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ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―  作者: つくもいつき
短章 1年目春 モブの休日編(完)

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モブの休日③:春シーズン第二週 週末



 春シーズン第二週の六日目、正午。

 俺はマリーとルールルーを伴って、行政区・戦功記念公園脇にある老舗大衆酒場〈濁酒(どぶろく)の爪〉に来た。



「いやー、さっきはありがとな。さすがだよ、マリー、ルールルー」



「いえ。こちらこそ、差し出がましかったかと」



「ぜんぜん。かなり助かったよ」



「びっくり」



 店の奥の個室で盃を合わせる。

 木のカップがカツンと触れて、乾いた音を立てた。



 戸の外から、酒場内の活気が波のように寄せては引く。

 「はいよ、スプラッシュフィッシュ焼きね!」と通る声、盆が卓を打つ鈍い音、サイコロが転がる軽い響き。

 笑い声に混じって誰かが流行歌を鼻でなぞるのが聞こえる。



 揚げた芋の匂いにリンゴ酒の甘さが重なり、鼻の奥が少し熱くなる。

 床板は客の足でときどききしみ、壁越しに盃のぶつかる音が続いた。



 リンゴ酒を含みながら、さっきの一件を思い返す。

 あのあと俺は冒険者たちの手を取り、彼女らの自尊心を立てたまま話を運んだ。



『素晴らしいっ! うちの商会の手練れを相手にすごいじゃないか君たち。ぜひうちの商会で働いてみないか?』



『え、え?』



『条件は……』



 それから俺は身分を明かし、二人を戦功記念公園に連れ出して、交渉を開始。

 十五分そこら話して、あらかじめ通信魔法で連絡していた商会の人間に引き渡した。

 別れ際には二人は上機嫌だった。

 見合いの話を出した瞬間の、二人組の喜びようと来たら――。



「モブ様は、あの方々の望みを、その御目(おめ)で見たのですね」



「まあ、ある程度はね」



「ある程度?」



 ルールルーが首を傾げる。

 俺は補足を添える。



「疲れるから深くは見てない。見たのは簡単な素性と所持金と才能(タレント)だけさ。望みはそこから察した。火の帝国でも、あの年頃は結婚して家庭持ちが通例だ。普通は地元に根を張る。わざわざ水の王国まで来て女子二人で男漁りするなんて、縁が細い証拠だよ」



「なるほど。それで、見合いを提案したんですね」



「そう。稼げてるのに親戚や仲間からの紹介がないってことは、周囲との折り合いが悪い。冒険者以外の世渡りの仕方を誰も教えなかったんだろう。だから世話を焼くと言った途端、飛びついた」



 俺はカップを卓に下ろす。手元の小皿に乗った燻したアーモンドを口に放った。

 それから、先ほど運ばれてきた木皿二つを二人の前へわずかに押しやる。

 どうぞとウインクで合図。

 塩をまぶした揚げ芋と、皮をむくと湯気が出るほどの熱を持ったトマト――火炎トマトのチーズ添え。酸味とチーズの濃厚さが混ざって、鼻に香りが立つ。


 

 俺は今度は芋をつまみながら、言葉を締めた。



「で、規則的な生活を続けさせて、素行を矯正させる。あとは才能(タレント)を活かす場所で働いてもらったら、長期的には利益になる。適材適所ってやつさ」



「そこまでお考えで」



「いつもやってる?」



「時たま。前は俺のレベルが低くてリスクが勝ってたから、信頼できる誰かがいる時だけやってたよ。今日は、そうだな。信頼できる二人がいてくれてほんとによかった」



「そ、それほどでも」



 俺が褒めると、マリーは頬に手を添えて肌を朱に染めていた。

 よしと俺は机の下で拳を握る。

 機嫌を取ることができて安堵する。



 先ほど二人は、俺を助けたのにかかわらず、すぐに賞賛を受け取ることができなかった。

 世の中ギブアンドテイク。

 貰った分はすぐに返すべきだ。感謝は即座に大仰にとは、母親からの教えである。



「いーや、二人はすごいっ」



 声を張る。中腰になる。身を乗り出して俺はテーブルに手をつく。

 杯を掲げて、感謝の言葉を並び立てた。



「通りがかっただけなのに、自らの用事を放って、二人は俺を助けてくれた。誰にでもできることじゃない。ましてや、相手は荒くれもの! マリーとルールルーの勇気とまごころに乾杯!」



「……っ」



「照れる」



 ルールルーが揚げ芋を大量につまみながら無表情にうなずく。

 マリーと俺の分は?

 とても彼女は照れてるようには見えなかったが、俺は気にしないで二人のカップに自分のカップを近づけた。



 再度の乾杯。

 マリーはまだ恥じらっているのか、顔を伏せながら杯を両手で持ち上げている。

 その際、彼女は距離感を誤ったのか、俺の持つ杯をすかした。

 持ち手同士が触れる。



「――あ」



 非常にまずい。

 マリー・バッドガールが原作どおりの人物であるならば――男性限定で事件が起きる。

 俺は即座にコトに備える。

 マリーの輪郭に、うっすら桃色が灯るのを、俺は見た。



「~~っ!? も、申し訳ありません、モブ様!」



 天上の声音が耳朶(じだ)を打つ。エコーでもかかったかのように腹の底まで届いた。マリー様が慌てた様子でカップを引いていた。



 マリー様の体の周りにハートが浮かんでは消えるのを俺は眺める。

 やはりそうだ。――状態異常『魅了』になりかけている。

 奥歯を砕かんばかりに噛み締める。努めて、俺は平静を装った。


 

「――ん、ああ。大丈夫かマリー。すまんすまん」



「っ」



 マリー様は驚いて、御自身の手と俺を見比べる。

 そうして、もう一度俺の顔を見つめ出す。

 ――信じられないものを見た顔だ。眉を上げて俺を見てらっしゃる。

 目を細められ、恐る恐るといった声音で、彼女は俺に問いかけた。



「大丈夫、なのですか?」



「ああ、特には」



「……私の”力”も、モブ様はご存じですよね?」



「知ってる。まあ、俺はマリーとレベルが同じだ。ほかの男と違って、耐性がある」



「――!」



 マリー様は木のカップをそっと置いた。

 次いで、御自身の顔を手で覆う。かわいい。美しい。天女か。

 彼女が手のひらで隠したものが、涙か笑顔かを確かめたくなる。



 ――って違うわボケ!!



 俺は内心で叫んだ。太ももをつねり上げ、遠のく意識を何とかつなぎ止める。

 痛いかわいい痛い!

 喉が渇く。リンゴ酒で湿らし、とにかく心を落ち着かせようとする。



(やばいやばいやばい、想像以上だコレ! 耐性、耐性防具はどこだ!?)



 マリーが〈才能封じの首輪〉で封じ込めた才能(タレント)が、男の俺を苦しめる。

 彼女と手が触れたことで、封じ込めた力の一端を俺は浴びてしまった。本来は目と目が合うことで発動する才能(タレント)であるが、長い時間を経て新しい力を得たと、原作設定資料に記されていた。



 淫魔王(ラスボス)と違って耐性を貫通(女性限定)しないだけましである。

 ただ、彼女のレベルが上がると今度は耐性を50パーセント減してくるようになるので、完全な対策は難しい。ちくしょう。



 この世界では魅了耐性装備はわりと希少であり(店売りも少なくデメリットあり)、耐性を盛りづらい。

 それでも至急用意しなければなるまいと、俺は決心する。



「マリー、大丈夫?」



「ええ……。うれ、しくて……」



 どうやら手のひらで覆っているのは涙と笑顔、どちらもだったらしい。

 ゆっくりとマリーは手を下ろすと、潤んだ水色の瞳を俺に差し向けた。

 彼女の首元――紫水晶の首飾りが胸の上で揺れる。



 止めろマリー、その顔は俺に利く。

 俺は太ももをつねる力を一層強めた。



「……モブ様、私の力をお教えいただきありがとうございます。レベルが同じであれば耐性があるだなんて、私、知りませんでした」



「調べる手立てがほぼないからな。傾向をまとめて検証するか、ダンジョン産のレアアイテムを使うか、俺みたいな才能(タレント)の持ち主に見てもらうか」



「便利、でも危険」



 ルールルーの発言に俺はうなずく。

 〈第四の目〉の詳細を教えたのは、彼女らが原作ヒロインだからだ。

 アリスの頭のネジが吹っ飛んでいるだけで、多くの特異な才能(タレント)持ちは能力の詳細を秘匿する。



「モブ様は、……その」



「ん?」



 ようやくマリーの体の縁のピンクオーラが見えなくなった。

 胸を撫でおろし、太ももから俺は指を放す。

 きっと赤黒く変色していることだろう。回復ポーションの在庫のことを考え、俺はげんなりする。



 卓上で指を組み、俺は彼女が言い終えるのを待った。



「私が何者かについても、モブ様は『視る』ことができるの、でしょうか……?」



 俺は目を細める。

 隣のルールルーも、ぴたりとトマトを食べる手を止める。

 少しの時間、酒場の喧騒がすっと遠のいた気がした。






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