噂を聞きつけたせいだろう。

 首輪をかけてほしいとマリン先輩が紫の瞳をぎらつかせる。

 始業前の大胆な犯行。みんなの前で依頼したのは、周知させるためだ。

 堂々としたふるまいに、当然周囲は足を止めては騒然とした。

 なにしてくれるんだこの先輩。



『あ、あのレベル5で二年生最強格のマリン・サンドストーム先輩に首輪……!?』



『先輩を所有物にする気っス!? ま、マジ震えてきやがったっス……!』



 ——その囁き混じりの熱気が、いまも耳裏に残っている。

 背筋を這う妙なクラスメートたちの視線を思い出し、もう一度、俺は息を深く吐き出した。



 今度から金を取ろうかと、俺は真剣に考え始めた。




◆□◆




 春シーズン第三週の四日目、昼食後。

 俺は学校敷地内の食堂二階——窓際の小さな囲い席に腰かけていた。

 開け放たれた格子窓からは若葉を渡る風がそよぎ、微かな樹木の匂いを運ぶ。



 木肌を磨いた長卓には、それぞれ好みの飲み物——緑茶、水、コーヒー——が湯気や露を帯びて並ぶ。

 本日の昼食相手を俺はちらと一瞥した。



 カナメは両肘を卓につけ、湯呑みの縁へ指を当てる。

 熱を測りながら深藍の瞳で俺の手元に置いた〈魔導板帳〉をじっと睨む。



 左隣のアリスは背筋を伸ばし、縁金のカップをソーサーごと持ち上げる優雅な仕草で香りを楽しんでいる。唇の端だけで、彼女は挑発的な笑みを作った。



 金糸の髪が陽を跳ね返し、まぶしくきらめく。

 それでいて、首元の金リング付きの首輪をこれ見よがしにアリスは左右に震わせた。

 


「……」



「ふふっ。どうしたの、モブ?」



 俺は誤魔化すように、清涼な味わいの水を一息に飲み干す。

 喉奥へ冷たさが落ちていく感覚が心地よい。

 空になった陶器を連絡用の魔導板帳のとなりへ静かに置き、二人へ視線を移した。



「——なあ、カナメ。もう少しレンたちと仲良くできないか?」



 窓外の葉擦れと小鳥の鳴き交わす声が、俺のため息をさらっていく。

 昼食前のいざこざを思い起こし、俺は苦言を呈した。



「む」



 カナメが短く唸り、湯呑みから唇を離す。

 アリスはコーヒーを一口含み、カップ越しに金の瞳を細めた。

 卓上を隔てる微妙な空気に若葉の香が混じり、昼下がりの光景に淡い緊張の糸を張っていた。



「——断る。我を嫌うものとどうして友誼を結べようか」



 ひと息で湯呑みを飲み干し終え、カナメはそっぽを向いた。



 カナメとレン。

 両者の反目は、ここ最近の俺の悩みの種であった。



『『モブ、食事に行くぞ』』



 そう言って、今日もレンとカナメは俺の両手を取り合った。

 レンは背後にシモンとカーラを控えさせ、まるで舞踏会の誘いのように優雅な手付きで俺に手を伸ばす。

 カナメはアリスを連れだって、少し強引な引き込み方で俺を誘う。その横顔には、勝ち気な光が宿っていた。



 レンたちに断りを入れると、カーラがこの世の終わりを迎えたように肩を落とし、亜麻色のおさげを垂らしていた。

 カナメたちの誘いに乗らないと、今度はカナメがむすっと頬を膨らませ、眉を寄せてそっぽを向くのを知っている。



 何とかして二人を友好状態に持ち込めないものか。

 革張りの椅子に背を預けながら、俺はかぶりを振った。



「そらそうか。……はぁ」



「お前こそ、最近あやつらに構いすぎではないか? 我では不満か?」



「あの二人、前回のダンジョン実習が終わってからずっとあなたにべったりだものね」



 じと目をよこすカナメ。

 アリスが細く微笑み、金縁のカップを揺する。漆黒の液面がきらめいて、彼女の黄金の瞳に影のように映った。


 

 俺は身体を窓に傾けながら、手元の魔導板帳を開く。

 魔力を手のひらから流すと、ページの表面が淡緑に光り、黒の文字列が浮かんでいく。



 【食事終わったか?】【早くしろ。男子限定授業だぞ? 待ってる】【……怒ってないよな?】



 レンからの連絡。

 日記を交換してからずっとこの調子である。



 俺は見て見ぬふりをして、ぱたりと本を閉じる。

 ふと、朝の出来事を思い出しながら言葉を紡いだ。



「……二人はすっかり仲良くなったよな。トイレも一緒に行ってるし」



「ま、まあこやつは我を嫌ってないからな」



 カナメは頬を朱に染めて目を泳がす。

 視線を合わせまいとするその仕草がかえってかわいらしい。

 木製の机に映った揺れる影が彼女の落ち着かなさを映した。



「カナメったらまだ恥ずかしがって、個室使うのよ?」



「わーっ!」



 椅子をきしませて、カナメが跳ね上がる。

 慌てて自分の口を両手で塞ぐと、周囲の数人がくすりと笑いを漏らした。

 うーん、その小動物のような愛くるしさ、百点。

 カナメといるといくら心臓があってももたない——俺は気づかれぬよう舌を噛み、正気を保とうとする。



 赤い頬のまま身をかがめ、カナメは卓越した剣士とは思えぬほど小声で抗議した。

 


「い、言わずともいいでないか、薄情者っ」



 アリスがカップで口元を隠しながら目尻だけで笑う。

 艶金の髪がさらりと頬へ零れ、薔薇の整髪香がふわりと広がった。



「ごめんごめん。でも、女なら恥ずかしがらずに小便器使えばいいじゃない。減るものでもないでしょ?」



「わ、我は男だ! ——そ、それはそうとっ」



 カナメは椅子の背に手を掛け、一度深く息をつく。

 広い窓から差す光が、ラウンジの寄木張りの床に格子模様を描いていた。

 金属製の天窓枠が温まって鈍く光り、遠くの中庭では吹き上がる噴水の飛沫が陽光をはじいている。



 ひと呼吸おいて、カナメは真剣な眼差しをアリスへ注いだ。



「アリスよ、お前はこの国切っての商人の家柄と言ったな」



「ええ、そうだけど?」



「……であれば、折り入って頼みがある。モブよ、お前も関係のあることだ」



「俺も?」



「そ、そうだ。手伝うと言ったではないか、お前」



「……ああ」



 俺はかつての約束を思い出し、軽くうなずいた。

 日差しを浴びた水入りグラスが、卓上でほの白い反射を揺らす。

 カナメは低い声で、尋ねた。



「我はこの女体化の呪いを解く術を探している。……お前の伝手で、探すことはできぬか?」



 隣のアリスが金のまつげをぱちりと瞬かせる。

 興味深げに俺とカナメを見比べていた。

 ラウンジの壁掛け時計が小さく報時のベルを鳴らした。







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