ブリューンズの者
ⅱ―1
レーゼは混乱していた。
自身に起きたことをルージュに説明してもらったことを必死に理解しようと努めながらも、まだまだ疑問があった。
が、混乱の理由はそれではない。
目の前に突然、人とは思えない容姿端麗な女性が現れた途端、ルージュに「・・探したぞ!・・マイナ!」と強く抱きしめたのだ。
その抱擁を受けたルージュも「・・すまない、姉さん・・」と抱き留めていた。
それは確かに家族間の温かな抱擁に見えた。
しかし、ルージュは一人っ子なのだ。
同じ村で育ち、ルージュのお父さんが教鞭をとる学舎で一緒に学んできたのだ。
ルージュに姉がいたなど、あるわけがない。
それに彼女はルージュを何と呼んだ?
しかも自分の名ではない筈の「マイナ」と呼ばれ、ルージュは極自然に「姉さん」と応えた。
自身の事でも頭がいっぱいになっていたのが、更にわからなくなっていた。
ー10分程前
一頻り泣き止むまでに、幾分の時間を要したが、落ち着きを取り戻したルージュをレーゼは嬉しそうに眺め、言葉を待っている。
「・・あー・・その・・見苦しい所を見せてしまってごめん。そうだな・・まずはレーゼのさっきの質問から順番に必要なことを伝えていくね。まずレーゼには特別な力があったんだけど、それはついさっきまで僕も知らなかったんだ。君が起き上がった時に初めて僕は確認したんだ。」
コピーの能力について簡単に伝え終わると、レーゼは「そうなんだ・・」とキョトンとしながら理解しようと目を瞑って情報を整理している。
「ねぇルージュ、私にコピーする能力があったとして、私があの瀕死の状態からここまで回復したのは・・」
『コピーの能力と自分が死の淵から這い上がれた理由が結びつかない。』
ルージュは「どこから伝えたものか・・」と頭を抱えながら考えていると、既知の存在感が間近に迫っているのを感じた。
『この感覚は・・あー、さっきブチギレて無意識に身体構造を造り替えた時に、思いっきり力解放したのを感じ取ったんだな。レーゼに説明してる時間は・・無理だ、もう来る』
派手な音もなく、まるで最初からそこに居たかのように、彼女がいた。
― 時は戻り、混乱しながらも必死に落ち着き装いながら、レーゼは当然の疑問を口にした。
「あ・・あの!ルージュ、その方はどちら様・・?それに「姉さん」とか「マイナ」とかどういうこと?」
ルージュの顔は女性の背で見ることが出来なかったが、代わりに女性が振り返った。
知り合いだったのか?という顔をしながら
「マイナ、こちらの方は?」と尋ねている。
やっと見えたルージュの顔は、照れ笑いのような顔をしていた。
後ろ暗いことを隠したがっているような雰囲気では全く無いルージュの様子に、レーゼは混乱していたのが不思議と収まっていくのを感じた。
「レーゼ、色々疑問に感じてるのは百も承知なんだけど、まず彼女は姉なんだ。そして・・沢山の物語を昔から好きだったレーゼなら「真眼のアイナ」と言えばわかるかな。」
レーゼはルージュの落ち着いた言葉とちゃんと説明してくれるという確信が持てたことで、それまでの混乱は綺麗に霧散していたが、ルージュの紹介内容に驚きすぎて頭が真っ白になっていた。
冗談を言っているような雰囲気じゃない、自身の家族を普通に紹介している「だけ」ということが問題なのだ。
「・・へ?ル、ルージュ、「真眼のアイナ」って私の知ってる・・というか皆が知ってる「創生の物語」とか世界樹に纏わる物語にはほぼ確実に登場するエルフの中でも最も有名なあの「ブリューンズ」家の・・?」
レーゼは自分で言いながら、自分の言葉が信じられず・・かと言って、ルージュという人間がこの状況で誤魔化すような人間ではないことを、誰よりもわかっているつもりのレーゼとしては何とか情報を落とし込もうと必死だった。
「マイナ、少し私が話を継ごう。」
アイナは自身の事はルージュが紹介したからなのか、自身が「真眼のアイナ」であることには全く触れず、マイナという弟がいたこと。
そのマイナはブリューンズの末子であること。
そして長男・ハイナが誕生の祝福の為に訪れ、マイナを抱き上げた瞬間、ハイナが討伐した魔神「カーミラ」の残滓による強烈な呪詛により、霧散し消えてしまっていたことを伝えた。
全く自身については触れない当たり、「真眼のアイナ」であることを認めたのと同然なので、レーゼはそこはもう呑み込んでしまおうと腹を括った。
「で、でもそれはマイナさんのことで、き、消えてしまわれたんですよね!?ど、どうしてルージュがマイナなんですか?ルージュもどうしてアイナさんを姉さんって・・?」
アイナは右手の甲をレーゼの視界に入るように見せつけた。
不思議な模様が光り輝き、浮かび上がる。
「ブリューンズ家の者には、これらの模様が浮かぶだけでなく、纏うオーラもブリューンズ家特有のものがあるんだ」
アイナに説明を任せていたルージュが自身の額に紋様を浮かべて見せる。
「そして、真偽を「真眼」で確かめるために家族の中で私が来たんだ。まぁブリューンズ家の紋様に特有のオーラの時点で私が確認するまでもないんだが、「真眼」を持っているのは私だけだし、霧散してしまう前からマイナはこの「真眼」を以てしても見えないことが多すぎだったこともあったからな。」
マイナの頃から視えないことがあり過ぎたから、自分でも真偽を確認できるかは不安しかなかったとのことだが、逆に言えばそんな奴はマイナ以外にいないということだったらしい。
「霧散した後、転生してルージュとして生まれて来て、今に至るんだけど、さっきレーゼが倒れた時に、ちょっとキレちゃってね・・あの時は人間の体としてはもうまともに動けなかったから、マイナとしての身体構造の情報に、無意識で造り替えちゃったみたいなんだよね。で、まとめると、その時の僕のオーラを感じ取った姉さんが飛んできたって流れかな」
レーゼは「転生」という言葉を聞いて、やっと自分の頭の中で少し話が繋がったように感じ、落ち着いた。
昔から沢山の物語が大好きで見聞きしてきた中に、「転生者」という概念があったのだ。
というかそれは物語でもあるが、史実として残っている。
ギルドの創設者であるライザーがそれだ。
現在の武具の序列などや、今の一般常識の基礎になるものを普及したのも、そのライザーだった。
転生者を日常的見かけるわけではないが、そういう概念があり、そういう人物が歴史上にも存在したことからレーゼは理解することが出来た。
「・・そう・・なんですね」
レーゼが多少なりとも落ち着いたのを確認した二人は同時に口を開いた。
「マイナ、私と一緒に来るんだ」
「姉さん、ブリューンズには後でいくよ」
アイナはマイナの言葉に驚くと共に、同時に話しだしてしまったことが気恥ずかしい様子で
「私にとって他の者の心は常に視え、聞こえるものなのに、お前の心は相変わらず全く見えないからな・・相手と言葉が重なるなんて初めての経験だよ・・で?後で行くというのはどういうことだ?」
彼女の1000年以上の生涯で初めての出来事で驚きを隠せない様子ながらも、間を空けず目的に対する確認をしてくる辺り、やはりアイナは元々の芯が強いんだなと、聞かれていることとは別の事の感想を持ちながらマイナは言葉を返す。
「言葉通りだよ。ちょっと色々あったばかりでね、レーゼも送りたいし。あと父さんにも一旦会っておきたいんだ。・・あ、父さんってブリューンズの父さんじゃないよ?・・それに、エルフの中でもブリューンズ家の者にとって数ヶ月や数年なんてすぐのことでしょ?色々の片づけをしてからゆっくり向かうよ」
「マイナ、あの時の事は悲劇だったし、この上なく残念なことに確かにブリューンズでありながら、時間を共に出来た時間はエルフでなくとも短い時間だった。
人間に転生したことで、エルフやブリューンズのような長命種にとって時間の感覚は相当異なるであろうと認識しているのかもしれないが、家族の認識については特に我々ブリューンズは想いが強い筈だ。
何せエルフの中でもブリューンズは特に特殊なのだから。」
「・・わかったよ、なるべく早めに向かうようにするよ。・・さてレーゼ、一旦戻ろうか。ここに来るのにリトナがレーゼの事をすごく心配して探し回ってたんだよ。
リトナにも事の顛末を伝えて安心させてあげないと」
「リトナさんが!?・・あぁ、そうだった、リトナさんに話を聞いてもらった後、気が付いたらここにいたんだっけ。そうね、ちゃんとお礼言わなきゃ・・でもルージュ、アイナさんのことは?」
「私も当然付いていくぞ。マイナの要件を早々に片付けられれば戻るのも早くなるし、道中転生後の人生も聞きたいしな。何よりギルドなどでは私の名前が役に立つはずだ」
『・・姉さん、付いてくる気満々だなぁ。まぁ断る理由はないし、姉さんの言う通り「真眼のアイナ」の勇名を知らない者なんていないし・・というかレーゼじゃないけど御伽噺に近い認識で実在をまず疑われそうだけど・・まぁ、今回の件は複雑な上に厄介そうだったから姉さんがその勇名を持って助けてくれるならもみ消されることもないか・・』
フランツェンがクソな人間なことよりも、あのズンという人間はザナンよりも実力が上だった。
更に言えばズンが連れていた数十人の殺手もおかしい。
その辺のごろつきならいざ知らず、ズンが引き連れて来たのは普段から殺しを生業にしているプロの動きだった。
ズン程の熟練の者達ではなかったのが不幸中の幸いではあったが、それにしてもフランツェンが用意できるような人員ではなかった。
フランツェンにそれを用意した黒幕がいるはずだが、あれだけの戦力を簡単に用意しフランツェンの事情程度にあてがうことができる者と考えると、領主や貴族などが関わってくることが容易に想像できた。
そんな相手であれば不都合なこちらの真実などもみ消すに決まっていた。
だがそこで姉さんの勇名を借りられれば・・というより、その本人が出張ってくれば、ギルドも対応せざるを得まい。
ⅱ―2
ニツェンの街に戻り、まずリトナに事情を説明したが、想像以上に大事になっていたことにリトナは愕然としていた。
問題が想定外の大きさだったこともあり、どうしたものかと頭を抱えていた。
「この神殿内であんな大規模ないじめ騒動が起こったことも初めてだったが、それがフランツェンの呪術によるものだった上に、殺しにまで来てたなんて・・前代未聞過ぎてどう対処したものか・・それに俺自身ルージュたちの元上司だったってだけで、そんなに神殿の中で発言力があるわけじゃないし・・」
真眼を使わずともルージュにはリトナが上にもみ消されてしまって、寧ろルージュ達を悪人としてしまわれる可能性を考えてどうしたものか悩んでくれているのが見て取れた。
「その件については、私が全面的に協力させてもらうから安心してくれ。神殿で話してもいいが、私の身分を証明するにはギルドの方が手っ取り早い。マイナ、知人に報告が済んだならギルドに行くぞ。」
「ルージュ、そちらの方は?」
「うーん、説明が難しいんだけどすぐわかるよ。今は親族の人ってだけ思ってくれてればいいよ。」
「?・・いや、ルージュのご親族?」
レーゼがリトナにお礼も兼ねて説明してから自分もギルドに向かうと言ってくれたので、その場は一旦レーゼに任せて、ルージュとアイナはギルドに急いだ。
アイナの勇名があれば、後手に回ってもいくらでも覆すことは可能だろうが、物事をスムーズに運べるのなら出来るだけそうした方がいい。
組織の上部組織というのは大体問題を嫌う。
上部組織が部下や現場に求めているのは問題を起こさず、継続的な利益を生み続けることなのだ。
中間管理職の者に新しい利益や、よりよい環境づくりなど求めてはいない。
そういう手合いは総じて、問題が起きてしまった場合責任の所在を弱いものに擦り付けたり、問題自体をもみ消そうとするものだ。
だからこそ、迅速に動き、相手が動く前に手を打つ必要がある。
アイナ自身はこんな人間達の諍いなど、興味は微塵もないのだが、マイナを一刻も早く連れ帰りたい想いから積極的に協力しているが『さっさと終わらせる。ガタガタ言うなら滅ぼしてしまおう。』と考えている始末だ。
アイナの心は平静を装っているものの、そのくらい心は乱れていた。
本人を直接見て、感じてマイナであることが明確に判明したのはその位驚嘆の事実だったのだ。
その場にいる者たちは圧倒されていた。
普段見慣れているどこにでもいるが目立たず、頼み事をすれば、大体そつなくこなしてくれる便利屋程度に思っていた男に付いてきた見かけない凛々しい美女が原因だった。
受付までの僅かな道のりは、皆見惚れて目で追っていたが、受付でルージュが僅かに口を開くのを待たずに、こう言ったのだ。
「マイナ、どけ。私が話した方が早い。おい、女。ギルド長を今すぐ呼べ。「真眼のアイナ」が来たとな」
受付嬢も見惚れていたギルドの他の冒険者たちも一瞬時が止まったように呆けていたが、一斉に大爆笑が起こった。
「ハハハハッ!ルージュの奴随分と錯乱した女を見つけたもんだな!」
「「真眼のアイナ」って昔から御伽噺に語られる「アイナ」を言ってるのかしら!」
「・・ハァ。えーと、アイナ、さん?でよろしいですかね。笑ってしまい、失礼しました。まず、ギルド長についてですが、ご用向きはまず、受付を担当させて頂いております私、サルンが伺うようにギルドの規定で決まっております。そして、ここはギルドですので、まずはギルドの身分証をご提示願います。」
サルンは笑ったことは謝りつつも、微塵もアイナの言葉を信じた様子はなく、規定通りの回答をした。
「?私の名を知らない様子ではないが、身分はわからない?」
アイナがギルドとの関わりがあったのは、それこそ御伽噺等に登場する頃の話だ。恐らく現在の彼女と面識のある人類は、人類という種の中での上位者である数える程度の人数しか存在しないだろう。
末端の人間は今の周囲の者達と同じように御伽噺に登場する人物程度の認識しかないのが普通だ。
「お嬢さん、ギルドに来たのは初めてかい?どこの出身のお金持ちのご令嬢か存じかねますがね、ここはギルド。
どんなに身分の高い方でもルールに従ってもらう必要があるんですよ。
「真眼のアイナ」と口に出せばギルド長に会えるって誰かに教えてもらったんですかね?
依頼をしたいなら「真眼のアイナ」なんて名前出さなくても、私達が受けてあげますよ。
初めてってことで多少割安にしてあげてもいいですよ」
ニヤニヤした女冒険者が同性への嫉妬も交じってはいたが、身なりが良く整った顔立ちからどこかの令嬢と勘違いした様子で、ギルドを通さずふっかけた依頼料を搾り取ろうと声を掛けてきた。
真眼を持つアイナには、その全てが見え、聞こえていた。
アイナは心底嫌気がさしてきていた。
サルンもすぐに意図を察し、
「アイナ様、依頼ということでしたら、基本的にギルドを通して頂くことになります。
そしてご依頼であれば、こちらの窓口で承れますのでご安心ください。
ジャージャさんも勝手な事言わないで下さいね!
実績のあるジャージャさんでも、ギルドの規定から外れることになれば、ギルド長に報告しないといけませんので、重々ご承知くださいね」
ギルドの利益をかすめ取ろうとしたジャージャに、サルンは少しも怯まず睨みつけた。
ジャージャはこのギルドの中でも優秀な銀級パーティーのリーダーを務める人間だった。
そしてサルンは、ジャージャのパーティの前リーダーという経緯もある。
野蛮なふるまいをしているものの、ジャージャもサルンの実力は知っているので、「・・チッ」と舌打ちして引き下がろうとしていたが、
「・・私は急いでいるんだ。そこのジャージャとか言ったか。そいつを叩き伏せれば私が「真眼のアイナ」という言葉も少しは信じられるか?」
アイナのこの挑発はジャージャを焚き付けるのには十分過ぎた。
サルンが止める間もなく、元々初対面ながら同性としても、冒険者と名乗る人間が御伽噺の「真眼のアイナ」を名乗ることも、全てが気に食わなかったジャージャは挑発の言葉を受けた途端、まるで条件反射の如く、本気の突進を仕掛けた。
瞬間、受付をしているサルン以外の突進をかけたジャージャ含めて全ての人間が気絶した。
「おい、女。お前だけは気絶させたらギルド長を呼べないから気絶させなかったが、ここにいる奴らは今私が全員動けなくした。
これで私の言葉が少しは信じられたか?お前も元冒険者だろう?そこのジャージャはお前の後任だよな?これでも私の言葉が信じられないなら・・」
息をするのも忘れる程、恐怖を刻まれたサルンは、意識を保っているのが不思議な程で、声がまともに出せずにいた。
流石に見かねて声を挟む
「・・姉さん。姉さんがギルドで活動してた頃の物はない?今のは流石にないだろうからさ。昔は力を見せつけたらそれで話が通ったかもしれないけど、今は中々そうもいかないんだよ(正直このまま押し通せば行けちゃいそうな気もするけど・・)」
これまでギルドにされたことを思えば、スッキリするような光景だったかもしれないが、あまりにも圧倒的で一方的な光景にルージュには気の毒に感じてしまったので助け舟を出したという心境だった。
「マイナお前の事はよく見えなかったが、あの連れの・・レーゼだったか。彼女からお前たちの受けてきた仕打ちは視えていたこともあったから・・正直、叩き潰してやりたかったんだが・・お前がそう言うなら、穏便に進めるとしよう。」
彼女は空間から、見たことのない煌く石のついたネックレスを取り出した。
「今はこれでは身分証明はしてないようだが、今も鉱石を鑑定する測定器くらいギルドなら常備してるだろう。今すぐ鑑定しろ」
変わらず、声が出せないどころか、ルージュとのやり取りの間に失禁して腰が抜けて動けなくなっていたサルンにアイナは一息活を入れると、彼女は怯えながらも辛うじて動けるようになった。
「ッ!・・ヒャイ!い、今すぐ鑑定させて頂きます!!「真眼のアイナ」様!大変失礼いたしました!!・・・・こ、これは「未知」!?い、いぃますぐ!ギルド長!呼んで参りますので、もう少々お待ちをっ!!!」
「これであとどのくらいかかるんだかな」
奥でサルンの絶叫にも似た報告が数分続いた後、10分もしない内に、サルンが走って戻ってきた。
「「真眼のアイナ」様、大変お待たせしてしまい、申し訳ありません!ギルド長が間もなく参りますので、応接室にご案内させて頂きますので、どうぞこちらにっ!」
緊張しきっているのは変わらないが、必死に彼女は業務をこなしていた・・が、一緒に付いてくるルージュにサルンは一瞬怪訝な顔をした。
サルンはアイナの印象が強すぎて、ルージュとのやり取りが頭に入っていなかったのだ。
「彼は私の数少ない家族、弟だ。一緒に行くのに問題があるのか?今回私が出張ってきたのも、マイナを取り巻くしがらみを手っ取り早く片付ける為だ。」
静かな口調ではあるものの、マイナに辛く当たってきた一つであるギルドの人間にアイナは猛烈な敵意を持っていた為、彼女の言葉には力がこもっていた。
「・・と、とんでもございません!(お、弟!?!?あ、あぁのルージュが・・!?ど、どういう事なの!?)」
サルンは混乱の極致だったが、努めて責務を全うすることを最優先させた。
御伽噺にしか登場しないと思っていた伝説の英雄が目の前にいるという喜びよりも、その伝説の英雄に敵意のこもった覇気を浴びせられた事実が、大きな恐れとなっていた。
サルンは生涯このことを忘れることはできないだろう。
―15分程経過した所でノックの音があり、レーゼがサルンに案内されて入ってきた。
「ルージュ・・凄いことになってたけど・・」
「あー・・、うん。仕方ないとは思うんだけど、姉さんの言葉が信じられなくて笑いものにしようとしたのと、姉さん自身も今のギルドの仕組みがわからなくてあんな感じになっちゃった・・」
「まぁ、そんな事だろうとは思ったけど・・ルージュがそこはフォローしてあげないと!」
「いや、もう本当に一瞬の事で・・それで、リトナの方はどうだった?」
「えぇ、ちゃんとお礼させてもらったわ。やっぱりあれだけ動いて下さったのだし、直接お礼を伝えたかったの。アイナさんについては・・まぁ、お察しの通り「信じられない」って反応だったけど、私とルージュの人柄を知ってるリトナさんとしては「信じられない話だけど、お前たちの事は信じてるから信じることにする!」って言ってくれてたわ。今後については、神殿側は私の大騒動の沈静後は通常業務に戻ってたところだから、私達の動きの後に聞き取りとかになると思うってことで、取り敢えず動きを静観してようって考えてるみたい」
「そっか・・いやぁ、なんて言うか、やっとまともな信頼できる人間が出来たなぁ・・やっぱり、大人になってから、気の許せる仲間が出来るってのはとっても難しいことだよなって改めて感じさせられるね。今後についてもリトナの言う通り、姉さんが本物って認識になれば大事になるだろうから、そうしてくれるのが一番いいよな」
「・・レーゼにリトナか・・。マイナの理解者ということなら、私も記憶しておくとしよう」
更に数分後、ドアから再度ノックの音がした。
「失礼致します。ニツェンのギルド長を務めておりますマルガイルと、この地域一帯の支部長ラドと申します。」
「「真眼のアイナ」様にお目に掛かれて、光栄に存じます・・」
「茶番はいい。私は話を早く進めたい。お前たちはまだ信じられないのだろう?だから先程の鑑定器より更に詳細に調べられる測定器を持ってきたから、もう一度確認がしたいのだろ?さっさと出せ。それで話が済むならさっさとしろ。」
「・・全てご存知なのですね。ご配慮感謝いたします。マルガイル、鑑定器を。」
「・・まさか・・人生で、自分の目で「神代」のギルド証を見る日が来るとは・・」
「ありがとうございました。おい、マルガイル。」
「は。ルージュさん、そしてレーゼさん。この間の協会の依頼の件ですが、こちらの張り出していた依頼内容に誤解を招く記載があったことを確認いたしました。その為、記載通りの報酬を改めて・・」
「おい、私が誰かわかった上でその茶番を続けるのか?「真眼」は全てを視る。お前たちの下らない下心、本音も全てだ。私の弟という情報が入った途端手の平を返すのは不快極まりないぞ。誠心誠意の謝罪がまず来るなら、少しは目を瞑ってやるものを・・」
「ヒッ!誠に申し訳ありませんでした!!」
「・・姉さん、手早く済ませる為にもその話は一旦置いておこう。あとギルド長、ラド支部長。その報酬云々については僕はもういいです。そういう組織だと知れたことが今回の報酬と言えると思います。レーゼはどうする?君がほしいなら、それは正当な報酬をもらうことだから何ら問題ないだろうけど・・」
『・・私も正直受け取りなくないけど・・恐らくギルド長と支部長は「真眼のアイナ」が本物かどうか確認することと、本物だった時に今後の為にもなるべく良い関係を築くことを目的にしてるのよね・・その為にも関係者の悪印象を少しでも取り除きたいってことの最初の1つがこれなのよね・・。ギルド自体は世界各地にあるわけだし、恩を売っておくことは悪い事じゃないわよね。まぁ、「ブリューンズ」の名があれば、そんなものあってもなくても問題にならないでしょうけど・・』
「・・私は正当な報酬だと思うので、ギルドがその正当性を認めるというのなら、受け取ることにします。今後このようなことが無いように徹底して頂ければと思います。」
「!ハ、ハイ!決して!二度と!このようなことが起こらないよう!職員一同気を引き締めて参ります!!」
『ほう、私達の今後の動きやすさを考えて、敢えて相手に応えるか・・確かにマイナのことを第一に考えているようだな。』
「それでは、今回こちらに姉と突然来訪した経緯の説明とご対応をお願いしたいのですが・・」
「かしこまりました。受付の話によると、アイナ様の弟君であらせられるルージュ様のしがらみを早急に解決される為にいらっしゃったと伺いましたが・・」
「実は・・・。それでこちらが証拠物品、ならびに生き証人として捕縛したフランツェンです。」
空間から縛り上げたフランツェンの首根っこを掴んで放り出す。
フランツェン以外は皆死人ばかりだが、証拠の為に拾ってきたズンと暗殺部隊の死体も全部放り投げた。
「・・!!!丁寧なご説明、そして証拠物品に証人まで。誠に感謝いたします。神殿の人間達にも関わる事案の為、日数を頂けないでしょうか。フランツェンに関しては然るべき処罰を、必ず与えることをお約束致します・・それにしても、あのズンが関わっていた上にそれを倒してしまわれるとは・・ルージュさんの評価は再考する必要がありますね。ズンは元々賞金首でもありますので、そちらの賞金も改めて送らせて頂きます。」
一連の話でギルド長も支部長も驚いてはいたが、「真眼のアイナ」という情報の方が大きすぎて、どうやってご機嫌を取るかを考えている様子だった。
『俺は自分で「真眼」のon offをできるけど・・姉さんはずっと視えているんだもんなぁ。視えてなくたって丸わかりなのに、全部視えてたら不快に思うだろうな・・』
ルージュはアイナの苛立ちにボンヤリ同情していたが、当のアイナはそんなことよりも、マイナを少しでも早くブリューンズに連れて帰りたくて仕方なかった。
『今のマイナの様子を知りたいのもあったから同行したが、こんなに時間を食うならハーナルに直接言ってやった方が早かったな・・この様子だとハーナルにはまだ報せは届いてないんだろうしな。・・まぁ、マイナの人間としての暮らしも観察しておくいい機会と考えることにするか』
その後、ギルドの手配でニツェン一の貴賓の滞在も担うクーリェンズ侯爵の元豪邸に案内された。
「ザナン達と魔王討伐した後はこういう豪邸も何度か宿泊したけど・・どこもこういう豪邸ってのはだだっ広くて、やたら装飾が派手だよなぁ」
「私はこういう所初めてだから、ちょっと落ち着かないわ。・・でも、慣れたら色々楽しめそうとは思うかな」
「王族や貴族、商人などの上に立つ者達はこういう無駄を見せつけることで、自分達の力を示すという意味もあるからな。無駄に割ける力があるというのはそれだけ総合力があるということだからな。だが、こういうのを好かんというのは、やはりマイナはブリューンズだなと感じたよ。私含め、両親も、お前の兄にあたるハイナもこういうのには辟易とするよ。」
幾人かギルドの手配した使用人がいるものの、3人で過ごすには広すぎる上に部屋も有り余っていた。
「マイナ、出来るなら寝る時もお前と共にしたいが・・その様子だと、困るのだろう。折角の機会だ。お前が気に入っている彼女と同じ部屋でもいいだろう?お前が気に入っているなら、私としてもレーゼ殿のことは興味があるからな。」
「いや、今日一日目まぐるしかったし、姉さんのことだって一般の人間にとっては雲の上の存在なんだから、同じ部屋なんかにしたら疲れ取れないんじゃ・・それに部屋なんて有り余ってるわけだし、一人一部屋でいいんじゃ・・」
「ルージュ、心配してくれてありがとう。確かに色々あって疲れちゃったし、アイナさんのことも驚きの連続なんだけど、折角の機会なんだし、私も御伽噺のアイナさんじゃなくて、ルージュのお姉さんとしてのアイナさんを知りたいわ。」
「決まりだな。マイナ、そう心配するな。お前が特別なだけで、私の真眼は本来、全ての情報を獲得する。根掘り葉掘り詮索する必要はないんだ。だから質問攻めにするようなことはしないから、安心してお前こそゆっくり休むといい。身体構造の書き換えを転生後、初めてしたのだろ?それなら体の負担もあるかもしれん。・・まぁ、お前に限ってそんなヘマはしないかもしれんが、無我夢中の状態だったなら強引な手順を踏んでしまった可能性も0ではないからな。」
「そ、そうだったの!?ルージュ、体は大丈夫なの!?・・私の為に無理させちゃってごめんなさい・・。」
「あー、いやいや。姉さんがちょっと大げさに心配してくれただけだから。本当に大丈夫だよ。姉さんの俺を休ませる口実なだけだから。」
「まぁそういう事にしておこう。私はともかく、レーゼ殿は疲労困憊だろうから、私達はこの辺で部屋に向かうことにするぞ」
アイナに促され、レーゼも続いて、二人は奥の部屋に向かっていった。
「・・レーゼにはまだマイナとしての自分について話せてなかったから、話しておきたかったんだけどなぁ・・いつ話そうか・・」
アイナは先行して、適当な部屋に入った。
貴賓の滞在も担う豪邸ということもあって、一応いつでも貴賓の歓迎ができるようにする為なのか、この部屋も広く、様々な骨董品・宝飾品・像などが目に飛び込んできた。
レーゼにとっては自分には縁のない世界の物ばかりで、少しでも傷をつけてしまえば一生かかっても弁償などできないと思うと、落ち着くことが出来ずにいた。
そういった飾り物が近くにないベッドを奥に発見し、彼女はやっと安堵した。この部屋を出る時以外はベッドから動かないようにしようと心に誓っていた。
「レーゼ殿、ここら辺の装飾品を仮に傷つけてしまっても大したものはここにはありません。普段縁のない物ばかりだから落ち着かないとは思いますが、私がいる以上万が一そんなことになっても、レーゼ殿に請求はさせませんのでご安心ください」
「へっ!?あ、あぁそっか。アイナさんは全部わかっちゃうんでしたっけ。お恥ずかしい所をお見せしました。でも、全部わかっちゃうのって、疲れてしまったりしないんですか?」
「ハハハハ。確かにその質問はよくされますね。ですが、ご心配は無用です。レーゼさんにとっても人が話していることを聞き取れる耳や、物を見ることが出来る目があることは疲れる理由になりますか?私は人より聞き取ったり、見て得られる情報が多いだけだと思ってます。既に1000年以上この能力を持ちながら生きてますからね。私にとってはこれが日常なのです。」
「これはまた、アイナさんにとっては当たり前のことを申し訳ありません」
「安心して下さい。レーゼ殿を始め真眼を持っていない者にとっては当然の疑問なのでしょうから。それで、私からもレーゼ殿に幾つか伺いたいのですが・・」
一層、星の輝きが増し、夜の闇が深くなってきた頃、話し疲れたレーゼはぐっすりと眠っていた。
「・・レーゼ殿は、マイナが気に入るだけあって、人間には珍しく嘘がない人間だったな。彼女を視ていても、言葉と心に矛盾は何も無かった。が、彼女は自身の体の状態についてはまだ殆ど自覚がない様子だった。彼女が元々「特別」だったのか・・マイナが何かしたのか・・まぁ、取り敢えずブリューンズにとって敵とはならない人間であることは僥倖だ。彼女については私もしっかりと覚えておかなければな」
アイナはズンとの一件が全て終わってから、駆けつけた為経緯はわからなかったが、レーゼの普通の人間とは違うものを感じ取っていた。
過去にも情報は視えないものの、自身の直感が告げることはあった。
過去の様に危険な物とは感じないものの、告げるのだ。
『彼女は特異だ』と。
話し疲れたのもあったが、元々色々ありすぎたこともあって、体よりも精神的にレーゼは疲れ切っていた。
こんなにぐっすり眠ったのは久しぶりだと自身でも感じながら、よく寝たからなのか頭の中がとてもスッキリしている。
・・しかし、目覚めたそこは寝落ちしたベッドではなかった。
見渡す限り、空いっぱいに輝く星の煌き。足元は雲のような幻想的な物が流れている。
雲は空にある物と認識していたレーゼにとって、足元に雲が流れているのは不思議だった。
そういえば昔、ルージュとレナリヤで森にある湖に早朝行った時にも見たことがあったっけ・・幻想的な風景にぼんやり昔の記憶を思い出しながら、ただただ吸い込まれるような空に見惚れていると、後ろから聞きなれた声に呼びかけられた。
「レーゼ・・レーゼ。僕の声は聴こえるかい?ルージュだよ。」
声の主をルージュと認識すると、まるで最初からそこに居たかのように、しかし突然にルージュの姿がそこにあった。
「あれ?ずっとそこに居たの?」
「ここはレーゼの夢の中なんだ。レーゼが僕を認識してくれることで、僕の存在がハッキリと世界に描かれるんだよ。」
目をパチクリさせているレーゼに、ルージュは続ける。
「今日は姉さんが突然来てしまったこともあって、ズンやフランツェンの一件でレーゼに起きたことを話せないでいたじゃない。
ちゃんと伝えたかったんだけど、時間もなかったし、何より姉さんには真眼があるからね。隠したいわけじゃないけど、まだ姉さんには知られたくない僕の事も話す必要があったから、出来れば姉さんのいない所で話したかったんだ。
・・ただ姉さんは暫く一緒にいる様子だから、ちょっと強引な手段でこの場を用意したんだよね。
ここでは幾らでも時間はあるから、レーゼの疑問には全部答えられるよ。」
・
・
・
「ルージュ、一連のことは理解できたんだけど・・アイナさんに隠すのは、私が知っちゃった時点でもう無理なんじゃない?だって全部わかっちゃうんでしょ?」
「たしかに本来はそうだけど、そこは僕がこの夢で伝えた情報だけは隠す魔法をかけるから安心して。レーゼは今まで通り姉さんと接してくれたらいいから。」
「・・ルージュ、まだ私に隠し事してるでしょう。だって真眼のあるアイナさんに隠し事ができちゃう魔法なんてあったら、真眼なんて本来言われないはずだもの」
ジト目でルージュを睨みながらも、レーゼは半ば呆れた様子で続けた。
「まぁ、いいわ。いつか話してくれるんでしょ?」
ルージュは頭を掻きながら、「ごめん」と一言謝った。
『自分でもまだ自分の存在についてわかってないのもあるけど、ブリューンズってことだけじゃなくて、この世界で神とか呼称されてる存在と知己の仲だなんて言えないもんなぁ。俺をコピーしたレーゼなら同じ存在までいつかは上がってくるんだろうから、その時が来たらちゃんと伝えよう。』
「安心して、ルージュ。自分も含めて色々あり過ぎたけど、ルージュは変わってないってのはよくわかったから。・・ここは私の心象風景なのよね?ルージュが声かけてくれる前に昔、ルージュとレナリヤで行った湖のことを思い出してたのよ。落ち着いたら久しぶりに3人で行きたいわね」
ⅱ―3
目が覚めると、陽射しが差し込み、とてもいい目覚めだった。
建築する時に太陽の光の差し込み方まで、考えて造られてるなんてすごいなぁとレーゼは思っていると、アイナがそこに立っていた。
「ずっと起きていらっしゃったんですか?」
アイナは表情を変えずに首を振り、
「私たちブリューンズは本来睡眠は必要としないんだ。私たちが睡眠をとるというなら、それは意識を意図的に落としているに過ぎない。今日はマイナのことやレーゼ殿の昨日の話を思い返していたら、いつのまにか朝になってたんだ」
「昨日からずっと思ってましたがルージュのこと、本当に大事に思われてるんですね」
「・・そうだな。赤ん坊の時だったというのもあるし、ブリューンズということもあるしな。あと他の家族以上に恐らく私は、マイナに特別な想いを持っているだろうと思っているよ。」
「それは何故?」
「私にとって知らないことなどないことは、もうわかってるだろう?
同じブリューンズの両親のことですら、わかるんだ。そんな私が唯一わからないのがマイナだ。これまでの生で一度たりとてそんな者はいなかった。
心がわからないのは私以外の人間にとっては当然のことだが、私にはそれがマイナに出会うまでなかったんだ。
そんな存在が絶対に敵ではないとわかっている身内から生まれたというのもあるのかもしれないが、私はマイナについて興味が尽きないんだ・・何を考えているのか、気になって仕方がないんだ」
その横顔はまるで気になっている男の子について語っている少女のようだった。
『ブリューンズだから、同じ考え方なのかはわからないけど、まるで片思いしてるみたい・・本人に自覚はなさそうだけど・・』
「・・気のせいかもしれないが、レーゼ殿昨晩何かあったか?私の目に映る心の声がなんとなく少なく感じるんだが・・」
「え?私はご覧の通り今起きたばかりなので・・よくわかりませんが・・。」
『たしかに私もずっとここに居たわけだし、彼女の身の回りにも何もなかった・・気のせいなのか?』
「そうか、そうだな。私も昨日マイナに会って色々あったのかもしれないな。
自分の心境の変化で真眼の影響が変わることもあるのか・・マイナに関わると色々とこれまで気が付かなかった発見が本当に沢山あるな・・」
納得してくれたようで、ホッと一息ついた所で、扉がノックされた。
「朝食のご用意が出来ました。お仕度が整いましたらご案内させて頂きます。」
ラドは焦っていた。
マルガイルから「「真眼のアイナ」と名乗る者が、鑑定機が「未知」の測定結果を示したギルド証を持って現れたというから、疑心暗鬼ながらも、嫌な予感がしたことから、自分も同席することにしたのだが、嫌な予感は的中し間違いなく本物、本人その者だったからだ。
そして、その伝説の人物が明確にこちらに苛立ちを向けているのが、マズかった。
自分に出来ることは現状、彼女を不満にしている出来事に、最大限自分の権限で出来得る全てを以て応えることだった。
そして、可及的速やかに自分が直接連絡を取れる最高の役職者に報告を上げることだった。
本来なら直接の上役に順を辿って報告を上げていくが、そんなこと言ってられない相手だったので、ラドは自分より上の上役達に一斉に宝珠を用いて、通信魔法で報告した。
この迅速な動きが功を奏し、ジドー会長に直接耳に入った。
ジドーは頭を抱えながら、ボヤいていた。
「エルフでも厄介なのに、よりによってブリューンズだと・・こりゃあ、ハーナル殿にも一報入れにゃあならんなぁ・・うちのトップにゃあ・・エンターテイメンツのメンバーと懇親会しに行くとか言って行方不明だったか・・全く、本当は今回の事を先読みして逃げたんじゃないか・・とにかく、ハーナルに連絡せにゃなあ」
報告を聞いた限り、今回の件は神殿も関わっているようなので、神殿長にも連絡した方が良さそうだった。
『本当はハーナルに連絡するだけでいいが、神殿に恩を売っとくのも悪くないか・・それに今回の件、うちだけ責められるよりは、標的は分散させた方が得策じゃな』
自分で言うのも何だが、会長になる前はこんなことは考えたことが無かった。
会長という役職に就いてしまったことを、つくづく後悔するジドーなのだった。
あー、緊急の案件なんで無礼は承知だが、要点だけ簡潔に伝える。「ブリューンズ」の「真眼のアイナ」殿がニツェンのギルドに突如現れた。そして・・詳細は不明だが、我々ギルド側と神殿に落ち度があったらしく、大変ご立腹な様子とのことだ。最後に、アイナ殿はこう言っていたらしい「今回私が出張ってきたのも、マイナを取り巻くしがらみを手っ取り早く片付ける為」と。マイナという方のことをどうやら弟と言ってるようじゃ
突然の通信魔法にブリューンズの名が出た所で、緊急性を理解したものの、話を聞き進めると神殿にも落ち度があったという点が聞き過ごせなかった。
クルセナは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
同時に通信魔法を受けているであろうハーナルの鬼気迫るものを、通信越しに感じたように錯覚する。
文化を築く生命にとって、ブリューンズは最上位の存在で、最も気を配らねばならない所だ。
そのブリューンズから派遣され人類の管轄を任されているハーナルにとって、この報せがどれだけの重要事項なのかは聞くまでもないことであった。
ジドー会長、それはいつのことだ?
あー、儂が連絡を受けたのは今さっきじゃが、一応神殿に関わることだから日数を貰えないかと伺いは立ててあるとのことらしい・・・
今すぐニツェンのギルドに向かう。準備はお前達でしろ
クルセナ、お前さんも来るなら、サッサと準備した方がいいぞ。折角お前さんにも一緒に伝えてやったんじゃからな。あと諸々の準備の経費は折半だからな
ハーナルは有無を言わさぬ雰囲気で一方的に通信を切り、ジドーは自身にも落ち度があったと言っていたにも拘らず肝が据わっているのか、カラカラ笑いながら通信を切った。
「あんの、糞爺!!恩着せがましいっ!」
クルセナは苛立ちながらも、すぐに準備を始める。
これ以上に重要な案件はない
あれから数日、レーゼもルージュもニツェンの街はこれまで仕事の往復、休日も生活に必要な日用品や雑貨を調達する以外にまともに見て回ったことがなかったことから、アイナも交えて3人で色々見て回った。
アイナにとっては然程興味はなかったが、レーゼとマイナの様子を観察したいこともあって、断ることなく同行していた。
というか、マイナのことが気になるアイナが、二人で出かけようとする所に同行すると自ら申し出たというのが真相だった。
アイナにとってはマイナの誕生から、マイナの事が一番の関心事なのだ。
それが生きていて、本人である確認も出来たのだからアイナの優先順位でマイナを勝るものは無かった。
クリューンズ邸で夕食を摂りながら、談笑しているとアイナがおずおずと口を開いた
「マイナ、ここ数日色々見て回ったが、何か欲しいものがあったのか?結局食事するくらいしかしなかったが・・。言ってくれれば探さなくてもすぐに用意してやるぞ?」
「いや、こういう無駄な時間を誰かと過ごすことを大事にしたかったんだ。姉さんとまともに過ごすのだって、ぶっちゃけ今回が初めてだろ?
レーゼも俺もこの街に滞在は暫くしてたけど、散策するような時間もなかったし、街の活気とかを感じられて俺はよかったよ」
「私もルージュと一緒で知らないことばかりだったから、楽しかったわ」
「あぁ・・(なるほど・・無駄な時間を楽しむ・・か。私には少しも浮かばなかったな。。やはりマイナはブリューンズの中でもかなり特殊な使命があるということなんだろうか)、確かに無駄な時間を楽しむというのは全く考えたことがなかった・・今後は私も意識してみるとしよう」
「そういえばルージュ、今日周った出店の中にあった花の屋台で足を止めてたけど、何か思う所でもあったの?」
「うん?あぁ、ほら俺たちの村「ルートゥ」にあった、森の中にある湖に咲いてた花に似たのが売ってたじゃん?それで昔、俺とレーゼとレナリヤで行った時の事を思い出してたんだよ」
「あー、確かに似てたけどあれは同じ花じゃないの?(夢で話したことを思い出してたのかな)」
「屋台で売ってたのは似てたけど違うね。あれはどこの水辺でも割と見かけることのできるシャンカって花だよ。ルートゥに咲いてた俺たちが見たあの花は、村の名前の由来になってるんだよ。俺たち村の住人はただ花としか呼ばないけど、外の人間には「ルートゥの花」って言われてるんだ」
「へぇー、今まで知らなかったわ。外でわざわざ注目されてるなんて、何か希少な物だったりするの?」
「遠方にあるガザっていう地域にルートゥの湖に住まう精霊から与えられた花のおかげで、干ばつを免れたっていう伝説があるんだ。実際、水魔法を強化したり軽減するポーションにもなるし、ヒーリングポーションの材料にもなるんだけど・・村の住人以外は辿り着くのが困難で、労力の割に見合わないってのが理由であんまり有名じゃないんだよ」
「そんな伝説があるの!?私物語は人より知ってたつもりだったけど・・」
「結構遠いからねー、その上さっき言ったように流通させるにはちょっと割に合わないもんだから、そんなに知られてないんだよ。俺もザナン達と魔王討伐の途中で出会った商人から話を聞いて初めて知ったからね。」
「そうなんだ・・知らないこと、まだまだいっぱいあるんだなぁ!」
「ギルドの一件が片付いたら、村に戻ってレナリヤも誘ってまた3人で久しぶりに湖に行かない?」
「いいね!」
「マイナ、村にはお前の今世での父君もいらっしゃるのだろ?その時は私は父君にお前の幼少の話も聞いていてもいいか?」
「それは勿論。まぁブリューンズについて説明したら、父さんも結構混乱するだろうけど、隠してもおけないしね」
コンコン
食事も終わるかと思った矢先、静かにノックがした。
給仕が食事を下げに来るにはまだ早い。
「し、失礼致します。アイナ様、ルージュ様、レーゼ様、「人類保持同盟・筆頭「ハーナル」」様、ギルド協会・会長「ジドー」様、「キシャン神殿・神殿長「クルセナ」」様が御出でございます。如何いたしましょうか!?」
ここの召使や給仕はラド支部長によって集められた者達だ。
その為ギルドの組織図などは頭に入っている。
だからこそ、今回の来訪者がギルドより更に上位組織である「人類保持同盟」からの使者・・ではなく、そこの筆頭が来ている事の重大さに驚いているのだ。
しかも共にやってきたキシャン神殿もギルドと同じく、人類が存在する地域には必ず祭祀が存在する規模だ。
そのトップが来てるのだ。
ギルド会長は今回の件の中心なのでお偉方が来るのは理解できるが、それにしたって会長が来るのは驚くべきことだった。
そのトップ達が自らの足でやってきた上に、相手に謁見の可否を問うてくるように自分に命じた。
この三人には国の王族が謁見を申し込んでも、それが認められたとしても、年単位で待たされることだって当たり前なのだ。
そんな立ち位置の人間が逆に頭を下げて、謁見の許しを請う相手。
アイナが「仮に」伝説に謳われる本物の「真眼のアイナ」だったとしても、そこまでとは考えていなかった。
改めて理解すると共に、緊張しきってしまっていた。
「姉さん?偉い人がきたってこと?」
「まぁ人類の中ではやっと話が通じるのが出てきたってことだ。通してくれて構わない。・・マイナ、一応これから来るハーナルは最近の人類の中では私が時々話す相手だ。覚えておいてもいいだろう」
許可を得た召使はアイナ達に一礼すると、足早に下がっていった。
レーゼだけは唯一、この3人の中で一般人だったが(身体構造的にはそうとは言えないが)、相手が天上人過ぎて全くわかっていなかった。
その為、一人キョトンとしながら『ラド支部長より上の人が来たのかな。なんか偉い人ばっかり来るから感覚麻痺してきちゃったなぁ』とボンヤリ思っていた。
幾分も待たずに再びノックの音の後、召使が扉を開けるとゾロゾロと数十人が入ってきた。
この食卓の部屋も3人で過ごすには広すぎる部屋だったが、これだけの人数が入ってくると流石に狭い。
が、狭くなってもハーナルとジドー、クルセナが通る為の通路はしっかりと作り上げられ、その道を通って彼らが入ってきた。
『うわぁ・・なんかまるで王様でも案内してきたみたいな感じだけど・・どれだけ上の人が出てきたんだろ。』
ボンヤリしていたレーゼも、精々数人が入ってくる程度だと思っていたこともあって、流石に驚いていた。
「アイナ様にお目通り致します。我々人類の地にご足労頂いたにも関わらず、お迎えも出来ず、ここまで遅くなってしまいましたこと、深くお詫び申し上げます。」
ハーナルは口を開くなり、深々と頭を下げ、それに続き、クルセナも頭を下げた。(ジドーもクルセナの後に慌てた様子で頭を下げた)
「いや、それはいい。今回に限ってはお前を通す暇がなかったのでな」
「・・と、言いますと報告で聞いてはおりますが、そちらがアイナ様の弟君で在らせられるマイナ様でしょうか」
「そうだ、それを確認する為にも私が来たんだ。マイナで間違いなかった。
で、すぐにでもブリューンズに連れていきたかったが、些事があったのでな。
それで私の名を通せばさっさと片付くとだろうと同行したわけだ。
お前以外の人間は最早私の事など知らぬものばかりだったが、支部長はちゃんとお前にまで話を通したのは優秀だったな」
「いえ、こちらに粗相があったのは報告で聞いております。誠に申し訳ございませんでした。」
「まぁ、そこはお前の組織の事だし、私は口を出す気はない。・・それで?マイナの些事についてはもう任せていいのか?」
「勿論でございます。今回の件に関しましては徹底的に解明させて頂きます」
「そうか、それならいい。マイナ、こいつはハーナル。
簡単に言えば現在の人類の代表者だ。
人類について語る時はこいつと話すのが一番手っ取り早い。
それとハーナルはブリューンズではないが世界樹から誕生したハイエルフとの混血だ。
まぁ人間の血が濃くなったが、そこら辺の人間よりは長生きだ。」
「ブリューンズの末子たるマイナ様、お初にお目にかかります。
只今アイナ様より、ご紹介を賜りました人類保持同盟のハーナルと申します。
今後人間の活動域で必要なものなどがございましたら、何なりとお申し付けください。」
「ありがとう、ハーナルさん。そういう時があれば頼らせて頂きます」
「・・して、マイナ様。ブリューンズの方々は一人一人が世界を担う使命をお持ちかと思いますが、マイナ様は此度の生でどのような使命をお持ちになられたのでしょうか」
ブリューンズは各々に使命がある。
父のフローンは世界樹の護り手。母フルーは精霊の代表として星の意思からフローンと共に在る。アイナは星の生命の監督者であり、長男のハイナは星の脅威を討つ為の使命を持つ。
「僕は・・僕はまだ自分でもよくわかってないんですが、この世界を体感することが使命みたいです」
聞くタイミングを逃していたアイナはハーナルの質問に瞠目し、それに答えたマイナの言葉に息を呑んでいた。
アイナの様子を敏感に察したハーナルはすぐに「左様でございますね。お会いしたばかりだというのに、いきなり踏み込んだことを聞いてしまいましたね。その点についてはブリューンズからお戻りになられましたら、是非ゆっくりお聞かせください。」と話を打ち切ると、共に同行していたものの挨拶の機会を逃していたクルセナが、その言葉を
「ご挨拶が遅れました。キシャン神殿・神殿長のクルセナと申します。マイナ様、此度の件、神殿も関連していると報告を受けております。神殿も総出で解決に尽力させて頂きます。
また、ハーナル様も仰せでしたが、神殿としましても、今後何かご用向きがある際には全面的に協力させて頂きます。どうぞ気兼ねなく神殿の門を叩いてくださいまし。」
と引き継いだ。続けてギルド会長のジドーも
「今回の件の一番の中心であったにも拘らず、挨拶が最後になってしまい申し訳ない!ギルド会長のジドーだ。今回の件についての解明は責任を持って当然洗い出す!それは当然のことだから、それは置いておいて、先のお二方の言われたことに続く形で同じことを言ってしまうが、ギルドも今後何かあった時には何でも最優先で協力させてもらう!また、ブリューンズについても職員には改めて周知するよう徹底する。我々ギルドの人間は数々の魔王や伝説の怪物を討ち取ったハイナ様については覚えがいいんだが、アイナ様も含めてどの方々も御伽噺という認識が強かったもので・・まあ、今回ブリューンズに末子たるマイナ様も加わったことだし、職員たちへの教育の機会としてはいい機会と思っている。」
と慌てながら挨拶と今後の対策について簡単に結んだ。
ジドーは他の二人に比べ、優雅というよりは勇猛果敢な現役の戦士のような屈強な見た目をしていた。
今回の件についても「すまん、すまん、今後はちゃんとすっからよ」というような感じで図太い感じの様子だった。
「で、ブリューンズのアイナ様とマイナ様について先に挨拶する形になって悪かったが、マイナ様と今回の件の中心にあったという方がそちらの女性ですかね?」
がさつなように見えたが、先の二人はアイナとマイナにしか眼中になかったのに対し、ジドーはぼんやり様子を眺めていたレーゼに話を振った。
ふーん・・このジドーって人は一番人間側に近い感覚を持ってるんだな。ハーナルさんはブリューンズに近いからそっち側に近いし、クルセナさんは組織目線が強そうだ
「え?あ、あぁ。な、なんかお騒がせしちゃってすみません!
ルージュに色々助けてもらって、その後も色々あって今に至ります・・正直、アイナさんともやっとまともに話せるようになったって感じで、たぶんあんまり皆さんの事もわかってません・・」
「ガハハハッ!正直なお嬢ちゃんだ!我々も今回の一連の件を上がってきてる情報以上の事は知らんから、また話せるのを楽しみにしているよ。ギルド協会は今話したブリューンズの周知に加え、お嬢ちゃん、いやレーゼさんだったな。あんたの事も共有することを約束する。今後決してあんたに不快な思いをさせないとこの場で断言しよう!」
「・・ありがとうございます、ジドー会長。ただ、私達だけ特別扱いではなく、今回のようなことが全ての人に無いようにお願いします。勿論そういうつもりで仰ったわけではないとは思うんですが、ちゃんと伝えておきたくて。」
『・・何もわかってないみたいな顔しておきながら、俺たちの役職にも物怖じせずに平然と言い切りやがった。随分肝の据わった嬢ちゃんだな』
「あぁ!勿論だ!嬢ちゃんの言う事が全面的に正しい!綺麗にするにはいい機会かもしれんな、約束しよう。最善を尽くすと。」
食事は一通り終わり際だったこともあり、このタイミングで給仕達が入室し、各自に酒を注ぎ、それまで上がっていた食事は下げ、おつまみ類等と入れ替え、暫く会食の時間は過ぎた。
やっとお偉方の面々が帰路に着き、いつもの3人に戻った。
アイナもルージュも普段通りだが、レーゼは疲れ果てていた。
相手が偉い人だからというより、あの雰囲気に疲れていた。
『・・アイナさんはともかく、ルージュも平然としてるのは不思議だなぁ・・。やっぱりザナンさん達と勇者パーティーとして行動してた時にもこんなことはあったのかな・・今回の事も私からすると村で一緒に育った頃のルージュって印象しかないから、こういう所で私の知らないルージュがあるんだなって感じちゃうや。』
「で、マイナ。一連の件についてはハーナルに話が通ったなら、もう任せて問題ないはずだ。あとは今回の生の父親のいる村に寄るんだったか?」
「そうだね、父さんにも話しておきたいし、レーゼと昔仲良かったレナリヤって友達にも会っておきたいんだ。にしても、レーゼは昔と変わらず、正しいと思ったことはキッパリ話すね。さっきのギルド会長に話した時も、それまでは呆気に取られてる様子だったのに、あの瞬間だけ目が凛としてたよ」
「それは私も感じていたよ。私も長く生きてるが、レーゼさんみたいな人は多くはない。・・あ、勿論、良い意味でな」
「アハハハ、アイナさんありがとうございます。そう思ったっていうのは勿論そうなんだけど、ブリューンズの方が言うと多分あの方たちにとっては至上命令みたいな感じになっちゃうのかなって。人間の立場と認識されてる私から言った方がもうちょっとソフトな言い回しにならないかなぁって・・」
「まぁ確かに、レーゼが言ってくれたおかげで僕らが言う事はもうなかったね」
『あの場ではハーナル達を気遣ったということか・・誰にでも平等に接するということなのか?マイナが気にかけてる理由に繋がるのか?』
マイナに近しい者ということで、レーゼについても興味が尽きないアイナだった。




