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再会と覚醒

            γ ⅰ―1


 その後、サラがどこに行ったかを軽く探してみたが、どうもコロ町には居ないようだった。

トンビルさんも知らない様子だったので、アーメックさんがうまくやってくれているんだろうと思う。

アーメックさんと言えば、この国の宰相クーズがアーメック家の現当主なんだよな。

アーメックさんは母親似なんだろうか?

それともアーメックさんにも、都合よく事実を捻じ曲げるような側面があるんだろうか?

・・まぁ、立場上そういう機会が全く無いとは言えないか・・それに実際会ってみないとわからない所もあるだろうし。


 チソエは差出人が空白の手紙・・というよりメモを眺めていた。

差出人が空白でも、内容から相手の見当はついていたので、迅速に指示に従っていた。

手紙には人がほとんど来ない土地の購入と、王都で最上の棺を1つ購入しておくように指示があった。


ガン、ガン、ガン


ドアノックが静かに叩かれる。

チソエがそっとドアを開くと、フードを深く被っている青年が立っていた。

「ルージュ・・で当ってるかしら?」

「久しぶりだね」

「ええ、まずは入って」

チソエの邸宅は平民のものに比べれば、豪華だが、与えられた報奨金や勇者一行として国が国民に宣伝するにしてはかなり質素なものだった。

それでも使用人の1人や2人くらい居てもおかしくないとは思う広さがあるが、この邸宅にはチソエが一人だけだった

「随分質素な生活をしてるんだね」

「・・私には不釣り合いな位贅沢だと思うわ。あの後、ルージュと別れて、ザナンと王都に戻る時にモンスターとも何度か戦闘したけど、私にあの時の力はもうなかったわ。

当然よね。全部ルージュがしてたんですもの。

馬鹿な私も流石に気が付きましたわ・・私は・・数合わせだけで、偶々あのパーティーに居ただけなんだって気が付いた時に、それまでの有頂天から底辺まで落ちる思いでしたよ・・そんな役立たずにはこの家は大きすぎます・・分不相応です」

「・・まぁ君が割とまともだったのは良い意味で意外だったよ。ザナンは根っからの異常者だったからね」

「・・そうですわね。私もあそこまでとは正直思いませんでしたわ・・それで、今日は例の手紙の件のことで来たという認識で間違ってないかしら?」

「ああ」

「・・ゼゼホを埋葬するの・・よね?・・私も手伝ってもいいかしら?」

俺にとってあまりに意外な申し出に一瞬固まってしまった。

「そんなに意外?・・そうよね、私もゼゼホへの対応は今となっては本当に酷かったわ。

私がデカい顔なんてできるような実力もない人間だったのに、ゼゼホはずっと良くしてくれたもの。

本当にあの時の自分を思い返すと恥ずかしくて死にそうだわ・・」

「・・実力が伴っていたとしても、ああいう態度はどうかと思うけどね。

とは言え、断る理由はないかな。

僕個人の思いより、ゼゼホ自身は、討伐組のみんなと最後まで仲直りしたいって思ってたからね。

チソエだけでも気持ちが変わってるなら、ゼゼホも喜ぶと思う」

ゼゼホが仲直りしたいと最後まで思っていたことを知ると、チソエの瞳からは堪え切れずに涙が零れ落ちた。



チソエから棺を預かり、空間にしまうと、取り敢えず先に現場に向かうことにした。

チソエは勇者一行という事で、ほぼ確実に監視がつけられているので、彼女には時間を空けて監視を撒いてくるように伝えた。


「もう全部終わってしまったのかしら?それともこれから?」

購入した土地はまだ綺麗なままだった。

「先に終わらせちゃっても良かったけど、チソエも手伝いたいって言ってただろ?だからまだ手は付けてなかったんだ」

木陰から気配もなく、ルージュの声がした。

チソエもこの位の事は、もう慣れたもので、驚くこともなく普通に、そして心からの礼を言う。

「そう、ありがとう」

普段こんな土堀りなどしたことないだろうし、昔のチソエなら「私の仕事じゃありませんわ!」と投げ出していただろうが、今の彼女の目は真剣で、黙々と土を掘っていた。

そしてやっと掘り終えた。

空は太陽が昇りかけている。

空間から棺を出し、ゼゼホを寝かせると、チソエは感極まり、涙ながらに問いかけてきた

「!?ルージュ、これゼゼホあの時のままなの!?そ、それなら・・!あなたが保管して・・あなたならいつか死者の蘇生だって出来るかも・・!」

「トンビルさんにもそれを言われたんだけどね・・正直答えが出ないんだ。

いつか蘇生というのも、もしかしたら出来るかもしれないけど・・それをすることは正しいのか、答えが見つからないんだよ。」

『・・出来る可能性がある人間だから抱えることの出来る問題なのね・・。死者蘇生なんて夢にしか思えない私みたいな凡人には理解できない問題・・ルージュの個人の意見だけなら、ゼゼホの蘇生が出来るならすぐにでもそうしようとしたでしょうし・・』

「そう。ルージュ、あなたの判断を尊重するわ。トンビルさんはわからないけど、少なくとも私はね。」

チソエはゼゼホとの別れを済ますと、二人で棺に寝かせ、棺を埋めていく。

「上は何もしないの?」

「王国の奴らに墓荒らしとかされたくないからね。勿論魔法で結界は張ってくけどさ。だから、チソエがここに来る時は、何かを供えていったりするのも無しでよろしく。」

「わかったわ。トンビルさんには?」

「トンビルさんは僕が持ち歩いてると思ってるだろうし、埋葬したって伝えたら、ワンワン泣いて隠すとか出来なさそうだから、暫くは伝えないつもり」

「そう、わかったわ。じゃあトンビルさんが訪ねてくるまでは私の胸にしまっておくわね・・・ルージュ、一度ご実家に戻ってゆっくりしたらどう?討伐組に捻じ込まれる前は、本当はのんびり世界を見て回りたかったんでしょう?」

「僕のその辺の事情知ってたんだ・・」

「知ってたというか、あの後、人伝いに聞いたのよ。ゼゼホのことやあなたの討伐組に捻じ込まれた経緯を聞いたら、そりゃあ、やってらんないわって私も思っちゃったのよね。初めてのまともなパーティーが私とザナンっていうのは最悪だったでしょうけど、最初が最悪なら、これ以下はきっとないわ。今度こそあなたのしたかった冒険をしなさいよ。」

チソエが爽やかに笑う。

ゼゼホが望んだ仲間の笑顔はこんな感じだったんだろうなと思う。

「ゼゼホもきっとそれを願うはずよ。ゼゼホのことは私に任せておきなさい。

あなたの結界で問題ないでしょうし、あんまり通うと怪しまれるでしょうから、何かしら、通う口実を作ってここは綺麗にしておくわ。あと何かあれば、いつでも声かけて。

私に罪滅ぼしの機会を与えると思って、なんでも便利に使ってちょうだい。」

チソエは続けて、早口に捲し立てた後、「さて、と、監視は家に私がいると思ってると思うけど、怪しまれない内に帰りましょうか」と準備を始めたが、チソエがそのまま帰ると結局監視に「どこに行ってたのか」と怪しまれるだろうと思ったので、チソエに空間に入ってもらって無事に送迎して別れた。

「ルージュ、あなたの旅に幸あらんことを。」

パーティーが解散してしまって、やっとパーティーとして打ち解けられたような心持ちになっていることに、皮肉を若干感じつつも、仲間の幸福をはじめて心から願うチソエなのだった。




             ⅰ―2


 正直、チソエの言葉に救われたような気持ちがあった。

ゼゼホが願った姿を見れた気がしたから。

サラの行方も気にはなるが、アーメックさんのあの性格なら任せても大丈夫なように思えた。

父親のクーズに良い印象はないが、実際に出会ったアーメックさんは人情味溢れるタイプに感じたし、ここは自分の勘を信じよう。

それなら、チソエが話していたように、ルートゥ村に久しぶりに戻ろうか・・ここ最近は色々忙しかったので、今回は馬車で戻ろう。

時にはゆっくりするのも悪くないし、こういうのんびりした時間もこの世界を体感するということの範疇だろうし。

都合よく捕まえられた馬車はニツェン行きだった。

ニツェンはまだ通ってなかったななんて思いながら乗っていると、馬車の主が話好きで簡単に話してくれた情報によると、ニツェンは大規模なポーション製造機構のある神殿が有名な街らしい。この馬車もポーションを届けた帰りの便らしい。


ニツェンに到着後、馬車の主に礼を言って別れると、討伐組が解散した為、ギルドの手続きをしに向かうと珍しい依頼内容を発見した。

内容は「通信魔法に明るい方。状況の説明を簡潔にまとめることが出来、現場とのコミュニケーションを円滑に行える方。日当銀貨2枚。半年勤務後、賞与として金貨2枚」。

へぇ、魔物の討伐や調査、薬草の収集とかじゃない依頼なんて珍しいな。

面白そうに感じたので、受けてみることにした。

依頼を受け会場に案内され説明を受けると、具体的には戦場や各地の街や村からの必要に応じて要求されたポーションが届いた後の、その後の状況確認をするという内容だった。

遠く離れた場所との通信を多くの人員が行うことが可能なのは、神殿による大規模通信結界の設置を各地域の支部にまで完備している為らしい。

「これもみな、神の御業によるものです。」

神殿の担当者が説明会の終わりに、誇らし気に胸を張っていた。

・・神、ねぇ・・天之川 焚慈の頃に神の存在について絶望していたこともあって、どうしても穿った見方をしてしまう。

今回の依頼内容はコールセンターみたいなイメージのようだ。

説明会も終わったし、会場を出ようかと思った時、見知った声に呼び止められる。

「あれ?もしかして、ルージュ!?」

振り返ると、もう何年振りになるのかルートゥ村のレーゼがそこにいた。

「レー・・ゼ!?レーゼなのかい!?」

ルートゥ村を出てからもレーゼとは暫く連絡を取っていたが、色々忙しくなってきてからは、事情を伝えた上で連絡を取るのをやめていた。

「そうだよ!ここにいるってことは、ルージュもこの依頼受けたの?」

「そうそう。変わった依頼だなーって思って」

「あー、確かに他じゃこういう依頼ってあんまりないよね。私は通信魔法使えるのを探してたから、不思議に感じたことなかったけど。

ルージュは・・その、前に通信魔法で話さなくなった時は大変そうだったけど、今はもう大丈夫なの?」

「そうだね、一応一段落付いた感じ。ルートゥ村に息抜きに戻ろうと思ったんだけど、馬車がニツェン行しかなくてさ。それでギルドに用事を済ませに行った時にどんな依頼があるのかなーって軽く目を通して、今に至るって感じ」

「じゃあ、暫くルージュもここにいるのね!私これから用事があるから、今日はちょっと話せないんだけど、また話そうね!」

レーゼは笑顔で手を振って人込みに紛れていった。

さっきのレーゼじゃないけど、俺もレーゼが元気そうで何だかホッとした。

知ってる顔を見れたことで、安心できたのか、気持ちのいい眠気がやってきた。

今日は久しぶりにぐっすり眠れそうだ。


通信魔法担当官が詰めるこの建物は防音素材での対処もされつつ、結界も張られることで音が外にでないようにされてる為、結界内部に入らなければ普通の神殿だったが、一歩入れば通信魔法担当官の謝罪や相槌、問題確認など多くの人間の声が入り乱れていた。(通信魔法と言ってもルージュやレーゼ達のように、思念だけで出来るのは少なく、多くは声を出しながらでなければできない者が殆どだった)

『ポーション発注したのに、使ったら傷口が更に(ただ)れて悪化したじゃないか!?どうなってんだ!?』

「伝票情報確認させて頂きます・・ポーションのご注文の確認が取れました。併せまして、同日夜にご注文頂いておりました、研究用にご注文されておりますポズンの毒のご注文もございました。

同日のご注文でしたので、合わせてお届けさせて頂いておりましたが、同封されていたそのポズンの毒瓶を誤って使用された可能性はございませんでしょうか?症状からそちらの可能性が高いかと思われます」

『え!?あ、あー・・』

「研究をされてるトム様であれば、ご存知の通り、ポズンの毒で悪化した状態の傷口に今回お送りさせて頂きましたポーションでは効力が発揮されません。設備に保管してある解毒薬を使用後、患部をよく水で洗浄してからポーションをご使用下さい。」

『も、申し訳ない。気が動転して、初歩的なことにも気が付けなくて・・』

「とんでもございません。痛みがあれば誰でも慌ててしまうものかと思われます。幸いトム様の症状は致命的ではないようですので、まずは速やかに患部の回復に努めて頂けたらと思います。」

『ああ、ありがとう』

「はい、それではここまで私レーゼがご案内させて頂きました。失礼致します」


クレームになる通信があちこちで出ている中、レーゼは動じることなく、テキパキと相手の要件を確認し、的確な返答をしていた。

ポーションは万能ではなく、要望に応じて出荷されるものの、時には効き目が薄かったり、そもそも効かなかったり、相手側の使用ミスにより別の症状がでたりということもあったりで、感謝の言葉よりもクレームの方が圧倒的に多く、この制度の導入により他国よりも治療という点に於いては水準がずば抜けているにも拘らず、通信魔法担当の人間は常に人手が足りない状況だ。

その為ルージュの同期もどんどんいなくなっていた。

その中でルージュとレーゼは相手のクレームにもめげず、相手の正確な状況把握(相手の言いたいことの要点と実際に対処が必要な問題点(相手のクレームの中で本人も気付いてない(口に出してない)核心))を行い、神殿の問題収集部門に正確な報告を上げ続け、一か月で周囲の仲間から実力を認められ、二か月経った頃には現場班長からノウハウの確認をされ、三ヶ月経った頃にはモデルトークとして資料に採用された。


「いやぁ、レーゼが担当する案件は難しいのでも大体どうにかまとめてくれるから助かるってリトナさんが今日も話してたよ」

「それ、ルージュの事もリトナさん同じように話してたよ」

「あ、そうなの?」

「うん、他の人が担当するともう全く手が付けられなくなっちゃうのに、彼に回したら三十分~一時間もすれば、みんなスッキリして通信切ってくから凄いって」

「・・じゃあ、レーゼもその続き聞いた?」

「あー、異動の件?うん、聞いたよ。まぁどの部署でもすることは変わらないから・・」

「・・でもさ、俺達ってギルドの依頼に書いてた内容以上のことやらされてるって思わない?・・同じ賃金で仕事のハードルの高いのばかりどんどん押し付けられてる気がして、俺は面白くないな」

「そっかー、確かにそういう考え方もあるね」

「レーゼはそうは思わないの?」

「私は思わないっていうより、仕事が大変で必死なだけ。

ルージュみたいに他の事考えられるほど余裕がないって感じかなぁ。

だから、今ルージュと話して「あ、確かにそうかも」って今初めて思ってる感じ」

レーゼは「自分の事もちゃんとしなきゃダメだよね」と笑っている。

実際レーゼに限らず、辞めずに残っているメンバーはみんな必死というのが、実情だった。

俺は天之川 焚慈だった頃のコールセンターで勤務していた経験があったので、レーゼが言うそういう所に気が付く余裕があったというのが正しいんだと思う。


その後レーゼと話していた通り、担当部署をこれまで村や町だった所を、より緊迫性の高い戦場などをメインとする部署に異動となった。

こちらは更にクレームの頻度が高く、ポーションではなく神官をよこせなどの対応が難しい所となった。

面倒見のいいレーゼは同僚のメンタルケアも役割になっていて、休憩時間も仕事後も一人の時間は殆ど見当たらない状況になっていた。

時々、レーゼが通信魔法で俺に話してくれるので、彼女のケアも兼ねて俺も話を聞くようにしていたが・・正直レーゼは働きすぎだ。

過労でいつ倒れてもおかしくないように見える。

レーゼは昔と変わらず、真面目で責任感が強く弱みを人に見せようとしないので、つい周囲はそれに甘えてしまうのだ。

俺の前でもレーゼは「私は大丈夫だから」と笑顔を作るが、その顔には久しぶりに再会した時の元気がもうなく、顔は笑顔でも疲れをこちらが感じ取ってしまう有様だった。

そんな中、更なる面倒事が起きてしまった。

「レーゼくん、今晩少し仕事を手伝ってもらえないかな?給金はちゃんとその分支払うから」

この男は今の部署の上司フランツェンという男だった。配属して数週間しか経っていないのに、こんなことをレーゼに度々言って2人になる時間を作ろうとしつこく付きまとっていた。

レーゼがどうしようと周囲に助けを求めても、他のメンバーは自分の仕事だけで手一杯で、どうしようもない。

だから、そんな時は「フランツェンさん、僕ももう終わるから手伝いますよ」といつも助け船を出していた。

当然俺は邪魔者なわけだが、毎度邪魔されることで、焦ったフランツェンはレーゼに思いを告げてしまった。

「レーゼ、俺の嫁にしてやる。俺の嫁になれば、いい思いをさせてやるぞ。それに私は力ある方とも面識があって顔が利くんだ。そういう意味でも俺の女になって損はさせない」

フランツェンは小者らしいセリフで()も自分に魅力があるとアピールしようとしたが、どんな条件だろうが最初から答えの決まっていたレーゼはキッパリと断った。

「ごめんなさい。私は今の仕事で手一杯で他の事を考える余裕なんて少しもないんです。フランツェンさんのことも職場の上司という以上の感情は持っていません。」

「だから、仕事についても俺の女になるなら融通してやると言ってるんだ。」

自分がフラれていることに気が付いていないフランツェンは、更に詰め寄る。

「や!やめてください!私は今まで通りちゃんと仕事します!フランツェンさんの何かになってもならなくても、私は自分の役割を果たします!あと、私はフランツェンさんのお嫁さんにはなりません!」

ここまでハッキリ言われて、やっと自分がフラれていることに気が付いたフランツェンは顔を真っ赤にしながら去って行った。

ここ最近のフランツェンは何やら怪しく感じていたので、一応近くに控えていた。

というのも、レーゼ自身も流石に身の危険を感じていたらしく、ボディガードを頼まれていた。

一応今回の様な時は、レーゼが通信魔法で「助けて!」と言う迄は出て行かないという約束だった。

この日は流石に疲れたようで、レーゼから今日は寝るまで、通信魔法で話していい?と珍しく言ってきた。

結局通信魔法を繋いでも、殆ど話さずに終わった。

少しでもレーゼの気持ちが楽なったならいいんだけど・・。


翌日からフランツェンはレーゼにキツイ担当の通信を投げ続け、挙句「時間をかけ過ぎだ!この無能が!!」と理不尽極まりない罵詈讒謗を浴びせる始末だった。

キツイ案件をこなす担当(クレーム処理専門部屋:通称処理部屋)はこれまで自分達よりも上の役職の人間が行っていたものを、優秀だからと強引にレーゼをねじ込んでおきながらの理不尽な怒号と罵声だった。

「フランツェンさん、僕も入ります。彼女を休ませてください」

「また君か。君は君の仕事を・・」

「僕の仕事効率はレーゼと同等か若干上回ってましたよね?レーゼの処理部屋の採用理由が優秀だからって理由なら、客観的に見て僕だって選ばれる資格があるかと思います」

「・・チッ、勝手にしろ!その代わり終わるまで二人は帰るのは許さんからな!」

こいつの嫌がらせは露骨で、他の担当者がいるにも関わらず、対応は全て俺とレーゼにさせていた。

当然無駄な待ち時間が発生し、待たされる側はストレスが溜まる。

しかも元々ここの部署の担当案件は緊急性が高いものばかりなのにも関わらず、そんな対応をすれば、当然相手側は怒り心頭だ。

更に、内容的に確認が必要な案件について何故かフランツェンが不自然に対応を変わったり、その後「余計な事するんじゃない!」などと言ってきたりとぶつかることも多かった。

 そして、俺達以外の担当者は雑用をしたり、何もすることが無い手持無沙汰が続く有様だった。

報告をあげたかったが、拘束時間が長すぎて、そんな時間を作ることすらできない上に、この現場の最高責任者がフランツェンだったことが何より致命的だった。

報告をしようにもどこにしていいのやら、わからない状況だった。

ギルドが仲介しているので、天之川 焚慈の記憶でいくならギルドに現状を訴えるのが良い気がするが、ギルドは依頼の斡旋はしても、労働環境の改善の為に動いてなどくれなかった。

というか、こんな状況にまでされて、その依頼にしがみつく奴の方が、まずいないのだ。

俺だってレーゼが居なけりゃ、とっくに辞めていた。



 ユルンは不満を抱いていた。

どういうわけか、ここ最近仕事がないのだ。

雑務ばかりで、それすら何もなく、同僚と談笑するだけの時間というのも珍しくなかった。

これまでそんなことはなかった。

すぐに人が入れ替わるこの職場でユルンはかなり長く在籍している古参の一人で、自分の仕事に誇りを持っていた。

ここでやることが無いなんてあるわけがないのだ。

現に最近配属されてきたレーゼとルージュと言う人間はずっと対応をしている。

溜まっていても、業務をこなすのは優秀 (すぎる)な証拠ではあるが、それでも溜まってきた分だけでも、こちらに回してくれれば、待ち時間でのクレームは間違いなく減るのだ。

またユルンはレーゼ達が来るまでは、中心となって切り盛りしている人間だったが、レーゼの仕事ぶりを見て優秀であることを認め、休憩時間に仕事の話もするようになっていた。

レーゼは意見を求めれば、謙虚ながらもどういう考えをしているかなどはハッキリと伝えてくることから、ユルンは社交辞令で適当に話を合わせるタイプではないと心も許していった・・が突然、今の様になってしまい、自分達は時間を持て余しているにも関わらず、レーゼと話せる時間は全く無くなった。

その為、自分達が協力できると訴えていた。

しかし、上司であるフランツェンは全くこちらに仕事を回す素振りが無く、ユルンは仕事に真面目であるが故に、仕事があるにも関わらず、自分達に回されないことに不満を持っていた。


 そしてレーゼとルージュにとっての激動の期間だった日が(ようや)く終わりが見えた頃、ユルンはフランツェンから、今回のトンツ地域戦場の振り返り面談という名目で呼び出された。

「失礼します」

「どうぞ、掛けて。それでは早速だが、今回の振り返りですが・・」

「振り返りも何も、私達何もしてないじゃないですか。新しく配属されたレーゼとルージュ、二人にばかり仕事回して。それでも何とかこなしていたって意味では、あの二人は優秀すぎるくらいですけど。

でも、案件が溜まってきたら、その分はこっちに回してくれれば、待ち時間でのクレームは無かったはずですよね?

フランツェンさんこそ、どうして私達に仕事回してくれなかったんですか?」

ユルンは強く抗議する姿勢が顕著に表れていた。

これまでずっと(くすぶ)っていただけということではなく、度々フランツェンに今と同じように彼女は訴えていたからだ。

その度にフランツェンは適当な事を言って話をはぐらかしていた。

『やはり、こいつがいいな。』

フランツェンは内心ほくそ笑みながら、何とも嘆かわしいという顔で語り始める。

「あの時君たちには手持ち無沙汰にして申し訳なかったのだが、レーゼさんとルージュさんが内容的にも自分たちでなければ回せない物ばかりで、他の者に回すと効率が悪く、終わらないから自分達に回してくれ。と言うのでそうしたのですが・・君たちのような優秀な職員がいたにも関わらず、私もつい彼らがこちらに配属になる前の評価を鵜呑みにしてしまっていたこともあって・・君たちに仕事をさせなかったのは大変申し訳ないことをしてしまいました」

「それ、レーゼ達が言ったんですか!?」

ユルンは前のめりに声をあげた。

ユルンにとって、それはレーゼに無能と見られていたという衝撃的な内容だったのだ。

そして、フランツェンはどうして理不尽に怒鳴りつけていたのか不思議で仕方なかったが、あれはあの二人が自分から自分達に能力があると言うから、回していたからだったのだと、ユルンは早合点した。

というか、レーゼに見下されていたと「勝手に解釈してしまった」ことが、ユルンにとっては大きく、心を許していた反動から、レーゼに激しい怒りが生まれた。


そうこうしながら、あっという間に半年の期間が過ぎ、依頼の通りなら賞与の時期となった。

フランツェンはトンツ地域での今回の依頼が完了したことの挨拶を皆の前で話し始めると、

「・・特に、レーゼさんとルージュさんはこちらの部署に異動して来られる前から、ずば抜けた才能を発揮して頂き、その後はこちらの部署に配属になってからも如何なくその実力を発揮され、他の人間には難題であった各担当をこなし続けてくれ、私達一同感謝の念に絶えません」

とわざとらしく労った。


しかし、俺とレーゼ以外は賞与があったが、俺たち二人には賞与は支給されなかった。

「賞与の件、どういうことですか?」

「・・どういうこととはどういう意味かね?」

「俺とレーゼだけ賞与がないってどういう事ですかって聞いてるんです」

「我々は規定通り支払っているよ。君達は依頼書を見間違えたんじゃないかね?」

「どういうことですか?」

「先程も伝えた通り、ギルドには支払ってるということだ。その後の支払いについてはギルドに委ねられるわけだ。であれば、質問をする先は私ではなく、ギルドだということだ。」

ニヤリと嫌な笑みを浮かべるフランツェンを見て、こいつ何か知ってるなと確信はあったが、取り敢えずレーゼとギルドに確認にやってきた。

「サルンさん、少しいいですか?」

レーゼが声を掛けると視線の鋭い受付嬢が顔を上げる。事務方と言うよりは、荒っぽい冒険者の対応が得意そうな受付だ。

「何か?もう遅いですが。」

表情にはめんどくさそうな様子は出していないが、言葉は雄弁にもう今日は終わりと言いたげな返答だ。

俺とレーゼは要件を簡潔にまとめて伝えた。

「成程、依頼内容にあった賞与がないがどうしてか?という内容ですね。確認してまいりますので、しばしお待ちを。」

サルンは状況を確認しに奥に向かったが、大した時間も経たないうちに戻ってきた。

「結論から申しますと、依頼に貼られていた支給は紹介したギルドに対してであって分配についてはギルドに委ねられるという内容でした。そして、お二人の神殿側からの評価は最低評価で届いています。よって支給は無しという事です。正直この評価であれば、先方から切られてもおかしくないですね」

「どういうことですか?俺とレーゼは優秀だからって今の部署に異動させられて、最初の配属部署のリトナさんは随分惜しんでくれましたよ。」

「社交辞令ってものじゃないですか?ルージュさん、そういう勤務態度だから今回のような評価を受けるのでは?」

「俺はともかく、レーゼはしっかりしてましたし、今だって・・」

「理由は以上です。既にギルドを閉める時間も過ぎてますので、お引き取り下さい」

俺は怒り心頭だったが、レーゼはボンヤリしている。

「レーゼ、大丈夫?」

「・・あ、あぁ、うん。ただ・・ちょっと疲れちゃったなぁーって」

「こんな依頼辞めてもいいと思うんだけど・・俺達よくやった方だと思うけどな」

「うーん・・」

レーゼはどうやらまだ辞める踏ん切りは付かない様子だが、依頼の契約期間はもう少しで終わるし、ここまでやったなら、契約期間を満了させた方がギルドの記録上はいいかとも思いながら、話は終えて家路に着いた。

ただ、レーゼの体調だけが心配だった。




ユルンはこの間のフランツェンの俺達二人への労いの発表の後から、「レーゼは私達の事を無能だって思ってたらしいわ。しかもそれで私達は能力がないから任せてもできないって。だから私達が全部こなしますって言ってたみたいよ。私たちの仕事を取っておいてよくあんな「私疲れました」みたいな顔できるよね。」と陰口をたたき始めていた。


 正直、こちらの話をまったく聞いてもらえない状況では、これ以上残っても精神衛生上、良くないと考え契約期間も満了したし、もうやめて当初の予定通りルートゥ村に戻ろうと俺は思っていた。

よし、今晩レーゼに話そう。依頼の一応の完了という事を祝して、二人で食事する約束だったのだ。


やっと終わったという解放感で食事は楽しかったが、レーゼの表情にはまだスカッとしたものが足りないように感じた。

食後今後についての話になったので、区切りは一応ついたし、一緒に戻らないかと提案をすると

「確かにフランツェンの逆恨みで厳しいし、今回はルージュが助けてくれないとどうにもならなかったのは理解してる。

だけど神殿のポーションを届けて終わりじゃなくて、現場でのすれ違いをちゃんと汲み取ることで適切な効能のポーションを届けたりする懸け橋ができるって私はやりがいを感じてるし、何より私この通信魔法が好きなんだよね。

子供の頃、私は色んな物語を聞いたり、読んだりするのが大好きだった。

そしてルージュのお父さんに「高位の通信魔法ができると遠く離れた現地の情報を聞けるんだよ」って教えてもらった時に、沢山の離れた私の知らない人の物語を聞くことができるってすごいって思ったの。

今回この依頼で神殿の通信魔法の設備を見て個人ではできない範囲をできるのってすごいなーって。

それで精一杯今回やったのもあったのよ。確かにフランツェンのことは困ってるけど、でも仕事を嫌いになったわけじゃないんだもの。だからもうちょっと頑張ってみるわ」

と、疲れながらも色褪せない仕事のやりがいを感じさせる笑顔を見せた。

・・その瞬間、俺は勇者でもなんでもない、ありふれた一般人でしかない彼女が眩しすぎて頭が真っ白になった。

その後すぐに前世での自分のトラウマが駆け抜けた。

前世での自分はコールセンターで何度も「センター内獲得数1位」「顧客満足度全国1位 ○○センター:天之川焚慈」など達成し、表彰をされたこともあった。

だがどんなに好成績を納めても派遣先が違うだけで何も仕事ができてないやつと給料が同じどころか自分の方が低かったり、あると聞いていた賞与がなかったり・・元々前世でのコールセンターの経験が、この依頼内容に近いものを感じて実家に戻る前に体験してみようと思って寄り道したのだ。

そし前世のてコールセンターと変わらない雰囲気とレーゼの努力が前世での自分が重なり、彼女の努力を潰させたくなくて、フランツェンの理不尽な振り分けから、手伝うことにしたのだ。

彼女は眩しかった。

俺だって前世で折れ続けて最後にやってしまったが、一か所で心が折れたわけじゃない。

だけど自分と重なるレーゼが「まだ頑張る!」と折れずに笑顔を見せてくれた姿にもう引き留める言葉が見つからなかった。

叶うのなら彼女が大成できることを祈るばかりだ。



フランツェンはこの辺では見かけない少し身なりの良い優男と一緒に来店した。

相手の男は「この間は期待以上のポーションを手配してくれたことについては、感謝しているよ。・・で、その話だけじゃないんだろう?この間の歓迎の宴とは別に私を個人で呼び出すのだから。おべっかはいらないから単刀直入に言え。」

フランツェンは「うちの部署にレーゼって女がいるんですが、こいつを消してほしいんですよ。足が付かないように事故に見せかけて・・となると、マークさんにお願いした方が間違いないのでね」と声をひそめて伝えている。

「・・はぁ、まぁそんなこったろうと思ったよ。にしても・・仮にも神殿管轄の部署の人間がする話かね。私が初耳ということは、従来からいるお前の上の人間とかそういうわけじゃないんだろ?」

「たしかにそうなんですが、今回ギルド経由で来た通信部署の新人の奴でやたら目立つ奴なんですよ。中々周囲への影響力もあった奴で、2人の内一人は満期ってことで終わるんでいいんですが、その残った一人ってのが今言ったレーゼって奴なんですよ。」

「・・言ってない話が結構あるんじゃないか?今お前から聞いた話だけじゃ優秀な人間って印象しかないぞ?」

「えー、確かに優秀なんですよ。度が過ぎる程にね。しかも正論ばっかりでね。

こういうコントロールできないめんどくさい奴は将来間違いなく邪魔になりますよ。

そうなると私みたく、マークさんを優遇するとかそういうことが出来なくなっちゃいますよ。

今回の依頼期間内に契約の継続を考えさせないようにと思ってたんですが、ちょいとこちらの想定以上に強情な奴だったもんで、このまま続けるとなると将来的には今言ったポーションの配給関連の所にも関わる可能性もあり得るかなぁと思ったんで・・ね、芽は小さな内に・・てことですよ」

「・・そんなに優秀なのに融通が利かないなんてなぁ。

我々からすれば要求通りにしてくれればいいだけなのだから現場は歯車だということを認識してほしいものだな。

まぁ残念だがそういうことなら仕方ない。で、顔がわからなければ消せんが・・」

「大丈夫です。投射魔法を付与したポーションを持ってきましたので」

そう言うと、フランツェンは緑色の瓶を取り出し一息に飲み干し、マークの頭部に手をかざした。

「わざわざ一般の滋養強壮のポーションの瓶に入れ替えてとは用意周到なことだ・・なんだ、若いな。それに・・特段美人でもない女だな」

「美人が優秀というわけではないので」とフランツェンはにやけた。

マークは「今回お前が言った動機は粗方お前が思っている本当のことだとは思ってるが、それ以外にも私怨があったんだろう?大方フラれたんだろう。それも含めて消したいということだろ。まぁだからどんな女かと思ってたんだが・・あんまりにも普通で拍子抜けしたってだけだ。」

「・・・・・・。」フランツェンは答えず、苛立った顔をしながら黙り込んだ。

「まぁわかった。要望はあるのか?」

「では今回の私共が担当したトンツ地域戦場のマークさん所有の小屋に監禁してください。この街からレーゼは消える。消息不明ってことで。私がそちらに用事できたら存分に可愛がってあげますよ」

「そうか・・まぁレーゼという人物を消しては置く。小屋まで連れてく人員も用意しておこう。今後のお前への投資として、誘拐班には手練れの猛者も付けてやる。今いるのだと・・ギルドでは黄金級と目されていた賞金首のズンだな。」

「それはありがたいですねー!あの悪名高いズンを手名付けていらっしゃるなんて、流石マークさんは・・」

「声を落とせ。全く・・普段来ないこんな安い酒屋に来たのは何のためだと思ってるんだ。ただ一つ言っておくがズンをつける以上、あの普通な容姿なら無い気もするが、先に手を付けられても文句は言うなよ。」

「あー・・まぁその分ゆっくりと誰に逆らったのか教育してやりますから」

「わかった。そしたら、あとの実行についてはズン達と直接話せ。明日の夜、同じ時間にここに来い。」





             ⅰ―3



ルージュはこれまで依頼で町を散策していなかったので、どうせなら少し歩いてみようと考えた。

「流石に1日で周れるほど狭い街じゃないから、2週間位かけていろんなお店で食べたり、見て回ろうかな」一人ぼやき、3日目の夕食後に一杯飲みに寄ろうかと歩いていると、通信魔法業務の最初の配属先の当時の班長リトナに本当に偶然に出会った。

「リトナさんじゃないですか!お元気にされてますか?」

「・・あ、ルージュさんじゃないですか!・・そんなことより、今レーゼさんが大変なことになってて、彼女の事が心配で仕方ないんです・・ルージュさんはレーゼさんと昔からのご友人でしたよね?何か知りませんか?」

「・・!何かあったんですか!?」

「・・ルージュさんなら、部外者ってわけじゃないし・・実は今日・・」


レーゼは茫然自失としていた。どうしてこんなことになったのだろう・・。自分は頑張っていただけなのに・・。精一杯善意を持って相談されることには応えたし、仕事の結果も出してきた・・なのに・・。


レーゼは依頼の契約更新をし、神殿での通信業務をしていた矢先、ユルンが「あの二人、自分で勝手に自分の首絞めておいて私たちに仕事回さないで迷惑かけておいて「私達一生懸命やりました」みたいなアピールして信じらんないよね。その上レーゼなんかまた契約更新して今日もいるじゃん。ホントどんな神経してるんだかね」とレーゼとルージュの陰口を吹聴している現場に出くわしてしまった。

その上ユルンは聞かれてしまったことに気まずそうにするどころか、その後も一方的に捲くし立ててきた。

全てが違う話に愕然としながら、レーゼは眩暈を(こら)えながら「そんなことしてないし、あの時の仕事は一方的にフランツェンの意思で担当を振られただけで、私はそれを必死にこなしてきただけ。ルージュは見かねて助けてくれただけよ」と弁明するも、ユルンは自分の中に元々あった「仕事を回してもらえない」という不満燃料に、フランツェンが用意したユルンにとって都合の良い理由に納得してしまっていたこともあり、レーゼの弁明は正に火に油で、ユルンは更に激昂した。

ユルンに都合よく丸め込まれていた周囲は、ユルンの激昂に同調した。


偶々通りかかったリトナは何かおかしな熱気を察した。

熱気の中心に近づくにつれ、リトナは現場の空気に寒気を覚えた。

その中心にありながら、顔色は青ざめているものの、決して折れない瞳で懸命にその場に立っていたのは、以前自分の部下として大いにチームを牽引してくれたレーゼだった。

そしてその周囲の人間の中には当時レーゼに助けられ、励まされていた同僚もいた。

リトナは状況は理解できないものの、吐き気を覚えた。

ただ何はともあれ、今この場にレーゼを立たせておくのは間違いなくマズいと直感し、レーゼを保護した。

リトナは同僚に現場の取り敢えずの収拾を任せ、レーゼのケアに専念した。

「取り敢えず、ここまできたら大丈夫です。レーゼ、何があったんだい?当時のレーゼを知る身としてはあの異様な光景は全く理解できないんだけど・・」

「・・どうしたら・・もう、どうしていいのかわからないんです・・。」

それまで、気丈に振る舞っていた所、一旦の安全圏に入ることで、それまでの糸が切れたのか、レーゼは泣き崩れ、うわ言の様に同じ言葉を述べていた。

それ以上の状況確認は難しいと感じたリトナは、暫く(なだ)めたのち「少し休んでて。ちょっと僕も用事済ませてくるから、それから少し久しぶりに家でご飯でも食べながら話そうじゃないか。な?安心しろ、俺には嫁がいるから弱みに付け込んで口説こうなんてしないさ。そうだ、ルージュくんにも声掛けよう。嫁にも伝えて豪勢に食卓を囲もう。すぐ戻るからここで休んで待っててな」と伝えた。


「私も休憩中の出来事で、現場の収拾を任せてきた同僚と自分自身の仕事も休憩で抜けてただけだったから一旦戻る必要があると思ってたんだけど・・すまない・・結論を言うと、戻ったらレーゼはいなかった。流石にあの状態のレーゼを放置するのは不安だったから探し回って今に至るんだ・・」

リトナはいい奴だ。俺より3つ下にも関わらず、これだけ動いてくれたのだ。

俺はこの世界に転生して、剣と魔法の世界だけじゃないとは言え、前世ではなかった魔法とかそういう真新しいものに目がいきがちで、正直今回のようなケースは自分は出会わないだろうなとどこかで思っていた。

というか想定すらしていなかった。

しかし、現実は残酷で結果を出しても報われない姿をここでも見せつけられていた。

しかも自分だけではなく、今回はレーゼまで。

・・前世の自分の生きざまに酷似し、前世では掴めなかった幸せを、自分ではないけどレーゼには、レーゼにだけは掴んでほしいと心から願っていたのに・・!


ルージュは強い危機感から、閉じていた真眼を開放し、レーゼの居所を確認すると、そこに悪意がレーゼに向いているのを感知した。

しかも、ニツェン郊外というよりは、キガン集落側の荒れ地にレーゼの反応があった。

更にその面子の中には、あのフランツェンがいた。

「・・あいつ・・これ以上レーゼに何する気だ・・先に始末するしかないな」

向かいながらルージュは苛立っていた。

ルージュは勇者ザナンとそのパーティーで魔王は討伐した(ということにした)ものの、サポートに徹していたこともあり、これまで全力というものを出したことが無かった。

その為、全力で身体強化をすれば、最速で着けるのはわかっていても、そうすると身体強化に体がついて来ず、目的地に着く頃には動けなくなってしまうこともわかっているというジレンマだった。

『今まで本気で動いてこなかったから、出来るのはわかるのに・・くそ!』

兎に角、急がなければ・・!


「おい、フランツェン。予定がズレたからって緊急で呼び出しておいて・・標的も変わったのか?お前が投射で見せたのは女じゃなかったか?」

「いや、レーゼはこの道を来てるとズンさんの部下からも連絡来てるじゃないですか。それより、あの男はもう一人の私の癇に障った奴です。レーゼみたく契約更新はしなかったので、見逃してやろうと思ってましたが、わざわざこの場に出て来てるのなら、ついでですからやってしまってもらえませんか?・・あー、そういえばあいつはレーゼの昔馴染みらしいので、目の前でいたぶってやれば面白いかもしれません」

「ついでかどうかはお前が判断するんじゃねーよ。めんどくせぇ、最初(ハナ)から俺はあくまで想定外の強者が出た場合の備えだ。他の簡単な作業はお前等でやれ」

「まぁでは皆さん、私は戦闘職では見ての通りありませんので、報酬は既にマークさんから支払われている分に私から1人分上乗せしますので、お願いできますか」


聞こえてくる不愉快の声が、あんまりにも定型通りの小悪党なセリフに普段なら失笑していたが、今はブチギレそうだった。

特にフランツェンのあの話しぶり・・。

あいつは今回のリトナから聞いた件にも間違いなく関与している。

あいつは生かして事実を確認した上で決して死なせず、俺が思いつく地獄を徹底的に味わわせてやる。


この辺は中型のサラマンダーの群れが出没すると、討伐組に居た頃に聞いたことがある。

その対策の為なのか、フランツェンの周囲にいるごろつきは40人近くいる。

『魔法だと加減がわからないな・・今怒ってる状態だと、万が一まとめてやってしまったらフランツェンを生け捕りにできない。・・しょうがない、剣技は学舎以来習ってないから素人になってしまうけど、こいつら殺すくらいならわけないだろ』


フランツェンの目にはまずは5人が囲んで、一斉に襲い掛かった・・ように見えた。

その後5人をすり抜け、ルージュはフランツェンの方に向かって走ってきた。

すぐに終わっただろうと思っていたフランツェンは

『フン、ざまぁ・・抜けた!?いや、いやいやいや、あれは生け捕りにしようとしていたから、やられただけの筈!それ以上抜けてくるなんてことは・・!』

と思いながらも、思っていたのと違う進行に狼狽している後ろから、ズンが最初の仲間の絶命の声を聞いた瞬間から状況の確認を始めた。

こちらがフランツェンから聞いてる前情報では、このルージュとかいう優男は標的のレーゼと同じ職場の通信魔法の同僚でしかないはずなのだ。

それが普段の生活からは縁遠いこの生死を掛ける場にいるのだ。

こちらがやられる理由などある筈がない。

1人、2人なら運がいいとか元々才能が若干ある人物だったとかなら、まだ想定の範囲内だが、それが瞬時に5人を斬り伏せて、そのまま進行上にいる者を悉く斬りながら、こちらに向かってきているのは異常すぎる出来事なのだ。

仮にもズンはマークに雇われる前は、ギルドから実力では黄金級と目されていた賞金首なのだ。

彼は進行上の10人目がやられた所で、声を上げた。

「お前らはどけ!そいつは俺が相手する!」

フランツェンはルージュの思わぬ奮戦に驚いてはいたものの、ズンがでるような事態だとは考えていなかった。

「・・へ?い、い、いやや、いやいやいや!ズンさんが出る程じゃないでしょう!?まだ30人以上いるんですよ!?」

狼狽えるフランツェンの横から、ズンの部下がフランツェンを黙らせる為に、説明する。

「我々がここに40人以上で来たのはここがサラマンダーの群れの出没を確認された地域だからなんですよ。

人一人攫ったり殺したりするくらいなら、それこそ10人いれば十分すぎるんです。

ここでこれ以上人数が減れば、マークさんからの依頼、つまりあんたの要望のレーゼとかっての女を生け捕りにして、あんたも生かしてこの場を離れるってのが難しくなるってことです。

それくらいサラマンダーの群れってのは厄介なんだ。サラマンダー1体だってめんどくさいのに、それが群れでくるのは規模にもよるが、不味いことに変わりはないんですよ」

ズンは極めて冷静に判断して動いていた。

数で攻めれば押し切れるだろうとは思っていたが、部下がフランツェンに告げた通りで、それだと依頼の失敗になってしまう。


ズンは高身長で筋肉質、体毛は濃い部類だが長髪の赤茶色の髪は頭頂部で束ねている。鼻は過去の戦闘で負傷したのか潰れている。他にも生傷は複数見て取れるが、彼のこれまでの壮絶な戦歴を思わせる姿だ。

そんなズンを見上げながらルージュは「ポーション使えば多少は傷も残らないだろうに・・自己主張の強い奴・・」と思いながら、自分の体に意識を向ける。

思った以上に体が消耗していた。魔法を用いてここまで来たが、強化を使うにしても自分の生身は人間なのだ。

これまでそうやって戦ってはこなかった為、想像通りに動こうとすると体が(きし)み、強化どころか自傷になってしまう。

それどころか体が付いていけないことで、攻撃を受けてしまったりしていた。

ここまでは最短を通り、息の根を止めてきたので負傷も最低限にとどめてきたが、ズンは戦闘力が他と比較に出来ないほど高い。


「お前らは、サラマンダーの警戒を緩めるな!あと10人は依頼の女をさっさと連れてこい!・・て、ありゃおめぇが言ってた女じゃないか?」

レーゼはフラフラしていたが、ルージュとズンが睨み合っている姿が目に入ると目に生気が戻り、過程はわからないもののルージュがマズい状況であること、そして見知った顔ではあるものの悪い情報しか無いフランツェンもその場にいるという事実に、今の状況だけは理解した様子で、極度の混乱状態から目が覚めていく様子で、表情がみるみる変わっていった。

・・レーゼの周囲に見えるのは・・あれは怨霊?呪いの類か?あれのせいで元々強いストレス化にあった状況から糸が切れたタイミングで、錯乱状態にさせられてこんな危険地帯まで来てしまったんだな・・どうやら意識を取り戻したみたいだが・・ここはそもそもこいつらがいなくても危険な場所だ。早々にケリをつけてしまわないと・・!


ガーン!!!


ズンの大ぶりな唐竹割りを受け止めたルージュの剣がまるで大聖堂の大鐘を鳴らすような、周囲に振動さえ感じさせる轟音が響く。

ルージュの剣が割れなかったのは強化してあった為で、辛うじて壊れずに済んだが、それを支える人体はこの一刀で壊れた。

支えようとした左腕は折れ、握っていた右手の親指も粉砕した。

支えきれなかった両足も大腿骨は折れ、皿は割れた。ズンの一刀の破壊力もあったが、それを受けようとしたルージュが強化をかけたものの骨まで耐久が付いてこず、自滅した側面も強かった。

見た目には大きなハンマーで叩き潰されたような画となった。

「ルージュ!!」レーゼは気が付いたら飛び出していた。

「どうして・・どうしてこんなことに・・」

「・・グッ!ぶふぁっ。・・君には、どうやら、、怨霊が憑いている・・はぁっ、ゴホッゴホッ・・どうして憑いているのかわからな、いが呪いに類するものだ・・それの、せい、で気持ちが、ゼェ、弱った所に、錯乱、ゼェゼェ、させられて、ここまで来てしまったんだ」

「私よりもあなたの方が・・!あなたは戦士なんかじゃないのに・・!」

泣きじゃくるレーゼとズンに潰されたような形で(恐らく内蔵も負傷した為に血を吐いているのだろう)レーゼに抱き起されているルージュを眺めながら、じっくりと愉悦が湧き起ってくるのを感じ、歪み切った満面の笑みを浮かべたフランツェンは不快な音声を発した。

「怨霊が憑いているですって?ハハッ!それは興味深い言葉ですねぇ!実は結構前から、我が家の秘伝の呪いの儀式をレーゼを対象に行っていたんですよ!

過去にも何度かレーゼ以外でも試してみましたが、私には、その結果が私の行った儀式によるものだったのか偶々そうなっただけなのかはわからなかったので、今の話はとても参考になりましたよ。

それに期せずして私が一番願った光景になっているのも素晴らしい!」

改めて真眼でフランツェンを見ると呪術適正がAマイナスとなっている。ただ専門に学んできたわけではないことでそれらしい能力は見当たらない。

ただ適正が元々高いことからフランツェンが悪意を持って人を操作しようとすると、専門の洗脳には及ばずとも、一般人を煽動することも出来てしまうということのようだ。

・・今回のユルンの様に。

「おい、フランツェン。ご満悦の所悪いがな、この優男はすぐ殺す。

この状態でこいつからは諦めの色も絶望の色もない。

その上、こいつは恐らく魔術師なんだろうが、何故か魔法は使わず剣で勝負してきた。

しかも俺の一刀を受けても、武器である剣が壊れることは防いだ。

倒れても最後の武器を無くさない為にだ。

つまり、こいつはこの状態で諦めるどころか、起死回生の必殺の一撃を、今でも狙ってるってわけだ。

しかも魔術師の癖に最初は甘く見ていたとは言え、部下を10人以上確実に仕留めて来た上に、ここまで俺を相手にできるやつだ。

こいつは時間を与えるだけ、危険が増す相手だ。

お前の趣味をどうこう言うつもりはねぇがここまでで満足しろ。

ここは俺の分野だ。俺に従ってもらうぞ。」

レーゼはズンの言葉を聞く内に、ルージュがどうしてこうなっているのかを知り、顔つきは泣きじゃくっていた顔から、みるみる覚悟が決まったような精悍な顔つきになっていった。

後ろでフランツェンが舌打ちをしていたが、気にせずズンが前に一歩進み出た瞬間、レーゼは立ち上がり手を広げ、ルージュを守るように立ちはだかった。

「!よせっ、レーゼ!お前は一般人なんだ!」

「!女だてらに見上げた根性だな・・!ただ泣いてるだけの女じゃないとは・・ワリィがお前は殺さない依頼でね、さっきも言ったがそいつは時間を与えるだけ危険度が増す類の奴なんでな・・」

「ごめんね、ルージュ。戻ってきたばかりだったのに、私の為に苦労をいっぱいさせて。でもここであなたを庇わなくても、あなたが助けてくれなかったらきっとこの後私を待ち受けているのは地獄よ。私は後悔はしたくない。ここまで必死に助けてくれたあなたを私が今度は守るわ。どの道地獄行きでも最後まであなたを守る為に足掻くわ・・!」『ルージュ、あなたならこの窮地でも一瞬の隙を見つけられるはず。神様・・!私の気持ちをルージュに届けて!そして、動いてルージュ!!』

『こいつぁ・・本当にこいつは一般人か・・?マークさんから、フランツェンの情報だと「周囲への影響力がかなりある奴だった」と聞かされてはいたが・・確かにこんな肝の据わった奴が居りゃあ、フランツェンみたいな奴は身の危険を感じるわな。あながち単なる私怨ってわけでもなかったってことか・・本人が自覚してるかはわからんが・・敵対して立っている俺の方が引き込まれるような迫力・・こいつは周囲の環境がとことん恵まれなかっただけの、真正の英雄だ。』

真眼を既に開放していた為、ルージュにはレーゼの心の声がハッキリと聞こえていた。

レーゼも至近距離にいる状況で、更に言えば自身の四肢が殆ど機能せず、ほぼ動けない状況で攻撃魔法はレーゼを巻き込んでしまう。

ならば、この剣を可能な限り強化して死角に転移させて急所を一刺しさせる・・!

わずか数秒であっても、確実に葬れる強化を施した。例え10人で庇っても刺し貫く威力だ。

レーゼにも当らない角度も転移点の設置も完了した。

・・死ね!!


運命はどこまでも俺に残酷だ・・。

ルージュの必殺の一撃は間違いなくズンを穿つはずだった。

ズンはルージュを庇って立ち塞がっているレーゼを雑に殴ってそこからどかそうとした。

ここまでは想定通りだった。

「キャッ」『ダメッ!ここで倒れたらルージュが今度こそ斬られてしまう!・・でも私にできることなんて・・このズンって男がルージュに一目置くようなものが私にもあれば・・!』

その瞬間フランツェンが自分のこれからの玩具に傷をつけるなと全くもって理解できない言葉を持ってズンの肩に手をかけた。

フランツェンの行動は度し難いものだったが、その瞬間ズンもまさかこの鬼気迫ったこのタイミングでそんな間抜けな理由で割って入ってくるとは想定していなかったことから、どこまでも愚かな姿にそこまで冷静だったズンの心に怒りが現れた。

『獲物であるレーゼやルージュはここまで勇猛であるのに、正規の依頼主ではないとは言え、何でこんなやつの依頼をしなけりゃならんのだ』という憤りだった。

賞金首とは言え、ズンは人格の壊れた人間ではなかったのだ。

ここまではルージュにとっては想定外の絶好の隙だった。


この時殴り飛ばされたレーゼは、決して放っては置くことなどできない覇気を発した。

ズンはルージュの底は測り損ねていたが、それでもズンは敵対しているルージュの危険度は自身の経験の中でも最上位の警戒をしていた。

寧ろ最上位の警戒をも上回るかもしれないと正しく認識していた。

ズンは直感で、ルージュの攻撃が既に心臓目掛け、必殺の一撃は放たれていると確信すると、そのルージュの一撃と共に今度こそ打ち取らねばならぬと、全身全霊の唐竹割りの構えを取った。

が、その瞬間、決して放置できない覇気が突如向けられ、その尋常ならざる覇気の発生源をルージュと誤認したことで、ズンの態勢がズレ、ルージュの必殺の一撃はズンの死角である後ろから心臓の少し上を貫いた。

ズンは心臓はどういうわけか外れたが、間違いなく致命傷で自分は死ぬことを確信した。

しかし、死期を悟りながら、彼はルージュに最後の一振りを、振り下ろすことだけは成し遂げるという最後の一心で振り下ろした。

その先に最後の好敵手ルージュが居ると信じて疑わずに・・。


ズンは唐竹割りを放ったが、体制が崩れていた為、レーゼは袈裟切りの形で斬り伏せられた。

俺は目の前の光景が信じられなかった・・現状の自身にできること、想定できることは最善を持って臨んだ。

しかし運命は前世と同じくどこまでも、俺にとって望まない事象を引き起こし、最悪の結末を迎えるのだ・・あぁ・・こちらでも同じことの繰り返しなのか・・前世ではずっと一人で耐え切れずに折れた。

今回は前世の自分とどうしたって重なるレーゼに幸せになってほしかったのに・・前世は全てに絶望し諦めるという最後だったが、今回は自分と重なりすぎる人にどうしても報われてほしかった。

「あ、あぁ・・どうして・・どうしてレーゼ・・」

「良かった、あの凄い強そうな人は倒せたのね・・」

「も、もう話さなくていい・・ゲホッ、今、回復魔法をかけて、るから!今無理をしたら・・ゼェゼェ回復魔法でも間に合わない!」

思えば学舎で学んでいた頃から、彼女は真面目で芯のある人だった。

「ルージュ、私ね、あなたには昔から憧れてたのよ。

昔、レナリヤがいじめられてたじゃない?

それをルージュが全く動じる様子もなく、レナリヤがいじめられてる中に入って行って「何してるの?」って一言言ったらみんないなくなって、それからはレナリヤがイジメられることはなくなった・・。」

『物語に出てくるような派手な立ち振る舞いがあったわけじゃない。でもああいう時のルージュには本気が感じられるの。皆言ってたわ。ルージュは怒らせるとヤバイって。剣技を習ってるわけでも、生まれ持って強い体をもってるわけじゃないけど、ルージュを怒らせたらあいつは本気で殺す覚悟で向かってくるって。ルージュが怒ったり、そういう雰囲気を感じる時ってレナリヤの時が強く印象に残ってるけど、いつも私から見たら正しいことばかりだった。だからそんな覚悟を持って私もそう在りたいと願ってたわ・・少しはあなたみたいに頑張れたかな・・』

レーゼは話しながら体力が尽きてしまったが、声が出せなくなっても心で語りかけて来た。真眼を開放していたので聞くことが出来たものの、いよいよ心の声までも聞こえなくなった。意識を失ったのだ。

「レーゼ!逝くな!俺みたく在りたいっていうなら、俺みたく生きたいと願え!諦めんな!」

ズンに切られたレーゼの傷からあふれ出る血と共に、レーゼの体から熱が冷めていく・・。


「アッハッハッハッハ!ズンがやられたのには流石に驚きましたが、それに見合う最高の見世物ですね!」

一人気持ちよさそうに笑い続ける姿にズンの部下達でさえ、引いていたが、そこに唐突にサラマンダーが現れた。

「フランツェン!サラマンダーがいる!悪いがズンがやられちまった以上、サラマンダーの群れが来ちまったらいよいよ俺たちも生きて出られる保証がない!依頼失敗については後日詫びさせてもらうとして、兎に角ずらかるぞ!」

「チッ、折角面白い見世物で満足していたというのに・・余韻に浸る時間すらないとは・・」



レーゼを追い詰めたのも、錯乱させたのもこいつのせい・・守るべきレーゼが逝ってしまった今、何を躊躇する必要があるのか・・


ドクン・・ドクン・・ドクン・・・


心臓の鼓動が脈打つ。体を巡るあらゆる活力が、その場にいる全てに振動を持って知らせる。

『あれが覚醒する・・!』と。

理解は出来ずとも本能が告げる。

動けるものは一目散にその場から離れ、体が死を悟ってしまった者は倒れ込んでしまった。

ルージュの体が青白く眩く輝く。

この体は人間であるが、ルージュは神として誕生したことから、一つ前のエルフとしてのマイナだった身体情報を持って、そのまま今のルージュに転生した。

この瞬間無意識に人間の体であった構造を、転生前のマイナとしての身体構造に造り替えた。

完全にキレたルージュ(マイナ)は一睨みでズンの部下たちを絶命させてしまった。

殺す気で睨んだわけではなかったが、目が合った瞬間部下たちは本人たちの意思に関係なく生を手放した。

しかし、フランツェンは息をしていた。

これはフランツェンが強靭な心があるということではなく、ルージュが生き地獄を味わわせると決めていることが理由だ。

呪術適正がどんなに高かろうが、今のルージュには抗えない。

「・・ハァッ、ハッ、ハッ、ハァッ・・!」

『な、なんだ!何が起こった!?い、息が、まともに、でき、ない・・!なんなのだ!この圧迫感はっ・・!』

「お前はさー、これから殺すけど、何度でも生き返らせて殺すし、色んな形でお前を苦しめてやるから、楽しみにしてろよ?」

自暴自棄になったルージュは誰に語るでもなく言葉を続ける。

「ていうかさー、世界を体感してほしいって言われて、こっちの世界はどんなものかなって思ってたけど、前世より酷かったよ。

俺に全権があるってなら、フランツェンは特別に専用の空間作って地獄を堪能してもらうにしても、この世界ももう終わってよくない?壊しちゃおっか」

前世とは別の絶望・憤怒の感情を露わに、ルージュの掌にこの世界の次元よりも上の力が集まる中、後ろからルージュとは別の輝きが視界に入り、ボンヤリその光を追うとレーゼの体が輝いていた。

ルージュはレーゼが意識を失ってしまった後、何もしていない。

というより、彼女が死んでしまっているという事実を認識したくないが故に、目を逸らしていた。

その為、この輝きはルージュに影響するものではなく、彼女自身を要因として輝いているということになる・・。

「・・え?い、生きてる・・?まさか・・」

「あれ?私・・生き・・てる?」

彼女を視ると、彼女にはルージュみたいに生きると刻まれている。

更に目を凝らすとそこにはレーゼの本当の能力があった。

その本来の能力とは「制限のない『コピー』」。

この本当の能力は本人が望む対象の能力を寸分の狂いなく正しくコピーすること。

これは自身が持ちえない体力・魔力を始めとする全てのステータスや魔眼の類や、神性すらも狂いなくコピーをするバランスブレイカーの能力。

「あ、あのね。さっきルージュに話しかけてたと思うんだけど、気が付いたらなんか真っ暗で、そこでルージュに「レーゼ!逝くな!俺みたく在りたいっていうなら、俺みたく生きたいと願え!諦めんな!」って聞こえてルージュみたく生きたいですって私なりに一生懸命願ってみたの。そしたらなんかみるみる力が湧いてきて・・なんか生まれ変わったみたいな気分なの・・私、なんか変になっちゃったりしてないかな?」

奇跡だった。ルージュをコピーするというのは規格外すぎるので本来は体が、魂が壊れてしまう。

それを成してしまえる破格の特性。

そしてそんな細々したことがどうでもいいくらい、彼女が彼女自身の強い意思で、あの生死の境を乗り越え、今生きて目の前に立っている。

「ーーーーー」言葉が出ない。

「な、何?やっぱり私人間じゃなくなっちゃったとか?」

本気なのか天然なのかお茶目にモジモジしている姿を見て、涙が溢れる・・。

「え?え?ルージュどうしたの?・・あ、そう言えばルージュも何かさっきと雰囲気変わってるけど、あれから何があったの?」

「全部、全部終わったよ」

今ほど奇跡を実感したことはない。

前世は勿論、今回「世界を体感してほしい」と促され、選択肢がないから仕方なく過ごしてきたが、能力や育ちが変わっても前世と同じことの繰り返しのようでやっぱり絶望しかない・・俺は呪われていると思っていたが・・やっと・・やっと一つは運命を変えられた。

涙が溢れて止まらない。

この瞬間、初めて世界が輝いて見えた。

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