少子化対策
首のすわっていない幼子を大切に抱き上げた拓也は、今まで見たことのない愛情あふれる表情をしていた。彼がこんなに子煩悩とは思わなかった。友達に子供ができたという話をしてもまったく関心を示さなかったし、ショッピングモールでベビーカーの中にいる赤ちゃんを見かけても何の反応もなかった。まあ、人付き合いが苦手な方だとは思う。大人相手にうまく話も続けられないから、子供相手にどう接したら良いかわからないというのもあるのだろう。そんな彼が赤ん坊にやさしく微笑みかけていた。
「もう少し続けますか?」
オペレーターの声がした。私たちは今、シミュレーション環境の中にいる。その世界があまりにも自然で、あまりにも心地良いものだから、どっぷりハマってしまっている。
「今日はこれで終わりにします。ありがとうございました」
そう言ってシミュレーションを終え、現実の世界に戻って来る。拓也と二人だけの世界。子供はいない。時々、子供のことについて話す。拓也は自信がないと言っている。責任を持ちたくないという感じの表情が垣間見える。子供を授かったなら、途中で投げ出すことはできない。子供が成人するまで少なくとも二十年は働き続けなければならない。いったんそうなってしまったら、身動きが取れなくなる。拓也はきっとそう思っている。
「子供はかわいいよ」
ママになった友達がそう言っている。彼女は幸せいっぱいのオーラを周囲に振り撒いている。私はそっとベビーカーに寝転んでいる彼女の赤ん坊を見ている。手足が短い。かわいい靴下をはいている。思わず私も微笑んでしまう。そう、ママになる自信はないけれど、やっぱり子供が欲しいと思う。
「うちのダンナもかわいくて仕方がないと言った感じで、時々、赤ちゃん言葉で話し掛けているよ」
彼女は言う。そう。自分の子供なら、拓也だってかわいいと思うかもしれない。それで嫌がる彼を無理やり子育て体験ツアーに連れて来た。少子化対策の一環として政府が推進していて、県庁所在地にその施設が儲けられている。ここでは子供を持とうか悩んでいる若い夫婦のために、子供が産まれた時の暮らしぶりをシミュレーションで体験することができる。映像はとてもリアルだ。私たち二人から生まれる可能性のある容姿の赤ちゃんの3D画像が瞬時に生成されて表示される。仮想世界ではあるけれど、子供の重さとかぬくもりとか、匂いとかも含めて体験できるようになっている。
「次回の予約はされますか?」
オペレーターに聞かれる。
「ちょっと待ってください」
拓也が言った。
「せっかくだから、もっと時間の取れる日にしようよ」
彼は言った。なんだかものすごく乗り気なようだ。彼はすっかり政府の思惑にハマってしまったのかもしれない。そして私たちは、彼に有給休暇を取ってもらうことにして、平日の午後に所要三時間のツアーを予約した。
「拓也にそっくりな天使を抱きしめてみたいな」
「拓也の子猫ちゃんがほしいな」
「私たちのDNAコラボレーションを成功させようよ」
次の体験ツアーが終わった夜が勝負とにらんだ私は、一発必中のワードをいつまでも思案していた。




