第22話 エンバークロウとの戦い①
異界ダンジョン〈試しの山〉のヌシ――〈エンバークロウ〉。
原作設定では、黒羽根からこぼれる熾火が周囲を常に朱に染め、翼をひと振りするだけで火柱を噴き上げる“動く火口”と称されていた。
仕様上はレベル4の鳥型モンスター。水・氷・雷に弱く、火・風に強い。
脅威は二つ──〈灼羽暴風〉〈熔焔嘴衝〉。
前者は火羽散弾+持続火傷。
後者は突進からの前方120°火炎ブレス――高速移動に範囲攻撃、極めつけに溶岩地形の同時設置と、数々の初見プレイヤーを苦しめた。
初心者だったころの俺は、ヒーラー抜きで回復はポーションだけと、攻撃的布陣で挑んだ。
その結果、火傷の毎ターンダメージで間に合わず、全滅を喫した。
以降何度かの挑戦を経て『ヒーラーは大事』『弱点属性で削り、ブレス硬直に総火力を叩き込む』『回復班は散開』という鉄則を、俺は胸に刻んだ。
□
焦げついたような黒土を俺は踏み締める。
雷雲が天蓋を鉛色に染め、煤混じりの荒岩のひび割れた部分が赤の輝きを放っていた。
むっとする熱風が肺を温める。額の汗がすぐに蒸気へ変わった。
熱で空気が歪む。
巨鳥の影が揺れる。
黄金の双眸がこちらを射抜いた。
瞬間――背骨がゾクリと震える。
心拍が跳ね上がり、手袋の内側で手のひらがじっとりと湿った。
「行くぞ!」
ダガー片手に、俺は最前へ飛び出す。
眼孔がぴたり俺を捉えた刹那――俺は背後に狐の印のハンドサインで合図した。
「──はいっ」
シモンの声を背中越しに聞く。
俺は地面を強く踏みつけて前へ進む。
同時に初手の予測を始めた。
背に味方がいる状況。原作ゲームでは――。
俺は〈エンバークロウ〉の左側へ切り込む。
距離五メートル。
巨鳥は低空ホバリングを始め、胸を張った。
風が荒ぶ。漆黒の羽根から熾火を雨のように落とす。
焦土に落ちた火の粒が脈を打った。
「シモンッ!」
「はいっ!」
俺は叫ぶと共に、後方をチラ見する。
白い球体がシモンの手から離れたのを見た。
球体が弧を描く。
術式のルーンが球体に網目状に浮かび、緑光がペンライトめいて脈動した。
俺は前腕で目元を覆う。まぶたを強く閉じた。
一拍の無音。
真昼よりも白い閃光がまぶたの裏を焼く。
熱の残像が視神経を刺した。
「ギャッ!?」
悲鳴のような鳴き声。
〈エンバークロウ〉が翼で空気を叩き、羽根の隙間から熾火がこぼれ落ちる。
金色の瞳が白膜で曇り、やつが首を振るたび余熱の風圧が黒土を削った。
俺は遮光した腕を下ろすと同時に、魔法の携帯袋に手を突っ込んだ。
隠しエリアで見つけた〈転輪の写盾〉、店で買った緋色の耐火ポーション、薄青の魔力紙スクロールを急いで足元に落とした。
巨鳥は方向感覚を失い、空虚へ〈灼羽暴風〉を吐き散らす。
火羽の散弾が一直線に遠景を焦がし、離れた岩脈が燃え上がった。
今しかない。
苦みの強い液をひと息で喉へ流し込む。
食道が焼けたかのように感じる。熱を逆流させながら俺は息を吐く。
耐火ポーションの粘液が腹に落ちると、皮膚を刺していた熱がわずかに鈍った。
閃光に悶える〈エンバークロウ〉が再びホバリングへ移行。
翼の縁からマグマが滴り、地を穿つ。
俺は次いでスクロールを開く。急いで指先へ魔力を通した。
スクロール上の青いルーンが灯る。
スクロールを空へ突き出し――俺は叫んだ。
『召雨!』
青光の魔法陣が〈エンバークロウ〉の頭上に浮かぶ。
雷雲色だった天蓋が一拍で群青に転じた。
即座に轟く水音。雲が裂け、冷え切った豪雨が滝のごとく山頂の一角を叩く。
熾火に触れた雨粒が爆ぜ、白蒸気と赤火花が混ざり合う。
〈エンバークロウ〉の羽根が水蒸気をまとった。
巨鳥が濁った声で吠え、胸火がくすぶり始めたのを、俺は遠目で確認する。
環境変化用のレベル2水魔法──召雨。
対〈エンバークロウ〉が決まった時に、俺はミカの魔道具店でスクロールを購入しておいた。
十分ほど魔法による雨を特定範囲に呼び起こすこの魔法は、対〈エンバークロウ〉にうってつけの魔法であった。
〈エンバークロウ〉は『濡れ』状態に陥った。
『濡れ』状態を嫌った巨鳥が次に取る行動は――。
俺は足元に出していた円盤状の“鏡盾”――〈転輪の写盾〉の持ち手を掴んだ。
差し込んだ腕が重量で沈む。
泥と黒曜片の混じる地をつま先で踏ん張って、俺はなんとか体勢を保った。
シモンたちを〈第四の目〉でスキャンする。
雨幕の向こうでカーラをかばう二つの影を、俺は視認する。
レンの魔力残量は――わずかに回復。
俺は大声で指示を出した。
「シモン、レン、氷の準備!」
叫ぶと同時に俺は足に力を込めた。蒸気を切り裂いて走り出す。
召雨の範囲に入る。
盾面のルーンが水溜まりから魔素を吸い上げ、盾面に水滴の絵を浮かべた。
巨鳥の黄の双眸に焦点が戻るのを俺は見る。
状態異常『スタン』で動くことができないカーラ、そしてその傍らで構えるレンとシモンの周りを、巨鳥が旋回し始める。
「ちぃいいいいっ!!」
俺は〈エンバークロウ〉とレンたちの間へ身を滑り込ませた。
〈熔焔嘴衝〉が来る。
巨鳥の喉袋が脈動。
輪郭が深紅に染まった。
次いでけたたましい雄たけびが腹まで響いた。
巨鳥が滑空する。
飛翔体に合わせて俺は盾を斜に構えた。
――緋色を帯びたくちばしが、鏡面に激突した。
「~~~~ッ!?」
衝撃が体を突き抜ける。
肩口から下腹へ抜ける鈍痛。
肺の空気が一気に押し出された。
視界で星が弾ける。
足が地面を離れ、火花の尾を引いて宙に浮く。
耳元で風切り音が尖った。
「モブ様ッ!」
「モブッ!! ~~貴様っ!!」
――宙を舞う中、俺は見た。
滞空する〈エンバークロウ〉が喉袋を脈動させる。
真紅の火をくちばしへため込んでいた。
熱が空気を歪ませ、雨粒が途中で蒸散して白い霧に変わる。
俺はにやりと笑う。
〈エンバークロウ〉の軌道をわずかに逸らすことに成功。
背後のレンたちの時間を確保できた。
レンの杖先から『氷の矢』が二条、放たれる。
蒼い光痕が雨煙を切り裂き、羽根膜へ突き刺さると同時に氷華を爆ぜさせた。
「ギャァアアッ!?」
巨鳥が悲鳴を上げる。
翼をばたつかせていた。
地面へ背中が着く直前、俺は肩で受け身を取り転がる。
呼吸のたびに胸骨がギシリと鳴った。
歯を食いしばり、片手をついて俺は顔を上げる。
雨の幕の向こうで、シモンの〈アイスボム〉が弧を描く。
着弾。氷柱が立ちのぼるのを、俺はおぼろげに見つめた。
レベル1水属性魔法『氷の矢』、マジックアイテム〈アイスボム〉は『凍結』状態をもたらす効力がある。
『濡れ』状態から発動すると、ほぼ確定で『凍結』に陥らせることができた。
熾火を纏っていた巨鳥の動きが、氷霧に咳き込むように鈍る。
翼の関節が氷塊で固まり、羽ばたきが途中で折れた。
――ズシン。
全長五メートルの巨体が氷床へ叩きつけられる。
氷の皺が蜘蛛の巣状に走った。
「や、やったぞ、モブ!」
レンが喜色の声を上げる。俺に視線を向け、次の指示を待っていた。
まだ熱を帯びる羽根が蒸気を上げている。
赤黒い羽根が凍結層に貼りつきバチバチと音を立てた。
俺は胸に焼けた痛みを抱えたまま、赤い瞳で敵のステータスを走査する。
「凍結、移動力低下、体力まだ半分! 続け……っ!?」
声が思わず裏返る。
膝を押さえて起き上がり、盾を構え直した瞬間。
山頂の空気がざわりと逆巻いた。
「ガァアアアアアアアッ!」
〈エンバークロウ〉の瞳孔が血のような朱へ染まり、怒号が溶岩の轟きと重なる。
両翼を最大限に広げ、羽ばたきを一度。
次の瞬間、氷床を覆っていた白霜が吹き飛んだ。
水蒸気の雲柱が上がる。
――熱波。
雨粒は空中で爆ぜ、氷結層は悲鳴のような音を立てて砕ける。
再び黒土と溶岩の地表が露わになった。
□
(地形変更……!?)
蒸気の幕越しに巨鳥が喉を脈動させる。胸火が膨らみ、炎羽が逆立つ。
原作ゲームにはない行動。
写実に落とし込んだ影響が出ているのか?
〈エンバークロウ〉は『召雨』で生まれた水蒸気を翼の煽りで吹き散らす。
周囲を純粋な火の魔素で満たしていく。
熱は瞬く間に頬へ刺さり、眼球の潤いさえ奪い取った。
皮膚が紙のように乾き、呼吸が焼け鉄の味を帯びる。
俺は声を絞り上げた。
「シモン、レン! 今すぐ横に飛べ!」
巨鳥が両翼を掲げ、羽根の間で火花をはじかせる。
〈灼羽暴風〉――前方広域焼滅のため動作。
「カ、カーラ様が!」
「いい、走れ! 俺が!」
レンとシモンの背後には依然『スタン』で身動きできないカーラが横たわる。
二人はうなずくこともなく、熱を帯びた岩肌を駆ける。
左右へ散開した。
足裏の濡れ土はすでに蒸発し始める。
俺はカーラの前でしゃがみ込む。
身に着けていた外套を、彼女の上にかぶせるように放り投げた。
水で濡れた布切れが、熱による被害を抑えてくれるはずだ――俺はギルド訓練所の教訓を思い出す。
隠しエリアで見つけた〈転輪の写盾〉を再度構える。
(ええい、俺はタンク職じゃないってのに!)
そんな愚痴をこぼす間もなく、熱線を孕んだ翼の一振りが下ろされた。
散弾のごとく、火を纏った黒羽が飛来する。
〈転輪の写盾〉の水位相ルーンが藍光で逆巻く。
盾面へ赤黒い火羽が叩きつけられる。
盾の薄い水膜が火に抗う。火羽は蒸気に変わり、熱風は泡立つ霧として左右に逸れる。
弾かれた炎滴が盾の縁を回り込む。
外套の裾を焦がした。
「っ……!」
盾の内側で皮膚が煮える。
肩へ、脇腹へ、火の鞭のような熱が走った。
呼吸のたび喉が硫黄の臭いでむせた。
「……ぉおおおおおおッ!」
――まだ耐えろ。
膝を地へ沈め、円盾を両手で支える。
水膜が蒸発するたび、俺の体力と魔力総量を吸い上げ盾は次の膜を張る。
熱圧で肘が抜けそうになるたび、俺は叫んで自分を奮い立たせた。
荒れ狂う〈灼羽暴風〉がようやく収束した。
白蒸気の向こうで巨鳥は呼吸を荒げる。
次の攻撃へ備えているのか?
巨鳥は足元の溶岩を咥え込んでいた。
こちらは満身創痍だ。
両肩、腹部に赤いみみずばれが走る。外套は半分炭化。
胸布の留め具が溶けかけ、肌へ張りついた金属がじゅっと音を立てる。
それでも生きている。
耐火のポーションと〈転輪の写盾〉の水位相が命綱となり、致命の熱をどうにかいなした。
血の混ざる呼気を押し出す。
左右に分かれて難を逃れたレンとシモンを見て、安堵する間もなく。
俺は自身に迫る脅威を捉える。
〈熔焔嘴衝〉――。
火口色にきらめくくちばしが再び一直線にこちらへ伸びる。
取っ手を握る指先が痙攣している。
盾をもう一段引き上げる力が残っていない。
俺の視界は熱で霞む。
カーラを放って、かわすか迷う。
その短い逡巡が仇となった。
最早、対象は目前。迫る火線を、ただ受け入れるしかないと悟った。
「ッ!?」
後ろから伸びた腕が、俺の前腕ごと盾を抱え込む。
亜麻色の髪を振り乱す。
カーラだ。まだ腕が震えているはずなのに、左腕一本で彼女は〈転輪の写盾〉を持ち上げる。
巨鳥のくちばしが鏡面に突き立つ。
水位相ルーンが藍から白へ飽和し、盾面の水膜が一瞬で沸騰。
その蒸気圧が炎束の芯を押し返し、突進の勢いを逸らした。
〈エンバークロウ〉はすれ違いざま、身を翻す。
滞空したまま、こちらめがけて高温の息を吹きかけた。
広域の灼熱は盾面で二度、三度と爆ぜ、溶岩の飛沫が周囲へ雨のように散る。
焦土に落ちた飛沫がひび割れを走らせ、赤い脈動を覗かせた。
水膜は徐々に薄れ、盾縁から蒸気が悲鳴のように漏れる。
それでもカーラは肘を固め、膝で地を掴み、炎流を食い止め続けた。
白蒸気の帳の向こう、〈エンバークロウ〉の攻勢がわずかに鈍る。
「モブ、くん。立てるか?」
俺は肩越しに見る。
カーラの頬は煤で黒く。
だが瞳は琥珀色に燃えていた。
───◇◆ 次回予告 ◆◇───
タイトル:「第23話 エンバークロウとの戦い②」
楽しかった、続きが少しでも気になると思われましたら、
ブックマークや↓の「☆☆☆☆☆」で応援していただけると嬉しいです。
筆者が嬉しさのあまり小躍りします。
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