幕間-兆し-
Other 1-1
ルージュの話通りなら、アーメック卿って方がもうそろそろ来るのよね。一応お父さんにも話してあるし、引越とかなっても大丈夫なように、最低限の準備はみんなしてくれてるし・・大丈夫よね。悪い事なんて、きっと起きないよね
「サラ、落ち着かないのかい?」
トムソンは娘の普段見せない不安気な様子に、父として声を掛ける
「お父さん・・ちょっとね。友達の事も、「そうなんだぁ」くらいにしか思ってなかったけど、監視がついてたり、ルージュへの交渉の材料にされて、避難しなくちゃいけないとか、なんか目覚めてずっと楽しかったから、急にこんな風に周囲が変わるなんてちょっと驚いちゃって・・しかも私にも国の偉い方が目を付けてるって思ったら・・」
「まぁ、ルージュくんの規模を考えたら、この位の事は今後もありそうに父さんは思うな。確かにサラの言うように、突然状況が一変するというのに出くわして改めて実感しているというのはそうなんだが、彼自身がどうかより、彼の存在は周囲が放っておけないはずだ。父さんはあんまりわからんが、トンビルさんの話でも、結構優秀な冒険者なんだろう?それに魔法についての応用も素晴らしいし、何より、あの純度の高いマレット草の作成技術に空間魔法とその方面は素人な父さんでさえ、すごい能力だというのはわかる。彼と親交が深い訳じゃまだないが、父さんは商人でやってきたからな。人を見る目は多少はあるつもりだ。父さんから見てルージュくんは善人だと思うよ。だが周囲に翻弄されてしまわないかが、気がかりだな。今回のも彼が望んだわけじゃなかったし。ただルージュくん自身はきっと今回のようにサラみたく心を許した仲間には最大限協力してくれるはずだ。それにアーメック卿というのも悪くない。ルージュくんがどういう経緯でアーメック卿と知り合ったのかはわからないが、王都を出入りしていれば聞こえてくる噂話の中では、アーメック卿の評判は頗る良いものばかりだ。悪いようにはされないと父さんは思うよ」
「・・ありがとう、お父さん」
「旦那様、お話し中失礼します。例の御方がサザーラン様のお話通り、いらっしゃいました。すぐにお通ししても?」
長年、カルーシャ家を支えてくれている使用人のゼビィが、トムソンとサラに声を掛ける。
サラはゼビィにも「サラと呼んでほしい」と伝えているが、お堅いゼビィは中々そうしてはくれない。
とは言っても、彼女に悪意があるのではなく、そういうタイプの人間なのも、付き合いが長いことから知っているので、少し残念だがいつか他の心許している人達と同じように「サラ」と呼んでくれることを願っていた。
「来たか・・よし、すぐに通してくれ」
「ハンス、プンス町の件は準備できているんだよな?」
「えぇ、アーメック様の指示通りに、手配済みです。」
「よし、これから訪問して経緯を伝えた上で、サザーラン殿には引っ越してもらうが、彼女が望むところは全て私の名を使っていいから、答えるように。彼女の作るべリス草の品質を維持、品質の向上の可能性があるならこれは我が国にとっての一大事業と言える。」
「ええ、そのつもりで臨ませて頂きます」
「・・そのー、ハンス。お前さえ嫌でなければ、公務中は仕方ないとして、それ以外の時間はもう少し昔のように接してくれないか?」
「・・頭に入れておきます。ただ今は公務中ですので。」
ハンスは少し一瞬驚いた様子を見せたものの、すぐに普段通りの顔に戻る。
「ああ!そうだな、それでいい。」
アーメックは『本当は自分の方が歩み寄れていなかっただけだったのでは・・』と今更ながらに思っていた。ルージュくんのおかげで、自分から一歩を踏み出せたことは違いない。彼自身は思う所はないかもしれないが、私はこの恩を忘れずにいようとアーメックは空を見上げながら、心に誓った。
「隊長!コロ町が見えました!」
「・・・ゼビィ、本当にこの方が、例の御方なのか?」
「本人はともかく、お連れ様の副長を名乗られる方がそのように仰せですので。貴族を偽るのは重罪な上に、今このタイミングで来られることは、間違いないかと」
『そうなんだが・・そうなんだがなぁ・・』
トムソンはそれなりに緊張して待ち構えていたのだが、ゼビィが連れてきた二人の内、アーメック卿として紹介された人物が、何故かフルフェイスの兜をかぶってやってきたのだ。
別に軍人である以上、兜をかぶっていることは不思議じゃないのだが、戦時中というわけでもなく、客人への訪問の時まで兜をかぶっているのはおかしなことだった。しかも副長は兜の装着をしてないのだから、尚更謎だった。
『アーメック卿は気位の高い貴族という噂はない所か、平民にも同じ目線で接するとまで聞いたことがある。他の貴族上がりの軍人なら我々平民に顔を見せること自体ありえないと考える連中もいるのはわかるんだが、アーメック卿に限ってはそういう人物じゃない筈だ。教養もしっかりあると聞いていたが・・じゃあ何で、兜を外さないんだ・・?』
一瞬だけ迷ったものの、気にせずに話を進めようとトムソンが口を開きかけると、アーメック卿が手でトムソンを制し、周囲を一度見回すと
「大変失礼した。私はアール・クナーシャ・アーメックと申します。突然の訪問の上、顔を見せずにここまで来た無礼をどうか許してほしい。」
そう言いながら兜を外し、隣のハンスに預けると、噂通りの、実際に見た感想としてはそれ以上の容姿端麗な素顔が露わになった。カルーシャ家の人間の前ですら、滅多に感情を感じさせないゼビィでさえ、小さく息を吞んだのが、トムソンの後ろから聞こえる程、美しかった。噂通り性別を疑ってしまう程の美貌だった。
「ルージュくんが先に話を通してくれているとは思うんだが、実はルージュくんと会う前に、一度コロ町には来ていたんだが、この顔のせいで、すぐに噂になってしまいそうになってね。それでプンス町を先に捜索しようと思っていた所、ルージュくんと知り合えたんだ。そういう経緯で、町の者には、私に気が付かないでもらいたくて、失礼であることは承知で、顔を隠させてもらった。」
「い、いえ。確かに、最近そんな噂がありましたな。実際にアーメック卿のその容姿を拝見すると、あの噂も理解できましたし、ここまで隠されてきたのも頷けます・・しかし、そういう理由であれば、兜を付けて頂いたままでも、一向に構いませんが・・外してしまわれてよろしいので?」
「用心してトムソン殿の前まで兜を外さずに来ましたが、周囲に私の存在を吹聴するような輩はいなさそうですし、何より、このままでは失礼ですから。それに我が国にとって重要に今後なるであろうサザーラン殿の心象も良くしておきたいという下心と、ルージュくんのご友人とのことなので、サザーラン殿には少しでも心象を良くしておきたいのでね」
ニコッと爽やかな笑顔で握手を求めて手を差し伸べられ、トムソンは気が付いたら握手をしてしまっていた。
「・・ハッ!こ、こちらこそ、これからご贔屓に・・」
・・サラは年頃の子だから、こんな男でも惚れてしまいそうな美形を相手にして大丈夫だろうか・・ルージュくんが安全と踏んで、事前に教えてくれていたんだし、どうにかなるか・・
トムソンはこちらに不都合な契約を持ちかけられても、応じてしまいそうになるような、まるで魅惑の魔法でも掛けられているような心持ちになって不安に思いつつも、サラを連れてくるように、ゼビィに目配せをする
「お話は娘がルージュくんから説明されたというのを伺ってはいたんですが、いつお越しになられるのか、また本当にルージュくんが話していたというアーメック卿なのか確証がなかったものですから・・」
「いえ、そのくらい用心してくれた方が、今後も良いかと思います。」
・・やはり、今回の件はサラが一番の目的だな・・はぁ、少しは娘に父親らしく交渉の手綱を握っておいてやりたがったんだが・・私じゃ役に立てそうにない・・か
コンコン
軽く控えめなノックの後、サラがそっと扉を開け入ってきた
・・・うわぁ、綺麗な人・・御伽話の王子様ってこんな感じなのかな・・あ、いけないけない!ちゃんとしなきゃ!
「はじめまして。私はトムソン・カルーシャの娘、サザーランと申します。」
サラは貴族との接し方などわからないので、取り敢えず立花 華那子の頃の記憶を頼りに、その場で深々と頭を下げる。
「・・成程。ルージュくんとご友人というのは間違いないようですね」
「え?」
「あー、いえ。こちらのことです。それで、ルージュくんから話を聞いているかと思いますので、本題に入りましょう。まず、私はキンナル王国の使者として今回訪問しています。要件はサザーラン殿の作成されるべリス草を今後ギルドを通さず、直接キンナル王国と取引して頂きたいというのが表向きの使者としての役目となります。
もう一つはルージュくんから、サザーラン殿を始めとするカルーシャ家を匿ってほしいと頼まれている件です。彼には個人的に恩義があるので、全力で応えさせて頂きたいと思っています。
あと聞かされているかわかりませんが、今回ルージュくんを討伐組に強引な手段を持ってまで、入れさせようとしたのはコロ町のギルド長であるリャンです。彼が、サザーランさんや〇〇〇さんの件を脅しの材料として発案したのです。勿論表向きの役割であるギルドを通さずに、今後国と直接取引してほしいというのもあるんですが、リャンの縄張りであるコロ町に滞在されたままですと、匿う事が難しいと考えてます。
その為、プンス町に引っ越しをお願いしたいと考えています。プンス町での物件については、既に押さえてありますし、お荷物についてもわが軍ですぐに・・」
「ちょ、ちょ、そんな急にですか!?」
「切羽詰まっているというより、リャンを警戒してです」
慌てるトムソンにアーメックの代わりに、ハンスが答える
「そうは言っても、プンス町にだってギルドはあるでしょう。」
「仰る通りですが、リャンと違ってプンス町のカルキスギルド長は規律を重んじるタイプで悪巧みをするようなタイプじゃありません。それに私に少し借りがあるので、ある程度口裏を合わせてくれる筈なので、リャンの縄張りにいるより、何倍もマシなはずです。」
「・・・お父さん、色々心配してくれてありがとう。あと迷惑かけてごめんね。私は大丈夫。ルージュのことは信じてるから、アーメック卿が言ってることも私は信じるわ。」
「父さんも昔は行商もしてたから、引っ越すこと自体はそんなに問題じゃないんだが・・」
「・・大丈夫、お父さん。私はちゃんと自分の意志で決断してるから」
トムソンは自分が、アーメックのまるで魅惑の魔法を掛けられたような状態になった先程のように、まともに娘が考えられていないのではと心配になっていたが、サラの目はまるでルージュの目のように固い意志が宿っているように見えた。
『・・サラはあの容姿に惑わされてないのか?もしや神聖力が高いことが何か働いているのか・・?』
「そうか、それなら大丈夫だな」
アーメックは二人のやり取りを見ながら、「ルージュ」の存在感を視て取っていた。
「ルージュくんについては、その内お互いゆっくり話しましょう・・さて、カルーシャ家の皆さんは私達とこのままプンス町に行きましょう。大きな荷物はこの後部下達に全て移動させますので、ご安心を。」
ルージュから予め話をされていたことから、双方共に、迅速に引っ越しを滞りなく済ませてしまい、リャンがカルーシャ家のことを知るのは随分後のこととなる。
プンス町に引っ越して、早一年が過ぎ、サラはここの生活にも慣れて来ていた。
アーメックの手配で、べリス草に必要な施設や道具などの費用は全面的に協力してくれていた。
更にサラがまだ若いからという名目で、父トムソンが商会長として事務的なことは全部してくれていた。サラとしても身内程安心できる人材はいないので、トムソンに頼ることにした。
自分はというと、べリス草を始めとする様々な薬草などの神聖力による強化に尽力し、自身の神聖力の制御についての向上を目指していた。
ギルド長であるカルキスとも、この町に来た時にアーメックを介して紹介され、この時にルージュとの出会いについて共有をした。その為、アーメックがカルキスに信頼を寄せている理由も納得できた。
今では王国から、プンス町南にあるジャヤ森林での薬草探索の依頼を長期クエストとして出され、定期的にアーメックの部隊が訪れ、同行役としてサラが参加し、現地の調査や神聖力の特訓などに取り組んでいた。
またサラが直接冒険者になると、ギルドとして疑いやすくなるという、カルキスの指摘から、使用人のゼビィを冒険者にすることで、表向きはゼビィが冒険者として依頼を受けていることになっている。
しかも、ゼビィについても、アーメック専属の使用人だったという経歴も作り上げていた。副長のハンスに口裏を合わせてもらう事で、証人まで用意していた。有能なゼビィはそれらの経歴を全て頭に入れて、完璧にこなしてくれている。
そんなある日、ゼビィがノックして入室の許可を待っている
「ゼビィ、私の許可何て良いって、いつも言ってるじゃない」
サラはゼビィに入るように促しながら、「もぅ!」と頬をプゥとかわいらしく膨らませている。
「そういうわけにはいきません。私は使用人でしかないのですから」
「ゼビィのは使用人っていうより、奴隷とかそんな感じみたいで私、嫌なのよ。ゼビィとはもっと仲良くありたいわ!」
「フフ、その言葉だけでも私は十分ですよ。それで、本題ですが今日カルキスギルド長から、通信魔法で明日サザーラン殿と二人でギルドに来るようにと伝えられました」
「え?カルキスさんから?アーメックさんも来るの?この間みんなで話したばっかりだけど」
「それは私にはわかりませんが、取り敢えず、明日とのことでした。午前中に行くので良いかと思いますが、お嬢様のご予定は・・」
「ゼビィ、家族や信頼できる人の前では「サラ」って呼んでってば!」
「・・・はぁ、わかりました。ただし、こういう真面目な話の時は今まで通りにさせて下さい・・」
サラはこの譲歩でも納得しない様子で、ジト目でゼビィを見ている。
「・・「サラ」お嬢様。これでよろしいですか?」
「!ええ!!それでいいわ!明日の事もそれで大丈夫!明日はまたよろしくね!」
サラはやっと折れてくれたゼビィに満面の笑顔で応えた。
翌日、ゼビィとギルドに着いて、受付に声を掛けると、真っ直ぐギルド長の部屋に案内された。
「こんにちは、カルキスさん。ゼビィに言われて来たけど、どうかしたの?」
「サラ、リャンがプンス町に目を付けたようだ。」
カルキスにもサラと呼ぶように話していた。サラにとってルージュが心許した人間は自分にとっても心許せる相手だと感じているからだ。
そして、リャンが自分達がコロ町から居なくなったことに気付いたというのは半年以上前に聞いていた。ただ、〇〇〇に監視の要員を割いていたことと、迅速に引っ越しをしたので(しかもアーメックの部下達が全面協力した為)、外観だけそのままに、もぬけの殻の物件だけ残していた状況だった。三ヶ月程経過し、人の出入りが無いという噂が出るようになり、そこでやっとリャンが勘付いたが、どこに向かったのかが全く見当が付かない状況だった。その上ギルド長同士の会議で共有したものの、どのギルド長からもそれらしい情報が出てこなかった。
そして、先日の会議の際に、恐らくリャンの様子から、こちらに目星を付けたのを感じたと言う。
「そうですか・・何か注意した方がいいことはありますか?」
「いや、あいつが何かするとは、私は思ってないんですが、冒険者を装ったリャンの手先が、何かしら接触してくることはあるかもしれないかと思ってね。今の所、リャンがやりたかった討伐組へルージュ君をねじ込むということは既に達成されているわけだし、キンナル王国を統括している王都のフンゴギルド長ともルージュくんは既に話し合い済みだ。
フンゴギルド長は契約の反故が出来ない。それに本音は知らんが、あのやり取りをしたフンゴギルド長がルージュくんとこれ以上、関係の悪化を望むとは考えにくい。一応キンナル王国統括を任されているギルド長なわけだから、そこまで間抜けな奴が自分の上司とは思いたくない。
だから、リャンが暴走しようにも、プンス町は君達を匿うし、その経緯を想定しているはずのフンゴギルド長は見て見ぬふりを今後も続けるはずだ。
それに、アーメック殿は腹芸は得意じゃないなんて言っていたが、最初の数か月はそれまで通り、ギルドに君のべリス草の取引を声高に「何故我が国と取引をしない!?」なんて詰め寄っていたが、その後ギルドは当てにならないとキンナル王国中枢から噂を流し、然もそうせざるを得なかったような雰囲気を出した後に、今実施している国からのジャヤ森林調査を長期依頼を出すまでに仕上げた。
ここまで国とキンナル王国担当のギルド長4人の内、統括のフンゴギルド長含めて私まで君を匿っているんだ。綻びなどない。が、ないからこそ、あの賢いリャンはこちらに目を付けたわけだ」
「どういうことですか?」
「ルージュと唯一面識がないギルド長はニツェンのマルガイルギルド長なんだが、こいつは自己顕示欲が強いやつでね。フンゴギルド長の忠実な犬みたいな奴なんだが、自分の手柄をやたらとアピールしたがる奴なんだ。アーメック殿とは違って、そういう意味で腹芸が出来ない奴なのさ。あいつが、今回ならサラ、君についての情報を得れば、これ見よがしに自身の手柄として、ギルド長会議の時にアピールするのが容易に想像できるんだ。だからそれがないマルガイルギルド長は白ってわけだ。」
「フンゴギルド長の忠実な犬なら、フンゴギルド長がマルガイルギルド長に言い含めておけば、皆さんと同じように知らない振りができるのでは?」
「だから、奴はそういう腹芸ができないのさ。わかりやすいのさ。」
「リャンの手先がこちらに接触してきたとして、どうしたらいいんですか?」
「どうもしなくていい。ただ予め知っておいた方がいいと思っただけだ。あいつが今動く理由は先程伝えた通りないはずだ。ギルドの中で君と言う手札を国と繋げてしまって、ギルドの稼ぎが無くなったという点では責任を追及されるかもしれんが・・それは我々ギルド側の内部の問題だ。リャンが強引な手段で君を取り戻そうとするかもしれんが、儂は当然、フンゴギルド長もそうはさせん。仮に儂たちを乗り越えて動こうとするにしても今は連携しているアーメック殿もいる。〇〇〇については未だに消息が掴めていないらしいしな。この話は当然昨日のうちに、アーメック殿にも通信魔法で伝達済みだ」
「・・何だか、その、色々ありがとうございます・・」
「渦中の人間が何も知らないで守られてるだけってのは、嫌なんじゃないかと思ってね。単純に親切心だよ。で?この後もジャヤ森林で調査と特訓かい?」
「はい、今日はアーメックさんといつもより奥に向かう予定です」
「そうか、それならアーメック殿に今日の調査が終わったら、ここに来るように伝えてもらえるかい?」
「わかりました」
カルキスがここまで協力しているのは、これまでの彼からは想像できないものだった。
ルージュとの関係性を築いておいた方が、ギルド全体の利益になるという考えが大きいが、ルージュがフンゴギルド長に契約魔法での楔を打ったことで、直属の上司が自身の行動を黙認する確証があるのも大きかった。
『そうは言っても、表面的には率先してギルドの規定ギリギリを歩くなんてことは、少し前の私からは考えられんことだな・・先達の人間で規定を破るような奴は到底理解できんと思ってきたが・・私みたいなやむを得なかった事例もあったのかもしれんな・・はぁ・・いつか、規律が守られた環境になるといいんだが・・』
サラとゼビィが出て行き、静寂になった自身の部屋でどことなく見上げ、軽くため息を一息つくと、カルキスは再び、業務に戻った。
カランカラン
ギルドを出たサラとゼビィは慣れた足取りで、「サラサーティ」と言う看板の掛けられた、プンス町にはあまり見慣れない少し小洒落た建物の扉を開けて入る。
「いらっしゃあ・・、あ、女将さんとゼビィさんじゃないですか!」
若さが売りのような元気な女性が、客が来たと思った所で、オーナーと付き人であることを確認すると元気にこっちに駆け寄ってくる
「・・おやぁ?お嬢様を女将さんと呼んではいけないとこの間も伝えたはずですが・・ソノさんには教育が足りなかったようですねぇ・・」
「ヒェッ!?そそ、そんなことないですよ!つい口がすべ・・じゃなかった、えっとええっとぉ・・」
「ゼビィ、今は他にお客さんもいらっしゃらないようだし、そんなに目くじら立てなくてもいいわよ。ソノ、取り敢えず私達は奥にいるから、アーメックさんがいらっしゃったら通してもらえるかな。あと「サーティ」を私とゼビィにもらえるかしら?」
「わかりました!」
「あと、アーメック殿がいらっしゃってすぐ出発せず、少し話をする場合には、こちらから合図せずとも、ちゃんとアーメック殿にサーティをお出しするのを忘れないように」
「ハ、ハイッ」
ゼビィのお小言に軍隊のようにビシッと敬礼すると、ソノはサーティの準備に取り掛かった。
サラはジャヤ森林での調査で得た薬草などで、ㇷとお茶を作れないか思い立ったのがキッカケでこのカフェを作った。勿論自分だけじゃなく、父やゼビィにも試飲してもらい、更にアーメックにも試飲してもらうことで味のお墨付きを得てから開店した。この世界では〇〇〇が話していたのでは木を煎じたスープなどはあったが、お茶という文化はなかった。しかもそれを売り物として販売している所はサラの知る限りなかった。父もそういう発想はなかったと言ってたし、アーメックさんも目を丸くしていたので、少なくともこの国ではそういう文化はなかったのは間違いなかった。サラとしては「立花 華那子」の頃の記憶で、時々一息をつく至福の場所だったカフェを再現できたらなーくらいの気持ちで言ったのだが、思いの外味の評判が良かったのとアーメックさんがべリス草の事ではなかったにも関わらず、全力でバックアップしてくれたことで、この店が開店できたのだった。
「ゼビィ、あんまり厳しくしなくていいよ?」
「ですが・・お嬢様・・先程のカルキス殿の話も考えると不特定多数の人間がいる場でお嬢様がここのオーナーとすぐにわかるような状況は好ましくないかと思います。お嬢様だけでなく、周囲も巻き込まれてしまいますよ」
ゼビィはあまり言いたくない言い回しをわざとする。ゼビィ本人としてはこんな嫌らしい言い方は好きではないのだが、自分の主人の危険を回避することの方が大事だ。サラは自身のことよりも周囲のことに意識が常に向いているので、周囲に迷惑が掛かるという言い方をすれば、大体は渋々呑み込むのだ。
「う、うーん・・それは・・確かにそうね・・本当はこのお店は店員もお客さんも至福の時間を過ごせることが夢だったのになぁ・・なんか堅っ苦しくなっちゃいそう・・」
「店員がしっかりしたサービスを提供すれば、お客様は至福の時間を得られます。店員側の至福は仕事のやりがいとサービスに見合った賃金です!」
「そ、そっかぁ・・まぁ、この辺は私よりゼビィの方が経験あるんだろうし、任せるよ・・でも、ゼビィってちゃんと休んでるの?」
「ご安心を」
「・・答えになってないわよ、ゼビィ。最後に休んだのはいつ?」
「・・旦那様がお休みの日に休ませて頂きました。」
「お父さんが休みの日って随分前じゃない!それにお父さんが休みの日はゼビィが代わりに商会の業務してるじゃない!」
「いえ、簡単な掃除くらいしかすることがないので、ちゃんと休めてますので、ご安心下さい」
「そういうのは、休みって言わないのよ!」
上司がずっと働き続けてるような所だと、部下が疲れても休めないのよ!!ダメだわ!ゼビィは休みの日でも仕事しちゃうようなタイプだと、このお店がブラック企業になっちゃうわ!!私がそこに甘んじてしまっていたからといって、自分がオーナーになるなら、ここは何としても改善しなくっちゃ!!
コンコン
これまで入らなかったスイッチが入りかけた所で、扉がノックされた。
「激論交わしている所、すまない」
言いながら扉を開けて入ってきたのは、思っていた通り、アーメックさんだった。
この一年でアーメックさんとも〇〇〇やルージュ、そして家族と同じくらい気が許せる間柄になっていた。
「で、ちょっとだけ聞こえたが、ゼビィさん、暫く休んでないのかい?君が倒れたらカルーシャ家の皆は勿論皆困ってしまうから、ちゃんと休んだ方がいい。あとゼビィさんが休んでいるという認識ではなくて、周囲が思う休みをしっかりとることが大事だ。君は何でも出来てしまうタイプだから、ここのソノさんを初め、教育係になることも多いだろう?そういう時、上司が休まないのに部下は気軽に休めないものなのさ。だから周囲の為にも君が休むということが、仕事にも君の場合はなるわけだ」
おー!私が言いたかったことを、アーメックさんが全部言ってくれた!
「な・・なるほど・・考えが至りませんでした。それでは後日、旦那様とお嬢様の日程を確認して、お休みを頂ける日を確認しておきます」
あのゼビィが素直に言うことを聞くなんて、アーメックさんはすごいなぁ・・
「ああ、是非そうするといい!サラもそれを君に伝えたかったんじゃないかな?」
「お嬢様・・考えが至らず、申し訳ありませんでした。」
「あ、あー、いいのいいの!本当に一言一句違わず、アーメックさんが言ってくれたことを伝えたかっただけだから!」
「で、こちらはすぐにでもジャヤ森林に出発できるから、外で待ってるよ。お茶が飲み終わったら来てくれ」
「・・アーメックさん、多才よね・・軍でもそういうこと気に掛ける必要ってあるのかしら・・」
「アーメック家の方ですからね。気苦労は色々あったのかと」
そういうものかとサラはボンヤリ思いながら、サーティを飲み干すと、調査に向かうモードに切り替えるのだった
Other 1-2
予定通り、普段の調査よりジャヤ森林の奥地まで、今回はやってきた。奥地まで来ると流石に魔力の密度が高く、ポズンには結構な頻度で出くわし、今アーッメックが切り伏せたので、既に10体目だ
「ふー、普段より奥地に入り込んでるとは言え、結構出くわすものだな・・これなら、軍の訓練地として、候補にしてもいいかもしれないな・・」
部隊の兵士は、何気なく呟いたアーメックの言葉を聞くと「こんな訓練勘弁してください!」などと口々に抗議している。
最初の頃程大規模ではないものの、美形を揃えた部隊は、そのままアーメックが引き取り、面子を入れ替えながら、この調査に参加させていた。彼らは雑兵と変わらないレベルに使えない力量だったが、貴族や商人出身で武力とは別の方面で顔が利く者が多かった。元々家で扱いに困っていた子を王国の精鋭部隊に配属させることで家の面子を保ちつつ、金銭面や武具・防具・各種アイテムなどを優遇するという暗黙の了解でいたのだ。その為彼らをいい加減に扱うことは難しかった。という名目もあるが、一番はアーメックの人の良さに寄るところが大きかった。というのも、部下としてしっかり鍛えて精鋭兵としての力量が伴うようになれば、厄介者として扱われなくなると心から思っていた。
また、そんな本気で向き合ってくるアーメックに、軟弱な精神をしていたイケメン雑兵達も少しづつ心を開き始めていた。そういうこともあって、アーメックの良案(?)を聞いて微笑ましい抗議が出来るような関係になってきていた
・・・人の心を掴むのは相変わらずだな
「隊長、確かに悪くない考えとは思いますが、その辺は後日カルキスギルド長と擦り合わせましょう。我が国の領土なので、文句はないとは思いますが、冒険者の活動にも関わるかもしれませんし」
「確かにそうだな。ありがとう、ハンス。・・にしても、今回はいつもより奥地に向かうとしてたから、ポズンに出くわすのが増える覚悟はあったんだろうが、サラさんもゼビィさんも全く動じられないのには、驚きですね」
「私は、初めて出遭ったポズンが5mくらいあったのと、ルージュが助けてくれたので・・今出てるのは、2mくらいのばかりですし、あの時の個体に比べるとそんなに迫力も感じなくて・・ゼビィは元々かもですが」
「・・・」
ゼビィは黙々とべリス草を始めとする各種薬草を探し回っていた。ゼビィはポズンが平気なのではなく、全く駄目だった。その為、薬草探索にだけ意識を向けることで、辛うじてこの場を凌いでいた。大丈夫そうに見えるのは元がお堅い雰囲気だったので、表情が変わらないだけだった。その為、サラとアーメックが話していても彼女は無心で探し続けている
「なるほど・・それで今回はどうですか?奥地まで来ると、薬草などに変化はありそうですか?」
「そうですね。見たことない薬草もありますし、珍しい薬草も結構あります。サラサーティのメニューに追加できそうな果実や実もありますよ」
「ほぅ!それはいいですね!にしてもサラさんの閃きには驚かされましたよ。木を煎じたスープがドワーフの生活文化の中にあるとかは知ってましたが、それとは違っても、似たものをちゃんと私達も美味しく飲めるという発想は全く持たなかったですからね。サーティという商品名も結構すぐ決められてましたが、何か意味とか最初からあったんですか?」
・・本当は前世の記憶で「お茶」とアーメックを見て直感的に「サー(sir)」が浮かんだだけだった。貴族も飲むお茶という漠然としたイメージをそのまま名付けただけの大変安直な理由だった
「うーん・・アーメックさんを見て何となく、貴族の方も飲んで頂けるお茶というイメージで名付けただけです」
「私?私が名づけに関係しているのかい?サーティはお茶とも言い換えるというのも今広まってる理由だがこれもサラさんの経営戦略なんですか?トムソンさんと話してた時に「うちの娘は私以上に商才があったのかもせしれない・・!」って驚いてましたよ」
当初サーティの商品名で売り出した際、アーメックはお茶の美味さに感銘を受け、周囲の同僚や家族にもお勧めしたりもしていた(今でもマイブームを問われれば、サーティで一息つくことと言う位にはハマっている)ことから王都では「サーティ」という名称で広まったのだが、サラサーティ店内では、サーティの入れ方をソノやゼビィ達に指導したりしていた際(特に店が混んでしっちゃかめっちゃかになった時など)に、つい前世の記憶の癖で「お茶」と呼んでしまうことも度々あったのだ。それを見ていたプンス町のお客などからは「お茶」の愛称でも広まっている上に、王都で話題になっている「サーティ」の通の者は「お茶」と呼ぶことを誇らし気にしている者も多かった。
「まぁ音の響きのイメージって感じですね・・あ、あれは偶々というか・・皆さんが都合よく解釈してくれたといいますか・・」
その時の余裕がなく、必死だった自分を思い出し、苦笑しながら、答えていると、ㇷと魔力が充満している中で、神聖力に近い力をサラは感知した
この感覚は・・神聖力に似た清い感じ・・でも少し・・違うような・・
「ハハ、天性の商才ということですかね!・・?サラさん?何かありましたか?」
アーメックの言葉を横に、感覚を頼って感じる方法を見てみると、10cm程度の若芽の形状ではあるものの、不思議な事に、若芽には苔があちこちに生えている。
「これは・・・!どうしてこんな所に・・?」
ヴォアーーー!!!!
突如、ゼビィが探索していた所で聞いたことのない雄叫びのような叫び声が響いた
音の発生源にアーメックは即座に向かう。ゼビィに付いていたハンスが既に剣を構えていた。
音の発生源にはフィールグントがいた。こいつは厄介なのが現れたとアーメックは気持ちを引き締めたが、フィールグントの見た目がおかしい。フィールグントは元も大変強力な個体として知られているが、個体によって、神獣とされる者もいるくらい、危険度の高い魔物なのだが、目の前に雄叫びをあげたフィールグントはボロボロなのだ。
ガギィン!!
フィールグントの突き上げをハンスが防ぐ。すると突き上げたフィールグントの長い尾がゼビィに向かって放たれている。
カァン!
アーメックが既の所で、ゼビィに放たれた尾を剣で弾き返す。まるで金属を弾いたかのような音が響く
「お前達!ゼビィさんを後退させるんだ!!」
隊員達が驚き、蒼褪めていた中、激が飛んだことで、我に返りゼビィを退避させようと駆け寄るが、ゼビィは瞬きもせず固まっていた。
「お嬢!!・・?失礼しますぜ!」
イケメンの部隊員の一人だが、セリフが小役人っぽい残念感が漂っているものの、そんなこと考えてられない彼は、ゼビィを抱き起そうとすると、驚いたことに、屈んだ姿勢のままのゼビィは体が凍ったように、その体制から変わらなかった。
『こりゃあ、どういうこった!?もしかして凍ってんのか!?この魔物そんなこともできんのかよ!』
驚きを隠せなかったが、自分も巻き込まれたらまずいことから、全力でゼビィを抱えて後退した。
部下とゼビィ(なんだか妙な姿勢をしていたが)が後退するのを確認すると、フィールグントに向き直る
「隊長、こいつはフィールグントですよね。これ、カルキス殿が話してた件に関係するんですかね?」
「何とも言えんが、まずはこいつを仕留めるぞ」
フィールグントは長い首から鹿のような頭部をキツツキのような頭突きを凄まじい速さで、ハンスに打ち込む。間一髪でハンスは避けるが、避けた先にある岩は粉微塵に吹き飛ぶ。吹き飛ぶ礫だけでもダメージになる。
こんなもの一発喰らえば、間違いなくお陀仏である
後ろからアーメックの気がまるで雷が落ちたかのように、空気が振動する
!!アール、やる気か!
ハンスが瞬時にアーメックの渾身の一撃が来るのを察知することで、わざと大きく後ろに下がる
凄まじい頭突きの連続で前進していたフィールグントの真横から、アーメックは下から上に大きく切り上げる。
フィールグントの鞭のような尾がアーメックに叩きつけられるが、自身の気で防御膜を展開していたアーメックの身体は、フィールグントの尾を物ともしない。
邪魔されることなく、全力大振りの切り上げを叩き込む。
『どんな生物であれ、腹部は他の部位より柔らかい筈!!』
アーメックの予想通り、フィールグントは見事に真っ二つになった。
が・・
「グ・・!」
フィールグントは絶命したものの、その腹部から凄まじい瘴気がアーメックに降り注ぐ
全身に浴びてしまったアーメックは立ち上がることが出来ない
異変をすぐに察知したハンスは即座にその場からアーメックを引きずって場所を移した
あのままにすると、フィールグントの死体から漏れ出る瘴気に更に侵されてしまうからだ。
「大丈夫か!?・・くそ、急いで戻らないと、時間が経つとこれはマズい!」
ハンスは急いで指示を出そうとするが、サラが静かに近づいて手をかざす
「浄化」
サラの言葉と共に、銀色の輝きが包み込み、アーメックの身体を侵していた瘴気は消えていった
「サ、サラ殿・・!?」
「すみません、アーメックさんを助けなきゃと思ったので・・つい・・」
「いや、サラさんのお陰で隊長は大丈夫なはずです!」
実際効果は覿面で、アーメックはすぐに目を覚ましたが、アーメックは自分を囲んでいる隊員達の顔に緊張が残っているのを、すぐに察知した。
「どうした!?今の状況はどうなっている!?」
「隊長!目が覚めたんですね!本当にこんなに覿面にサラさんの浄化が効くなんて!」
「その話は後だ!お前たちのその表情から察するに・・」
バリバリバリ!!
話している途中で凄まじい魔力の雷が発生源から全方向に走った
魔物がいる!!
「隊長を浄化するのに、サラさんが助けてくれましたが、隊長を助けるために、採取した薬草の下にこいつが封印されていたんです!」
そこには先程アーッメックが叩っ切ったフィールグントが、どれだけ弱った個体、出来損ないだったのかとわかる程、立派なフィールグントがいた。
正面にはハンスが全力で応戦している。その周りには取り囲んでいた隊員達が、先程の雷にやられて倒れている。それ以外の隊員も何かしらの攻撃を受けて絶命している隊員も多く転がっている。
「あの野郎、出てきて数分でこの様です・・!隊長が気を失っていたので、俺はすぐに後ろに下がったんですが、その瞬間みんなの悲鳴が聞こえて、振り返ったらあの様で、その瞬間今の雷です・・!!」
「・・よく耐えてくれた!お前たちは自慢の部下だ!」
アーメックはゆっくりと起き上がる。
アーメックの動きに反応するように、フィールグントはアーメックの方に視線を送り、動きが止まる。
「目が覚めたか・・」
「状況は?」
「サラ殿が、全体に神聖魔法を使って、補助魔法と回復を施してくれてる。数人はそれでもダメだろうが、目に見えているほど絶望的ではない筈だ」
「よし、あれの相手は俺がする。ハンス、お前は・・」
「わかってる。サラ殿達の死守が第一だ。お前の心配はしていない。」
「!ハハッ!ハンスから「お前」なんて言ってくれるのは随分久しぶりだな!」
アーメックは笑いながら、ハンスと交代した
直後、雷鳴が轟き、激しい打ち合いが始まった
「サラ殿!アーメックが来たので、今すぐ後退します!」
サラは、全力で隊員達への常時補助と常時回復に集中しており、反応が無かったが、サラを抱えるとハンスは大声で指示を出す
「隊長が復帰された!俺達の任務はサラ殿とゼビィ殿の死守と安全圏への後退だ!動けるものは今すぐ撤退!」
担ぎ上げられたことで、サラは集中していた意識を取り戻すと、ハンスに訴える
「ダメです、ハンスさん!私があの場を離れたら、アーメックさんが・・!」
「サラ殿、アーメック隊長は伊達に第三隊の隊長を任命されているわけじゃないですよ」
「それじゃあ、撤退する前にこれをアーメックさんに渡してください!」
ハンスが見ると、先程サラがアーメックの浄化をした際に、持っていたあのフィールグントの埋まっていた所にあったという若芽だ。
「これは、ただの若芽じゃありません。あの怪物を長年封じていた鍵になる物です。この若芽はあの怪物の力から守ってくれるはずです!」
「・・わかった。おい!・・サラ殿を後ろに!俺が、届けます!」
部下に指示を出し、ハンスは走る
『・・アールが負けるとは思わんが、無事でいろよ』
こいつは俺が起き上がった時、動きを止めてこちらの様子を窺っていた。
知性がある可能性がある。それとも動物の勘というやつだろうか。
ハンスと交代するまでの間、こちらは全力の闘気を叩き込み、意識同士のぶつかり合いで、戦闘を繰り広げていた。
交代した瞬間、打ち合い、魔法を弾き、剣気を纏って切りつけたが、先程のフィールグントの比ではないことを体感する。
見た様子、これでも恐らく弱体している状態だろうことは察したが、それでも脅威なのは違いない
ㇷと、後ろから見知った気配を感じる。
『・・戻ってきた!?・・いや、ハンスに限って手助けなどという事はないはずだ。であるなら、何か理由がある筈!』
!ヴォオオオオ!!!
ハンスの気配を同じく感じたであろうフィールグントが、先程はアーメックだけを警戒し、見送った筈のハンスの気配に反応すると、光の如き速度で突進をしかけた
ハンスを突き飛ばすかという寸前で、アーメックがフィールグントの突進の軌道を逸らした。
武術を志す者が見れば、まるで芸術のような動きだった。
が、ハンスは、そんなことはアーメックに出来て当然と考えており、都合よくこちらに来てくれたことで使命を果たす
「これを預かってきた!俺はすぐにサラ殿の元へ行く!」
託された物を見てアーメックがそれが何かを思い出す。
先程の弱いフィールグントが出現する間際にサラが真剣な眼差しを送っていた若芽である。つまりこれが、この怪物フィールグントを封印していたという事か・・
「頼む!」
ハンスに一言返し、即座にフィールグントのいる方角に向き直る。
やはりフィールグントはこの若芽に反応していたようで、後退していくハンスには見向きもしない。
『使い方はわからんが、あの魔物がこれを気に掛けているという時点で、意味がある!』
しかし、使い方がわからないと思ったアーメックだったが、その効果はすぐに実感することとなる。
彼がこれまで通り、剣気を込め、闘気で身体を覆うと、若芽から凄まじい魔力と神聖力が溢れてきた。
「これはありがたい!!」
これまでのアーメックの攻撃も、十分通じていた(このフィールグントに攻撃が通じるという時点で、アーメックも十分に化け物なのだが)が、この若芽の効果は絶大だった。
更にフィールグントと接戦をすると、こちらが特に意識するでもなく、若芽はフィールグントから魔力をどんどん吸い上げていく。
フィールグントがそれを嫌がり、距離をとって雷魔法を駆使したりと様々な攻撃手段を試みるが、殆どを無力化し、無力化しきれなかった攻撃も、アーメック自身が避けたり、当たっても問題ないレベルにまで弱体させてしまっていた。
「・・・これを持って戦うのは、些か以上にお前には不利な戦いだったが・・いや、悪意の有無に限らず出遭ってしまったことが運命なのだろう。許せ・・!」
アーメックの攻撃による消費も勿論あったが、殆どは若芽に吸い取られ、最後は身動きも取れなくなったところを、アーメックはトドメを刺した
Other 1-3
アーメックはカルキスと対峙していた
あの後、通信魔法でハンスに連絡を取り、フィールグント2体を回収をさせ、サラから伝言を預かっていたので、それに従ってカルキスの元へとやってきていた。
始めのフィールグントが現れた時の状況を確認すると、ハンスが言うには、ゼビィが群青色の不規則に広がる小さな蔦のような草の塊を根元から引き抜いた所、出現したとのことだった
そして、最初のフィールグントは状態が最初からボロボロだったのだ。
何かおかしいと感じていたアーメックは、カルキスにも状態など見せて見解を問うことにした
そして、この場にはサラもいる。ゼビィはサラに付き添おうとしていたが、ハンスが説得して半ば強引にではあるが、休息を取ってもらった
「・・で?カルキス、大方私も予想はしてるが、どうなんだ?」
「いやぁ、まずはあんな大捕り物、お疲れさまだったな。フィールグント2体。しかも1体は弱っていたとは言え、あれは紛れもなく災厄レベルの捕り物だ・・まぁ、本題を先に答えておこう。アーメックが瘴気を浴びせられたというフィールグント。あれは屍霊魔法によるアンデット化されたフィールグントだ。憶測で物を言うものではないが、ルージュ君が合流する前に討伐組がフィールグントを撃破したとの報告があった。討伐組のゼゼホさんはトンビルに色々教え込まれていたから、わかる範囲での素材を回収していたというが、それを後日ギルドで回収したんだろう。コロ町のギルドの売上が随分良かったからな。あいつは現役の頃は屍霊魔法も出来たと噂で聞いたことがある。屍霊魔法でアンデット化させて動かせる程度の素体は残していたと考えられる。売上が良かったと言ったが、ゼゼホさんが部分的に素材を回収したにしても、全て回収したにしては安かったからな。つまり今回のようなことがあった時の為の隠し玉として準備してたんだろうってのが私の見立てだ。ゼビィさんが引き抜いたという草の塊は、埋められたフィールグントから立ち上った瘴気と魔力が混ざった変異した植物だろう。アンデットが埋められている所にはそういう群青色の物があるとのことだ。引き抜いて出現したのは、魔法陣で予め引き抜いたら出るように作ったんだろうな。恐らく人間にだけ気になるように細工してあったんだろう。他の動物とかに掘り返されたら意味がないからな」
「・・狙いは?あんたの話だと、リャンが動く理由はなかったという話だったと思うが」
「サラ殿というよりは、アーメック、あんたが狙いだろう。サラ殿はあいつというより、我々ギルド側にとって生きてもらっていた方が金になるわけだし、死んでもらっちゃ困る。が、サラ殿達が襲撃に遭えば守らざるを得まい。しかもフィールグントなら普通の人間なら、勝てん。恐らく、サラ殿は襲わないように小細工してあったはずだ。そうでなくても、アンデットだから神聖力は忌避するからな。」
「・・・・」
「そんな・・だって、リャンギルド長はアーメックさんと私達の関係を知らないんですよね?」
「アーメック家は筆頭貴族だからな。何かしら、縁がこれまであった可能性はあるだろうが、仮に知らなくても、キンナル王国とサラ殿と直接取引をするようになって、色々お膳立てはしているものの、基本的にジャヤ森林の調査任務の際に同行するのは決まって、アーメックだ。アーメックがサラ殿の交渉を任された最初の任務が異例なだけで、本来はそんな雑務をするような家柄じゃないのさ。それを率先して必ずアーメックが探索の際に動いているとなると、リャンじゃなくても察しはするだろうさ。勿論確証はなかったと思うがね。それに正直アーメックが亡き者になったとしたら、ギルド側が白を切ろうが、警戒されることにはなるだろうから、俺やフンゴギルド長なら絶対にしない。・・あいつはそこまでは見通しを立てられないってことだな。目の前の功績だけ気になって仕方ないんだろう」
「・・私に出来ることは何かないですか?」
「ハハッ、そう言ってくれることが、彼にとって一番の成果だよ」
「・・?」
本気で訴えたのに、カルキスに肩透かしをされたような感じのサラは心底不思議そうな顔でキョトンとしている。
「アーメックは言い辛いだろうから、儂が教えてやる。君はアーメックの為に力となりたいと思ったのだろう?それはキンナル王国側としては、今後も協力してくれる気持ちになってくれたという成果に今回の件を通して成ったということだ。君を守ったことで、君から協力的な姿勢を得ることが出来たというのは大きいだろう?」
「カルキス!言い方ってもんがあるだろう!?」
「間違ったことは言ってないだろ?他にも狙いがあるかは儂は知らんがね。それにリャンの事も警戒が必要だと今回の件で認識したというのも収穫だろ?」
途中、カルキスは珍しく男子高校生が友人の好きな子の話をおちょくるような顔でニヤっと笑いつつ、リャンのことにも触れる
「・・ゴホン。・・リャンについてはそこに意識を向けさせるような口ぶりだが、ギルドの中では切る方向になったということか?」
「・・最初にも言ったが、儂とフンゴギルド長は元々これ以上状況を動かす意思がない。フンゴギルド長についてはお前も見ていたのだから、わかるだろ?仮にフンゴギルド長がルージュ君との契約を反故にするような動きをすれば、どうなるか。そしてマルガイルは最初から蚊帳の外だ。儂らはどうにもせんが、やられて黙ってるようなアーメック家ではないだろうと思っただけだ。」
「そうは言うが、確かに警戒は必要だが、今回の件も状況証拠に過ぎないからな。しかもギルド長となるとしょっ引くわけにもいかない。」
「まぁギルド側としてはこちらからどうするというのはない。理由がないからな。」
「・・話は変わるが、先程話していたフィールグントも2体目のフィールグントも、これは我が隊の成果として持ち帰らせてもらうが、異論はないな?」
「それは勿論だ。が、2体目のフィールグントについては正直寝耳に水だったな」
「そういえば、ハンスから預かった、サラ殿が託してくれたこの若芽については、サラ殿は何か知っていたのかい?1体目のフィールグントが出現した際に驚いた様子だったが・・」
「前にルージュが村の友達が教えてくれた物語を色々教えてくれたことがあったんです。その中に、エルフや妖精の封印で使われる植物にグルジュの芽という物があるって聞いたことがあったんです。その若芽はエルフや妖精、精霊が多く生息する地域にしか生息しておらず、精霊力や神聖力が濃い為、若芽自体が精霊力や神聖力を発する特殊な生体になってるそうで、若芽以上の大きさになるのには、相当な年月が必要らしく、人間の人生程度ではそんなに大きな変化は見られないそうです。とにかく、その封印に使われると聞いたことのある所謂伝説に登場する若芽に非常に似てたので・・若芽でありながら精霊力と神聖力を僅かながら発していて、根本から魔力を吸い上げていました」
「・・というと、その封印は随分昔からあったということか・・儂の管轄する地域で、知らんことがあるとは・・」
「そうは言っても、ジャヤ森林の奥地への調査はこれまでなかったのだろ?」
「・・まぁな。奥地まで行こうとするものもいなかったし、奥地から魔物が出てきて討伐しなけりゃならんということもなかったからなぁ・・そうすると、この町が出来る前のことかもしれんが、そうなると一体いつのことなのか見当もつかん。」
「・・これは、発見したサラ殿が持つべきだと思う。実際私もこの若芽のおかげで、あれを撃破できた。これがなければ、壮絶な死闘となっていただろう。あれだけの魔物をあそこまで弱体化できるなんて伝説の防具と言っても言い過ぎじゃないと思う。」
「それなら、アーメックさんが持っていてください。私より、アーメックさんの方が今は命狙われてるみたいじゃないですか」
「ハハハ、私はあれほどの怪物でも出てこない限りそうそうやられはしないよ。何より、サラ殿自身がその若芽を身に着けていれば、私じゃないがあのフィールグント並みの脅威でもない限り、サラ殿でも無力化できると思う。君が安全なら今回のような事態でも我々は被害を最小限にできるだろう」
「・・わかりました。それなら代わりと言ってはあれですけど、アーメックさん、誰か薬草に詳しい方とか、ルージュみたいに物語に詳しい方を紹介してもらえませんか?」
「その若芽を研究するのかい?」
「はい、今回のはあの怪物を封印する為に使われていたと思うので、ジャヤ森林を探しても恐らく他は見つからないと思うんです。なので、他の薬草で代用できないか考えてみようと思います。あとは伝説に詳しい方の話が聞ければ、その中に、このグルジュの芽がある地域が他に見つかるかもって思ったので」
「そうか、確かにその若芽を量産できたら、とんでもないことだな。軍としても重大な案件になりそうだ」
「え??」
何を言ってるのか不思議な顔で、キョトンとした顔のサラに、額に手を当てて呆れかえっていたカルキスがジト目で睨んでいる
「サラちゃん、こいつの言ったことは綺麗に忘れて、今日はもう帰ってゆっくり休みなさい。大変だったからな。」
カルキスが通信魔法でギルド職員を呼ぶと「家まで送って差し上げろ」と言うと、半ば強引にサラは連行されてしまった
「・・カルキス?何だかわからんが、私は何か失言したのか?随分と怒っているような、呆れているような雰囲気に見えるんだが・・」
「お前なぁ・・、あれはお前が心配だから、お前の分も何とかできないか調べてみるってことだろう?」
「うん?だから、量産できれば・・」
「量産なんてあの子は考えてないってことだ!「お前を」心配してたんだ!あの子にそれ以上の感情があるかは知らんし、お前にそういう気持ちがあるかも、儂は知らんがな。全く、周囲で見てるとわかりやすくて仕方ないのに、当人は自分の気持ちに全く気が付いてないときた。お前だってもう20を超えてるだろ。子供じゃあるまいし・・何で儂がこんな話をお前に一々せんとならんのやら・・」
カルキスはブツブツ言っているが、アーメックはこれは触れたら余計に小言を言われるのが流石に想像できたので、暫くお説教されることを覚悟したアーメックだった
帰り道、カルキスさんの指示で、ギルドの受付嬢が付き添ってくれた。コロ町の受付嬢のキーナと違って、プンス町のギルドの受付嬢であるナナさんはしっかり者で常識人という感じの方だ。ただカルキスさんには頭があがらない様子で、度々抜けている所を指摘されている
「今日は大変でしたねー、本当に色々と。ギルド長から通信魔法で指示が来た時は珍しいなって思ったんですけど、何があったんですか?」
「え?えーと・・・・という訳で、若芽の研究はそのつもりだったんですけど、量産とかまで私は考えてなくって・・あれ?そういう話なんだっけ?って思ってたら、カルキスさんがナナさんを呼んで今に至るんです」
経緯を簡単に聞いたナナはギルド長が額に手を置いてる姿がハッキリと浮かぶ気がした
『・・・ギルド長が私を呼んだ理由がわかったわ・・でもこの子のこの様子だとまだ恋心とかまではないのかしら?まぁご本人が自覚されていらっしゃるかはわからないけど、アーメック様は無自覚でもサザーランさんの事を随分気に掛けていらっしゃるものね。ギルド長も気苦労が絶えないわねー。まぁこんなギルド長見れるなんて昔からは考えられないけど。』
「まぁ、最後のはそんなに気にしなくてもいいと思うわ。それより、今日色々あったのは確かな事なんだからちゃんとゆっくり休むのよ!冒険者は・・サザーランさんは冒険者じゃないけど、サラサーティの経営とか動きっぱなしなんでしょうからちゃんと休むのよ!」
「アハハハ・・そうだ、ナナさんも私の事は「サラ」って呼んでください。普段からよく話す人にサザーランって言われるの今だとちょっとむず痒くて・・」
「あら、嬉しい!じゃあこれからはサラと呼ばせてもらいます!私の名前はナナだから短くしようがないから、これまで通り、ナナと呼んでくださいな!」
「はい、じゃあ今日はありがとうございました」
「お礼はサーティを今度一杯奢ってください」
ナナは普段のしっかり者の雰囲気とは違ったお茶目な様子でウィンクすると、家の前まで送り届けたことから、颯爽とギルドに戻って行った
自然にウィンクが出来るナナに同性ながら、「ナナさんって可愛いとこあるんだー」とボンヤリ見送った先で、ナナが何かに躓いたのか転んだ所で「やっぱり抜けてるんだな」と思ったが、このまま見てると気まずいので知らない顔で家に入ると、そのままベッドに飛び込んだ。
そして、本人が思っていた以上に疲れていたのか、サラは考える間もなく睡魔に身を委ね眠りに落ちた。
今回の一件の後、アーメックは薬草に詳しい者と言うのはすぐに見つかったので、サラに紹介し、共同で研究をしてもらうように取り計らったのだが、物語に詳しい者と言うのは、中々見つからなかった。
後日、物語に詳しい者の報告を受けて、足を運ぶことにしたが、その場所がフラーナック王国ということで、正式な訪問をする必要があった為、かなりの時間を要することになってしまう。アーメック家の人間という肩書のお陰でこれまで自分にとって沢山の恩恵があったのも事実だが、今回のように、気楽に自由にといかない時もある。
仕方ないとはいえ、こういう時は自分の家柄が煩わしく思いながらも、黙々と訪問申請に取り組むアーメックだった。




