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顛末の後日談

「我が国の勇者に!乾杯!!」

「「「乾杯!!!」」」

キンナル王国の王宮では、ザナン一行が出発し戻って来るまでの期間の大変な好景気もあったことから、連日派手な宴会が催されていた。

「・・父上、流石にそろそろ宴はもう良いのでは。いくら景気が良いとは言え、度を超えています」

「その通りだが、一応勇者であると同時に、落とし子とは言え、王の血族が大業を成し遂げたのだ。その辺の冒険者の宴と同等にしていては示しがつかんという王の言い分も間違ってはおらん」

「そうは言っても、既にもう2週間以上宴をしています。それに、ザナン一行の魔王討伐後からに思いますが、これまで好景気だったのが嘘のように、商人たちは王都から離れ、それだけには留まらず、こちらと既に契約を交わしていた事業ですら何故か手を引いています。

情報はありませんが、他国による圧力があるかもしれません・・それに、何故だか部下や他の大臣達にも覇気を感じられません。

元々無能な者もいましたが、優秀だった者まで業務に支障をきたしているケースも見受けられます。

王はザナン一行の出発からの好景気を「豊穣の祝福」を受けたと評される程と言ってましたが、まるで神に見限られたと思ってしまいたくなるような、好景気前の方がマシだったと思う位です。」

この国の宰相であり、アーメック家の現当主であるクーズは黙って耳を傾けていたものの、話が進むにつれ、額に手を当てながら、ため息が出るのを止められずにいた

「・・・わかっておる。そうだな。王はまだ状況を知らんからな。今晩私の方から伝えるとしよう」

「それと、父上。今回の勇者討伐一行のルージュと言う魔法使いですが、アールが以前、「ルージュと言う冒険者が今回勇者一行に入ると聞いたが、会ったか?」と何度か連絡がありました。業務に追われ、失念しておりましたが、アールが手紙でわざわざ確認してくるようなことはこれまで殆どありません。」

「・・何が言いたい?」

「今回の冒険譚都合よく改竄しましたが、あの魔法使いの報告していた内容は全く違うものでした。そして、大金を掴ませ、口止めも行いましたが、もう一人の魔法アタッカーだったチソエの報告は、ルージュという魔法使いの報告と同じでした。また彼が自身を上回る魔法使いな上に、魔王を本当に討伐したのはあのルージュと言う魔法使いだったとまで証言しています」

「・・!?本当か!?」

「私も部下からの又聞きの部分が多いですが、チソエについては後日直接聞き取りをしましたので、間違いありません。」

「ルージュ本人はどうしたんだ?療養施設に入れただろう?」

「書類上はそうなっていたので、私も確認しに現地に向かいましたが、ルージュと言う人間が収容されているとされていた部屋には、別人がおりました。本人の訴えから調査したところ、あの日彼を連行しに向かった衛兵2人の内の一人だったことが判明しております。施設の人間はこの衛兵をルージュであると思い込んでおりましたが、あの場で本人を見ていた私が確認すると、本人の訴え通り別人だったのです」

「・・・他国のスパイだとしても、出来ることが優秀すぎるな」

「はい、この国の景気を左右する程の魔法が実在するのか、実在したとしてそれを彼ができるのかは不明ですが、事実ベースで話すなら、彼は認識阻害の魔法を、大勢に掛けることが可能であるという事です。そして、チソエの話が本当なら、魔王を消し炭にするほどの魔法使いということです。ギルドの報告では補助魔法役として勇者一行に入っていますが、彼一人で魔王を葬ることが出来るのだとしたら・・」

「・・・これは・・判断を誤ったのか・・」

「まだ憶測の域をでませんが。不確定な事実もありますが、アールの複数回の確認と魔王討伐の当事者チソエの証言、療養施設での一件は看過できない可能性があります」

「ルージュの行方はわからんのか?ネア。この話をしてきている時点で、行方がわからんまでも進展があったのだろう?」

「結論を言うと、ルージュ本人の行方は分かっておらず、目下捜索中です。ただ、調べていく上で、今回の彼の討伐組への加入は彼の意志ではなかったということです。これはチソエも触れてましたが、ギルドで紹介された時も、本人は寧ろ討伐組には入りたくなかった様子だったとのことです」

「・・・ルージュという魔法使いは・・確か、魔王討伐後の報告では戦死した仲間について、必死に訴えていたということだったな・・つまり、興味が無かった魔王討伐に捻じ込まれ、彼の言葉が本当なら、仲間だったザナンの攻撃で囮に使われたことが理由で仲間が戦死したと・・そして私達からは、報告を改竄され、約束した報酬も支払われず、狂人として療養施設入りにされた・・という流れだと言いたいのか?」

「そのシナリオがあり得るということです」

「・・・チソエとは話せるな?私も直接話を聞くとしよう」

「ザナンについてはどうしますか?」

「ケゲナニアが確か、その奥とやり合っているだろう。そこに我が国からの救援ということで、ザナンを送れ。」

「そこで消しますか?」

「いや、本当に今回の魔王討伐で勇者としての資質があったなら、期待通り活躍してくれるだろう。仮に不幸にも戦死してしまうなら、ケゲナニアに恩も売れるしな。これについては、宴の件と合わせて、儂からこの後王に報告しておく。チソエについては、明日向かうから、手配しておいてくれ。それと・・ここまでルージュから直接的な行動はないにしろ、一応我々の護衛を2倍に厚くしろ。」

「畏まりました。」

クーズは無能ではなかった。

ただ今回はルージュの情報をちゃんと確認するのが事後になったのが失敗だった。

『アールが直接言わずに来たという事は、それなりの理由はあったんだろうが・・とにかく、これは暫く気を抜けん期間が続きそうだな・・』

景気の突然良くない兆候は平民たちの声から聞こえてきてはいたので懸念はしていた。

それについての事実確認を指示しようかと思っていた矢先での、息子からの報告だった。

クーズは血縁で贔屓するタイプではなく、能力主義であったが、息子達が優秀な人材であることは認識していた。

また、息子達自体も、能力主義の傾向が強い為、親であろうと能力に(かげ)りが見えてくれば、何かしら動くだろう。

そういう価値観をお互いに持っていることから、補佐官を務める長男であるネアの報告には信頼が置けた。

信頼が置けるがゆえに、今回の報告は聞きたくなかった。

不景気になるだけでも頭が痛いのに、貴賓とすべき人間を最悪な形にしてしまった可能性が色濃くなってしまったのだ。

クーズは頃合いを見て、王に進言する為に、ゆっくりと立ち上がる。

その背中は重苦しく、鉛を付けたように足取りは鈍重だった。


コンコン


衛兵が扉を叩く

「ブネメス国王陛下が御成りです」

何も知らない国王は機嫌よく、クーズの部屋に入る。

「クーズ、宴の場ではなく、わざわざこの儂を呼びつけるとは、一体どうしたというのだ?」

ここ最近クーズからの報告は「豊穣の祝福」から良い話しかなかったことから、ブネメスは今回も更なる吉報かと上機嫌だったのだ。

「陛下、申し訳ないのですが、人払いをお願いできないでしょうか?」

「うん?」

ブネメスは、「吉報なら誰に聞かれてもよかろうが」と言いながら、部屋にいた衛兵に出ていくようにジェスチャーをした。

「で?人払いまでさせるとは、どれだけのことだ?」

クーズはブネメスの問いには答えず、部屋のオブジェとして飾られていたサッカーボール程度の大きめの宝珠に手を触れると、魔力を流し、結界を張った。

「・・これは・・結界?」

「外の衛兵に聞き耳を立てられても困りますので、用心は念入りにという事でございます。」

「・・クーズ、まさか・・」

「ああ、誤解しないでください。陛下をどうこうしようとかではございません。ただ、相当我が国にとってマズい状況である可能性が高いのです」

「!どういうことだ!」

クーズの表情に冗談の色はなく、これまでクーズが進言してきた話はいつも正しかったこともあり、事の重大さを感じ取ったブネメスは即座に頭を切り替えた。

「景気がそんなに悪化しておるのか!?しかもあの若輩の魔法使いがそれだけの能力を持っていたと!?」

「ルージュという魔法使いについては、まだハッキリしておりませんが、こちらで確認できる事実としては、施設送りにした筈が、身代わりと入れ替わり、周囲には認識阻害の魔法を完璧に行使しておりました。そして魔王討伐の当事者であるチソエの証言があります。」

「その事実と証言が本当だった場合・・そのぉ・・どうなんだ?結局!?」

「他国のスパイとしてなら、十分プロとしての能力を持っていると言えますし、魔王を単独で消し炭に出来るというのは、我が国の宮廷魔導士団団長にも勝ると思われます。それにギルドの情報では討伐組には補助魔法役として、加入してますので、補助魔法も出来るとなると・・」

「それだけの人物なら、何故今回報告が上がってこなかったのだ!?」

「元より、シナリオが決まっておりましたので。それに、ルージュという魔法使いについては、チソエの証言が恐らく信頼できる証言の最初かと思うので、それより前については、情報がないのです。勿論ギルドには討伐隊に捻じ込むキッカケとなる理由があったでしょうが、ギルドにその理由を我々に伝える義務はありません。」

「そうは言っても、国の勇者を任命するのは我々なのだから、面子の情報の確認くらいすべきだろうが!」

「これまでのギルドとのやり取りで、形骸化していたということです。また今回彼が報告してきた内容の主な要点は戦死した仲間についてが殆どでした。自身が魔王を討伐したという点については本人からは伝えられていません」

「それがどうしたと言うんだ?」

「彼は自身の戦功を誇ってはいないということです。そして、施設も簡単に出ているにも関わらず、我々には今の所何もしてきていません。」

「それは・・我々に歯向かうことを恐れて・・」

「陛下、それだけの力がある者が、そんなことを恐れるとは思えません。ここからは完全な憶測になりますが、先程最初にお話ししました不景気についてですが、ルージュの魔法に寄る可能性が考えられます。「豊穣の祝福」も彼がしたのかもしれません。」

「・・なっ・・!!」

「それくらい出来ても不思議じゃないという事です。」

「奴を討つことは出来んのか!?」

「・・魔王オウズ以上の手練れで、一般的に魔法使いに有利に立ち回れる戦士などであれば、可能性はあるかもしれません。が、これだけの人間であれば敵対するより味方にした方が益が大きいでしょう。もし「豊穣の祝福」を行ったのが彼だったと仮定すれば・・考えるまでもないでしょう?」

「た、確かに、そうだな・・」

「しかし我が国は最初の縁を、明確に間違えてしまいました。彼から恨まれることしかしてませんから。」

「どうしろと言うのだ?」

「それは・・」

「如何でしょうか?」

「うむ、まぁ取り敢えずそうするしかないのだろ?取り敢えず、お前に任す。その魔法使いとの関係改善に全力を尽くせ。あーそれと明日以降の宴は全て中止だ。ケゲナニアへの返答は必要ない。チソエとかいう魔法使いの証言の確認が取れ次第、ザナンを派遣する・・そうだな、明日お前が確認するなら、明後日にはザナンに勅令を下す。それらの手筈をしておくのだ」

「畏まりました。陛下、私も同じ気持ちの為、心中お察ししますが、くれぐれもザナンには悟られませんように」

「・・わかっておる」

ブネメスは努めて冷静を装おうとしてはいたものの、出ていく姿に余裕はなかった。

「へ、陛下!?」

外では衛兵が慌ててブネメスを追いかけていく音が、遠ざかっていく。

『間抜けな王ではないのがせめてもの救いだが、果たして好転させることができるかどうか・・』

クーズはブネメスと同じく、周囲に悟らせない為にも、最早何も楽しめない心境を抑えつつ、然も楽しんでいるような姿を演じる為に宴に戻る。

全くつまらない時間だ・・


前日は王が会場を去ってから、暫し時間を潰し、頃合いを見て部屋に戻っていた。

ザナンについては、国王の影響力を高める為の駒としてしか、認識していなかったが、宴で何も知らずに楽しんでいる姿には若干不快に思っていたが、王はクーズよりも不機嫌に感じている様子だった。幸い、ザナンは酔っていたこともあり、気付いている様子はなかったが・・これは王が心が狭いと言うよりは、クーズが合理的な性格をしていることが大きかった。今回ほどの大事になってやっと感情らしいものが出てくるのだ。

普段はそういう感情も一切なく、冷静に処理していた。

それだけクーズにとってもストレスを感じていたことから、前日は酒の量は控えめにしていたものの、思いの外寝過ごしてしまっていた。

食事の時間にクーズが降りてこないなど、何年もなかったことから、給仕が恐る恐る訪ねて来てやっと目を覚ましたところだった。

「父上、体調が優れないようでしたら、本日は・・」

「問題ない。お前は既にチソエの証言は聞いているのだろ?私自身が確かめる為に、今日は私が行かなくては意味がない・・まぁお前が確認したのだから、変わらないだろうがな」

「・・王にはご理解頂けましたか?」

「私じゃないが、理解できなくても、頷くしかあるまい。昨日話したケゲナニアへの派遣の件はどうだ?」

「昨日の内に、親書を持たせて早馬を出しいるので、ケゲナニア王都までは1週間もしないで届けられるでしょう。関所の門番にも勇者派遣による救援の親書である旨を通信魔法で先に伝えるようにも指示してますので、明日ザナンに王命を下して出発させても問題ないでしょう」

「うむ、アールには連絡をしたか?」

「それが、あいつは今、フラーナック王国にいる為、通信魔法をするのが(はばか)られるのです」

「・・そういえば、申請が来ていたな・・よりによってフラーナック王国か・・確かに、あそこのお偉方と会談中に通信魔法してしまう可能性を考えれば、マズいか・・こういうものは重なるものだな・・」

フラーナック王国には人類保持同盟の本部があり、そこの筆頭である「ハーナル」という人物は人間種のトップと言う認識がされている。

更に、人類保持同盟には今も語り継がれる生きる伝説ディズィンが居る。

その為どの国の人間もフラーナック王国に向かう際には、余程の事でない限り、通信魔法をしないというのが暗黙の了解となっていた。

その為、訪問中の人間から通信魔法で定時報告が来た時に、要件の報告や確認がされるのだが、今回のアールの訪問は正式な手順を踏んだ訪問ではあったが、公務というわけではなく、一個人としての訪問になっていた為、アールからの定時報告は期待できなかった。

クーズは昨日から何度()いたかわからない溜息を意図せず吐き出しながら、自身の公務に向かった



結論を言えば、ネアの言葉通りであった。

チソエの証言に嘘があるようには思えなかった。

勿論自身の目だけではなく、ネアが予め手配していた宮廷魔法使いがネアの証言に嘘がないかも調べさせた。

その結果もやはり思った通りだった。

「よし、私のサインはしておいたから、ネアから報告書を受け取って、国王にご報告してこい。」

「宰相殿からされなくてもよいので?」

「今回の件については、王からの承諾は既に得ている。私は次の準備をせねばならん。私の次の行動も王には既に報告済みだ。王に私からの言伝として「明日の準備をよろしくお願い致します」と伝えよ。それで王も理解されることだろう」

「は!畏まりました」

宮廷魔法使いは、迅速に下がって行った。

クーズが次にするのは親書だけでは突っぱねられてしまう可能性もあったので、ケゲナニアに直接、通信魔法で連絡を取ることだった。

親書だけでは突っぱねられる可能性があったとしても、宰相からの直接連絡なら流石に答えざるを得ないからだ。



ケゲナニアの宮廷では異様な空気が広がっていた。

他国からの親書が届くのは、別に珍しい事ではない。

だが関所から親書の内容を予め報告されて、親書自体は現在進行中というのは異例だった。

余程の急ぎかと思ったが、その内容の意図が全く読めなかった。

「ドゴス、この意図はなんだ?我々が苦戦していると周辺国に広まっているのか?」

「いえ、そのようなことはない筈です。」

「であれば、何故救援をするという側がこれだけ急ぐ?」

「・・あまり考えられませんが、そのザナンとかいう勇者が国内にいてもらっては何かしら都合が悪いのでは?」

「・・厄介払いか・・その者はそういう人物なのか?」

「報告がつい先程なので、情報の精査は間に合ってませんが、一応キガン集落の魔王を討ち取ったということで国を挙げての宴が連日連夜されていたとのことです。」

「・・実績は一応あるなら、助太刀してくれるなら、戦力にはなるか・・が、国を挙げて盛大に祝っていたのに突然というのは、些か理解が及ばぬな・・(こちらも困ってる訳では無し、断ってしまうか・・?)」

キシェフト国王が決断をしようとした、その時だった。

「陛下!キンナル王国の宰相クーズ様より、通信が届いています!」

「宰相クーズから、直接か?」

「は!」

「・・ドゴス、要件を聞いてこい。流石に宰相からの通信を無碍には出来まい」

「畏まりました」

クーズの話によると、宴にて勇猛果敢な勇者ザナンが人類を脅かす魔王をこれからも討ち取り、世界平和に貢献したいと熱弁されたことで、心打たれた国王は現在戦争中である我が盟友ケゲナニアの力になってはどうかと話を振った所、是非にということで今回の話になったとのことだった。

これだけであればいくら宰相クーズの言葉でも胡散臭いと思っていたが、勇者ザナンがブネメス国王の落とし子だったこと、更に不審に思われるのであれば、ブネメス国王自身が通信魔法で経緯説明をしても良いと言ってきた。

「・・以上が、宰相クーズによる今回の経緯でございます」

「・・(にわ)かに信じられんが、ブネメスの名前まで出したんだ。嘘ではないんだろう・・しかしあのブネメスがそんな親ばかな奴だったか・・?」

「如何いたしますか?ブネメス国王からの通信を要求致しますか?」

「あぁ、それと、宮廷魔法使いを連れてこい。ブネメス国王が操られていないか、通信魔法中に調査しろ」

「ははー!」

キシェフト国王の指示に従い、万全の準備をして、数年ぶりになる国王同士の会談となったが、ケゲナニアの重鎮達は皆、あまりのブネメス国王の情けない姿に度肝を抜かれていた。

息子に対してデレデレの雰囲気が全面に出ており、事前に聞いていた報告通りの経緯をブネメス国王の口から聞くことになった。通信魔法を終えてから、調査の報告でもブネメス国王は正常で洗脳されているような形跡はなかったとのことだった。

「・・隣国の国王直々の「お願い」だ。救援という体だが、息子を活躍させたいから、そちらで場を用意してほしいという内容で問題あるまい。」

「その通りですな。」

「どこまで本心なのかはわからんが、迎えて損はあるまい・・なに、評判程使えんやつであれば、それはそれでキンナル王国の勇者はその程度と吹聴してやればよい。」



ザナンは王命を受け、ケゲナニアに向かっていた。

自分が宴の席で人類を脅かす魔王をこれからも討ち取り、世界平和に貢献したいと熱弁したということらしく、父王ブネメス国王がわざわざ隣国ケゲナニアの救援として活躍の場を設けたとのことだった。

正直、記憶にないのだが、この数週間の宴では度々酔いつぶれていたので、言ってしまったのかもしれなかった。

そして、今回はケゲナニアの王宮まで馬車で送迎されているので、有無を言わさない形だった。

『ったく、やっぱり勇者ってのは引っ張りだこなんだな』

王宮まで送ると、馬車はさっさと行ってしまい、自分はキシェフト国王との謁見として通された。

ザナンはキンナル王国と同じように、歓迎されると思っていた。

しかし、それはまるで業務連絡のような対応だった

「以上が、我が国の勇者カルナンが現在交戦中の地域だ。元々援軍を向かわせる予定であったが、貴殿が来ることとなった為、援軍を待たせている。この場で私に礼を尽くす必要はない。貴殿がキンナル王国の勇者として、我が軍に貢献してくれることを願っている。話は以上だ。早急に向かってくれ」

国王の締めの一言で、次の議題に移ろうとしており、衛兵に援軍に合流する為に案内、もとい、連行されそうになる

「・・え?これだけ?」

思わず漏れた声が、その場に水を打ったようにシンと静まり返る。

キシェフト国王は一瞥だけしたが、すぐに新たな議題について話を再開した。

憐れみを込めた瞳でドゴス宰相が優しく口を開く

「何を期待して来られたのかは、わかりませんが、貴殿と合流する為に、わざわざ援軍を待たせているのです。自軍への援軍が遅れれば、その場の我が軍は屈強と言えど、遅れるほど消耗が大きくなるのは当然でしょう?

救援の為のご来訪と伺っておりますので、戦場でこそ貴殿の存在を存分に輝かせられると陛下もお考えなのです。貴殿がキガン集落の魔王を打ち倒したように、戦果を上げて頂ければ我が国の(つわもの)達と並び賞賛されることでしょう」

既に勇者の実績を上げていたので、どこでももてはやされると思い込んでいたので、つい地が出てしまったが、『ケッ、言われなくても戦果なんて山ほど積み上げてやるぜ!』と切り替え、キンナル王国の謁見の時のように瞬時に同一人物には思えない、ザナン外交モードに切り替えた

「失礼致しました。貴国の差し迫った情勢も鑑みず。すぐに現地に駆け付け一網打尽にしてやましょう!」

ドゴス宰相は突然の変貌ぶりにギョッとしたが、キシェフト国王は最早全く見ていなかった。



ザナンはここでも想定外だった。

援軍に合流したら、馬を引かれながら行軍などをイメージしていたが、馬など与えられず、歩兵と一緒の列に入れられていた。

助っ人という雰囲気は微塵もなく、新米兵士が1人組み込まれたというような扱いで、班長からは「キビキビ進まんかー!」と散々怒鳴られていた。

やっとモンスターとの遭遇をした際には、今度こそ自分の活躍の場と思ったにも関わらず、軍としての連携など経験のないザナンは足を引っ張ってばかりだった

「っざけんなぁ!!俺はおめぇらみてえな雑魚と遊ぶために来たんじゃねー!!俺一人でこんなやつらへっちゃらに決まってんだろうが!」

「・・・それなら、あそこの戦闘を交代してこい」

「馬鹿にしてんのか!?ありゃあ、ゴブリンとパイムスじゃねーか!」

「軍の侵攻を妨害するものの排除だって、助っ人の仕事だろ。あとパイムスは毛を狩るから、殺さずに生け捕るんだぞ!」

パイムスは全身がピンク色で、羊のようにモコモコした尻尾と全身はまた触り心地の異なる毛で覆われている魔物で、愛くるしい見た目の為、魔物としてより、マスコット的な人気を誇る珍しい種だった。

また、羊のように毛が素材として価値が高く、衣類や寝具に重宝されるていた。

攻撃してくることは滅多になく、逃げる為に幻術魔法に特化していて、高位存在は記憶魔法で記憶を改竄したりする個体も稀にいるとされている貴重な魔物だった。

「モンスターなんて全部殺しちまえば・・」

「素材を道中で確保できるのは貴重なんだ!手伝いに来たなら言う事を聞け!」

「・・・チッ!わぁーったよ!」

少しでも自分を認めさせる為に、全力で向かったが、想像以上に手こずってしまった

ゴブリンだけなら簡単だったが、パイムスは生け捕りということだったので、後回しにしたのがまずかった。パイムスが逃げる為に幻術魔法を行使してきた為、ザナンはゴブリンの群れを幻視し、全く攻撃を当てられなかった。その隙にパイムスが逃げようとしたが、そこは兵士がキャッチしてくれた為、逃げられるずに済んだものの、ゴブリンに袋叩きにされて兵士に助けられる始末だった。

「・・班長、あいつ弱すぎませんか?あれ、連れてくんですか?確かに一振りの破壊力は大きそうでしたけど・・」

「・・我々の任務はカルナン様の部隊への援軍と、あれをそこに連れていくことだ。戦闘であいつのことは気にするな。言っても聞きそうにないから、さっきの様に叩かれ始めたら助けてやれ」

誰よりもザナン自身が自分の雑魚っぷりに驚いていた。

『こ、こんなわけあるか・・!この位俺一人でもやってきたじゃねーか・・!』

大人数の行軍だからか、単発的なモンスターとの戦闘はあるものの、モンスターもわざわざ襲ってこない様子だった。

しかしその少ない戦闘に参戦して自身の力をアピールしようとするも、2度目は参戦させてもらえたが、3戦目以降は止められてしまう有様だった。

「お前に根性があるのは認めてやる。それだけやられてまだやる気があるのは大したもんだ」

「ち、違う!俺の力はこんなんじゃ・・!」

「・・俺は別にお前に好きだの嫌いだのはない。だから客観的にみると、お前は流石勇者を名乗るだけあって戦士としての破壊力はある。打たれ強さも根性も伊達じゃない。が、お前一人ではその特性を活かせてない。今まではお前の仲間がその辺上手くお膳立てしてくれてたんじゃないか?他国の勇者様だし、込み入ったこと聞くわけにもいかないかと思ったが、お前さん、仲間はどうしたんだ?一人で魔王討伐したんじゃないんだろ?」

ザナンは走馬灯のように、これまでの「討伐組」としての戦闘が鮮明に脳裏を過ぎ去っていく。

『・・!ち、違う!あいつらはいつも俺の足手まといで・・!』

ザナンは未だに認められないでいた。それを認めてしまったら・・。

「・・・まぁ、魔王討伐なんざ、国家機密だろうしな。今の話は忘れてくれ。他国の人間に話せることじゃないことくらいわかってる。明日には勇者カルナン様の駐屯地に着く予定だ。戦闘には参加しなくていいから、しっかり付いてこい。いいな。」

ザナンは自身のこの惨めな状態に耐え切れず、ワナワナ震えていた。



「カルナン様!援軍が見えました!」

「おぉ!流石、予定通りだ!タネゾ班長が仕切ってくれる軍は足並みが揃うと言うが、評判通りだね!軍もさっさと昇進させてあげればいいのになぁ」

タネゾは真面目が取り柄な人間で、新兵の頃から何度か接点があったので、カルナンは個人的に親近感を持っていた。班長になったと聞いてから会うのは、今日が初めてだったが、ちゃんと活躍しているのを実際に見れると嬉しくなっていた。

「タネゾ小隊百名、只今到着しました!」

「ありがとう、残りの小隊は予定通りかな?」

「は!我が隊はキンナル王国勇者ザナン殿をカルナン様と合流させる為、待機後に出発した為、先行した隊の状況はわかりかねます!」

「そっか・・で、そのキンナル王国の勇者様は?」

「俺がザナンだ!」

ザナンの目は血走っている

『こいつ本当に根性だけはすごいな・・昨日のあの様子じゃ随分打ちのめされていたように見えたんだが・・まぁ折れるギリギリにも見えるが・・』

タネゾは未だに粋がるザナンに思わず瞠目してしまっていた。

「君がキンナル王国の勇者ザナンくんか。魔王討伐なんて偉業を遂げた偉大な勇者が助っ人に来てくれるなんて心強いよ」

「ったりめぇだ!俺が手早く片付けてやるから、足引っ張んじゃねーぞ!」

『うっわぁー、これ素で言ってんのかい?キンナル王国の勇者ってのは癖が強いなぁ』

「そういえば、「討伐組」ってパーティーなんだろ?仲間はどこなんだい?」

「戦死した奴もいれば、心が折れちまった奴ばかりさ!安心しろ!俺が来りゃあ、敵なしだ!」

「・・それは、話し辛いことを聞いてしまったね。申し訳ない。」

「フン、俺一人いればどうにでもなるっつってんだろ」

『強がってると言うより、本心から仲間を足手まといと思っているのか・・?こんな奴もいるのか・・正直俺には理解できないタイプの人種だな・・』


「カルナン様!魔王ウジャドが突然現れました!」

ザナンは飛び込んできた兵士の言葉を聞いた途端、まるで入れ替わるように飛び出していった

「何!?被害は!?カセナとラッスルは!?・・って、え!?ザナン殿!?」

『魔王が出たってんなら、そいつのいる所が騒ぎの元に違いねー!』

ザナンはケゲナニアの軍隊としての戦いに巻き込まれるのに辟易していた。

『あれじゃあ、俺の戦い方ができねー!俺は俺のやり方でこそ本領を発揮できるんだ!!』

これまでの不甲斐ない自分は、足を引っ張る邪魔者が居たからで、断じて自分の能力不足ではないとザナンは自らを鼓舞して、戦場を駆けた。

『いた!オウズ程じゃないが随分デカいじゃねーか!こんな奴に奇襲されるたぁ、どんだけザルな警戒してんだ!・・!?』

ウジャドはカメレオンのような見た目で目はギョロギョロ動き、2mを超える猫背の姿をしていた。皮膚は最初に目に入った時は黄緑と深緑だったが、まるで玉虫色のように体の色が見る見る変わっている

ザナンは速攻で片付けようと思っていたが、突如ウジャドが消えた。

『・・な!?どこ行きやがった・・!』

ザナンが探そうと行動を起こす前に異変は次々と起こった。

何もない所で兵士がまるで獣に襲われているかの様にに叩き潰され、吹き飛ばされていっている。

しかも一か所で起こるのではなく、それが他にも複数いるかのように、別々の場所で起こっていた

ザナンは全くの未知の敵になす術がなかった。



「あれがカルナンの話してたキンナル王国の勇者って奴―?勢いよく出て行ったっていうから、どれだけのものかと思ってたけど、とんだ期待外れね」

頭に二つの団子のように髪をまとめた元気ハツラツという雰囲気の女性が観察している。

「彼が何ができるのかはまだ聞けてないんだ。挨拶してる最中に強襲の急報が来て、即座に出て行っちゃったもんだから。」

「危険に飛び込むという資質は一応あるようですね。ですがカセナさんの言う通り、今の所何も出来なさそうにみえますな・・カルナン、あのまま放置ではあそこの兵士が無駄に減ってしまいますぞ。ザナン殿の力量を測るのは大事ですが、死傷者を出してまで必要ですか?」

「ラッセルの言う通りだ。よし、カセナは気功術でウジャドの気配を伝心術で教えてくれ!ウジャドはいつも通り後衛から補助魔法と攻撃魔法でサポートを!自分の周囲への警戒も忘れるなよ!」

「お任せ・・カルナン殿!彼が何かする気ですぞ!!」

「ウソ・・!あいつ本気でする気か!?!?」

カセナとラッセルはザナンのしようとすることを魔力感知でいち早く察知したが、本気でそれをしようとしているのか(にわ)かに信じられなかった・・が、この直後悪夢が起きた



ザナンは自身の本領を発揮できないことに、苛立ちを隠せずにいた。

「・・だぁ!めっっんどくせぇーーー!!!」

そして、臨界点を簡単に突破すると、頭の中で鮮明なイメージが浮かぶ

『そうだ、どれに本体がいるのかわかんねーなら、全部ぶっ飛ばしちまえばいいじゃねーか!』

空を飛んでいるわけでもないのに、ザナンの頭の中には空から見下ろす戦場が浮かぶ。そこに以前と同じように地雷を気を集中して一瞬で設置する。

当然、ウジャドの襲撃を受け、混沌としている戦場では人が入り乱れており、地雷は簡単に踏み抜かれ、一つが爆発すれば一瞬で周囲の地雷も誘発させる。

一瞬で駐屯地に光の柱が立ち上る。

呻き声をあげる兵士が多数いる。

駐屯地の真ん中が戦場だったことも理由ではあるが、戦場にいた兵士でまともに動ける者は誰一人いなかった。

その中に異形の者が1体、満身創痍ではあるものの、辛うじて倒れずに立っている。

「ッの野郎、手間取らせやがって」

ザナンは今度こそ自分の実力を示せると嬉々として剣を構える

が、次の瞬間ザナンは猛スピードで宙を回転していた。

『・・は?』

ザナンは何が起きたかわからなかった。

「まさか、勇者の皮をかぶった悪魔が紛れ込んでいたとは・・!」

「ラッセル!不用意に近付くな!お前が頑丈でも、さっきの魔法をされたらマズい!」

「だからこそですよ!私が直接羽交い絞めにすることで、我が封印の特性を強力にできるんです!」

ラッセルは相手の特性を封じる特性を持つ珍しい人間だった。この特性は彼の体質に近いものだった為、魔力で行使するよりも、直接自身で掴んだ方が効果を高められた。

「それに、どうやらカセナさんの最初の蹴り上げで既に落ちていたようですよ」

「そうかい、じゃあ、そいつはアンタにとりあえず任せるよ・・カルナン!みんなはどう!?アタシも手を貸すかい!?」

「ああ、悪いが頼む!回復阻害の呪いが掛かってるから、俺の回復の加護でも足りない・・!」

「呪いって・・あいつ、本当に勇者なの!?・・・()()()()()()・・()()()()()()()()

カセナは気功使いで回復とは違うが、状態を元に戻す術を修得していた。回復の加護を持つ勇者カルナンと回復と似たことが出来るカセナ、そして二人の力を底上げするサポート役のラッセルの組み合わせのおかげで、これまでケゲナニアは大きな損失を出さずに済んできた。ウジャドが神出鬼没の為、中々致命打を与えられずにいたが、それでも大敗をするような戦いはしていなかったのだ。



「カルナン様!ウジャドですが、ザナン殿を捕縛した際に、逃走しており、こちらもこの有様だった為、追跡はできておりません・・」

「いや、報告ありがとう。追跡については致し方ない。むこうも相当な手負いの筈だ。暫くは襲撃はない筈だ」

「・・ざけんな・・!俺が追い詰めてやったってのに、何してやがる・・!」

「こいつ・・!カルナン!こいつを戦死したってことにできないのかい!?」

「・・カセナ、気持ちはわかるが僕はこれでも勇者だ。認め難いが、彼は人間側で、しかもキンナル王国の使者として来ているわけだから、彼の処遇については、キシェフト国王達に任せよう。僕らは勇者であって、外交官じゃないからね」

「こいつを殺したって皆口裏合わせてくれるよ!」

「カセナ!・・勇者ってのは国の最高戦力に与えられる称号だってのは僕だってもう理解している・・だけど、僕が子供の頃に憧れた勇者の姿は捨てたくないんだ・・!綺麗事と言われてもそう在ろうとした結果が今の僕を作っているんだ・・!」

「・・カセナさん、こういう青臭い所を本気で貫こうとする勇者に出会えてよかったと言ってたじゃありませんか。カセナさんの理想通りの姿を貫いてくれてるんですから、我々はそれを貫けるようにお手伝いしてあげればいいじゃないですか」

「ラッスル!お前は一言多いんだよっ!!カルナン、お前も大人になったんだから、こういう時くらい腹黒くなった勇者でいいんだ!・・ったく・・!」

「おめぇら、何わけわかんねーこと言ってんだ?魔王を討伐すれば、それで終わりだろうが・・!そんな下らねー仲間ごっこなんかしてっから、いつまでも討伐できねーんだろうが・・」

三人は心底驚いていた。ザナンのこの一環した魔王討伐の執念が異常であるが故に。

「・・君は本気で言ってるのか?さっきのあの大爆発でどれだけの仲間が戦死したと・・」

「どのみちあのまま放っとけば、相応にやられてただろうが。遠足に来たんじゃねえ。命張ってんじゃねーのか!?」

「・・そういう作戦をするにしても、事前に打ち合わせることが大事だ」

「俺はお前らの国の兵隊じゃねー。俺が助っ人として働くってのはああいう戦い方だってことだ」

「・・であるなら、君の助太刀は全力でお断りさせて頂く。正直、この駐屯地にいる人間で君の方こそ本当は魔王だったのではと思っている者も多い。」

「それなら、俺の敵は全部ぶっ殺さなきゃなぁ・・!」

「無駄ですぞ。貴殿が気絶している間に、カセナさんと私の特製「破邪断絶の実」を飲み込ませましたので。」

「はぁ??」

カセナはラッスルにそれ以上話すなと睨みつけて合図を送る。

この「破邪断絶の実」はカセナの気功術による、状態の反転、つまり時を戻す作用を実に込めた物で、力を最初の状態「無」に戻す効果がある。しかし、ザナンのように強い勇者魔法の場合は、その効果を発揮するのに時間が掛かる為、「無」の状態に戻るまで特性を封じるのにラッスルが自身の特性をのせた魔力を込めていた。

カセナがラッスルに黙らせたのは、自分達の手の内をわざわざ知らせる必要はないという理由だった。

ラッスルとしては現実を突きつけることで、これからについて絶望させてやりたかったという意図も察してはいたが、それでも自分達の手札を教えてやるのは、カセナは危機管理という側面からも反対だった。

「おい!こいつをサッサとアタシたちの見えない所に連れてきな!あと、こいつの門番に立つ奴はこいつの前で一切口を聞かないように徹底しな!いいかい?こいつと「話すな」じゃない!こいつの「前で」話すな、だ!どんな情報もこいつには伝えるな!わかったね!」

ザナンは引きずられてやっとテントは静かになった。

「ウジャドは深手を負っただろうが、ここの駐屯地は一旦撤収した方がいいと思うがどう思う?」

「ラッスル!あんたが一応軍の方の責任者だろ!」

「カルナンさんの仰る通り、ザナンの勇者魔法の効果がどれだけのものか、正直判別がつきません。なので、カルナン殿の言う通り、軍隊は一旦撤収させるのが良いかと。ついでに勿論ザナンにも帰ってもらいましょう。」

「・・「軍隊は」ってことは、何か他にあるのかい?」

「カセナさん、わかってて聞き返すのはどうかと思いますよ?お察しの通り、我々3人はウジャドを討伐しに追撃に出ましょう。カセナさんが面白くないのは、私だって同じ気持ちなのでわかってますが、ザナンのあの凶悪な勇者魔法は我々にも甚大な被害を出しましたが、ウジャドにも致命傷を負わせています。私達の心情とは別に、討伐の好機なのも間違いないと思っているというのが私の答えです」

「そうだね、確かに一言一句ラッスルの言う通りだ。僕らの心情はとは裏腹に、認め難いが、ザナンのあの魔法は結果的に僕らにとって有利な状況になったのは事実だ・・認めたくないがね」

「ケッ!あんなのなんだって、キシェフト王は寄こしたのかね!?」

「・・恐らく・・というか政治的な理由しかないでしょう。我々が苦戦しているなどという情報はなかったのですから」


パン


カルナンは話をまとめる為に、手を軽く叩き二人の意識を自分に向ける

「ザナンのことはとりあえず、もう僕らは考えなくていい。とにかく意識を切り替えてウジャドの討伐に全力を注ぐことに集中しよう。手負いとは言え、気を抜いて勝てる相手じゃない。」

「わかってるよさ。」

「そうですね、私達に出来る最良は尽くしましたし、ここからは意識を切り替えないといけませんね」

三人は自分の顔をパンパンと軽く叩くと意図的に意識を切り替えた。



ザナンは魔物を捕えた時の為に用意されていた、魔封じの牢に厳重に拘束されていた。ラッスル特性の魔封じの縄で念入りに拘束された上で、魔封じの牢に入れられていた。

またこれはカセナが独断でしたことだが、ザナンの耳障りな声が発せられないように声絶という気功術で声も出せないようにされていた。

ここまで来ると意識がある方が苦痛というものだった。

王命での自身の任務を守っただけなので、後ろめたい思いはないが、連れてきた時も連れて帰る時も、こんな姿を見せられるとタネゾは憐憫の情が湧いてきていた。

ザナンのしたことは、凡そ勇者の所業とは思えないものだった。

それに対する憤りも勿論あったが・・どこか可哀そうな奴に思いつつも、ザナンの前で口を開いてはいけないという厳命もあった為、タネゾは口を真一文字にして前を向くと隊に号令をかけた

「全体進め!!」



キシェフトはドゴスからの報せに顔を(しか)めていた。

「・・それは、真か・・?それを勇者という肩書を持つ者が本当にしたのか?」

「報告では間違いございません・・・只今、新たな情報が入り、大規模な勇者魔法での自爆行為で、多くの負傷者がでたとのことですが、勇者カルナン殿とカセナ様のご尽力で、死傷者は最小限に食い止めたとのことです。勇者ザナンにつきましては、即刻捕縛し、カセナ様とラッスル司令官特製の「破邪断絶の実」を服用させたとのことです。また軍隊としては勇者ザナンの魔法の効果の影響が判断できない為、捕縛したザナンの移送を兼ねて退却させるとのことで、現在こちらに向かっているとのことです。また勇者ザナンの魔法により、魔王ウジャドにも致命傷を負わせたらしく、カルナン様ご一行はこの好奇を活かし討伐の為、追撃にでるとのことです。以上でございます」

「・・ドゴス。ザナンの処遇どうすべきと思うか?」

「兵達から事実をありのままに噂を流すようにしてはどうでしょうか。今ウジャドと争っている中で、キンナル王国とわざわざ開戦する理由はありません。兵達の消耗した分の補填は一応請求しておきましょう。こちら側の体裁もありますから。」

「では「破邪断絶の実」についての説明はどうする?」

「ありのまま、事実を伝えるのでよろしいかと。何の打ち合わせもなく、味方の軍を盛大に巻き込んでのほぼ自爆攻撃をされたので、無力化せざるを得なかったと。一応ウジャドに致命傷を負わせたという事実があったので、死罪にはしなかったと。」

「うむ、では委細任せた。」



ブネメスは頭を抱えていた。

ケゲナニアから届いた情報が想定外だったからだ。

宰相クーズはこの場にはいない。

ブネメスが王命で、ルージュの捜索の為、ギルドに直接情報を引き出すように指示を出していたからだ。

「・・クソッ・・!」

恩を売るどころか、これでは悪名がつく上に、王家の信頼も揺らいでしまう。

焦り、悪態をついている姿の王に、以前の王が持ち合わせていた王気はなかった。

ただの余裕のないおっさんにまで、今やその雰囲気は下がっていた。

臣下達も、ケゲナニアからのザナンの情報開示を事前にしてこなかったことへの追及や、ザナンによる実害の請求など、対応に追われ、皆憔悴しきっている。

最近では景気の悪化は、頭がお花畑の貴族達にまで、認識されるまでに至っていた。

「・・こんなはずでは・・」

ブネメスは誰にともなく言葉が漏れ、天を仰ぐ王の目は憔悴しきっていた。



クーズは王都のギルド長フンゴにルージュの居所についての情報開示を迫ったが、フンゴは断ってきた。

これは率直に想定外であった。

『・・今まで、ギルドとはうまく付き合ってきた筈だ。一冒険者の情報開示など問題になるはずがない・・であれば、断ったのではなく、断らずを得なかった・・?・・もしやこれもルージュという魔法使いの仕業なのか・・?』

確証がないので決定打はなかったが、ルージュなら出来そうと思ってしまうと、途端にそれが真実の様にしか見えなくなる。

末恐ろしく思いながら、手段を変えるしかないので、情報開示ではなく、捜索依頼を直接出そうとしたが、なんとこれまで断られた。

「・・!フンゴ殿!依頼まで断るとは一体どういうことだ!」

「クーズ殿、べリス草のこともありましたし、それはそれとして・・」

「今はこちらの話が最優先だ!」

話題をすり替えようとするフンゴにクーズが迫る。

『べリス草の件を匂わせたが、見た感じそれが主な要因ではなさそうだ』

が、フンゴが手で制止すると静かに言葉を続ける。

「いえ、たった今ケゲナニアのギルドから入った情報ですが、ザナン殿の件、かなりの大事になっているようですぞ?」

「何!?」

クーズの想定では戦死してしまえば、ケゲナニアの為に命を懸けた勇者として恩を売れるし、足手まといであれば、ザナンの報告が虚言であったと王国の見解をひっくり返すキッカケにしようと考えていた。

そうすれば、本来の報告通りの顛末を真実とし、改めて功労を行い、そこでルージュとの関係性を見直すという計画だった。

『まさか・・チソエやルージュの報告が全て真実だったのか・・いや、今更疑うまでもない・・ザナンの奴救援に向かった先で、何の打ち合わせもなく陣営を爆破だと・・!?ここまで狂った奴だったとは・・』

「・・この件は後日改めて伺わせて頂く!」

クーズは踵を返すと、足早にその場を去って行った。

フンゴはクーズの背中を見送りながら、思う。

『あんな余裕のないクーズは初めてだな・・気のせいか覇気も感じられん・・出会った頃から覇気をずっと持ち続けていた逸材の一人だったが・・』

クーズとは、フンゴが王都の統括ギルド長という職に就いてからの付き合いだが、お互い合理的な性格だからか妙に気が合った仲だった。

先達は国との付き合いに賄賂などで関係性を築いていたようだが、クーズが宰相の地位についてからは、それらが通用しなくなったことから、フンゴが抜擢された経緯があった。

フンゴは当時、先達のギルド長に比べれば経験が浅かったこともあり、丁寧な仕事を意識することが精一杯だった。

が、これがクーズには相性が良かった。

そのおかげでこれまで、双方に後ろめたいものは無く、関係は非常に良好だった。

『悪いな、クーズ。お前に思う所は当然ないが、契約魔法を掛けられた経緯もあるが、ルージュの反感を買っている今の王国に協力するわけにはいかん。そうでなくてもリャンの奴のせいで、敵意を持たれているのにこれ以上ルージュとの関係性を悪化させるわけにはいかんからな・・』

フンゴは、長年の友と言っても差し支えない位には、関係が良好だった者と、こんな形になってしまったことに虚しさを感じながら、ただただそこに立ち尽くすしかできなかった。



ザナンを連行してきた、ケゲナニアの軍はブネメス王にとって、まるで悪魔の進軍のように感じた。

こちらに非がある内容の為、ある程度道中の労いもしなければならなかったのだが、滞在した兵士達が王都でザナンの勇者とは思えない蛮行を流布して回ったのだ。

つい最近までザナンの魔王討伐の冒険譚で沸き立っていたにも関わらず、あまりに多くの(というか兵士全員)証言が出て、最初は信じていなかった平民・貴族までが自分達の聞いていた勇者の栄光を疑わざるを得なくなってしまっていた。

ザナンの処遇については、一応それなりの部屋に軟禁状態にしていた。

ケゲナニアの報告で、「勇者どころかまるで悪魔の所業であった」との報告から、武器は取り上げている。

また不思議な事に、ザナンには以前までの魔力などが一切感じられなかった。また声も出せないようで、聞き取りが難航している。

辛うじて読み書きがある程度出来たのが幸いして、何とか時間は掛かっているものの聴取が進行している状態だった。

だがザナンの主訴はケゲナニアの報告と真っ向から相反していた。

当然、ザナンを庇うことなど出来るわけがなかった。

ブネメスはザナンを宴で祝していた時には、このまま国に貢献を続けてくれるなら、落とし子とは言え、それなりに取り立てても良いかと思っていた。

一瞬後継という言葉が頭の隅に浮かびもした。

が、ここまでの事態はそれまでの成果(といっても王自身、捻じ曲げ都合よく作った成果ではあったが)を全て帳消しにしても足りない。

「クーズ、あの疫病神を何とかしろ。それとルージュ、ルージュはどうしたんだ?」

「ザナンについては、処刑は今となっては簡単ですが、処刑しても今の事態は収まりません。それとルージュについては・・現状、まだ進展がありません。足取りすらつかめておりません。」

「ギルドにお前が直接出向いたのだろ?何もなかったという事はあるまい」

「それが、ギルドは今回のこちらの件を断ってきたのです」

「何?それは何故だ?」

「わかりません。手段を変えて捜索依頼という体を取ろうともしましたが、それすら断られました」

「・・まさか、以前べリス草の仕入れをギルドを通さずに直接取引を締結したことが原因か?」

「やんわりとそれについても仄めかされましたが、雰囲気的にそれが主な理由ではなさそうでした」

「では何故だ!」

「・・これも憶測ですが、やはりルージュと何かしら関係があるのではないかと・・」

「またルージュか!あいつが何だと言うのだ!?」

「つまりギルドとしても、ルージュに反感は持たれたくない。現状ルージュから敵意を向けられている我々はギルドからすれば泥船と同じということでしょう。それにギルド側もチソエの証言によれば、ルージュとの関係構築を初手から誤っていたようです。要するにこれ以上ルージュとの関係性を(こじ)らせたくないというのが本音かと」

クーズの言葉に、ブネメスは天を仰ぐ。

離れた所からヒソヒソと自分の能力を疑う声が聞こえてくる。

最近、自身の発言が臣下達に響く様子が無く、臣下達は懐疑の目でこちらをみることが多くなっていた。

「・・これは・・参ったな・・お手上げだ・・」

励ましの言葉を掛けた方がいいのは、わかるが、クーズには王に掛ける言葉が見つからなかった



とある一室で、ブネメス王・宰相クーズ・ザナンの一部始終を魔法で見ていた人間がいた。

「豊穣の祝福」を呪いに変えたが、具体的に自分が手を下すわけではなく、本人達に都合が良くなる運気を失くし、強みである才覚や王気を代表する覇気を失わせ、悪い点が目立つようにするだけの呪いだったが、想像以上に転がり続けている。

彼はその光景を満足気に眺めながら呟く。

「世の中因果応報。悪意を向けるなら、自分がやられる覚悟も持たなきゃね」

酒の味を嗜みながら、あの時のニマっと笑いかけてくれる顔を思い出す。

「・・君の冒険を僕は忘れない。」

小さく、但し自分の心の中ではハッキリとそう誓うのだった。


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