第24話 賭けの行方
げっへっへっへっへ。
山頂の黒土に散らばる戦利品を、俺は片っ端から魔法の携帯袋へ〈保存〉していく。
〈エンバークロウ〉がドロップしたのは、レア修飾子付きの短剣と、頭装備ひとつに食材が四つ。短剣にいたっては〈固有品〉だ。袋へ吸い込まれるたび頬が勝手に緩んでいく。よだれ止まんねぇ~。
装甲貫通の修飾子とか、ほんといいんですか!? 明日事故死しない?
あまりの幸運に、俺は怖くなった。
ともあれ、カーラたちとの戦利品山分けで、短剣だけは確保する必要がある。
揉めた時用のじゃんけんを練習しとこうと、俺は固く決意した。
「あ、あの、これ……」
最後の食材を袋へ収めたところで、俺は背後から声をかけられた。
振り返る。
カーラが〈転輪の写盾〉を俺に差し出していた。盾の上に、さっき俺が手放した半月弓と氷矢が載っている。
俺は弓矢だけ受け取ってすぐに携帯袋へ送る。
盾には手を伸ばさない。
戸惑うカーラに向かって俺は言う。
「そいつはもう、カーラのもんだよ。俺も使わんし、レンもシモンも使わんだろうし。――いいよな?」
言葉の最後で、近くにいたレンとシモンへ俺は目配せする。
「構わん。好きにしろ。……今後も、お前に守ってもらうだろうしな」
「ふぇっ」
「ええ。カーラ様に相応しい盾です。これからもよろしくお願いしますね」
カーラは俺たち三人を順に見回した。
彼女の目が、両腕を組んでそっぽを向くレンと、柔らかく笑みをたたえるシモンに向く。
何度か言葉を探すように唇を動かしたあと、右手で盾の縁をきゅっと握り、こくこくとうなずいた。
カーラが盾を引き寄せる際に、ひび割れた鏡面の中に彼女の口元が映った。
ほんの少しだけ緩んでいるのを、見つける。つられて俺も微笑んだ。
「さて、と」
最後に、俺は黒土の上で橙色に明滅する四つの欠片を見下ろす。
〈ダンジョン核の欠片〉。
自分の分を左手で握り込み、残りは三人へ手渡した。
俺は立ち上がって伸びをする。……めっちゃ痛い。
「お先に」
痛みで表情が歪みかけるも、平気なふりをして俺は〈ダンジョン核〉へ急いだ。
傷だらけの身体とは裏腹に、気分は上々。
俺は足取り軽く、山頂中央にそびえる〈ダンジョン核〉の前に立つ。
俺の背丈の倍はあろうかという菱形の結晶を見上げた。
内部では橙色の光が心臓のように脈打ち、鏡のような表面には青い天幕が映り込んでいる。
原作ゲームでは、ヌシが落とす〈ダンジョン核の欠片〉を手に核へ触れると、〈踏破の実績〉が刻まれ、大量の経験値を得ることができた。
同じダンジョンではひとり一度きり──ヌシ本体の経験値が少ないぶん、こちらがレベリングの本命だ。
俺は右手を差し出し、煤けた手袋越しに結晶面へそっと触れた。
ブゥン……。
左手の〈ダンジョン核の欠片〉が、柔らかな光の粒へ変わっていく。
粒は橙色の流れとなり、手のひらから左腕を駆け上がって、胸元で渦を巻く。
体内へ吸い込まれた瞬間、まばゆい金色の光が俺の全身を包み込んだ。
陽だまりのような温もりが、骨の芯まで染み渡った。
きしんでいた胸骨の痛みが引き、両腕や腹部の火傷もみるみる癒えていく。
胸いっぱいに息を吸ってみる。もう、痛みはない。
「っけい! レベルアップ!!」
テンションあがりますねえ!
念のため俺は〈第四の目〉でステータスを確かめる。先週失った以上の経験値を取得できていた。レベル3の底を越え、かなり余裕がある。これなら〈女神の呪い〉で経験値を何割か失っても、すぐレベル2へ逆戻りはしない。
黒土を踏み越え、三人のもとへ戻る。
レンは胸を張って手を叩き、シモンも控えめな拍手を重ねる。カーラは、涙の筋が残る頬をほころばせていた。
「お、おめでとう。アイ、いや、も、モブくんっ」
「おめでとう、……モブ」
「モブ様、おめでとうございます」
シモンの声だけはいつもどおり滑らか。カーラとレンは、俺の名前の前で妙な間を置いた。
そのぎこちなさがくすぐったい。俺はすかさずからかった。
「なんだいまさら、名前呼びぐらいで。ちょーうれしいんですけど?」
「あう……」
「……う、うるさい」
戦いの最中には勢いで呼べても、静けさの戻ったいまは話が別らしい。
カーラは肩をすぼめ、レンはそっぽを向く。
シモンは口元を黒の革手袋で隠しながら、しとやかに笑った。
「ほら、次はお前だ、……カーラ」
レンが促す。最初は勢いがあったのに、カーラの名を足した途端、レンの語尾はしぼんだ。
カーラはレンの態度に目を瞬かせる。胸元へ引き寄せた欠片を両手で包み直した。
実に初々しい。
俺とシモンは顔を見合わせ、どちらからともなく笑う。
「ほらほら、行ってきな」
「う、うんっ」
俺が道を開けると、カーラは〈ダンジョン核の欠片〉を両手で包んだまま、いそいそと核へ向かう。
欠片は橙色に明滅し、彼女の指先を内側から淡く照らしていた。
核の前で欠片を左手に持ち替え、カーラは右手を結晶へ重ねる。
触れた途端、橙の星粒が腕を駆け上がり、金色の光がその身体を包み始めた。
レンとシモンも、次の順番を待ちながら彼女のそばへ寄る。
カーラの指先が光に埋もれるのを見届け、俺は場を離れようとする。
草擦れの音にシモンが振り向き、俺を呼び止めた。
「どちらへ?」
俺は顎を上げて示す。
山頂の入り口付近――熱を残す岩尾根の向こうに、三つの人影が並んでいる。
カナメ、マリー、ルールルー。
彼女らは遠巻きにこちらを見守っていた。
決着がついたというのに、カナメとはまだひと言も交わせていない。
「すぐ済むよ。待たせすぎても悪いし」
レンも振り返り、俺が示した先へ目を凝らした。
「──ふん、マーケッタはいないのか? 尻尾を巻いて逃げたか?」
「どうだろ。まだ首輪はつけてないはずだけどな」
「ふっ」
レンの口元がわずかに緩む。どうやら俺の軽口が気に入ったらしい。
だが、すぐに唇をとがらせ、腕を組み直した。
「すぐに帰ってこい。……お前は俺たちのリーダーなんだからな。それと、思いっきり自慢してやれ。俺たちが勝った、とな」
「わかったよ」
照れ隠しに肩をすくめ、俺は苦笑で返す。
結晶の残光に背中を押されるように、俺は駆け足で山頂の入り口へ向かった。
□
俺が近寄ると、三人のなかからカナメがひとり進み出た。
陽を返す灰岩の上で、草履が乾いた音を立てる。銀のポニーテールが高原の風に揺れた。
カナメは俺の目の前で足を止める。
唇をまだ、ほんの少しだけ突き出していた。藍の双眸を逸らさず、俺を真っ直ぐ見据える。
俺は手を差し出す。
同じように、カナメも手を伸ばした。
教室では宙を切った俺の手が、今度は素直に彼女の手のひらへ落ち着く。
細い指が握り返してくる。革手袋と軽小手の布が擦れた。
「見事、だったぞ」
カナメは頬を染めてわずかに顔を傾ける。
銀の前髪が額にかかり、光を受けて刃文のようにきらめいた。
小躍りしかける衝動を、俺はひしと抑える。
ゆっくりと、落ち着き払ってから言葉を返した。
「そっちこそ。最後は、負けるかと思った。……びびらせやがって、ほんとに」
カナメは鼻先を上向け、日光を帯びた瞳を細めた。
「ふふんっ。まあ、ほんの少しの差だったな。断じて我の足が遅かったわけでも、振りが鈍ったわけでもないぞ?」
胸を張る拍子に小袖の裾がふわりと翻る。
言い訳めいたことを言うカナメに、俺は笑みを返した。
「カナメじゃなきゃ、あそこまで追い詰められなかったさ。さすがだったぞ」
「わ、わかればよいっ!」
カナメが早口で言い切る。
手を離したあと、彼女は照れ隠しのように背を向ける。
光沢のある刀の柄頭が腰で揺れ、乾いた金属音を一拍だけ転がした。
「──と、ともかく。お前の勝ちだ、モブ。負けて悔しいが、嬉しくもある。やはり、お前は強かった」
「だろ?」
「うむ。今度は願わくば、同じ班でありたいものだ。アリスには悪いがな」
「……そうか」
背を向けたままのカナメの声は素直で、わずかに震えを帯びている。
胸の奥が熱くなる。
俺はこみ上げるものをこらえ、目尻を指でそっと押さえた。
「──だが!」
俺が余韻に浸る間はないようである。
カナメが勢いよく振り返る。俺の鼻先を指差した。
藍の瞳には、早くも負けん気の火が戻っている。
「モブ、お前に負けたままというのもおもしろくない! またお前と競いたいぞ! むむむ、どうしたものか……!」
そう言ってカナメは腕を組んだ。
俺はずっこけそうになる。
俺は目尻に当てていた指を、そのまま額へ滑らせた。
「ったく。次も敵か?」
「そ、そうとはかぎらんではないか」
「来週以降は、自由に組めるって耳にはしたけどな。なら……」
「――では、今度は私たちとも組んでみませんか、モブ様」
「ん」
柑橘を思わせる清涼な香りがふわりと流れ込む。不意打ちに、俺は息を呑んだ。
マリーがシスターヴェールを揺らしてこちらへ歩み寄り、ルールルーも黒マントを翻してその横へ滑り込む。
俺との間は、わずか半歩。ふたりの顔で視界が埋まる。
水色と紫、二対の瞳がきらめき、俺の目を覗き込んでいた。
「むっ……!」
割り込まれたカナメはおもしろくなさそうに唇をとがらせる。
後ろの様子を気にした風もなく、マリーは指を組んで俺を見上げる。
「うふふっ。どうですか?」
マリーが身に付ける〈才能封じの首輪〉の紫水晶が胸元で揺れる。
その隣で、ルールルーは瞬きもせず、俺の返事を待っている。
「――あ、ああ。もちろん……」
まずい。
俺は無意識に半歩下がっていた。
凶悪な胸部装甲から、目を必死に逸らそうとする。
マリー・バッドガールのグラマラスなボディは劇毒だ。
修道衣で隠れるわけない引き締まったエロス――俺の脳内で災害警報が鳴り続ける。
あらぬ方向を見ることで、俺は下半身の興奮を鎮めようと試みた。が、すぐに待ったをかけられる。
たゆん。マリーが吐息を漏らすとともに、体が揺れた。
「……♡」
――あかーんエロすぎィ! どうしてもマリーの胸に視線が引き寄せられる。
たわけた妄想まで脳内をよぎった。
本当にまずい。このままだとレベルダウンしてしまいかねない。
そっぽを向いたまま話すのもどうかと思い、俺はどうにか視線を持ち上げる。マリーの水色の瞳だけを見つめる。
すると今度は、マリーの頬がみるみる赤くなった。耐えきれなくなったように、ふいと目を伏せる。
見つめてもダメってことかい? 俺はいよいよ目のやり場を失う。
「ねえ」
声を掛けられた。視界の端で、ルールルーがこてんと小首を傾げているのを、俺は見つける。
俺は鉄の意志でマリーから視線をひっぺがす。ルールルーに顔を向けた。
ルールルーは、無表情に俺を見上げている。
「――あなたは、ルーとマリーのこと、ほんとに知ってる?」
紫の瞳は、俺の答えを待ったまま、逸れなかった。
俺はふたりへわずかに身を寄せる。
マリーの健康美のことは頭から締め出しといた。真剣な話だ。
俺はカナメに届かないよう声を潜めた。
「知ってるよ。ルーは偉大な研究者、ディーの落とし子。マリーは、自分の血が原因で聖女候補を辞退した」
「──!」
ルールルーの杖を握る指がこわばる。
マリーは伏せていた水色の瞳を跳ね上げ、俺の目を食い入るように見つめた。
「安心してくれ。誰にも言う気はないよ」
数百年前、転移や収納など六系統の無属性魔法をこの世界に普及させた異世界人がいた。それが異端者ディーだ。
そのディーとの関係も、マリーに秘められた危険な血も言い当てたことで、ふたりが俺へ向ける視線はますます粘りを増していた。
「……うれしい」
「ええ、本当に……。ふふっ」
ふたりが微笑む。
手紙に記した告白が、いまようやく、ふたりの中で確信に変わったらしい。
なんかにじり寄ってきてない?
陽だまりの山頂にいても背筋がひやりとするほど、ふたりの気配は近かった。
「ん゛っ! ごほんっごほんっ!」
背後でカナメが大げさに咳払いする。
銀のポニーテールが陽を散らして揺れ、じとりとした瞳が俺を射抜く。
涼しい高原風のなか、その視線だけがやけに熱い。
助かった。
俺はふたりから一歩距離を取った。離れる際、マリーの頬が上気していたのは気のせいだと思いたい。
俺は別の話題を切り出した。
「あーそういえばアリスはどこだ!? 賭けに勝ったし、自慢してやんないとなー!」
「アリス様なら、まだ手紙のあった場所に……」
マリーは西の尾根道へ目をやり、人差し指を顎に添える。
俺がそちらへ向き直るより先に、マリーの目が引き留めるようにこちらへ戻った。
「……ですが、モブ様。いまは放っておいてあげませんか? 女子には時に、他人に見られたくない顔もあるものです」
マリーは顎から下ろした指を胸元でそっと組む。
困ったように眉尻を下げながらも、水色の瞳は俺から逸れなかった。
その隣で、カナメも腕を組み、うむとうなずく。
「あの様子では、お前が会ったら死体に鞭打ちをするようなもの――。まったく、情けない。女子ならなおさら、潔く負けを認めるべきだとは思うが」
「……そうか」
俺は西の尾根へ目を向けた。
橙色の岩を縫う山道が、斜面の向こうへ消えている。
マリーの言う通り、放っておく道もあるだろう。だが、俺はかぶりを振る。
まったく、手のかかるやつだ――。
「モブ様?」
「ちょっと死体に鞭打ってくるわ!」
三人へ向かって片手を上げ、それから俺は舌を見せる。
そのまま九合目へ続く山道を駆け下りた。
「感情値、驚愕」
ルールルーの声を俺は背中越しに聞く。細かな砂を蹴り、さらに歩幅を広げた。
山頂が背後へ遠ざかる。
見上げれば、青い天蓋はどこまでも高く、鳥の鳴き声だけが細い糸のように空に響いていた。




