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旅立ち(1)

              β Ⅱ―1


 チープ一家の騒動後、村には穏やかな日常が戻ってきた。

「クッスル、色々奮闘してくれてたのに、ああいう結果にしてしまって悪かったな」

「いえ、村長の判断は正しいでしょう。いくら言っても改善する様子はありませんでしたし、何よりこんな狭い村で村に来て間もない人間があんな騒ぎを起こしては、他の村人も不安になるでしょうしね。」

「ああ、クッスルには悪いと思ったが、私は自分の判断を今回の件については正しいと信じている。学舎も変わりないか?」

「ええ、ラパンも「ええ!?貴族じゃなかったのかよ!」と言って地団駄踏んでましたが、その後は普段通りですね」

「レナリヤちゃんも大丈夫か?」

「カーンが言ってた通り、全く気にしてないですよ。」

「そうかぁ・・。そういうサッパリした所は母譲りなのかもな」

「・・ええ。ジェーンは強い女性でしたね・・それはそうとカバッツ王国のロッピー村がフラーナック王国の軍で壊滅したという情報が王都では広まってるようです。しかも王位継承の儀で新王が動けない日に狙ってたようですね」

「カバッツ王国は年中戦をしている国だから、いつ攻撃されても不思議じゃないとは言え、村を一つ壊滅なんて何か狙いがあったのか?それとも壊滅という見せしめ自体が目的だったのか?我々のような村でも攻撃対象になる可能性はあるのか?」

「恐らく前者でしょう。新王への嫌がらせという方面も全く無いとは言えないでしょうが、攻めてる国がディズィンが籍を置いてる人類保持同盟の本部のある国ですからね。」

「そうか・・まぁまたそういうきな臭い話があった時には教えてくれ。小さな村だから対抗とかはできんだろうから、情報があればすぐに逃げることもできるからな・・にしても、通信魔法っていうのは本当に便利だよなぁ。クッスル程の熟練者であれば、この村から王都の情報を確認できるんだもんなぁ」

「ハハ、それなんですがね、ブゼンの所のレーゼちゃんいるじゃないですか。彼女は既に私以上に通信魔法に限っては精度が高いんですよ」

「な!?お前よりもか?それ、本当なのか?・・じゃあお前の後任の心配はいらないな」

「そうですね。ただ、私のように王都の情報を得るには王都でのコネも必要になるので、後任を任せるなら一度村を出て色々な人間と出会っていく必要がありますが・・まぁ私のコネを紹介するのもいいけど、私のコネ、相手の方にも後任がいるかはわかりませんからね。」

「そうかぁ、まぁ何にしろ、レーゼちゃんの話は明るい話で良かったよ」



 それから2年が経ち、俺も学舎は無事修了となった。

ラパンとレーゼは1年先に修了し、ラパンは家の仕事を引き継ぐために村に残り、レーゼは従来の夢の為に通信魔法を活かせる仕事を探しに村を出た。レーゼの通信魔法の精度はかなり高いので、今でも時々通信魔法で近況を話してくれている。

 俺はこの世界を体感するというのが使命とされているので、冒険者として世界を回ってみようと思っていた。父には父に倣って冒険者をしてみようと思うと伝えると簡単に納得してくれた。そして出発前ささやかながら、母は腕を振るい、村で宴を開いてくれた。毎年修了する生徒達を祝して宴をしてくれるのだ。

父が教師として他の生徒達に祝いの言葉を伝え終わって、こちらにやってきた。生徒達の所では学舎での教師としての雰囲気で話していたが、その後生徒の親達や他の村人達と話が進むにつれて酒も進んでいたようで、若干酒臭い。あんまり酔った姿を見ないので、少し珍しかった。

「ルージュ、まずは修了おめでとう。」

「ありがとう」

「それでな、お前も若い頃の父さんを継いで、冒険者になるって聞いた時に行く前に伝えておこうと思っていたことがあるんだ。世の中には我々には想像もできない英雄の中の英雄である勇者ディズィン様は、不死となり人類の守り人として人類の危機には常に備えて下さっているというが、人を当てにしていてはダメなんだ。ちゃんと自分たちの事は自分達で努力しなきゃな。だからどんなに小さなことでもお前が頑張った結果は無駄じゃないんだ」

父は酔っていて、普段なら脈絡なくこんな話などしないが、要は努力したことは無駄にはならないと伝えたいらしい。天之川 焚慈の頃のトラウマが頭をよぎる。努力は最後まで報われなかった人生を知っている・・俺は頭を振った。

トラウマがよぎるので、少し違う所に話を返した。

「そうだね・・不死って言うけど、父さんたちも機会があったら不死になりたい?」

「んー、そうさなぁ。自分だけ不死ってのは嫌だな。あと不死でも老けてよぼよぼとかもな。やっぱり心許せる家族と仲間と、不老不死になるってならまぁ悪くないのかもな。ワハハハハ」

何気なく振った話だったが父は思いの外、まともに返してくれた(酔っぱらっているので、聞き取りづらい所もあったが・・)。たしかに・・一人で不死っていうのは嫌かもなぁ。そんな他愛もないことを話しながら時間は過ぎていった。



出発の日


出ていく息子は元気な様子でテキパキと最後の確認をしている。こういう時送り出す親ばかりが別れを惜しむものなんだろうか。うちは息子だったが、これが娘だったらと思うと一層こみ上げてくるものがありそうだ。そう考えると、去年レーゼちゃんを送り出したブゼンに差し入れでもしてあげようかと思いながら、もう出ていく我が子に思わず本音が漏れた。

「にしても、もう少しルージュには父親らしい頼もしい所を見せたかったなぁ・・なんかあった時はいつもルージュが手を貸してくれただろ?」

「まぁ、とりあえずカーンさんが居れば荒事はどうにかしてくれるし、父さんが動けばみんな慌てることはないし、大丈夫だよ。あとレナリヤも何だかんだカーンさんに次いで強くなってると思うよ」

息子は変わらず合理的だ。感傷に浸るより問題について答えるのは小さなころから変わらない。

「そうか・・それはそうとお前はレナリヤちゃんのことはどう思ってるんだ?」

「??レナリヤの事?僕の一応弟子?っていうのと、レーゼと並んで大事な友達の一人だよ」

『カーンから聞いてる感じだと、家ではずっとルージュのことを嬉々として話してるって聞いてるし、学舎の時も楽しそうにしてたからなぁ・・まだそういう年齢じゃないってことなのか・・でももう15歳だし・・まぁ親がどうこう言うことじゃないか』

 クッスルが息子の鈍感さにジト目をしていると、ルージュも出発の準備も整ったようで「じゃあ、行ってきます!」と元気に出かけて行った。


「ルージュ!」

村を出ようとした所で、レナリヤが走ってきた。

「父さんがクッスルさんから通信魔法で教えてくれて、飛んできたんだけど、今から行くの?」

「うん、色々見て回ってくるよ!」

「・・帰ってくる?」

「そりゃ、ここが俺の故郷だもん。帰ってくるさ!」

「そ、そっか・・じゃあ、私が待っててやるよ!レーゼだって外出ちゃってるから、ルートゥ村に残ってる3人組は私だけだしね!!」

「そだね。それじゃあ、行ってくる!」

本当は、なんで行く日の事教えてくれなかったのか、教えてくれてたらもっと沢山話したかったのに等々、言いたいことはいっぱいあった筈だったが、振り返った顔を見たら、沢山あった話したかったことは出てこなかった。

『いいんだ、帰ってきたら私が一番に出迎えてやるんだ!』



 ルートゥ村にはギルドが無かった。王都に向かうまでの通り道という点で考えると最寄りのギルドはコロ町が良いだろうということで、立ち寄ってみたが、父さんから聞いていた通り、本当にのどかな風景だ。



       カラン カラン


ギルドのドアを開けると扉に掛かっている小さめの鈴がなる。中に入ると、冒険者っぽい身なりの者から、職員のように見える者もいるが、小さな役所のような印象だった。

 ただ冒険者達がこちらを見てくることもなく、受付の前に立つと、事務員はめんどくさそうに視線を上げた。

「はい、どういうご用件でしょうか?」

「冒険者登録をしたいんですが、どうしたらいいでしょうか?」

「それではこちらに必要事項を記入して下さい。終わったらこちらが最初の冒険者証となります。あとは掲示板からご自身のランクの依頼で受注したいものが決まりましたら、こちらにお持ちください。他に不明点がございましたら、ギルド規約をご覧下さい。」

「・・わかりました。一応冒険者のランクについてだけ聞いておきたいのですが・・」

「ギルド規約をご覧ください」

この受付は虫の居所が悪いのか、聞いても答えてくれる様子がなかった。・・単なる勘でしかないんだが、この女性は虫の居所が悪いというより、俺の事を生理的に無理って思ってる気がする。

 その場を後にして掲示板に向かう途中、後ろから受付の口から「チッ」と舌打ちするのが聞こえて、そんなあからさまに態度に出さないでくれと内心傷つきながら掲示板の前に立った。



 冒険者ランクの格付けは

0(番外)・・・未知

1・・・・ ・ 神代

2・・・・ ・ ヒイロカネ

3・・・・ ・ アダマンタイト

4・・・・・ オリハルコン

5・・・・・ ミスリーク

6・・・・・ プラチナ

7・・・・・ 黄金

8・・・・・ 銀

9・・・・・ 鉄

10・・ ・・ 銅

11(見習い)・プラ



となっている。プラとか神代とかは聞きなれないな・・ミスリークってミスリルじゃないのか・・?というか、ここにレーゼが居たら色々教えてくれただろうなぁと思いつつ、まずは依頼を受けてみようと切り替える。どれどれ・・。



お、ルートゥ村でも狩ってたインパルだ。これなら楽に狩れるし、プラの出来る依頼の中でも報酬も美味しそうだ。狩れた数だけ報酬か。1頭で銅貨500枚。2頭で銀貨1枚か。上限は書いてないな。ルートゥ村で生活するなら銀貨12枚もあれば1年を余裕をもって過ごせる。ここの宿の相場とかわからないから、狩りにでかける前に見ていくか。



 銅貨30枚まとめて支払うなら宿主の気持ち次第で多少割り引いてくれるようだ。とりあえず、一か月程度依頼をこなして様子を見てみよう。



 インパルは足が速く体の大きさもあって突進されるとケガじゃすまないことも多い。特に角が鋭いので、刺さると致命的だ。ただ、鮮度が良い方がきっと喜んでくれるし、あまり傷つけずに仕留めたいな。

 よし、走り出す前に足を凍らせて、血抜きも兼ねて止めを刺すか。

ルートゥ村でも日課でしていたことなので、大して苦も無く完了した。ただ、今回は6頭仕留めたが、ルートゥ村の頃は食べる分だけってことで1頭ずつ狩ってたので、こんなに一度に仕留めたのは初めてだった。

 取り敢えず、これで銀貨3枚だな。いや1頭は自分の食事用にするのもいいか。



 そんなことを考えながら、ギルドの扉を再び開けた。


       カラン カラン


受付の事務員と目が合った。残念なことにまたあの人だ。目が合った途端、また舌打ちしている素振りが見て取れる。

何がそんなに嫌なんだろう・・。

「不明点はギルド規約をご覧ください」

・・まだ何も言ってないのに。

「そうじゃなくて、昼間に受注したインパルの狩りなんですが」

「インパルの生息地についての質問でしたら、それは各冒険者がそれぞれ調査した情報となっており、ギルドの窓口からその情報をお伝えすることは特定の冒険者の贔屓となってしまう為、出来かねます」

「いや、そうじゃなくて!インパルを狩ってきたので、納品したいんですよ!」

「・・はい?駆け出しの冒険者が一人でこの短時間で狩ったと?そもそも、インパルの姿が見えませんが」

受付の視線は更に冷ややかだ。この人絶対受付合ってないだろ!

 インパルはそのままギルドに持ち込むわけにもいかないので、ギルドの外に魔法で固定していた。外からは少しどよめきの声が聞こえてきた。ギルドの前とは言え、往来の道にインパル6頭も置いてれば邪魔だったかもしれない。

「数が多かったからギルドの前に魔法で固定してあるんですよ。納入口とか聞いてなかったんで、中に持ち込んでいいかもわからなかったんで。それでどこに持っていけばいいんですか?」

「・・まぁ見ればわかるからいいですが、仰る通り、仕留めた数をこちらでお知らせ頂いた後はギルド横に獣や魔獣の素材の搬入口がありますのでそちらに持ってきて頂くことになります。それではこちらに記入をお願いします。・・6頭?・・あのねぇ、すぐにバレる嘘に付き合ってるほど私暇じゃないんですけど」

なぜだか、この事務員はキレ始めた。いやぁ・・こんな女の相手こっちもしたくないよ。

「だったら実物見てくださいよ」

こっちも初対面からずっと不愉快な態度で対応されてきたので、思わず同じトーンで返してしまった・・こういう時自分が年相応だと反省する。

「・・わかりました。・・うそ・・」

目で見て、嘘じゃないことがわかると、一瞬だけ呆気に取られていたが、何故だかまた小さくし舌打ちをした後に「失礼しました。担当者に確認してきますので、搬入口に運んでください」と相変わらずの調子でさっさと行ってしまった。

 言われた通り搬入口で待っていると、簡素な扉が開き眼鏡をかけた細身、かなり日に焼けた初老の男性が出てきた。受付の事務員よりはマシだが、こちらもなんだか気難しそうに見える・・いやいや、人を見た目で判断するのは大抵違うこと多いから先入観は持っちゃいけない。

「坊主、とりあえず持ってきてるんだから、事実は事実。納入は規定通りさせてもらう。ただし、4頭までだ。」

「え!?いや、ギルドの依頼書には頭数の上限はありませんでしたよ」

「そりゃあな、週に何頭かしか普段は入ってこないんだ。それをたった1日でそれだけの量持ってこられちゃ肉なんだから鮮度が落ちて店に卸すにしても売れないだろ。まぁお前さんがいうように依頼書に記載してなかったのはこっちのミスだ。今後は記載するようにする。残りの2頭も角や毛皮部分なら、こっちの不手際だし引き取ってもいいぞ?解体料も今回は無しにしといてやる。」

「え?解体料とるんですか?」

「依頼書にある丸々一頭の引き取りなら、規定通り一頭500銅貨だ。だが、一頭丸々持ってきて素材部分だけを納品するなら、解体料は別途だ。」

「なるほど。そしたら解体もこちらでして、素材と可食部に分けて完璧な状態で納品することができたとしたら、規定以上の報酬を頂けますか?」

「・・そんな奴は今までおらん。だがな、坊主。事務に聞いたがお前今日冒険者になったばかりって話じゃねぇか。そんな鼻たれがインパルをこれだけ突然狩ってきたっていうのも信じられないんだ。それを解体まで完璧にしたらだと?どこの坊ちゃんで、お前の部下にどれだけ優秀な人材がいたとしてもだ。そいつらを利用してお前が成り上がったとして、あとでお前だけじゃどうにもならん時が来る。そもそも、自分で依頼をこなさない奴が冒険者に登録するってこと自体前代未聞だ。」

どうやらこの男性は、俺が依頼をこなしたと信じてないらしい。受付の事務もそういう理由だったのか?

「なるほど。全部ひっくるめて僕を信じてないんですね。わかりました。じゃあ、まず、インパルの解体は今目の前でします。それで、おじさんが報酬を上げてもいいと思って頂けたなら、検討をお願いします。あと今日は4頭までというなら、来週残りを持ってきてもいいですよね?」

「解体を見せてくれるならその点はそれでいい。だが、残りの2頭を来週ってのは無理があるだろ。素材はともかく肉は腐っちまう。燻製にして持ってくるなら話は別だが・・そんなことするなら、ギルドに持ってくるよりその燻製肉を売った方が金になるぞ」

「なるほど。燻製肉はお金になるんですか。覚えておきます。村ではお金を使うことってなかったので、相場とかよくわからないんですよ。あ、それと肉が腐っちゃうって点については今から実演しますが、僕が扱う肉は鮮度は最高の状態を保ちますのでご安心ください。」

 インパルは村に居る時に何度も解体していたし、鮮度保持の為、氷魔法で腐敗しないように維持していた。おじさんに説明しながら一頭を解体した後、もう一頭は全力で捌いた。

ナイフの切れ味を魔法で強化することで、切れ味を最高に維持し手慣れた作業を繰り返し、毛皮・肉・骨と綺麗に捌き終わった。時間にして10分前後だろうか。おじさんは氷魔法での鮮度維持というのが信じられない様子だったが一頭目を解説付きで捌く際にインパルに触れてもらうと目を丸くしていた。

「こりゃあ・・報酬の上乗せは俺が全力で掛け合おう。それは任せてくれ。ただ来週納品するっていう件についてはそれもその日に改めて見せてくれ。さっきお前の説明の時に実際にインパルの体は氷のようにつめたくなっていたが、それが鮮度維持になるのか俺は知らん。だから現物を持ってきてもらわなきゃ答えられん。」

「じゃあ、それでも構いません。あと報酬は事情は理解したので、規定の銀貨2枚に解体分の上乗せでいいです。ただ、今後も納入する時の為に、一頭分こちらの倉庫に置いてもらえますか?僕が魔法をかけていくので、来週戻ったら魔法を解いてその場で解体します。最後の一頭は自分の食事用にしようと思うので今回は引き取ってもらわなくて大丈夫です」

「そ、そんなこともできんのかぁ?」

「・・他の冒険者の方で魔法を使える人っていないんですか?」

「いや居ても、お前みたいな使い方してるやつは聞いたこともないわ」

「・・そうですか・・」

「とりあえず上乗せについて、今行ってくるからここで待っとれ。」

おじさんは小走りに奥に駆けて行ったので、残り二頭分の解体をその間に済ませていると、丁度いいタイミングでおじさんは戻ってきた。

「ほれ、四頭分の解体料ってことで銀貨一枚じゃ。まぁ今後も定期的に持ってきてくれるなら要相談ということで頼む」

「ありがとうございました。それじゃあ、おじさん、また来週来ますね」

「ああ、待て待て。儂の名前はトンビルじゃ。冒険者も昔はしてたが、その後狩人で生計を立てていた。その技術を素材の納品担当として活かしてくれってことで、ギルドの職員になったんだ。」

「そうだったんですね、そんなしっかりした経歴があればギルドも安心してトンビルさんに任せられますよね。あ、申し遅れましたが、僕はルージュと言います。」

「おべっかは儂は好かん!・・が、お前さんに言われると満更でもないな。ルージュか、よろしくな。」

「・・ところで、あの受付の事務員の方って僕にだけああなんですかね?」

「うん?キーナのことか?なんじゃ、お前キーナに嫌われてんのか?」

「たぶん。ただ思い当たるものが何もないんですよ。今日初対面だってのに、初っ端から舌打ちしたりあからさまに嫌そうな顔されたりで、全く意味がわからないんですよ」

「まぁ、儂もお前の実演を見せられるまでは疑っていたからなぁ。嘘つきは誰でも印象良くないだろ?まぁ他の冒険者にそんなにキツく当たってるのは儂は見たことないがなぁ」



宿屋に戻りベッドに横になる。疲れた・・。あの事務員さん、かなり苦手だ。天之川焚慈の生の時、勤務先の先輩女性社員に一方的に嫌われて、クビにされたことがあった。これも一つのトラウマだ。

 まぁとりあえず、インパルを狩ることができるので、食いっぱぐれることはなさそうだ。

ただ、冒険者としての経験も積みたいが今のランクだと、大した依頼を受けられない。あと今日のインパルの件で、マイナの頃に出来た空間に保存する方法がどうしても欲しくなった。できないかまた試してみよう。


 翌朝から町からは少し離れた所で練習を続けてみると、ルージュに転生したばかりの頃はダメだったが、なんとなくできそうな予感がした。来週トンビルさんを訪ねる頃を目標にした所、やっと空間を開くことができた!中を覗いてみたが、マイナの頃に魔改造していたアリは見当たらなかった。少し残念な気もしたが、とりあえずインパルを保存しようと思ったところでㇷと思った。この空間に保存した物は氷魔法を掛けなくても状態を維持できるんだろうか・・自分用に試験も兼ねてインパルを狩ろう。



「いやぁ、本当に鮮度が落ちとらんとは・・こりゃあたまげた」

約束通りトンビルさんを朝一で訪ね、氷魔法を解いてその場で解体を終えて状態を確認してもらった。

トンビルさんは前回の様子から、本当かもしれないと思っていたようだが、それでもこれまで一度も見たことない状況に驚きを隠さなかった。

「うーんむ・・ちょっと待っとれ。」

トンビルさんはそういうと奥に行ってしまったので、待つしかないのだが、暫く待っても戻ってくる様子がない。

「うーん・・トンビルさん戻ってこないし、どうしようかなぁ・・受付に行くのは・・」

いや、出来ればあそこは最低限必要な時だけにしたい。・・でももう結構待ったんだけどなぁ・・。

「ルージュ!遅くなって悪かったな。全く儂の話を中々信じないもんでよぉ。おい!自分の目で見てみろ!」

呼ばれてゆったりした眼鏡をかけた大男がのっそり出てきた。顔は事務方でトンビルさんとは真逆の容姿をしていた。

「あ、どうも。はじめまして。私はコロ町ギルド支部のギルド長を務めているリャンと言います。」

「こいつも一応少し前までは冒険者をしてたんじゃよ。見た目通り戦士系じゃなく、魔法で後衛をしていたんじゃ。こいつにお前さんの持ってきたインパルを見せようと思ったんじゃよ。儂も昔は冒険者をしていたが、お前の能力はずば抜けている!インパルの狩り能力は儂が太鼓判を押すが、魔法についてとなると儂じゃ判断がつかんからな。仮に魔法が儂が思ってたほどじゃなかたっとしても、プラを昇級させるには十分だと思ってな。・・それでリャン、どうなんじゃ?」

「トンビルさんが絶賛されるだけあってこれは凄いですね。魔法の技術もですが、鮮度を維持するという発想が私にはありませんでした。何より、この氷魔法を先週かけてこの場を離れていたんですよね?氷魔法を維持しておくなんて、殆どの魔法使いにはできませんよ・・いいでしょう。あなたを飛び級で鉄級とします。」

「・・え?これだけで昇級ですか?」

「ええ、あなたはどうやらご自身を過小評価されていらっしゃるようだ。ギルドは能力に適したランク付けをしますので。今から話を通しておくので、帰る前にキーナの所によって新しいギルド証を受け取っていってください。」

うげぇ・・またあの人の所行かなきゃいけないのかぁ・・。

「まぁ正直もう1ランク上でもいいと思うんじゃが。・・これ以上はまた別の依頼でまた昇級してくれ!・・なんじゃ、お前キーナのことをまだ気にしとんのか。悪いことで顔出すんじゃないんだから堂々としとりゃいい」

トンビルさんはニカッと笑って送ってくれた。トンビルさんは良い人だなぁ。


「え!?ギルド長、本気ですか!?そんな事例今まで聞いたことないですよ!」

「事例はなかったかもしれませんが、可能です。そして今回の件については私が責任を持ちますから。魔法使いの力量として客観的に正しく評価もしてますし、何より、最近銀級になったザナンのパーティ「討伐組」がありますよね?」

「ああ、最近「勇者とは俺たちのことだ」とかって言ってる?」

「そうです。彼らは丁度魔法使いを募集してます。ですが、クラスが銅級のなんて了承してくれないですよね?」

「なるほど。だから飛び級させるわけね。それならザナンも魔王討伐に出るからコロ町から追い出せると」

「いえいえ、そんな人聞きの悪いことは言わないでください。いいですか、キーナ。私はルージュくんの力量「も」正しく評価しています。偶々彼の能力を十分に発揮できるパーティがタイミングよくいただけです。ただ彼らは確か今フィールグントの討伐に遠征してたと思うので、戻って頃合いを見て推薦しましょう。その頃にはルージュくんの鉄級も板についてるでしょうし、何なら銀級にしていい能力を示してくれるかもしれません。そういうわけで、彼が来たら、新しいギルド証を渡してください。」

「・・あの子、そんなに優秀なの?」

「先程から話してる通り、能力の評価は正しくしています。能力のない者をザナン達に紹介すれば、その方が面倒になりますからね。ルージュくんも大人としての苦労を学ぶいい機会となるでしょう。それにあなたも彼の事は得意じゃないようなことを言っていたじゃありませんか。」

「なんっか気に食わないのよねぇ。まぁインパルのことは嘘じゃなかったにしても、それはそれで、鼻につく

のよ。あいつ以外にも、サザーランにレミィ。」

「キーナはあの年代の若者が苦手なんですね。」

「別にその年代がみんな嫌いってわけじゃないけど、あの3人はとにかく嫌いだわ」

「まぁちゃんと仕事さえしてくれれば問題ないので、あなたが誰を嫌おうと構いませんよ。それではよろしくお願いしますね。」



 受付嬢と話すのが億劫だったが、リャンさんが話を通してくれていたこともあり、新しいギルド証の受け取りはあっさり終わった。まぁ、暫く活動していけば、お互いに慣れるかなと考えるのをやめて、日課の鍛錬に集中して、さっさと眠りについた。

 翌朝、朝一でギルドの依頼表を眺めてみると、鉄級で受けられるのはほぼ全てだった。依頼表を見る限り、コロ町の最大ランクは銀級のようで、貼り出されてる依頼は銀級で頭打ちだった。国をまたいでの高ランク依頼は勿論あるが、そういうのはギルドに常駐してるランクより上のものは基本的には受注できないので貼り出されてはいない。貼り出されている依頼表とは別に、冊子にまとめられた依頼表にあるか、更に特殊なものはギルド側から依頼に該当する冒険者に直接声掛けされるということらしい。

前日のトンビルさんが帰り際に「ルージュはインパルを狩るのは簡単だろうとは思うんじゃが、お前さんのを引き取ってると他の者がこの依頼をできなくなっちまうと思うんじゃ。お前さんがずっとこの町に居てくれるなら、それでもいいんじゃが、若いお前はずっとこの町にいるとは限らんじゃろ?お前さんがいなくなった時に、インパルを狩ってくれる者がいなくなってしまうと困るんでな。依頼は変わらず貼り出しはするんだが、出来れば、こちらから依頼しない限り、インパルの納品は控えてもらえんかな」と頼まれたので、別の依頼をしなければいけない。

インパルのように、自分にも役に立つ採集などの依頼がいいかなと流し見ていると、丁度いい依頼があった。

「・傷薬の原料となるべリス草・魔力回復薬の原料となるマレット草の納品かぁ。難しくないし、自分の分も収集できると思えばおいしい依頼かな。」

べリス草は気を付けて探せば難無く見つけられるし、マレット草は魔力が濃い所にあるのが一般的だ。魔力が濃い所と言えば、そこには魔物が居ることが多いので、難度はマレット草の方が高い場合が多い。

だからまずは簡単に見つかりそうなべリス草から探してみたが、何故か全然見当たらない。時々いくつか視界に入ったが納品できるほどじゃない。

空が朱色になってくる時間まで探してみたが、明らかに数が少なかった。これはべリス草を狙って採り続けてるってこと以外考えにくい。

仕方ない。明日はマレット草を探してみよう。

そういえば、この間空間保存の試験用に狩ったインパルの鮮度はどうなったかなと思い立ち、インパルを取り出すと鮮度は全く問題なかった。いやぁこれで荷物には困らないな。


 翌日、早朝から森に入ってみると、マレット草は思った通り、それなりに生えていた。マレット草を探して歩いていると、同年代くらいの女性が自分と同じように何かをキョロキョロ探しながら歩いているのが見えた。籠に入ってる野草を遠目に見た感じ、同じくマレット草を集めてるようだ。こりゃ同じ方向に進んだらあの女性が先に採取してしまうなと思ったので、進行方向を変えようかと思ったところで、バッチリ目が合ってしまった。

「こんにちは!見かけない方ですね。・・冒険者の方ですか?」

「はい、最近冒険者になったばかりで、今は丁度べリス草とマレット草の採取を目的に昨日から探索してるんですが・・べリス草は全然見つからなかったので、今日からマレット草の採取に切り替えようと思って探してた所なんです」

「え!?ギルドの依頼にそんなの出てたんですか!?ごめんなさい!丁度べリス草は私が見つけたのは全部持って帰っちゃったんです」

「ここら辺一体のべリス草殆どですか!?そんなに採取ってお店とかに卸すんですか?」

「私の神聖力が生まれつき強かったことで、前に拾ったべリス草に何気なく神聖力を注いでみたら、効能が増えたり強まったんですよ。それを話したら、父がそれは売れるって言うんで練習したりするようになって、この間丁度補充するのに持ち帰っちゃったんです・・すみません」

「あーいや、取っちゃいけないとかそういうルールがあったわけじゃないなら、早い者勝ちってことでしょうがないんじゃないですかね・・あ、自己紹介が遅れました。僕はルージュって言います。」

「私はサザーランって言います。そしたらマレット草まで取っていったら・・やっぱりマズいですよね?」

「それなら僕はこの辺のマレット草は諦めるので、サザーランさんは気にしなくていいですよ・・まぁ、べリス草みたく殆ど取りつくしちゃうと、ギルドとか色んな所から顰蹙かうかもしれないので、程ほどにした方がいいかと思いますが」

「そ、そうですよね!・・でもルージュさんは本当にいいんですか?マレット草採取できなかったら、報酬もらえないんじゃ・・」

「僕は大丈夫です。サザーランさんも言ってたじゃないですか。べリス草に神聖力を注いだって」

「・・え?それってもしかして・・」


マレット草は、魔力を始めとする神聖力などを吸収、維持しやすい特性があるのが特徴なのだ。その為、マレット草自体はべリス草と同じく見つけること自体は簡単にできる。ただ、魔力を帯びていないマレット草を採取して、自分で魔力を注ぐなんてことをしてたら効率が悪すぎるので、そんな方法は誰もしないというだけなのだ。魔力の鍛錬はずっとしてきたので、その辺で生えているマレット草よりも純度の高いものを作る自信がある。

サザーランはあの後、俺のすることを見てみたいということで付いてきていた。集めたマレット草を広げて早速魔力を注ぐとマレット草は紫色にキラキラ輝きだした。

「・・!すごい!!こんなに魔力を注げるなんて・・!マレット草がこんな風に輝いてるの初めて見ました・・!」

「お、その様子だとギルドに持ってっても上質と判断してもらえそうだね。それはそうと、良かったらサザーランさんが神聖力を注いだべリス草見せてもらえないかな?僕のを見せたってことで」

「私ので良ければいくらでも見てください・・今日はもう遅いから、明日でもいいですか?」

「わかったよ、じゃあまた明日」

次はサザーランのべリス草を見せてもらう約束をして、その日は別れた。

神聖力かー。運とかに関係するものだよな。魔力は鍛錬したけど、神聖力はあまり意識してなかったな。神聖力は鍛錬が難しいし、扱いが難しいんだよなぁ。明日サザーランの実演を参考にさせてもらおうかな。


サザーランの家は昨日聞いてあるので、ギルドにマレット草を納品してから向かおう。

「トンビルさーん、依頼書にあったマレット草持ってきたんで納品したいんですけどー」

扉の奥に呼びかけると、トンビルさんが急いで降りてくる音がする。

「こんな朝一に来るのはお前くらいじゃ!」

「夕方の方が良かったですか?」

「いんや、出来るならこのまま朝一にしてもらえると助かる。この間のインパルの件もそうじゃったが、マレット草だって昨日依頼を受けたばかりだったのに、もう持ってきたってことは、これまでの良い意味で儂らの常識を超える可能性がある。そうなるとどういう扱いにしていいか上と話すのに時間かかるんじゃよ。」

「わかったよ。で、マレット草の納品はどのくらいまで受けてくれるの?」

「・・なんじゃ、その話しぶり的に、大量にあるのか?」

「それなりに用意はしてきたんだけど、準備してた時にこの辺で群生している物より品質が良いみたいだったんですよ。とりあえずこれ。」

一束空間から取り出して渡してみると、トンビル目を見開いた。

「こ、こんなのどこで!?・・というか、本当にこれはマレット草なのか!?いや、見た目は確かにマレット草じゃが・・こんな風に光を帯びてるものなんぞ、儂は見たことないぞ!ルージュ、これはどこで見つけたんじゃ!?ああ、いや、ギルドとしてそこは聞いちゃいかんところだったな。すまん、すまん。つい興奮してしもうて」

「どこってその辺に生えてるマレット草に僕が魔力を注いだだけだよ。だから別に隠すようなことでもないから」

「はぁー!?・・いや、お前さんがそんな嘘ついても何の得にもならんもんな・・」

「で、それどのくらいだったら納品受けてくれそうか確認してきてもらえる?もし少ししか引き受けてもらえなくても、これは自分用にも役に立つから、余っても大丈夫だからさ」

「・・ど、どのくらいあるんじゃ?」

「まぁ沢山準備してきたよ。・・あ、勿論野生にあるマレット草を手あたり次第採ってきたわけじゃないから安心して。」

「・・そうか、わかった。じゃあ、この一束少し借りてくぞい。悪いが、また暫く待っててもらえるかの」



 トンビルさんは頭を掻きながら、よたよた奥に消えていった。

が、すぐにドタドタとギルド長が急いだ様子でやってきた。

「トンビルさんに聞きましたが、このマレット草は本当にルージュさんが!?」

あー、現役の頃は魔法で後衛してたってこの間話してたからか・・。

「えぇ、そうです」

「私が現役の頃でさえ、この純度のマレット草はそうそう見ませんでした。これをどこで?」

「さっきトンビルさんに話したんですが、僕がマレット草に魔力を注いだんですよ」

「!?」

「すまんのー、ルージュ。リャンにそのマレット草を見せたらすっ飛んで行っちまって話す暇がなくての」

トンビルはやれやれと言った様子で、頭をまた搔きながら「まぁ誰だって驚くじゃろうが」とボヤいている。

ギルド長は相変わらず信じられない様子だったが、務めて冷静を装って話を進めた。

「・・そう、ですか。それでトンビルから聞いたのですが、これをどの程度の納品できるかということですが・・どのくらいの量でしょうか?」

「沢山だよ。だからどのくらい受けてくれるか言ってくれれば、それを納品しますってだけなんだけど・・。」

『沢山って・・これだから子供は・・!こんな純度の高いものを大量に確保したなんてなったら、ザナン達に紹介するより先に本部にルージュの招集命令が出てもおかしくないぞ・・!・・とは言え、これだけのマレット草ならルージュの実力については、私が一々説明する必要もない・・』

「では、この1束だけでも今回はいいかね?」

「な!おい、リャン!」

「トンビルさんは黙っていてください。こんな上等な物はこんなしがない田舎町のギルド程度が引き取れる金額を超えています。ルージュくん、君は大変優秀な冒険者だ。この間トンビルが鉄級じゃなくてもう1ランク上げてもと言っていたのにも合点がいきました。すぐにとはいかないかもしれませんが、この町で一番のパーティーをその内紹介します。」

トンビルさんはギルド長が紹介の話をした途端、ギョッとした顔をしたが、ギルド長が一瞥すると言葉を吞み込んで下を向いてしまった。

なんかありそうにも感じたが、追及した所でのらりくらりとギルド長は躱すだろうし、追及したら後できっとトンビルは責められることになるんだろう。折角冒険者になって初めて良くしてくれた人を困らせるのは嫌だな・・。

「そうですか。であれば、前回インパルの時も初めてはサービスを付けたので、そのマレット草をもう少し品質を上げましょう」

「・・は?」

言うが早いか、ギルド長の持っていた一束に魔力を注ぐ。

「!?!?こ、こんなことが!?!?」

「渾身の出来です!マレット草の許容量ギリギリまで魔力を注ぎました。これ以上はマレット草が魔力を維持できなくて消滅しちゃうんですよ。結構加減が難しいんです。」

『マレット草自体の許容量を越さないように気を付けただって!?そんな・・そんなこと・・俺は夢でもみてるのか!?』

リャンは自分では決して届かない高みを、年端もいかない少年に見せつけられ、嫉妬する心と素直な驚きに支配され言葉を失っていた。

「ルージュ!・・お前さん、これだけの物を本当に沢山あるんじゃな?お前さんの言葉に今更嘘があるとは思ってないが」

トンビルが単純な好奇心から訪ねてきた。

「トンビルさんにはお世話になってるから、ちょっとだけ見せてあげます。」

空間を開くとその先には、マレット草の草原が紫色の輝きを放っている光景が広がっていた。

「く、空間魔法!?しかも無詠唱で!?」

ギルド長は意図せず涙が零れ落ちる。決して届かぬ高みを目の前に見せられ、羨望と感動、嫉妬と困惑。

「・・こりゃあ・・、マレット草の草原ってのはこんなに綺麗なのか・・」

「じゃあ、この後用事があるんで、僕は先に行きます。受け取ってくれるその一束は値段わかったら教えてください」


トンビルさんとギルド長と別れて、サザーランの家までやってきた。

サザーランさんの家って他の家に比べて造りもいいし、大きいな・・。結構裕福な家庭なのかな。

「ルージュさん!」

サザーランさんは家の中から、俺がくるのを待っていたらしく、家の前について間もなく扉が開いた。

「ギルドで昨日のマレット草を納品してから来たんですが・・お昼過ぎてからの方がよかったですかね?」

「そんな、とんでもない!お父さんにも話してたら、是非お昼でもご一緒したいって皆まってたんですよ!」

「え?お父さん?」

「マレット草の話をしたら、是非って」

あーサザーランさんの神聖力を注ぐっていうのも、お父さんが売れるって言ったのが始まりだって言ってたっけ。マレット草でも商売考えてんのかな。



 サザーランさんに案内されて中に入ると、中庭に通された。そこにはサザーランさんが話していた神聖力が注がれたべリス草が植えてある。

「へー、ただ神聖力を注いでるだけじゃなくて、育ててもいるんですね」

「そうなんですよ、この子が「どうせなら、ちゃんと育てれば、毎回採りにいかなくてもよくなるし、生産も安定する」って言うもんでね。我が子ながら、商人としての才が既にあるんじゃないかと嬉しいんですよ!」

後ろから待ちきれず飛び出してきたような、話の流れ的にサザーランさんのお父さんらしい人が、満面の笑みで語りかけてきた。

「お父さん!まだ紹介もしてないのに!」

「まぁまぁ、それにルージュくんは察してくれてる様子だし、気にしなくていいじゃないか。それで昼食の前に、よければ君のマレット草を見せてくれないか!?」

なんというか、自分に正直な人だなぁ。

「お父さん!ルージュさんには昨日私はもう見せてもらってるんだから。今日は私のを見せる約束で来てくれてるんだよ!まずは私が見せないと!」

「うん?ああ、そうか。確かにそうだな。いや、すまんね。サザーランの興奮した様子に驚きを隠せなかったもので・・つい、ね」

サザーランさんは父を俺から剝がすと、べリス草に神聖力を注ぎ始めた。

へぇー・・神聖力を注がれたべリス草は銀色の輝きを帯びている。これは普通の傷薬じゃなくて、運気が上がる効果が付与されてるな。更に運気が上がることで、傷薬としての効果もより効くようになってる。こりゃ、確かに商売にも繋がる。

「どうですか?ルージュさんのお役に立てましたか?」

「はい、ありがとうございます。すごいですね、サザーランさんの能力もだけど、これを売れるとすぐに思いつかれたお父さんも。」

「まぁ、商人なのでね。冒険者の希望とかはよく聞いてましたから。いや、それより、ルージュくん。君はまだ冒険者になりたてってことは、サザーランと大して年も変わらないんじゃないか?色々あって娘は同年代の友達はまだ多くないんだ。良かったら仲良くして挙げてくれ。」

「お父さん!・・うーん、まぁお父さんもああ言ってるし、ルージュさんさえ嫌じゃなければ、呼び捨てにしてくれないかな。」

「うん、わかったよ。じゃあ僕の事も呼び捨てで。年齢は15です。」

「え!?同い年だったんだ。」

サザーランは嬉しそうにしている。理由はわからないが、このお父さんが言うには諸事情から同年代の友達がいなかったからなのだろう。

「旦那様―。もうそろそろお食事の準備が整いますのでー」

この屋敷ではあまり上下関係などは厳しくないのだろう。使用人がアットホームな雰囲気で呼びかけてくれている。

「あー!わかったー!・・さて、ルージュくん、私にもマレット草を見せてもらえないだろうか!?」

「まぁ減るもんじゃないし・・こんな感じですね。」

先程、ギルド長とトンビルさんの前で見せたように、空間を開いて見せた。

「!!・・こ、これは!!・・す、すごい」

お父さんは言葉通り、茫然として動かなくなってしまったが、サザーランも「す、すごい・・綺麗・・」と固まっている。

二人とも空間を開いたままだと、見惚れて動けない様子なので、空間を閉じたが、閉じても二人は暫く固まったままだった。サザーランに声をかけるも中々反応が返ってこなかったが、やっと返事をしてくれた。

「ごめんなさい!あ、お父さん!お父さん!!お父さんってば!!」

「・・。・・?・・あ、あぁ。いや、自分からあんなにせがんでおきながら、こんな姿を見せてしまって申し訳ない。よし!ご飯にしよう!」

小洒落た白い椅子とテーブルがある。パンとスープが並んでいる。

「ルージュくん、改めて我が家へようこそ!」

「ありがとうございます。・・あ、そうだ!この間、インパルを狩ったのがあるんですよ。とても美味しいので良ければ一切れ如何ですか?」

「インパル?」

「お皿だけ借りてもよろしいでしょうか?」

「あ、あぁ。おーい、皿を4枚頼む」

使用人が屋敷に皿を取りに行ったので、空間からインパルを取り出し、解体しようかと思ったが、そこでㇷと気が付く。一般のただの町人が解体の現場を見せて大丈夫なのかと。視線を向けると

「うん?・・あぁ!安心してくれ、ルージュくん。うちは行商もやってて、冒険者が護衛してくれた時なんかはその場で解体してたのをみてるからな。娘は気が付いてから遠出もしてないから、初めてかもしれんが・・父さんと母さんの子ならこの位は慣れておいてほしいからな。」

「そうですか。サザーラン。これからインパルを解体するから、見るのが辛かったら、ちょっと離れててもいいよ?」

「・・!う、ううん!大丈夫、頑張る!」

『うそー!本当に解体するの!?頑張るって言っちゃったけど、解体作業見て食べられるかな・・』

トンビルに見せた時よりも素早く解体を終えると、素材は空間にしまい、食べる分だけナイフでスライスすると火魔法でレアの焼き加減で仕上げた。

「どうぞ。焼き加減は好みに合わせますので、もう少し焼いてほしいなどありましたら、遠慮なく言ってください。」

「うまい!こんな生みたいな焼き加減初めて食べた!もう少し火を入れてもらったらどうなるのか試してもいいか?」

「勿論」

「うまい!だが、最初に食べた焼き加減は悪くないな・・使用人にも味を知っておいてほしいと思うんだが・・もう1枚もらってもいいだろうか?」

「気に入って頂けたようで何よりです。勿論いいですよ」

使用人もサザーランの母も目を丸くして、頬張っていた。

「こうやって外で食べてると、バーベキューが懐かしいな」

天之川 焚慈だった頃、バーベキューなど数える程度しか経験はなかったが、外で和気藹々とした様子につい口をついてこぼしてしまった。

「!!!」

サザーランはルージュのナイフ捌きが早すぎて殆ど見えなかった(ルージュがサザーランの方向から見えないように工夫したのもあるが)のが、功を奏してインパルの肉を美味しく食べていたが、ルージュの小さな独り言に耳を疑った。

「さて、ルージュくん。君には今日は驚かされてばっかりだったな。正直な話、君の話をサザーランから聞いた時は、君と協力することで、娘のべリス草と同じようにマレット草も商品として売れるんじゃと思っていたんだ。だが君は将来的にはきっとこの町をでるんだよな。あれは君だから出来る芸当だ。君がいなければ同じ物は作れない。・・だが、君との縁は大事にしたいと心底思った。娘とも仲良くしてやってくれ。あと冒険者として何か困るようなことがあれば、微力ではあるが、全力で手助けさせてもらうから、そんなことあるかわからないが、いつでも言ってくれ。今日は本当に色々貴重な体験をさせてもらった。改めて、礼を言う。ありがとう、ルージュくん。」


その後、もう一度べリス草のある中庭を見せてもらっていると、案内してくれていたサザーランが、2人になったタイミングで呟いた。

「・・日本、アメリカ、東京、ロサンゼルス・・」

「・・え?」

聞き間違いか?いや、一つだけなら、まだ知らない単語ってこともあるかもしれないし、違う意味の単語ってこともあるかもしれないけど・・。

「ルージュ。今私が言ったのわかる?」

「じゃ、じゃあ・・君は・・」

「やっぱりそうなんだ。さっきお昼の時に「バーベキューが懐かしいな」って言ってたから、もしかしてって思ったの。私は去年この体で目覚めたの。私が目覚める前のサザーランは、5歳の頃に家族で出かけていた時に、走行中の馬車の扉の整備ミスで、馬車から落下してから意識不明になってたんだって。」

「じゃあ君はこの世界じゃ1年くらいしか経ってないんだ・・もしかして、戻りたいとか思ってるの?」

「ううん。私「立花 華那子」は前世では多分死んじゃったんだと思う。」

「思うって・・覚えてないの?」

「うん、所謂ブラック企業でずっと働きづめだったから。最後の記憶も仕事してて目の前がぼやけたと思ったら机に突っ伏したまま動けなくなって、胸が苦しくなってきたと思ったら、真っ暗になったように思って目が覚めたら、サザーランとして目が覚めたの。だから、たぶん死んじゃったんだろうなーって。あの頃はもう何にも考えずに働くだけだったから、今度はもっと色んな事を自分の意思でやってみたいなって思ってるの。思春期の体で目覚めたからなのか、意欲もすごく湧いてくるし、色んな事に興味が持てるんだ。だから前の時にはできなかった生き方をしたいなって。君はどうなの?」

「俺は・・」

これまでの経緯を大雑把に伝えると、サザーランは興味津々な様子で聞いてくれた。今まで前世の事で特段思うことは無かったが、初めて同じ転生者に出会い、話す言葉は自然と軽かった。

「そうなんだ。ルージュは「天之川 焚慈」さんって人だったんだ。でもこの世界に転生して、すぐにまた転生して今のルージュとして生まれたってすごいね。私も赤ちゃんからスタートしたかったな―。まぁ転生先が人間でこんなにいい人の所に来れたってだけでも幸せな事なのかな。・・そうだ、ルージュはまだこの町に来てそんなに経ってないんだよね?実は私やルージュと同じ転生者がもう一人町に居るんだよ。ルージュほどじゃないけど、私よりは先輩なんだ。まぁ年齢は同い年だけどね。レミィ・ダナックって言うの。良かったら、案内してあげるよ。転生者仲間ってことで。」

サザーランは爽やかな笑顔を向けてくれた。



「レミィはね、ジベルさんってドワーフの方がお父さんで、生前の冷蔵庫とかエアコンみたいなあったら嬉しい製品をこの世界の魔法とかを駆使してできないかみたいなことを一緒にやってるんだよ。町のみんなは不思議に思ってるみたいだけど、私は同じ転生者だから親近感あるんだよね。まぁこればっかりは同郷の人じゃなきゃ中々共感って難しいんだろうね」

「そういう意味ではそのジベルさんって方は、理解してくれるってのは貴重だね」

「そうだね、お父さんだからっていうのもあるんだろうけど、物作りに関して拘りが強いドワーフの種族だからって言うのもあるのかなって私は思うな。ルージュはドワーフのこと知ってる?」

「うん、ルートゥ村の友達のお父さんがドワーフだよ。職人って感じで口数多いタイプじゃないけど、話しづらいってわけじゃなくて、良い人だよ。」

「そうなんだ。お互い今世ではいい人に恵まれてるね、私達。」

さっき自分のこれまでについて話した時に、チープ一家のことは話してなかったので、サザーランは屈託のない笑顔で返してくれたが、軽く釘は刺しておいた方がいいだろう。

「そうだね、確かにいい人達が今の所多いね・・けど、前世だろうがこの世界だろうが、悪い奴やずるい奴は必ずいるから、警戒だけはしておいた方がいいと思う。いらない心配だったなら、それで良いんだしさ。」

「・・そっか。ルージュもこっちで苦労したんだね。」

「ルージュ「も」ってサザーランもあったの?」

「うーん、私はまだそんな酷いのには出会ってないけど、ギルドのキーナさんには嫌われてるみたい。」

「あー・・あの人ね。俺も露骨に嫌悪感出されて、あの人は俺も苦手だよ」

「そっか、冒険者だったらギルドには顔出さなきゃいけないもんね。あの人、レミィにも当たりが強いんだよね。まぁレミィに当たりが強いのは、私たちのとは違う理由もあるんだろうけど・・もしかして転生者が嫌いとかだったりして」

「他の理由?転生者が嫌いって、言わなきゃ相手もわからないっしょ。」

「それはそうなんだけど、私達にはわからない雰囲気とかあるかもしれないじゃない?まぁこれは適当なこと言っただけなんだけど。レミィのことは本人と話してみて。彼女は気にしてないから、昔話を今したみたいな流れにならないと話さないかもしれないけどね。」

天之川 焚慈の頃の生に未練などないが(家族には悪かったと今でも思うが)、あの世界を共有できるというだけで不思議と同郷のような感覚になっていると、目的地に着いたようでサザーランが手を振って、丁度出てきたエメラルドグリーンの髪色の少女に駆け寄っていった。

「レミィ!今日はね、私たちの同郷を連れてきたんだよ!」

「・・同郷・・っていうと、転生者ってこと?」

「そうそう!ルージュ、早く来なよ!・・レミィ、彼が私たちと同じ転生者のルージュ。」

「よろしく。私はレミィ・ダナックよ。前世では「土森 望」って名前だったけど、それはもう過去は過去だから、いいの。それよりさ、こういう転生ってなんか特別な力があるとかっていうのがオーソドックスな展開かなって思ってたんだけど・・サザーランは神聖力が強いってだけだし、私も生まれが複雑ってこと以外特に変わったことないんだよ。君は何か特別な力とかないの?」

「・・特別ってどんなのを期待してるの?」

「そりゃ、あの頃みたいに暑くても快適に過ごせるエアコンとか、食品を新鮮な状態で保存しておける冷蔵庫とか!そういうのに活かせる能力よ!」

この子逞しいなぁ。顔に出てしまっていたのかサザーランはお腹を抱えて笑っている。

「アッハッハッハ!そういう反応になるよねー!私も初めて会った時に「あれってエアコン?」ってつい口をついて呟いちゃったもんだから、レミィに同じように詰められて呆気にとられたんだよね。」

「なによぉ。日々の生活を少しでもあの頃の水準で過ごしたいって思うのは、同郷の出なら普通な事でしょう?」

「それより、生まれが複雑ってのは?サザーランからドワーフのお父さんって聞いてたけど・・」

「私、エルフとドワーフの混血を作る実験の過程で魔法による合成を行った結果できたのがこの体だったみたいなの。で、私はそれから10年経過した所に、私の意識で目覚めたってわけ。そんな実験してたとこはきっとヤバい組織なんだろうけど、私にはそこについてはなんの記憶もないわけ。ただ、追われてるみたいだから、あんまり派手に立ち回れないってのはあるけど、こうやって日常生活に溶け込んでしまえば、問題ないのよ。まぁいつかそんなのに取っ捕まってしまったら、悲惨な事になるかもしれないから気を付けないといけないんだけど。あくまでも私はその件については父さんから聞かされてる以上の事以外に思う所がないのよね。」

「へー・・でも、エルフとドワーフの特徴を君は持ってるってことなんだろ?それって君の言う特別な能力があるって事じゃないの?」

「まぁ確かに、エルフの精霊の声を聞いて精霊魔法を行使するとか、ドワーフの土と火に対する相性がいいとかはあるけど・・でも私の欲しいエアコンや冷蔵庫には活かせられないじゃん」

「水魔法の応用だし、精霊達は風の他に水も得意じゃん」

「簡単に言ってくれるなぁ。」

「レミィ、ルージュはね、実は・・」

サザーランはある程度今世になってからの俺の生い立ちを説明した。

「ええ!?ずっるーい!ちゃんと赤ちゃんからスタートしてるなんて!・・まぁ、世の中公平なわけないか。サザーランも言ってたけど、こうやって転生先が人間でこんなにいい人の所に来れたってだけでも幸せな事なのかな。まぁ私の場合、人型ではあるものの、人間じゃないけどさ。それで、サザーラン達に振舞ったインパルの肉の保存って要は冷蔵庫ってことだよね?」

「まぁそうだね。発想はそれ。」

「やっぱりそれってルージュじゃなきゃ、できないの?」

「いや、さっきも言ったようにレミィも出来ると思うよ。でも魔法を使わずってなると魔石に付与してとか」

「そうそう!やっぱりそうなるよね!」

「前世では魔法がなかったから、電気を使ってたわけだけど、この世界は魔法があるからね。電気を作るより魔法を覚えた方が早いと思うよ」

「そっかー、やっぱり行きつく答えは一緒だね!サザーランは神聖力が強いだけで、魔力は大したことなかったんだけど、ルージュならお願い出来そうだね♪」

「えー?俺なんの得もないじゃん」

「勿論タダとは言わないよ!ルージュに協力してもらって、試作機がうまくいって私自身でも魔石への付与を出来るようになったら、売上の3割を投資してくれた分ってことで、永続的に配分するってのでどう?」

「・・君前世では商人だったの?まぁいいけどさ。同じ同郷ってことでそんなに邪見にするつもりは無かったしね」

「私は生前は事務員やってたけど、若い内に大病しちゃって、そのまま入院して病死って流れだったけど、職場の同僚も友人もいい人ばっかりで思い残すことは何もなかったよ。ただ、私も同郷のよしみじゃないけど折角なら仲良くしたいしね。こういう関係作っておけば、冒険者やってても時々はきっと会うキッカケにできるじゃない」

自分の目的に忠実なようでいて、これからの関係性を維持できるように自分の目的を絡ませてくるなんて、この人元々かなり優秀な人なんじゃないか。

その後幾つかの魔石に水属性・氷属性などいくつか付与を終えた。

「ありがとう!」

「すごいなぁ、鍛錬すればある程度は出来るようになるってルージュも言ってるし、私もやってみようかな」

「この町にいる間なら、時々様子見に来るよ。手伝えそうなことあれば言って。」

「そりゃ、助かるよ。」

「そういえば、村に居た時に物語が大好きな子がいて、その子から聞いたんだけど今のギルドの創始者が転生者だってのは知ってる?」

「え!?そうなの!?」

二人は顔を見合わせている。

「うん、しかも今でも生きてるらしい。それこそ、レミィのいう特別な力を持ってんじゃないかなって思うけど。」

「うーん、そういうことならいつかは訪ねてみたいけど・・私達とはレベルが違いそうじゃん。だってギルドの創始者っていったい何百年昔なのよ。簡単に会えそうにないし、なんかラスボスみたいな立ち位置になってそう」

魔石への付与や色々話していたら、すっかり日も暮れてきた。

「私ももっと話してたいけど、もう帰らなきゃ。」

じゃあ俺もっと立ち上がろうとすると、レミィはガシッと手を掴んで、ニンマリ笑顔で引き止めてきた。

「ル~ジュ、サザーランにはインパルのお肉振舞ったんでしょう?私達にもいいじゃない?サザーランは家族がいるから帰らなきゃいけないだろうけど、ルージュは冒険者だから別に早く帰る必要はないんでしょう?」

「・・それはそうだけど・・まぁいいか。」

『レミィってこんなに積極的だったんだぁ。ちょっと驚いたな』

「じゃあ、私は戻るね。」

サザーランはのんびりした歩調で帰っていった。


「父さーん、新しい友達が今晩はインパルの肉をご馳走してくれるって!」

「新しい友達って・・本当か?」

「あー、安心して。サザーランが紹介してくれた友人だし、話してみたけど悪い奴じゃないよ。それに何よりインパルの肉だよ!」

「?お前、インパルの肉なんてそんなに好きだったか?そりゃ、肉なんて頻繁に食えるもんじゃないが・・」

「そうじゃないんだよ!前に父さんに話した食物を新鮮な状態で保存する道具の話したじゃない!?恐らくそれの完成形が見れるはずだよ!」

げぇ・・なるほど。それで、あんなにガッシリ掴んで離さなかったのか・・つくづく目的に忠実な子だなぁ。

「はじめまして。ルージュって言います。」

「おお、お前さんが、レミィが話してた子か。儂はジベルじゃ。・・それで、レミィが言うとったのは・・」

「これですね。数日前に狩ったインパルです。」

空間を開けてインパルの肉の塊を取り出す。昼間サザーラン達に振舞うのに解体はもう終えていたので、食べる分だけ切り分ければいい。

「「おおおっっ!!!!!」」

親子で目が輝いている。

「「ほ、本当に数日前の肉なのか!?臭くもないし、傷んでる様子もない・・!」」

寸分違わず、同じことを話してる。こんなに意気って合うことあるんだ・・。

「どれどれ!そうは言っても実際食べてみないと、わからないよね!」

レミィが早速炙りに行こうとする。

「待った待った。レミィ、サザーラン達にはちゃんと俺がご馳走したんだ。レミィ達にもちゃんと俺がご馳走するさ!」

火魔法で絶妙な焼き加減で仕上げる。



「焼き加減はレアにしてあるから、あとは好みで火で炙るといいよ」

「うそっ!レアで食べられるの!?」

レミィは満面の笑みで恍惚としている一方で、ジベルは「儂はもうちょっと火を通しておきたいな」と好みに仕上げている。

「どう!?父さん!こんなに新鮮な状態を保っておける道具できたらすごく便利じゃない!?」

「確かにそうじゃが、これはルージュくんの魔法なんじゃろ?ルージュくんみたいに魔法が得意ってならできるかもしれんが・・」

「いえ、出来ると思いますよ。要は僕が魔法で再現している状態を作れる道具を作ればいいってことなんで。魔石に魔法を付与すれば似たことは出来ると思います。具体的どうするかとかはレミィの方がずっと考えてきてたんでしょうし・・すぐに上手くはいかなくても、可能性はあると思います。」

「そうか。にしても、お前さんの目はサザーランと同じく、全く好奇の色がないんじゃな。」

「?まぁ、故郷の村にもドワーフはいましたしね。」

「ドワーフは珍しくもないだろうが、娘は違うじゃろ。」

「・・そうですかね?まぁ僕は見た目で判断はしないので。見た目は情報の一つに過ぎませんよ。」

「あー!父さん私のさっきの話信じてなかったんでしょう!」

「い、いや、違うぞ。親は娘のことは心配なものなんじゃ。」

レミィは笑顔を絶やさず、本当に楽しい時間が過ぎた。そこに取り繕ったようなものはなく、親子の絆を感じられる。そして、レミィは冷蔵庫についてジベルさんと話している時も真剣でありながら、本当に楽しそうにしている。生前の彼女の人柄を幻視したような気がした。

「・・?なぁによー。」

「いや、いい画だなって」

「フフン。」

レミィはニンマリ満足気な顔をしたと思ったら、突然真顔になった。

「で?サザーランが話してないってことは、まだそういう話はしてないのかもしれないけど、あんたはどのくらいこの町にいる予定なの?」

「いやぁ・・まだそんなに来て間もないから特段いつまでとかは考えてないけど・・ギルド長がこの町一番のパーティーを紹介するとか言ってたから、とりあえずはそれを目安に・・」

「この町一番のパーティー!?それってザナンの「討伐組」!?」

どういうわけか、レミィの剣幕がすごい・・どうしたんだ?

「いやパーティー名とかは聞いてないから、レミィが言ってるとこであってるのかはわかんないけど・・そんなに有名なとこなの?」

「有名っていうより、この町って良くも悪くも平和で田舎でしょ?この辺って住んでる人たちにとってはいいんだけど、冒険者には大した活躍できる依頼とかがないのよ。そんな中で、賞金のかかった魔物や盗賊とかを狩ってれば嫌でも目立つってことよ。」

「・・それって、わざわざ遠征して討伐してるってこと?」

「そ。だから討伐組ってパーティー名なのよ。」

「ふーん・・で、さっきの剣幕だとただそれだけってわけじゃないってこと?」

「うーん・・あいつらが犯罪を犯してるとかってことじゃないんだけど、あんたの雰囲気には合ってない感じがするのよ。自分達のパーティー以外の事は見下してるし、態度も横柄でね。あのパーティーよく解散しないなって思うもの。」

「そんなに酷いの?」

「ギルドで少し見た程度の感想だけどね。私は直感的にあいつらとは関わりたくないって思ったわ。たぶん、サザーランの方がその辺の話は詳しいと思うよ。あの子、自作のべリス草のポーションを売り込んで通ってるから。」

「あーそれで、サザーランもギルドのキーナさんを知ってるんだ。」

「あの女、むかっつくわよねー!」

「・・そういえば、レミィも嫌われてるんだっけ?サザーランから聞いたけど」

「ええ、露骨にね!私の容姿も気に食わなかったみたいだけど、お互い中身も犬猿の仲って感じよ!あんな露骨に態度に表すなんて、大人としてあり得ないわ。そもそも・・」

ブツブツと小言モードになりかけた所で、ジベルが声をかけてきた。

「レミィ、冒険者とは言え、そろそろルージュを帰してやったらどうだ?食事の時の話だと、今日は朝から動きっぱなしなんだろ?」

「アッ!ご、ごめん!ルージュのインパルの鮮度を実際に確かめたくて、こんなに引き止めちゃって!!」

「いや、いいよ。満足してもらえてみたいで何よりだよ。それに、「討伐組」ってとこについても少し知れたし。」

「大した情報じゃなくてごめんね、また3人で会おっ!あいつら、遠征からまだ暫くは戻ってこないはずだから・・そうだなぁ、来週また会おうよ!サザーランには私から言っておくから!二人でルージュの宿に行くよ!」

「わかったよ、じゃあおやすみ。ジベルさんもありがとうございました。」

レミィ達との約束までは特にすることがないし、神聖力の鍛錬でもしようかな。






              ⅱ―2


レミィは冷蔵庫の作成について頭であれやこれやと考えながら、サザーランの家に向かって歩いていたが、考え事をしてたせいか思った以上に早く着いてしまった。サザーランとこれからルージュの宿に向かうので、冷蔵庫については一旦保留しておかなければならない。

「・・うーん、わかってるんだけどなぁ。わかってるんだけど、どうしても頭から離れない・・」

「わ!」

「ぎゃっ!!・・・サーラー!!」

「えへへ、ごめんごめん。窓越しに見てても気づかないから、つい、ね」

サザーランはいたづらっぽく舌を出しておどけて見せる。

「それで?ルージュの事で頭がいっぱいなの?」

「??何言ってんの?冷蔵庫の事に決まってるじゃない。ルージュが協力してくれたおかげで、冷却機能は問題ないんだけど、冷気が外に漏れないようにするのが身近の素材だといいのがないのよ。ルージュの空間魔法でってのも考えたけど、それってルージュがいないと作れないんじゃダメじゃない?やっぱり私程度の人間でもちゃんと作れる程度の難易度じゃないと、量産はできないし、自分専用にするにしてもメンテができないんじゃ困るでしょ?」

レミィは早口で捲し立てながら、また自分の世界に入り始めている。

「ア、アハハハハ・・レミィには、そういうのはやっぱりあんまり興味ないんだね・・」

「そういうサラはいつもそんなこと考えてるの?」

「そ、そういうわけじゃないよ!ただ、前世ではそういうの全く縁が無かったし、丁度今の年齢的にそういう恋愛とかも多い時期じゃない?・・っていうか、サラってやっぱり私のことなんだ。さっきは驚いて咄嗟に出ただけかと思ってた。」

「まぁ確かに年齢的には思春期。青春の時期だものねー。少なくとも今の私には自分の身の回りを快適にすることが一番ね!で、名前の件は確かにさっきは咄嗟に出ちゃっただけなんだけど、元々サザーランって長くて呼びづらかったのよ。サラなら短くて呼びやすいし、いいでしょ?親しみを込めてってことで」

名前を長いと文句を付けられたことに若干不満を感じつつ、親しみを込めてという言葉に機嫌はすぐに良くなった。

 「そうだね!これからは親しい人にはサラって呼んでもらうことにするわ!家族とルージュ、あとジベルさんにもそう伝えておいて!」

 他愛もない話を続けているうちに、ルージュの宿についたので、女将さんに部屋を教えてもらってノックをするが返事がない。

 「あれー?ルージュ忘れちゃったのかなぁ・・でも出かけてたら女将さんもその位教えてくれそうだけど・・」

 「レミィ、待って。人の気配はちゃんとするし、この魔力はルージュのだよ。」

 ルージュの魔力だと確信はある様子なのに、何故かサラはふんぎりがつかない様子だ。

 「サラ?ルージュの魔力ってわかってるならどうしてそんな顔してんの?」

 「その・・神聖力も感じるんだけど・・すごいの。この間会った時は得意じゃないって言ってたのに・・」

 あー純粋に驚いてるんだ。私はそういうの気にしないからなぁ。

 「で、どうする?修練でもしてるのかもだけど、呼んでも応答がないなら、このまま待ちぼうけだよ」

 「あ、そうだね!・・そうだ!通信魔法してみるよ!お父さんに地味な魔法だけど、何かあった時の為に役に立つからって目覚めてから教えてもらってたんだよね」


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 「!?ごめん!」

慌てた様子が扉越しに感じられる。謝罪の言葉と同時に扉が開いた。

 「へぇー、こんなに覿面(てきめん)に伝わるんだ・・私も覚えてみようかな」

「サザーラン、声かけてくれてありがとう。もしかして、結構待たせてた?」

「ううん。すぐに通信魔法試してみようって気が付いたから、待ってないよ。あ、それと、さっきレミィがね、私の名前長いから親しみを込めてサラって呼ぶって話してくれてね。ルージュもサラって呼んでくれていいよ。」

「お、いいね!じゃあ俺もサラって呼ぶよ。で、どこに行く?」

「うーん・・どこでもいいけど・・折角凄腕の冒険者のルージュと行動するなら、私達二人じゃ普段しないような、行かないようなのがいいなー」

「レミィって、この間初めて会った時も思ったけど、すごい行動的だよなぁ」

「そうかな?その時しか体験できないことがあるなら、そっち選んだ方が経験が増えていいじゃない」

「うーん・・じゃあ、食料調達にインパルを2,3頭狩って、レミィの知ってる鉱石を取りに行くとかどう?この町近隣は平和とは言っても、女性だけでそんなに奥にはいかないだろ?サラも付いてくれば他の野草も見つかるかもしれないし。」

「うん、そうしよう!じゃあ軽いピクニックだね!」

「ルージュが居れば、何の準備もなしで行けるっていいねー」


インパルの狩りは探知魔法ですぐに見つけることが出来るので、あっという間に終わった。

「・・早いよ!簡単に見つかるのは未だしも、こんなに離れた所から、魔法で仕留めるなんて・・」

「見学ってことで、視力強化なんてことしてくれたのも驚いたけど、見ててもどうやって仕留めたのか全然わからなかった・・魔法使ったのはレミィが言うように察したけど、何したの?」

「氷魔法で心臓を止めたんだ。瞬間冷凍って感じ。恐怖を与えない動物への配慮ってのもあるけど、一番新鮮な状態で捕獲できるから、狩りする時はいつもこうしてるんだよね。」

「正直、ルージュが宿でインパルの狩りと鉱石集めって2つを提案された時は、どっちかで日が暮れちゃうんじゃって思ってたんだけど・・まだお昼にもなってないのは驚きだわ・・あ、そうだ!普通の人なら無理難題かなって思うんだけどさ、時間もありそうだし、さっきサラがやってた通信魔法、私にも教えてくれない?ルージュも勿論出来るんでしょ?」

「ああ、いいけど・・まずは魔力を狙った相手に飛ばすイメージで、それが出来るようになったらその魔力に自分の言葉をのせる感じかな。探知魔法の応用だよ。探知魔法ができれば、通信魔法も割と簡単にできると思う。」

「そうなの?私は通信魔法しかできないけど・・」

「通信魔法ができるってことは、魔力を自分から広げるってことはできるわけでしょ?探知魔法は魔力を広げて周囲に何があるかを感知するものだから、サラは探知魔法やろうと思えばすぐできると思うよ。今回みたく遠出する時とかは獣や魔物を警戒出来る方法があった方がいいから、覚えておいて損はないと思うよ。・・そうだなぁ、前世での自転車みたいなもんだよ。一度覚えれば体が忘れない。普通の覚え方じゃないけど、ちょっと俺が奮発してあげるよ。俺が二人に魔力を送って、二人の体から魔力を広げていくから、探知する感覚を体感してみて。目は閉じてた方が、魔力の感覚がわかりやすいと思う。」

二人は初めて自転車を一人でこぐ事ができた子供のようにはしゃいでいる。

「で、次にレミィ。今度は魔力をサラに向けて飛ばしてみて。出来たらさっき話したように、魔力に声を乗せてサラに声かけてみて。」

「う、うん。わかった・・!えーっと・・」


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「うん!聞こえるよ!」

「わー、できちゃった!!こりゃー便利ねー!」

「感覚は掴めただろうから、これを次のレミィが教えてくれた洞窟に向かいながら、二人はするといいよ。サラは元々通信魔法は出来てたから、すぐ出来るだろうし、レミィもエルフとドワーフの合成から出来た体だからなのか、魔力操作は優れてそうだから、続けていけばできるようになると思うよ。」

「「ありがとう!!」」


それから二人は道中、意識しながら進み、レミィに見てもらいながら色々鉱石を拾って、お昼を大分過ぎてきたので昼食ということで、インパルの干し肉を配った。

「わぁ!干し肉で食事なんて、冒険してる感じするわね!」

「そうだね、しかもちゃんと美味しい!」

「この間みたく、ステーキも出来るけど、いつもと違うのが良いみたいだったから、ちょっと変えてみたんだ。気に入ってくれたみたいで良かったよ。」

「まぁあれも勿論美味しいんだけど、今は、こっちの方が冒険感があって私は好きだわ!ね、サラ!」

「そうだね。そういえば、宿からずっと気になってたんだけど、ルージュ、その神聖力どうしたの?ドアノックする時、本当にルージュなのか困惑したんだよ。」

「あー、鍛錬してみようと思ってね。魔力は昔から鍛錬してたから、それなりだとは思うんだけど、俺はサラみたく天性の才能があるわけじゃないから、魔力を神聖力に転換するって方法を取ってるんだ。だから見かけは神聖力もそれなりに見えるようになったかもしれないんだけど、効率が悪くてね。まぁ、そのうち神聖力を湧き起こすコツ掴みたいもんだけど、今はこれが精一杯かなぁ」

「じゃあ、逆に私が魔力を伸ばせるように神聖力を転換するってできるの?」

「出来るよ。でも転換するのは効率悪いから、やるならちゃんと一から引き出すようにしてみた方がいいよ。俺は神聖力を使ったバフがほしいから、ちょっと効率悪くてもそうしてるだけだから」

「神聖力を使ったバフ?」

「サラが中庭でべリス草に神聖力を注いだ時に、サラの神聖力に触れることで、どういうことができるタイプの力なのかを察知できたんだ。神聖力は所謂、運と分類されるものに作用させることの出来る力なんだよ。運を良くしたり、悪くしたり。印象を良くしたり、悪くしたり。俺は生前、職を転々としたけど、人の縁につくづく恵まれなかったり、雇用契約書に記載されていた内容を反故にされたりって散々だったからね。だから、自分の努力でどうにもできない所を少しでも今世ではどうにかできないかなって思ってね。まぁ、神聖力のそういう魔法でも個人に刻み込まれた呪いみたいなものをどうにかするとかっていうのはかなり難しそうなんだけどね」

「そ、それなら私の神聖力が優れてるなら私がしてあげるよ!」

「そうだね。じゃあ、サラが神聖力の魔法覚えたら是非頼むよ!・・そだ、この間レミィから聞いたんだけど、ギルドのザナンって人の討伐組のことって、サラ知ってる?レミィがサラの方が詳しいと思うって言ってたんだけど」

「うん、頑張るよ!・・討伐組?まぁ、レミィよりギルドに通う機会が多いから、確かに私の方が面識はあるかも。でも突然どうしたの?」

レミィが話を引き継ぎ、事情を簡単に伝えると、サラの表情も険しくなってきた。

「そっかぁ・・私はあんまり関わりたいタイプじゃないかな。実際に成果を出してるのはいいことだと思うんだけど、何て言うか調子に乗っちゃってて、周囲を見下してるんだよね。パーティーメンバ―は他に女性が2人いて、後衛の魔法アタッカーと探索係とザナン。ザナンは前衛の戦士だね。探索係の子が割とまともな方なんだけど、単純に連れ回されてるって感じだね。魔法アタッカーは気が強くて、ザナンとは違うけど、あんまり人に優しいタイプじゃないね。ギルド長さんが言うように、サポート魔法の役割が出来る人がいないから、それでルージュを紹介しようってことだと思うんだ。まぁ、ルージュの能力なら、それがなくてもどこのパーティーにもほしいと思うけどね・・」

「なるほど・・レミィから聞いてた時から、思ってたけど、悪い情報しかないパーティーだね・・。たしかに気乗りしないなぁ。いくらこの町一番の実績のあるパーティーって言ってもなぁ」

「ルージュは多分他の町に言っても活躍できるし、ザナンのパーティーに無理に入る必要はないと思うよ。」

「そうそう!別に決まってるわけじゃないんでしょ?だったら、断って別探せばいいじゃん!」


2人の話を参考にしている内に、陽も随分落ちてきたので、帰り支度を始めていると、洞窟の奥からどでかいカエルが出てきた。


ビチャン!ビチャン!


「あれは魔物だよ!名前・・は知らない!でも討伐組が前に自慢げにデカいカエルの化け物を狩ったって話してたのきいたよ!」

「退治したんじゃないの!?」

「倒してなかったのかもしれないし、倒した以外にもいたのかもしれないし。もしかしたら、こことは別の地域のを倒したのかもしれないし・・まぁ理由はどうあれ今は目の前にこいつがいるってことだね。これやっぱり俺たちを襲ってくる魔物なの?」

「他の冒険者が言ってた話だと、家畜や人も丸のみにされて被害が出てたって聞いたから、襲われると思った方がいいと思う!」

魔物は5mを超える大きさで、真ん丸な見た目だ。色は紫色をしている。二人は後ろに下がって、目を見張っている。二人とも生前から爬虫類や両生類は苦手だったのかもしれない。

ここに魔物がいるなら、洞窟を出ても別のがいても不思議じゃないか・・それなら二人を洞窟に先に行かせるのは不味いかもしれないな。一緒に行動するなら素早く倒した方が間違いないかな。

「ちなみにあの魔物って、なんか使い道ってあるのかな?料理や何かの調合の素材になるとか・・」

「そんなの知らないよ!」

「わかった、じゃあ取り敢えずインパルみたく氷締めにして保存しとくのがいいか。」


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言ってる間も魔物が素早く舌を伸ばしたり、体からは粘度の高い白い粘液(恐らく毒液)を出したりしてくるので、後ろの二人に気を付けながら、早速氷魔法で凍らせてみた。

「止まった!?すごいじゃん!ルージュ、こいつも一発なわけ!?」

「・・いや、インパルと同じ感じで氷魔法でしてみたけど・・」

魔物の動きは鈍ったが、舌を伸ばして反撃してきた。でかい岩が吹き飛ぶ。凍結されたことで、力の加減ができてないようだ。

「無理なら、逃げた方がいい!?」

「大丈夫、大丈夫。今度はちょっと強めにかけるから」

魔物の動きが再び止まって、体からは白い冷気が溢れている。

「うわぁ・・ドライアイスみたい。やっつけたの?」

「うん。ただ、ここまで凍らせちゃうと、素材の採取とかできるのかはちょっと微妙だなぁ。折角始めてみる魔物だったし、試してみたかったんだけど・・取り敢えず空間にしまっとくかな」

「・・それ便利だねー」

「サラ?大丈夫?両生類とか爬虫類は苦手だった?」

「わ、私は割と平気なタイプだったんだけど、お、大きさがね!?」

「たしかに、こんなに大きいと圧迫感あるね。」

「うーん、カエルの肉って鶏肉みたいな感じなんだっけ?」

「そうらしいよねー。まぁギルドのトンビルさんに、どういう使い道があるのか聞いてみるよ」

「あの爺ちゃん面倒見いいよねー。なんか他の人たちは気難しいみたいなことよく言ってるけど、私はあそこで一番話しやすいけどねー。」

「確かにトンビルさんは話しやすいよね。まぁ見た目がちょっと取っつきにくいけど、話すと色々教えてくれるんだよね。最初は口数の少ない人って思ったけど、薬草納品からポーション作成に切り替えたり話す機会増えたら、今じゃトンビルさんから挨拶してくれるくらい親しくなったもん」

「それに比べてあの受付よ!感じ悪いのは最初だけかなって様子見てたけど、あれは完っ璧にこっちを嫌ってるわ。好き嫌いはみんなあるものだし、それはいいけど、仕事中に露骨にそれを出すってのが信じらんないのよね!」

「取り敢えず、話は歩きながらしよう。ここにあのカエルの魔物がいたから、もしかしたら、ここら辺一帯は魔物が出没するエリアかもしれないから、二人ともあんまり俺から離れないでね。」

「うん、でも前に父さんと来た時は魔物なんて出なかったんだけどなぁ」

「まぁ生態系が変わってるのかもしれないし、その時は偶々出遭わなかっただけかもしれないし、何とも言えないね。あの一匹だけってことはないだろうから、これからは気を付けた方がいいかも。そういえばレミィ、さっき通信魔法で俺にカエルの舌の攻撃教えてくれたよね、ありがとう。」

「え?あ、あぁ、あれね。魔法使ったのか叫んだのかわからなかったけど・・咄嗟だったから」

「咄嗟で出来るのはすごいじゃん。通信魔法便利でしょ?ああいう使い方もできるんだよ」

「そうだね、エアコンとか冷蔵庫とか作って快適に過ごしたいって思いは変わらないけど、魔法も学べば便利なのね。日常生活で便利そうな魔法は私も勉強してみようかなぁ」

サラと一緒に「いいじゃん、いいじゃん」と和気藹々と帰路についた。幸いなことに、その後は魔物にも遭遇せずに済んだ。

「じゃあ、サラ、ルージュ、今日は色々ありがとう!また会おっ!」

レミィと別れ、サラも家まで送ると、

「ルージュ、私も神聖力の魔法勉強するね!ルージュに色々教えてもらったし、今日は助けてももらったし、私、受けた恩はちゃんと返す主義なの!」

サラはニッコリ満面の笑みで宣言した。

まだ縁が出来たばかりの友人だが、末永く親しくありたいものだ。










              ⅱ―3


翌日、トンビルさんを手招きして小声で先日のカエルについて相談すると

「はぁ~!?そりゃ、ポズンじゃないのか!?」

「トンビルさんっ、声!声大きいよっ」

トンビルさんはこちらの声は聞こえてないのか「またかよ・・」とボヤいている。

「ルージュ、お前の事だからそんな話するってぇことは、生け捕りか倒してても綺麗な状態で保存してんだろ?」

トンビルさんはさっさと見せろとジェスチャーをするので、言われた通り見せると、状態の確認を始めた。

「まぁ嬢ちゃん達を守りながら、初めての遭遇なら流石に生け捕りはしてないか。まぁあんなの生け捕りにしてギルドで出されたら大惨事だからな。生け捕りにしてないのは良かった。・・お前さんなら、その場ですぐ締めれそうだが・・それは置いといて。やっぱり状態がいいな。こいつの毒の体液と皮、目玉もギルドで引き取れるな。」

「ふーん、それより、その素材ってどういう用途があんの?あとこのカエルの肉って食べれたりする?」

「・・お前さんにゃ、金には困っとらんもんな。そうさな、体液はそのまま毒薬として使われたり、研究機関が購入したりじゃな。皮は防具類じゃ。魔物の皮じゃから、その辺の鉄製の鎧よりも丈夫でしなやかなもんだから動きやすくて、冒険者には人気じゃ。あとは皮自体を使うんじゃなくて、皮の表面を覆っている粘液を抽出して他の防具へのコーティングに使う場合もある。この粘液は抽出しても滑りやすい性質が残るんじゃよ。魔物だから魔力が宿っているしな。つまり、ポズンの皮製の鎧よりも強度のある鎧を持っている場合に、この粘液をコーティングすることで、敵の攻撃を逸らす効果を得ることができるってわけじゃな。目玉は呪術系の儀式とかに使われることもあるな。で、ポズンを食えるかについては・・知るか!こんなのを食うなんて発想したのは恐らくお前さんが初めてじゃい!」

「そっかー。まだこいつを食べたって先人の情報はないわけか・・あ、そうだ。トンビルさん、魔物と動物って何か区別あるの?」

「うん?そんなことも知らんで、狩ったのか。・・まぁいい、魔物は動物に魔力が宿ったというのが、一般的じゃ。動物の素体が頑丈であれば、その実態を維持して姿も変貌したりする。あと珍しいのが、魔力自体が固まって意思を持つのもおる。意思を持つと言っても、知識の高い奴もいれば、その辺の動物と変わらない程度のと色々じゃがな。魔力で出来た魔物は核になる部分を破壊するのが一般的な倒し方じゃが・・一応、やつらの魔力を上回るダメージを与えれば霧散するらしい。儂は見たことないがな。」

「その魔力で出来た魔物って素材は取れるの?核を壊しちゃったら、結局霧散しちゃうの?」

「大抵はそんな素材がどうとか考えてる余裕はないが・・まぁ質問に答えると、時々形が残ることもあるらしい。あと魔法使いが目当ての部位を落とす時に、自身の魔力で霧散しないように固定するような技術があれば素材も取得しやすいらしいが・・儂も若い頃にそういう話を聞いたってだけで、実際にそういうやつを見たことは引退した今に至るまで、見たことがおらん。」

「そっかー!いやぁトンビルさんの話は本当に勉強になるなー!」

「はぁ・・で?わざわざ、手招きしてこんなこと聞いて、今回はどうしたいんじゃ?」

「いや、今回はこのカエルが何て魔物だったのかと、どういう使い道があるのかとかそういうのを知りたかったんだ。今回は納品とかは考えてないんだよ。・・出来ればこれ取ったってギルドには伏せておいてもらえると嬉しいなーなんて」

「ん?そりゃ、また何でじゃ?確かに金にゃ困っとらんだろうが、ギルドに報告するのはお前さんのランクを上げるのにももってこいじゃないんか?」

「それなんだけど、レミィとサラに聞いたんだけど・・」

トンビルはすぐに察した顔で、申し訳なさそうな顔になった。

「あぁ・・そうじゃな。あいつらも悪い奴らじゃないんだが・・お前さんに紹介っちゅうのは儂も正直手放しに喜べんのよなぁ」

「わかってるよ、この間ギルド長と話してた時、ギルド長、トンビルさんに「黙っててください」って言葉を遮ってたもんね」

「ああ、いや、確かにギルド長としてあいつの考えがあるのもわかってるんじゃ。だから、同じギルドの職員という立場じゃあいつの邪魔をするのは間違っておるんじゃろう。だが・・なぁ、儂の人生で初めての逸材をわざわざ苦労するようなパーティーにってのは・・どうにもな・・(ゼゼホの時も想定外じゃったし・・)」

「わかってるよ(後半なんか聞き取れなかったけど・・)。トンビルさんを悩ませたいわけじゃないから、だから、取り敢えず、このポズン・・だっけ?これのことは、見てないってことにしてよ。一応ポズンについては目撃したから、逃げたってことで俺からは報告しとくから。」

「そうか。わかった、すまんな。大して力になれんくて。そういえばさっきサラと言ってたが、サザーランちゃんのことじゃろ?」

「そうそう。レミィが長くて呼びづらいから、親しみを込めてこれからは短くサラって呼ぶって言ったらしくて、俺にもこれからはサラって呼んでくれってことだったから。」

「ほー、そりゃいいの。儂もいつかそう言ってもらえる日がくるといいわな。ガッハッハ」


トンビルさんと話した通りに、ギルドに報告だけして、さっさと帰ろうと思ったのだが、何故かキーナに引き止められ、ギルド長の部屋に通されてしまった。

えー・・なんで?何でただ目撃情報を報告しただけで、ギルド長に通されるんだ?

「まずは、ポズンに遭遇してしまったにも関わらず、無事生還できたというのは素晴らしいです。しかも非力なお嬢さん2人も無事に連れ帰ったと。しかもルージュくんにとっては初めての魔物の遭遇だったにも拘らず。こんなことは殆どの冒険者には真似できません。熟練の冒険者が初めて出会った魔物から、非力な2人の女性を無事に連れ帰るなら何とかなるでしょうが、人生初めての魔物の遭遇で的確に判断し、それを成したのは極めて稀だと言わざるを得ないでしょう。」

・・えー・・強引過ぎないか?何が何でも功績にしようとかって感じか?

「・・私の賞賛が素直に信じられない様子ですね。心から驚嘆しますが、どうやら、そのくらいは至極当然という様子ですね。」

「まぁ、ご称讃頂いている事については、まず感謝を。・・ただ、わざわざその為に、こちらに案内されたわけじゃありませんよね?目撃情報の聞き取りなんて、わざわざギルド長がする仕事じゃないですよね」

「ハッハッハッ。ルージュくんは本当に優秀ですね。冒険者になって間もないのに、ギルド長の仕事まで察しがつくとは。・・そうですね、それでは本題に入りましょう。以前あなたをこの町一番のパーティーを紹介すると話していましたが、そのパーティーがもう少しで戻ってくると報告がありました。なので、その準備をしておいて頂けたらと思いましてね。彼らは暫く休んでから、新たな賞金の掛かったモンスターを狩りに行くのが普段の流れなんですが、今回出発前に、「このモンスターを狩ったら、魔王を討伐しに行く!ギルド長は王に勇者として申請しておいてくれ。終わったら、すぐ王都に行って王に謁見して、正式に討伐に出発するからよ!」と言われたのでね。ちゃんと準備しておいたんですよ。」

「その件だけど、僕は辞退したいと思ってます。」

「・・ほう。それはまたどうして?私はあなたの能力を正しく評価しています。あなたはこの町では収まりきらない器だ。そんなあなたに見合ったクエストになりませんか?魔王討伐は国から直接に出される最高の依頼です。一個人でそれを引き受けるのであれば、どれだけの実績を求められるか。それを出来るとしても、相応の時間は掛かります。それをこのパーティーに入れば、それを飛ばしていきなり魔王討伐の依頼を受けられるのですよ?あなたにとってメリット以外無いように思いますが。」

「ご親切に私の活躍の道を整備して頂いたことは、感謝の念に絶えません。ただ、僕はそんな大英雄を目指しているわけじゃありません。冒険者として、色々な人や物を見て回り、見識を広めていきたいと思っています。」

「・・魔王討伐は国の大事であり、それに貢献できる実力があってもですか?」

「私は兵士ではありません。」

「しかし、魔王を討伐すれば、この国の惨状を変えられるのですよ?それに放置していれば、あなたの故郷のルートゥ村だってもしかしたら危険が及ぶかもしれない。」

「・・不思議ですね。ギルド長は随分とこの国の視点に立っていらっしゃる。ギルドは国に属してはいない独立した機関ではないのですか?」

「仰る通り、ギルドは世界各地に点在しており、国にはどこの支部でも属していません。しかし、私だって人間です。住んでいればその土地に愛着も湧きます。少しでもこの土地に住まう人々が幸せであるように願うことは不思議な事ですか?しかも、目の前に、魔王討伐に於いて活躍が見込める優秀な人材がいれば、熱心になるのは普通じゃありませんか?」

「成程。ギルド長は大変人間味のある方なのですね。ただ、これは私の持論なのですが、魔王とこちらの国では呼んでいますが、それはあくまで「我が国」では、ですよね?彼らの国ではこちらの勇者を「魔王」と称していますよね?敵対国の最も強い者を「魔王」と呼び、自国の最も強い者を「勇者」と呼ぶ。そして、魔王を倒したとして、他の国と敵対すれば、また新たな「魔王」が生まれる。平和なんて簡単に訪れるものじゃないと僕は思ってます」

「・・!どこでそんな話を・・!あなたは一体・・」

「私が知っているのが随分不思議そうですが、今私がお話ししたことは、私よりも、世界に支部のあるギルド職員で更にギルド長ともなれば、当然持っているはずの世界観のはずです。・・まぁ、話が少し逸れたので戻りますが、繰り返しになりますが、討伐組へのご紹介は辞退させて頂きます」

「・・あなたに紹介するといって、あなたの名前も討伐組

の一員として既に提出済みです。あなたが断れば、何も始まっていなくても、ギルドの評価は依頼の失敗として残りますよ?」

「私は一言も承諾してません。手続きをしたのはそちらの勝手でしょう。」

「私たちはそれを認めないということです。あなたの本心がどうであったにしろ、あなたは依頼の失敗という泥をかぶることになる」

「いよいよ、本音を出してきましたね。そこまでして、私を討伐組に入れて、魔王討伐に行かせたい理由があるんですかね。討伐組が増長して扱いが難しいから追い出したいがいい理由がなかったが、そこに私が現れたとかですかね・・・まぁそちらのことなんて、興味ないですし、結論言ってしまいますが、私の経歴に泥がついたって、別にいいんですよ。他で実績だして、やっていきます。」

「!!後悔しますよ!」

「話は以上ですかね。・・では、失礼します」

ドン!

部屋を後にした途端、怒りを堪えられず机を叩いたようだ。

「あら、話は・・」

階段を降りると、キーナがニヤついた顔で振り返ったが、こちらの顔を見ると、怖気づいたような表情に変わる。

『え?こいつ・・こんな感じだった?』

俺は挨拶をするような間柄でもないので、素通りすると、トンビルさんにだけは一言報告した。

「・・そうかぁ。まぁ儂の事は気にすんな。老いぼれだからな。あいつに嫌われてギルドをクビになっても、自分で生活することは出来るでな。なんだったらお前のパーティーに加わってやってもいいぞ」

「アッハッハッ!流石にギルド長もそこまで馬鹿じゃないはずだよ。トンビルさんの担当してる仕事は代わりがすぐ見つかるようなのじゃないでしょ。」

「なんじゃあ?儂が冒険者仲間だったら不服かぇ?」

「いや、頼もしすぎるよ。でも、ギルド長じゃないけど、トンビルさんはこのギルド、町にとって必要な人だよ。それにサラやレミィは受付のキーナさんとは相性最悪だからね。トンビルさんがいないと。」

「・・ぐぅ・・まぁそう言われたら、お前さんの仲間は諦めてもらうしかないの。」

「手の平クルックルじゃん。やっぱり女の子の方が・・」

「当たり前じゃろ!お前さんは、なんでもやってのけちまうんだから、儂が見てなくてもええじゃろ。嬢ちゃん達の面倒は儂が見といてやるわ」

「うん、よろしく。」

「すぐ、出発しちまうのか?」

「うーん、まさかこんな突然ギルド長とバチバチするとは思ってなかったからなぁ。紹介は辞退するで、はいそうですかってなるかと思ったら、すごい剣幕だったからねー」

「まぁ、出発する前には声かけてけや」










              ⅱ―4


「・・リャン?」

キーナがギルド長の部屋の扉を、そっと開けると、リャンは自身の机に両手をついてワナワナと腕を振るわせながら、立ち尽くし、目は血走り机のどこを見るわけでもなく、見開いていた。

キーナはリャンがここまで動揺しているのを見るのは初めてで、どう声を掛けていいか、迷っていた。

「あのルージュというガキは本当に15歳なのか?・・まぁ、そんなことより、あのガキを「討伐組」の一員として、魔王討伐の申請をだしてしまったのは事実。「討伐組」にはまだ話してないんだから、どうにでも出来るが・・推薦した私の責任問題になるな・・キーナ、コロ町周辺のギルド支部に魔法通信をする。魔力拡声の宝珠を持ってこい。」

普段の慇懃な様子は無く、余裕がないのが見て取れる。

「・・わかったわ」

『・・さっきのはこれか・・確かに、リャンからすれば責任問題ね。はぁ・・まぁあのガキも出てくんだろうし、私は清々するけどね。』


リャンは用意された宝珠に手をかざし、静かに目を閉じ、各ギルド長に語り掛ける。すると応じたギルド長達がリャンの目の閉じた暗闇に浮かび上がってきた。

「なんだ、なんだ?これは・・リャンか?こんな魔法通信をするなんて、随分切羽詰まってるようだな。魔物の群れでも現れたか?」

一番最初に反応が返ってきたのは、今回一番話を通しておきたかった王都のギルド長フンゴ・バルゾだった。皆同じギルド長だが、王都直下のギルド長は、国王や有力な貴族と関わる機会が必然的に増える。その為、王都直下のギルド長は、他の支部の取り纏めの役割がある。

「ハッハッハ、確かにバルゾギルド長の言う通り、コロ町で魔物の群れが現れたら、この緊急魔法通信が必要でしょうな」

こいつは、隣の管轄のバシェット・マルガイルだ。バルゾギルド長の副官のつもりでいるような奴で、やたらと若造扱いしてくる男だ。私の方が少し若いだけで、冒険者として活動してきた時間は私の方が長いというのに・・まぁ今回についてはこいつにも話さなきゃならんが・・

「お二方にはお忙しい中、突然のご連絡にも関わらず、お時間賜りまして、感謝の念が絶えません。一応カルキス殿にも連絡はしているのですが、ご多忙なお二人をこのままお待たせするわけにも参りません。カルキス殿には後日また連絡させて頂くということで、本題に入らせて頂こうかと思うのですが、如何でしょうか?」

「まぁそれなら、それで構わんが・・で?」

「ハイ、実は先日バルゾギルド長に提出させて頂いた「討伐組」勇者候補推薦の件なのですが・・その中の一人が突然臆病風に吹かれ、やめるとつい先程言ってきたのです。」

「何?・・それは既存のメンバーではなく、お前が推薦した例の小僧か?」

「ハッ、その通りでございます。」

『・・私の認可を経て、国王に打診した内容である以上、私自身の責任が発生するか・・』

「成程。で、内容は理解したが、お前が交渉してダメだったから、私達に連絡してきたわけだな?私だけでなく、マルガイル達にも同時に通信を送ったということは、行先は不明なわけだな。」

「面目次第もございません」

「まぁ、今更何を言っても仕方あるまい。で、流石にひっくり返すわけにはいかん。何としても、そのルージュという小僧は討伐組に入れる。リャン、今後どうやって小僧の心境を変化させるのか何か案はあるんだろうな?」

「ハッ!小僧はまだこの町に来て日は浅いのですが、2人の娘と懇意にしている旨、確認が取れております。その内の一人はレミィ・ダナックと言い、エルフとドワーフの合成体という珍しい女です。」

「エルフとドワーフの合成体?混血ということではなくか?」

「ハイ、私も最初は混血かと思っておりましたが、うちの職員と話しているのを偶々耳にしました。本人が言っていたので真実である可能性が高いかと。」

「それは・・それが真実なら、私より上に上げるべき情報になるぞ。合成体なんてまともな誕生・発生の仕方じゃないのは明白ではないか。」

「その通りです。恐らく脱走した個体なのだろうと思います。なので、追われているだろうと思うのです。なので、小僧に「詳細は伝えられないが、エルフとドワーフの合成体について情報を求む」という法外の報酬の依頼がきたと伝えてはどうかと。」

「成程。小僧の懇意にしている様子の娘であることは察しはついたが、敢えて先に君に伝えたとするわけだな?」

「その通りでございます。そしてもう一人の娘がサザーラン・カルーシャという商人の娘です。この一家はサザーランが神聖力をべリス草に注ぐことで効能を強めたべリス草を販売するようになって成功してます。」

「おー、あれか。こちらでも頗る評判がいいぞ。」

「あれを、ギルドで一時的に引き取りを取りやめます。」

「・・その2つで心境を変えてもらうわけか・・だが、その商人の娘の件はそれでいいが、エルフとドワーフの合成体については、この件が終わったら上に報告しておかんといかんな・・お前の尻ぬぐい以上の情報の可能性もある。まぁ、今回のように使い道を考えていたなら、報告の遅れもまぁ目も瞑るが、今後はその娘は注意しておくように。」

「ハッ、そのように。以上でございます。」

「ではどこに小僧が来ても、今の話をするように。そして、べリス草の引き取りを指示があるまで取りやめるように。小僧が来たギルド長はすぐに報告するように。それでは閉会。」


彼らの姿が暗闇から消える。

全く、レミィ・ダナックについては、本当はもう少し温存したかったんだが・・上手くすれば私が王都のギルド長にも取って代われる内容だったかもしれなかったというのに・・しかし、あの小僧を動かすには、あれ以上の手札が無かった・・全く不快な奴だ。

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