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はじまり

         α


 私は自殺した。

もう何も先を見たくなかった。

一度失敗したけど、今度こそ失敗しないように、意識がある状態で首を吊った。

とは言え、苦しいのが嫌だった私は今回も睡眠薬を多量に服薬して事に及んだ。

涙が伝う。

苦しい・・!苦しい!・・でもこれで今度こそ終われる筈・・もう何も見たくない。新しい情報は何もいらない。


                ・

                ・


「あれ?自分が見える。両親が泣いてる。・・あー終われたのか。家族にだけはごめんなさい。」

                ・

                ・

                ・

                ・

「というか、信仰の心も折れて死後の世界なんて無いって思ってたけど、死後の世界ってあったのか?意識あるし・・でも自分以外何も見当たらないんだよなぁ。」

                ・

                ・

                ・

                ・

『・・し、もし。』

                ・

                ・

                ・

                ・

「?誰かいる?」

『ハイ、こちらです。』

声の方向に視界を移すが、ケセランパサランみたいな綿のような大きめな光球があるだけ。何これ?

「これは転生前の神様トークコーナーみたいなものなのかな?神様ってこと?」

『あなたの認識している物で、近しい存在として神というのは近いものと思われます。』

「ということは私は何かに選ばれて、これから何か託されるってこと?」

『選ばれたというのはその通りです。見上げた中で、あなたの情報が最もこれから頼む事柄に適切と判断しあなたを選びました。』

「というと、具体的には?私の情報と言ったけど、私は死んでもうその後は何も無くなりたかった筈なんだけど。神さまならその位知ってるよね?」

『あなたは「自分の事も含めて主観によらず、常に客観的に物事を判断していました。」自らの人生がどんなに努力しても、結果を何度出しても絶対に報われることは無いことを理解し、終わりを選択しました。』

「いや、その通りだけど、もっと簡単にまとめれば人生に絶望したから自殺したってよくある理由の自殺者の一人であって特別に選ばれる理由が見当たらないと思うんだけど。」

『あなたは複数の場所で結果を出しつつも、誰からも目に留まらない。特別でありながら、周囲に認識されないという特性がありました』

「それは自殺理由の核に当たる理由だけど、それが選ばれた理由?そんなの他にもいくらでもいるんじゃないの?俺じゃなくてもさ」

『ですので、「見上げた中」でと申しました。見上げた中であなたがその情報を持っていた為です。』

「・・でも、そうだとして、「全部終わりにしたい」と思って自殺したんだから、死後何かしたいとか思ってないことは知ってるよね?何でそんな俺を選ぶわけ?そもそもこの会話って必要なの?死後の世界、神様は心読めるんじゃないの?」

『見上げた情報で合致する魂を選択しただけの為、それ以外の情報は省いています。また心は読めません。』

「・・で、何をさせたいの?きっと俺に選択権とかないんでしょ」

『あなたにはどう感じるのかを体感して頂きたいと思います。あなたが望む能力は全て与えます』

「じゃあ心を読む能力を試しに下さい」

光るとか何か変化があったわけではない。

「?どうしたの?無理なの?」

『既に付与済みです』

・・何も変化を感じない。この神様(仮)の心も読めない。・・あー、ここは心が丸裸な所だから読むとか無いのか・・だから何も聞かなければ、相手が何も考えてなければ何も聞こえたり、視えたりしないってことか・・神様(自分より上位存在)だからって線も勿論あるかもしれないけど・・何となく直感的に理由はそれじゃない気がする・・となると、この能力はここでは、何の役にも立たないってことか・・。

「じゃあさ、あなたが出来ること全部俺にも出来るようにしてよ。やっぱりそれはできない?」

『付与済みです』

「・・へ?出来ちゃうの?・・え?そしたら神様がやればいいじゃん。神様にできることが俺に出来るようになっちゃったら神様が直接することと変わりないじゃん・・もしかして能力以前に、神様の存在自体がその世界には干渉できないってこと?だから代わりの端末として俺が派遣されるってこと?」

『その通りです。では準備も整ったのでよろしくお願いします』

「待っ・・!」




















・・なんだ?何かまたさっきと同じような眩い世界だ・・。

周囲を見渡すと、世界線があやふやだ・・まず地面があるのかないのかわからない。生前色んな転生物とか見てきた私は「転生」と言えば同じ人間だと思ってた。まぁ人間じゃない物語もあるにはあったけど、事故とか何かしらの理由で死んでしまっての転生は同じ人間ってのが王道だと思ってた。

・・が見渡せばガス状の何かや人型ではない物も多数・・というか人型が見当たらない。しかも自分を生んだ親という存在はどこなのか。キョロキョロしているが誰も私に気を留めない。ㇷと自分の体を見てみると辛うじて人型だ。両手がある。足もある。だけど世界と同じで色がない。真っ白い世界に自分の形を縁取って輪郭がわかっているだけだ。そしてどうやら私の体は発光しているようだ。真っ白い世界で色が輪郭を縁取る黒以外ない世界で発光というのも変な気がするが、何となく眩しく感じる。

・・というか、本当に誰もこちらに関心を向けないな・・思い切って声かけてみるか。

私は黒いガス状の何かに近づいてみると、覗き込んでいる穴のような物があった。その先には生前の記憶にあった山の景色が見える。どうやら洞窟から入口の方を見ているような景色のようだ。話が通じるのかわからないが何となく通じるのが「当然」のように感じ、疑問も抱かず聞いた。

「何してるの?」

『ここを見てると面白いのがくるんだよ。・・あ、これこれ(にたぁ)!』

それはイノシシのような動物だった。彼は見つけた途端手のような彼の体の一部と思われるものを、その景色に伸ばすとアッという間にその動物を捕まえた。

『これ触ってると面白い触感なんだよ。』

スポンジを洗剤で泡立てるように、その動物を無造作に握っている。動物はあっという間にグチャグチャになってしまった。彼はそれの感触がなくなるまで、それをいつも続けているようだ。


 他はどうなんだろう?見まわそうとすると、空間にドアをノック(にしては乱暴な叩き方だが)するような、音がした。するとさっきのガス状の何かとは別のもの(こちらは人型)がその音のする方に向かい、窓を開けるように空間を開いた。するとその先には何かの光線がある。人型のそれは光線に手を伸ばすと魚が釣り糸で引き上げられるように中に引き込まれて行った。気になった私はその先を視ようと思うとその先が見えた。

 生前見たファンタジーにはよくある召喚という行為だった。引っ張り上げられた先に顕現したさっきまでそこにいた人型がその場にいる物を破壊した。召喚者の魔力不足なのか、あっという間に彼はその場から消えてこちらに戻ってきた。

「今の何してたの?」

『たまにさっきみたいに呼ばれることがあって、気が向いたら答えてあげてんのさ。』

「へー・・」

話しているとさっきのようにノックをするような丁寧な音ではなく、強い風が吹いた時に風が窓を叩くような音がした。

「これは?」

『これは方向性を決めないで喚んでるんだよ。』

そういうのもあるんだ・・あ、あっちの人は何してるんだ?何かに向かって話しかけてるみたい。

「何してるの?」

『声を聞かせてほしいっていうから話してあげてんのさ』

視てみると祈ってるものや、儀式めいた雰囲気の場面などが浮かび上がる。

 あー、これは神託ってやつかなぁ。それとか自分にだけ聞こえる神のお告げとか、その類の奴だ。



何となく幾つか見回ってどんな所に今自分がいるのか理解(わか)った。

所謂人間より上の存在の世界だ。最初のガス状の何かは、祟りとか大妖怪とかそういう風に人であれば認識するようなやつなんだ。

それと同じ所に神様の役割をしてるのもいたり、召喚に応じる奴もいたりってことらしい。

ただどれもこれも本気って感じは無くて、どれも自由気ままに子供のような純粋さで「遊んで」いるような雰囲気だ。しかも「人間」ばかり贔屓してるかというとそんなことなくて、気になった所に反応してるって感じだ。

当然そっち側の世界に興味はなくて、こちらの者同士で遊んだり談笑したりしているのも多い。というかそっちの方が多い。

 ・・なんで人間とかあっち側での転生じゃなくて、神霊とか側の方で生まれちゃったんだ?というか、そもそも親はどこなの?

『親なんていないよ?ここでは気が付いたらそこに「在る」んだよ。「在る」ことを自覚したものが生まれたってことなの』

あれ?今声に出したっけ?

『思った瞬間に声はでてるよ。君はいろんな疑問を持っているんだね』

「あー成程。さっきの所と同じで、ここはまだ心が丸裸な所なんだ」

『君は色んなこと疑問に思ってて面白いね!ねー、一緒に遊ばない?あっちの世界で喚ばれるのを利用して遊ぼうって今話してたの』




























       ⅰ―0


 彼は神に選ばれし勇者。歴戦の強者(つわもの)共を薙ぎ払い、優秀な仲間と共に魔を打ち滅ぼすもの。

彼の勇者の名をディズィン。この世界に於いて人間種は種族として強者ではない。が、勇者に選ばれし者だけは別だ。世界には種族ごとに勇者が存在し、時には異なる種族の勇者同士がパーティーを組んで、魔神やら魔王などと言われる、それら種族の強大な敵を打ち滅ぼすこともある。逆に勇者同士が争うこともある。

 この世界における勇者とは、その種族にとっての最高戦力の者を指す言葉だ。敵種族の勇者を魔王と呼称し、共通の複数種族にとって敵勇者を魔神と呼称することが多い。

人という種の歴代の勇者の中でディズィンは最も秀でた人間だった。彼は十五年前、彼の人生で初めて、人という種の脅威に当時なっていた翼獣種と呼ばれる魔王アリを討伐した。その五年後、竜種・樹種・海生種と共闘し魔神リアスを封印した。

 勇者が生涯で討伐する魔王や魔神は一体と決められているものではないので、複数の討伐実績が珍しいというよりは討伐した相手がこれまでの歴代勇者に比べて飛びぬけていた。

 魔王アリは強さという点では実は魔神と称されても不思議ではない実力が既にあった。一対一の相手が魔王なら、一対多の構図が魔神となる。魔王アリは魔神の実力がありつつも、確実に相手を滅ぼす方針だった。実際、ディズィンに討伐されるまでに魔王アリは既に二種の種族を滅ぼしていた。三種目の人狼族との交戦中、人狼族の先に、人間の国であるオール王国があったことから、次はオール王国に来る可能性が高いと踏んだ人間側がディズィンを送り、魔王アリを打ち取った。だがこの打ち取った時の魔王アリは満身創痍だった。先の二種の種族を滅ぼした時、戦時中常に最前線で休むことなく暴れまわり悉くを殲滅し尽くした。まるで台風のように全てをなぎ倒して進んだ。人狼族との戦闘にも破竹の勢いで進んできていた。しかし、一切休まず、傷の手当もせずに進んで出会ったのがディズィンだった。満身創痍の魔王アリに勝ったのなら、ディズィンはおこぼれで勝ちを得たかというとこれが違う。魔王アリは個人の特性として追い込まれるほど強くなる特性を持っていた。だから動き続けてきたのだ。いうなれば満身創痍の状態は強さとしては魔王アリの絶頂の時だった。これを正面から切り伏せたディズィンを称賛する者はいても、卑下する者など誰もいなかった。

 更にその後の魔神リアスは、魔王アリ以上の掛け値なしの特級の化け物だった。共闘した竜種はこの世界に於いても圧倒的な存在感を有している。樹種も海生種も種族として強大な二種だ。この世界を占める上位の強者の種族が複数で挑んでいる時点で魔神リアスは存在自体が前代未聞だった。それらの共闘ですら滅しきることが出来ず、封印が精一杯だった。その封印の決定打、有り体に言えば止めを刺したのがディズィンだった。

 彼一人で成せた大業ではなくても、彼がいなくては封印を出来なかった。プライドの高い竜種・樹種・海生種も彼の功績を大きく讃えた。勇者ディズィンは魔王、魔神を討つだけでなく、この時の活躍を持って三種族との親善にも大きく貢献した。人々の勇者ディズィンの称賛はもはや信仰の域だった。

それは彼が望んではいなくても・・・











       ⅰ―2


 フローンは狼狽していた。エルフであることから子供は多くはないが、今回が初めてというわけでもなかった。寧ろ最初の子であってもフローンは達観して動揺など微塵もなかった。そのフローンが動揺しているのは、我が子の情報が世界樹にアクセスしても何一つ得られなかったからだ。

 世界樹は世界の記憶を担っている。その守り人であり、最も近しいフローンの子である我が子達には定められた運命を持って皆誕生するのが当然だった。それが我が子には全く確認できないというのは異常事態だった。


『うーん・・召喚されるより転生した方が最初の光球が言ってた「体感する」ってのに合ってるかなと思って自分の入り心地のよさそうな所に決めたけど・・転生先はエルフかなぁ。エルフってどのくらいの速度で成長するんだろう・・話始めるのって何歳くらいからなのかな。』

 私は相手の心もすぐわかってしまうとつまらないと思い、意図的に能力は制限していた。その状態でも父・フローンがこちらを訝しげに度々視線を送っていることに気が付いていた。

『エルフの家庭ってこういうもんなの?』

母は時々フローンと話しながら戸惑いの様子を見せながら、それでも愛情らしい感情も時折覗かせてくれていた。

赤ん坊の状態ではする事があまりないので、私は偶々身近にいた小さな蟻を見つけた時に『魔力を注ぎ続けたら強くなるのか。またどのくらい魔力を注ぎ続けられるのか』と気になり、蟻に魔力を注ぎ続けるのが日課になっていた。こういう単純な事にのめり込めるというのは幼少ならではなのかなと心の端で思いながらも没頭していた。親の目を盗んで蟻が破裂してしまわないように蟻の体も強化させて子供心にカッコいいと感じる蟻にしよう。光沢を持たせつつ、親に見つかるとなんかまずそうなので、目立たないように渋く暗い色彩を基調に育ててみよう!何か楽しくなってきた!


 最初の数匹は魔力の注ぎすぎで、破裂したり、溶けてしまったりと中々うまくいかなかったが、身体構造が単純な蟻だったので、試すうちに満遍なく蟻の身体を強化させることが重要なことを感得し、更に動き回られて離れてしまうとこちらは動けないので、動けなくして強化を続けた。

 ある程度強化が出来てきた所で、ㇷと女王蟻を強化すればそれに見合った蟻が誕生するんじゃ・・と無邪気に思いつき、それまで強化してきた兵隊蟻をコントロールし女王蟻を持ってきてもらい、早速強化を始めた。

 それから更に数週間経った頃、ピンクの髪をした見たことないクール美女がやってきた。父フローンに案内され、母フルーと共に入ってきた女性は私をジッと見つめてきた。その瞳は全てを見透かすように、そしてこちらの意思に関係なく引き込んでくるような不思議な物だった。

 覗き込んでいた女性は、最初は無表情だったが、私を視た瞬間、表情は驚きを隠せない様子で固まってしまった。「・・アイナ、その様子だとやはりお前の瞳を以てしても、わからないのか・・?」

アイナは暫く私から目を離せない様子でいたが、やっとのことで「・・はい、父さんの言う通り私でも視えません。」と答えた。フローンは自分がわからなかったこともあって、今回の可能性も考慮していた様子だった。


「そうか。その可能性も考慮していたが・・」

「父さんの話を聞いた時は耳を疑いましたが、実際視てみると私にとっても初めての事で、正直かなり動揺してしまいました。・・しかし、この子は間違いなく、父さんと母さんの子なんですよね?であれば、最悪のことにはなりませんね。寧ろこれまでの私達とはまた違った使命をもっているのかもしれませんね。そう言えば、この子の名前をまだ聞いてませんでしたが、なんという名で?」

「そうだな。名前については、お前に見てもらうまではまだ決めていなかった。だが、フルーとも事前に話して、今回の結論になった場合は「マイナ・フリレチア・ブリューンズ」と決めていた。

「『マイナ・フリレチア』・・父さん、それは・・」

「私だけじゃなく、アイナ、お前の瞳を以てしてもわからないのなら、この子の使命はこの子自身にしかわからないだろう。なら、この名こそ、この子には相応しいと私とフローは考えている。それで、話は変わるがハイナはいつ来る?お前と一緒に来るものと思っていたが」

「ハイナは「すぐ行く」とは言ってたけど、「俺は姉さんと違って特別な瞳があるわけじゃないから」って言って「新しい弟に贈り物を用意してすぐに行く」とか言ってたから、数日中に来ると思うわ」

「そうか・・あいつも転移魔法くらいすぐ出来るようになるだろうに・・いい加減覚えてほしいものだ・・」

「まぁハイナ程の能力があれば、転移魔法なんて必要性を感じてこなかったのも仕方ないとは思うけど」

「で、あいつはどこに今は居たんだ?」

「ハイナは世界樹に侵入しようとした魔神を討伐したばかりだったみたいよ。」

「あー、あれか。侵入には至ってないが、外界で世界樹を正しく認識して、侵入を試みるまで思い至るとはな・・確かにあれの対処はハイナの使命に正しく当てはまった内容だな。」



両親の話の流れから、ピンク髪のクール美人「アイナ」はどうも私の姉らしい。そして、他にももう一人「ハイナ」という兄がいて近々来るということのようだ。

そして、私の名前は「マイナ・フリレチア・ブリューンズ」と決まったらしい。なんか会話のやり取り聞いてると、何か意味が込められた名前みたいだ。まぁ親は子に願いを込めて名前を付けるものだけど、願いってよりは「家の中での立ち位置」的な意味合いに近いように聞こえた。使命とかって言葉も聞こえた気がするし。結構意味ありげな家系なのかなぁ・・生前ファンタジーの世界で見たような大木の中に住んでるような景色(赤子なので視える範囲が限られてるが)だから、貴族とかそういうものなのかどうかもよくわからない。ただ、会話の流れ的に姉が「・・え?そんな名前付けちゃうの?」みたいな反応だったのは気になる・・。まぁ、気になっても今は確認する術が無いからいつか機会があれば、聞いてみよう。

そんなことより、父さん達一行が部屋を後にして、強化を続けていた女王蟻は見かけもかなりカッコよくなったが、何より見てわかるくらいにオーラをユラユラ漂わせ始めていたので、姉たちが来る前に、自分専用の空間を作ってそこで保管と強化を続けていた。オーラを漂わせ始めたのを初めて確認した時に、『・・あれ?これ隠すのそろそろ難しいんじゃ・・』と思っていた時に、母フルーが入ってきてしまい「ヤバッ!」と思って咄嗟にポケットに隠すような行動を取ったような気がしたのだが、その時にポケット代わりに自分専用の空間を作ることが出来たようだった。いやぁ・・色々出来るなぁ・・そして、何でも目に入るものが全て新鮮に映るし、今はアリの強化だけど、すぐに熱中できる。生前の終わり際にはもう全く無かった感覚だ。そういう子供(というか赤子だが)ならではの感性を持ちながら、生前の達観した感覚もあって不思議だなぁと思いながら、ㇷと気が付いた。

『・・あ、そういえば、生前は長男だったから上がほしかったなぁって思ってたけど、さっきの話だと姉もいるし兄もいるみたいじゃん・・うわぁ、姉はさっき見えたけど、兄さんって人はどんな人なんだろう。兄弟って言っても仲が悪いところもあり得るのはわかってるけど・・どんな人なのか楽しみだなぁ』



姉はハイナは数日中には来ると思うと言ってたが、一ヶ月経ってもまだ来ていなかった。それにも関わらず、両親もアイナも全然ハイナについてはあれ以来全く話題にも出さずに、時々私をあやしたりしながら、ゆっくりと過ごしていた。そして、とうとうハイナがやってきた。入口の方から声がするものの、「やっときたのね、おそかったじゃない」というようなこともなく、当たり前のように「あら、ハイナ。お父さんとアイナ庭にいるから、ちょっと呼んでくるわね」と家の中でさっき呼んだというような雰囲気で話している。やっぱり時間の感覚が結構違うのかもしれない。

母がハイナにそう話していたが、ハイナと思われる男性の声が「わかった。それで新しい弟はどこに?」と問いかけると「中心にいるわ。名前は「マイナ・フリレチア・ブリューンズ」よ」と父と姉を呼びに行きながら答えていたようで、パタパタと足音と声が遠のいていった。

「「マイナ・フリレチア・ブリューンズ」か。ということは、姉さんの瞳でも視えなかったわけか。まぁ、何はともあれ私にとっては初めての下の兄弟か。」

ハイナがついに部屋のドアを開けて入ってきた。姉と同じくらいなのか、外見は十代後半か二十代前半くらいに見える青年だった。寡黙な雰囲気で華やかとは反対だが、とても整った顔立ちだった。普段から表情を表に出さないタイプなのか、部屋に入って私を目でとらえてからもすぐに寄っては来ず、ジッと見つめていた。

アイナとは違う、家族を見る温かさもあるように感じるが歴戦の英雄から発せられているような力のこもった強い視線で目が離せない。

束の間の時間ではあったが静寂が支配した後、ハイナはゆっくりと歩み寄り、私を抱き上げた直後だった。

ハイナの腕から、ザザッと細かな黒い点が砂嵐のように巻き起こり、私を一瞬で包んでしまった。視界は一瞬で黒い点に覆いつくされ、その先からハイナが私を呼ぶ声がしたが、その声もすぐに聞こえなくなってしまった。






























       ⅰ―3


あれ!?君は・・君は僕と同じで遊びに来てたの?うわぁ・・ごめんねー。あの木に登ってみたいなって思って近寄ったら、やられちゃってさ、やられる寸前に大事なものを滅ぼす呪いを掛けたんだよ。その呪いで君を消しちゃったみたい・・君の選んだ入れ物よりは入り心地よくないかもだけど・・別の所に入れてあげるよ。本当にごめんね。


気が付くと、さっきまでの大木の中のような部屋とは違った、天之川 焚慈だった頃の知識にある木製の部屋にいた。人間の作った家の部屋という感じだ。一つの木の中ではなく、木を組み立てて造った部屋だ。

『・・あれ?さっきの砂嵐の後、声かけていた存在の話的にさっきのマイナとしての生はあんなに呆気なく終わっちゃったのか?体感なんて殆ど何もできなかったなぁ・・まぁ不慮の事故だったから、お詫びってことで別の所には再度転生ってわけかぁ・・。あ!頑張って強化してた蟻どうなっちゃったんだろ!?』

マイナの生が終わってしまったのも特に痛みがあったわけでもなく、貧血で倒れて目が覚めたら知らない天井だったみたいな感覚だったことから、慌てることもなかったが、子供の感覚は引き継がれていたからだろうが、大人であればもっと気になることよりも、大事にしていた玩具の方が気になってしまう子供の思考が優先されていた。必死に空間に閉まっていた蟻を取り出そうとしたが、それまで簡単にできていたことが、全くできなくなってしまった。それからも数時間試してみて、出来ないことがわかると、気が付くと涙がこぼれ、ギャンギャン泣いてしまった。



「この子ったら、どうしたの!?赤ん坊はよく泣くものだけど、何もしてないのにこんな急に大声で泣き続けるなんて!あの人はまだ学舎で働いてるし・・お腹減ってるわけでも、おねしょでもないし・・ルージュったらどうしたのよ。」

母と思われる女性を数時間困らせ、やっと落ち着いた。何度も呼び掛けられたことからどうやら「ルージュ」というのが私の名前らしい。マイナの頃はこんな感情が先に立って泣き喚くことはなかったのになぁ・・。種族による違い?同じ種族でも個人差があるってことなのかなぁ・・なんか落ち着いてきたらギャン泣きしてたの結構恥ずかしいな。


それから数時間後、父と思われる男性が帰ってきた。

「あなた、お帰りなさい。」

「ただいま。ルージュは?」

「それが昼間、静かに寝てたと思ったらいきなり凄い泣いて大変だったのよ。本当に夕方位まで休まず泣き続けて。でもいきなりピタッと泣き止んで、今はもうあの通りでいつも通り寝てるわ」

「そんなに泣いてたのか・・心配だけど、様子見て今後も続くようならまた考えようか」

両親の言葉を聞きながら、もうあんなことは繰り返さないぞっと強く思いながら眠りについた。



それからはマイナの頃程、色んなことは出来なかったが、魔力は一応あることがわかった。マイナの頃に体感してたのでその辺の感覚が掴みやすかった。自転車や車などを運転できるようになれば、暫く乗らなくても乗ってみれば感覚を思い出すというような感じだった、。とは言え、あのマイナの頃に持っていた「ポケット」には手を入れられなかったが。代わりに自分の身体に強化をかけ続けた。蟻に強化を掛ける感覚も十分役に立ったが、何より自分の身体でやると、強化をかけ過ぎると単純に負荷が掛り、体が痛かった。勝手がわからない最初は骨が軋む感覚を体験したこともあり、自転車に乗れるようになる為に転びながら、体で覚えるみたいな感じで自己強化は体で覚える感じだった。そして、色々やってみて魔力の総量が、マイナの頃に比べて圧倒的に少ないことが分かった。だが、それも自身の強化を掛けることを続けていく内に総量が、増えていくことも分かった。

天之川 焚慈だった頃もそうだったが、集中すると時間を忘れ、周囲の音が聞こえなくなる癖があった。

魔力の事などがわかると母に母乳を与えられてる途中でも、そっちの方が意識が言って口から母乳をこぼすことも度々あり、両親も慌てていたが、そういった不思議に思う行動にも慣れて、時間は過ぎていった。



 それから数年経ち、一人で歩いて遊ぶことくらいが出来るようになって、自分がどういう所にいるかわかってきた。ルートゥ村という所で父は村で唯一の教師だった。魔法や剣術・武術以外にも一般的な教養も含めて、「教える」という事柄の全てを担っていた。その為、扱っている年齢も6歳~15歳くらいまでを幅広く受け持っていた。一人では勿論目が届かないので、ある程度上級生になる生徒にまとめ役もさせながら全体を見ていた。一人しかいない教師で世話になった者も多かったので、人望が村人からは厚い様子だ。

 母は特筆した所はない典型的な良い人だ。子供ながらに達観したこれまでの記憶があることから、全く手のかからない我が子に「出来すぎてる子ねぇ」と零すのが口癖になりつつあるものの、何か怪しんだりはしてないようで純粋な愛情を注いでくれている。

 私はというとやっと一人遊びできるようになってきたので、自身の強化や近所の森や湖に出掛けるようになっていた。一人遊びがこの上なく楽しかった。そして、マイナだった頃の空間へのアクセスを是非成功させたかったのだが、やはり試してもうまくいかなかった。

 そんな日々を過ごしていたある日の夜、父から「ルージュ、お前もそろそろ学舎に通ってもいい年だ。明日、みんなに紹介するから、明日父さんと学舎に来なさい」と突然言われてしまった。

 『学舎って・・学校かぁ・・なんとなく普段の会話からわかっちゃいるけど、やっとこの世界について学べるんだな。今までは自分のことばっかりだったけど、ちゃんと学習しなくちゃな』

少し緊張はしたが、頑張る決意を小さくして、父に子供らしく返事した。

「うん、明日楽しみにしてる!」



 今日から、学生の仲間入りだ。「天之川 焚慈」の頃の学生の記憶とは随分違うが、この世界について学べる。まぁ田舎の学舎で、村中の6歳~15歳(明確に線引きしてるわけではない)位の子供を父が見てるような形なので、ルートゥ村での常識や防衛手段・食べられる野草などの一般知識程度かもしれないが、この世界では貴重なんじゃないだろうか?それに、小さい子を預かるということで、一緒に協力してくれる有志の村人も交代で来てくれてるらしく両親への信頼は厚いらしい。(村を走り回ってる時や、夜両親の会話でそういった話を耳にしてきた)

 今日はルージュ以外にも複数人、新入生が居るので親が連れてくるのを対応しなくてはいけないからということで、普段よりかなり早く着いていた。

 少し大きな家という程度の規模感で、小さな村ならこんなものかなぁという大きさだが、学舎なんてものが村にあるということ自体が異例なようなので、十分すぎると思われた。

 「ルージュ、大して広い建物じゃないが、時間あるし校内を見てきてもいいぞ。父さんは準備しなきゃいけないこともあるから、ここにいるから」

 「わかったよ!」と返事して、校内を走って見て回ったが、そんなに大きくないのですぐ見終わってしまった。初めて見る場所はとてもワクワクした。『どのくらいの人数いるんだろう?』そんなことを思いながら父さんの元に戻ると「ありゃ、もう見終わっちゃったか。まぁそんなに大きくないしな」などと父が笑いながら何やら準備をしていたが、それも数分後には終わってしまった。

 「いやぁ、父さんもちょっと早く来すぎちゃったみたいだ。」

別に始業時間が決まっているわけではないが、それにしても早く終わってしまったということらしい。

「ルージュ。今日ルージュと一緒に新入生として来るのはレナリヤちゃんだ。小さな村だから知ってはいるかもしれないけど、仲良くな。レナリヤちゃんにはサナちゃんって妹が居るから、一人っ子のお前よりしっかりしてるかもしれんが・・あと誰かが泣いていたら助けてあげるんだ。父さん達も見落とさないようにしてるけど、完璧にはできないんだ。だからそういう何かおかしいと思うことがあったらちゃんと父さんに話してくれよ?」

 ルージュは拳を出すように促され、父はルージュの拳にコツンと合わせて「父さんとの約束な」とニンマリ笑った。「天之川 焚慈」の記憶もあってそういう道徳的なことは知ってはいたが、子供だからなのか、不思議と大事な事を教えてもらったようで、その光景が大事な瞬間に思えて、少し呆けていると「おはようございまーす!」と男児の声が聞こえた。

 「お、ラパンが来たか。父さんは生徒の出迎えにいるから、ルージュはここで待っててくれ。」

自分と同年代の子から少し年上の子とチラホラ登校してきて、静かだった校内に活気が出てきた。

「クッスル、今日から娘をよろしく。余所者にも関わらず、学ぶ機会をくれて助かる」

「カーン、いつまで余所者のつもりでいるんだ。そんな風に思ってるのはお前だけだぞ。」

「そう言ってくれるとありがたい。レナリヤ、父さんは仕事に戻るからな」

レナリヤと呼ばれた少女は「私は父さんの仕事の手伝いだけでいいのに・・」と若干不満そうにしながら渋々「ハァーイ」と返した。

 父はレナリヤを連れて、待っていた私に声をかけた。

「ルージュ、レナリヤちゃんも来たからみんなのとこに行くぞ」

視線をやると、不機嫌そうなレナリヤが目に入った。『確か鍛冶屋のカーンさんとこの子だったな。あんまり話したことはないけど・・いつも鍛冶の仕事手伝ってる印象なんだよな』

「僕、ルージュ。よろしく!」と手を出したが、プイっとされてしまった。

『えぇ・・結構気難しい子なのかなぁ・・ちょっとショックだ』とどんよりしてると、サッサと先行していた父から「前から話してた通り、今日から新しくうちの息子のルージュとカーンとこのレナリヤが皆と勉強することになるから、みんな仲良くするように」と早々と紹介されていた。

「ルージュです。よろしくお願いします」

「・・よろしく。」

「よし。そことそこに椅子空いてるな。席に着いたら、今日はまずルートゥ村周辺の地理についてだ」



家にいた頃から両親の話でなんとなく聞こえてきた知識しかしらなかったので、最初の授業は有意義な時間だった。ルートゥ村はキンナル王国に所属する村で、かなり歴史のある村らしいが、特筆するようなものは何もないらしい。他に村の行事などをまずは教えてもらった。

『アッという間に授業おわったなぁ』とボンヤリ思ってると、朝一に登校していたラパンという声の少年が声をかけてきた「ルージュ、お前っていつも一人で森や湖で遊んでるやつだろ。先生の子供って言っても、ここのことは俺の方が先にいるからわからないことは俺が教えてやっからな」先輩風を吹かせたいのが見え見えだったが、まぁ、こんな所も子供らしいなと内心ニンマリしながら、笑顔で返すのだ。

「ありがとう!これからよろしくね!」



 ルージュがラパンとそんなやり取りをしている先ではレナリヤが同じように同性の少女達に声を掛けられていた。ラパンと違うのは、少女達は複数で声をかけていた。その中でもレーゼという少女が中心のようだが、リーダーシップがあるというよりは、典型的な良い子のような雰囲気だった。

『へー、あんな子も村に居たんだなぁ・・』

見た目もすごい美人ってよりは、すごく普通だ。授業中の様子では思ったことはハッキリ言うタイプで、授業中の疑問やどうしたらうまくできるか等、とても積極的だった。恐らくそういう姿勢に惹かれる人間も多くいるんだろうと思う。大人である父(先生)に質問したりするのは勇気がいるけど、授業の後にレーゼにこっそり聞くのはハードルも下がるんだろう。他にもレーゼが授業中に質問してくれることで、自分達の聞きたかったことを聞いてくれたりということで助かってる生徒は取り巻きの少女達以外にも多くの少年・少女達が思ってる様子だった。

「なー、ラパン。あのレーゼって子は何歳なの?」

「うん?レーゼちゃんか?レーゼちゃんは俺と同い年だぜ!」

「いや、ラパンの年齢知らないし。」

「7歳だ!」

「へー、7歳かぁ」

「・・あ、お前もしかしてレーゼちゃんのこと好きなのか!?」

 レーゼのことを年齢の割にしっかりしてるんだなぁと思ってるとラパンは少年らしいというべきか、老成ませていると言うべきかニンマリいたずらっ子のような笑みを浮かべ、大きな声で「レーゼちゃん、レーゼちゃん!ルージュの奴さー」とからかおうとした時、レナリヤを囲んでいた少女達が「何よ!アンタ!」と叫んだ。



 レーゼは人から聞く沢山の物語が大好きだ。中でも英雄にまつわる物語は特に惹かれた。やさしく正しく、毅然と困難に立ち向かうのだ。そして、レーゼが聞いてきた英雄は素敵な恋人や仲間達に囲まれるのだ。

授業では特に通信魔法がお気に入りで、色んな地域の人と通信魔法できるようになればもっと沢山物語を知れると夢が広がった。自分は女だったが、先生が昔冒険者として各地を歩いていた時には女性の仲間もいたという話を聞いて自分の足で各地を回るのもいいかなと思って、先生の教えてくれることは全部吸収したいと思って毎日学んでいた。

 そして、明日からは先生のお子さんと鍛冶屋のカーンさんの所のレナリヤちゃんが来るという。

大好きな英雄のように、二人とも今の友達達と同じように仲良く過ごしたいな。そんな夢を胸に膨らませながらレーゼは眠りについた。



 この日は二人の初日ということもあるので、お昼で授業は終わりとなっていた。ご飯を食べたら終わりなので、いつもの友達カーナとチャシーには事前に、レナリヤも囲んでご飯を食べようと話していた。

 が、レナリヤは学舎に来ること自体嫌だったらしく、一緒にご飯を食べようと声をかけると「私はさっさと食べて、帰って鍛冶の勉強するんだから、あなた達とのんびりご飯なんて食べてる時間ないからほっといて」と全く取り付く島がなかった。この言葉にキレたのがカーナだった。

「何よ!アンタ!」

「私に構わないでって言ってるだけじゃん。放っといてよ」

「わざわざ、気使って私達来たのに!レーゼいこ!!」

「え?え?・・あ、あぁ、うん。」

カーナとチャシーの剣幕に圧されて、その場を後ろ髪を引かれる思いを残しながら結局この日の昼食は普段通り3人でご飯を食べた。当然、カーナとチャシーは暫くレナリヤの悪口を言い続けていた。

『あぁ・・どうしてこうなっちゃったんだろ・・』レナリヤの心は曇天の空のようだった。


「・・な、なんだぁ?あのレナリヤって奴・・」

ラパンはルージュを笑いものにして、みんなの注目を自分に集めたかった所を、カーナの叫びで一瞬で空気が凍り付いて静まり返っている現状に頭が追い付いていない様子だった。

 周囲の様子を見回してみると、年上の男女もまとめ上げるタイプはいないようで、みんなこの出来事の収集をつけようとする人は見当たらなかった。

レナリヤは自分で言ってた通り、さっさと昼飯を食べると家に帰ってしまっていた。

その後は、カーナとチャシーがクラスのみんなにレナリヤについて悪態をつき続けていた。

ラパンは子供だからしょうがない気もするが、レナリヤとはまだ大して話してないにも関わらず、帰る頃にはすっかり感化されてしまっていて、レナリヤの悪口ばかり言っていた。

父は「昼食取ったら今日は解散。先生はこれから村長に用事があるから、行ってくる」と行って丁度いなかった。何ともタイミングが悪い・・。



父に話したものか考えていたが、あのクラスが普段どんな雰囲気なのかがわからなかったのと、直接レナリヤと話したわけでもなかったので、とりあえずは様子見することにした。

 が、当然と言えば当然だが、翌日から明らかにレナリヤを腫物扱いをしていた。

カーナとチャシーは勿論、昨日の帰り際の時点で感化されてしまっていたラパンはレナリヤに「帰りたいなら来んなよ!」と罵声を浴びせる始末だった。

 レーゼは時々カーナとチャシーに「授業はちゃんと受けようよ」と一生懸命訴えていたこともあってカーナとチャシーは渋々我慢している様子だったが、ラパンは事あるごとにレナリヤに突っかかっていた。

 ラパンのわかりやすすぎる行動に、父はブチ切れた。父は素の部分はかなり荒っぽい人間なのだ。

「ラパン!!」怒鳴られたラパンはその迫力に一瞬で恐怖に支配されてしまったようでギャン泣きとなった。父は「ラパン、それにレナリヤ。授業が終わったら先生と少し話すからな。ベープ、ラパンを連れて少し外歩いて落ち着かせてやってくれ」ベープは15歳になるこの学舎では最年長の一人だった。基本、この学舎では年齢が上になるにつれて、自分より年下の生徒の面倒をみるのが伝統になっていた。こういうことは、時々あるようで、あまり面倒をみるのが得意そうには見えないベープでも、「あ、はい」とすんなりラパンを連れて外に出て行った。レナリヤには誰か引率してあげるように言わないのかなと思って、レナリヤから父に視線を移すと父と目が合ったと思う間もなく、「ルージュ、お前はレナリヤちゃんと川沿いに森の入り口辺りまで一緒に歩いてこい。そうだな・・昼食くらいまでには戻るように」と言われてしまった。「え?俺が??」と戸惑っていたが、レナリヤ自身も「先生、私はいいです」とキッパリ拒否してきた。『えー・・俺どうしたらいいの?』と泣きたい思いで父に目配せすると「先生の指示だ。レナリヤ、言うことが聞けないならカーンに今日の態度を伝えないといけないぞ?」レナリヤはカーンの名前を出された途端慌てた様子で「わ、わかりました。ルージュ、行くわよ!」と先に出て行ってしまったので、追いかける形で外に出た。



 『何を話したものかなぁ・・昨日のカーナとチャシーの悪態を聞いてたから、状況は想像できるけど、俺、そこに全く関わってないからなぁ・・クラス全体の雰囲気から一番影響がなさそうなのが俺だったからってのもあるかもしれないけど・・父さん、無茶ぶりすぎだよ・・』と内心嘆いていると、レナリヤが「お昼まで放っといていいよ。学舎に戻る時に一緒に戻ればいいでしょ?」とレナリヤらしい言葉を掛けられた。

 が、ハイ、そうですかなんて出来るわけがない。

「いや、そういうわけにはいかないでしょ。別に話さなくてもいいから。一緒にいるよ」レナリヤはずんずん先に進むので、気まずく感じるよりも無心で追いかけていた。

 父に言われた通りの森の入口に着いた所で、レナリヤはピタッと止まるとその場に座り込んだ。それに合わせて自分もそこに腰を下ろして暫く川を二人で眺めていた。

 「鍛冶って楽しいの?」何となく思ったことを呟いた。

「何で?」レナリヤはこちらを見ずに、少し間を空けてから質問で返してきた。

「学舎から早く帰って、カーンおじさんの鍛冶仕事を手伝いたかったから、あんなこと昨日言ったんでしょ?俺は鍛冶ってやったことないからそんなに面白いのかなーって思っただけ」気づかいとか特に考えもせず、思ったことをそのまま口に出していた。また少しの間が空いて、我ながら『・・あ、思ったことそのまま言っちゃった』と不味ったかと若干後悔し始めた所で、レナリヤを見てみると頬を紅潮させ、とても嬉しそうな表情をしていた。

 「すっごく面白いんだよ!鉱石を火で熱して父さんは色んなものを作ったり、修理したりするの!鉱石は凄く綺麗なのもあったり、父さんが思い通りの形に変形させていくのが凄いんだよ!私も父さんみたくカッコいい鍛冶師になりたいんだ!」

 ずっとツンツンしてる印象だったので、こんな明るい顔は想定外で少し呆けていたが、レナリヤは「でも・・父さんが急に明日から学舎で暫く学んで来いって。私は学舎なんて興味なかったのに・・」と表情はまた曇ってしまった。

 「俺もレナリヤと一緒で学舎に来たばっかりだから、あんまりわかんないけどさ、カーンさんがそうやって言ったってことは、カーンさんの経験で学舎で学ぶことには意味があるって思ったってことじゃない?レナリヤが一番憧れるカーンさんがそうやって言うんだから、レナリヤが学舎で学ぶ意味はそれだけで十分なんじゃない?学舎でちゃんと勉強しなかったら、それこそ今度はカーンさんが鍛冶教えてくれなくなっちゃうかもよ?」

 レナリヤはポカンとしてたが、それから少し難しい顔をして暫くすると、

「た、確かに、ルージュの言う通りだね。何よ、今話したばっかりなのに、お父さんの事私よりわかってるなんて・・」と今度は若干不貞腐れたように頬を膨らませていたが、また少し経つと困ったような表情に変わって「でもこれからどうしたらいいの?」と本当に悩んでいる様子になった。『表情がコロッコロ変わるなぁ。自分もそうだったのかなぁ』と聞かれていることと別の事を思いつつ、天之川 焚慈だった頃の経験から口からは滑らかに言葉がでた。

「昨日、カーナとチャシーは「気を使って」声かけたって言ってたよね?」

「別に私そんなの頼んでない!」

「・・そうだね。でもカーナとチャシー達にはレナリヤにはお節介だったかもしれないけど、悪意はなかったよね。初めて来た子がこれからうまくやっていけるようにって気にかけてくれたんだよ。レナリヤには妹さん・・サナちゃんだっけ?がいるんだろ?レナリヤがサナちゃんに良かれと思って何かしてあげた時に、一方的に「構わないで」って拒否されたら嫌な気持ちにならない?」

「・・それは・・そうかも」

「自分の行動で嫌な思いをさせたら、ごめんって謝るの大事な事だと思うよ」

「・・わ、わかったわよ!・・でもルージュってなんだかお父さんみたいだね」

「え!?お父さんって、レナリヤ同い年だろー」

「お父さんとはちょっとタイプ違うけど、ルージュみたいなお父さんはありかもね!」

満面の笑みのレナリヤを見ながら、『天之川 焚慈の頃も、考え方が更けてるってずっと言われてたけど、今回もそうなのかなぁ』などと元気になったレナリヤに微笑ましい気持ちと合わさった複雑な笑みを浮かべていると、レナリヤが「ちょっと早いかもしれないけど、もう戻ろ!」と言って走り出した。レナリヤについてはもう心配はいらなさそうだ。


 学舎に戻ると、剣術の授業中だった。

レナリヤはレーゼ達の所に真っ直ぐに行くと、「レーゼ、カーナ、チャシー、昨日はごめんなさい!私が悪かったわ!」とその場にいる全員に聞こえるハッキリとした声で謝った。

 全員が面喰ってしまっていた。父でさえ少し驚いた顔をしていた。当のカーナとチャシーはバツの悪そうな顔をしていたものの、こんな堂々と衆目の面前で謝られてしまったことで、「え、えぇと・・その・・私も初日から悪かったよ」とカーナが小さく呟くとチャシーもそれに続いた。レーゼも「私も嫌な思いさせちゃってごめんなさい」としょんぼり謝ると、父が「よし、この件はもうこれで終わりだ!」と打ち切って、剣術の授業を再開した。父が授業は再開し、残りの時間は年上の生徒達に任せると「ルージュ、少しいいか?」と学舎の方に手招きされた。ちゃんと授業の様子が見える部屋で父は授業風景を眺めながら

「ルージュ、まずはレナリヤちゃんのことはありがとう。・・ただ、正直言って父さんも他の生徒達と同じでかなり驚いたんだ。一体レナリヤちゃんに何があったらあんなに変わるんだ?」

「レナリヤが元々、真っ直ぐな性格だったっていうだけだよ。僕は悪いことしたら、ちゃんとごめんんさいって謝るのが大事だよ。って伝えただけだよ」

「・・そうか。だが、授業も戻ってくる前とはまるで違うじゃないか。ちゃんと真面目に授業を受けようという意思を感じるぞ。」

「それはレナリヤが授業を受ける理由が見つかったんじゃない?それよりも、問題はラパンだと思うよ。父さんの言いつけ通りベープさんは昼食の頃合いを見てラパン連れて戻ってくると思うけど、あんなにいじってたレナリヤがみんなと打ち解けてるの見たら・・」

「・・そうだな。ルージュ、レナリヤちゃんと話したみたく、ラパンもどうにかできないか?子供同士じゃなきゃ話が通じないことって結構あるんだ。」

「ラパンは少し時間が掛かると思うな・・レナリヤは自分が悪かった所を理解できたけど・・ラパンは難しいと思う」

『この子は・・自分の息子だが、こんなに落ち着いて状況を整理できてるのは・・』クッスルは自分の息子ではなく、自分と同年代、もしくは年長者と話しているような感覚に捉われていた。

「そうだな。にしても、今までずっと一人遊びに夢中だったお前が、まさか、こんな能力があったなんてな・・。父さん、誇らしいやら驚きが隠せないやら・・」

「アハハハ。ま、まぁ、父さんの期待に応えられてるなら良かったよ・・で、ラパンはどうするの?」

『ちゃんとラパンの話に戻すんだなぁ。なんか、母さんに問い詰められてるみたいだ』

「ラパンは戻ってきたら、まずは授業後ってさっきは言ったが、父さんがラパンと昼飯を食おうと思う。勿論説教モードじゃなくてな。」

「そっか」

「ルージュ、なんかアドバイスあるか?」

「いや、今はそれでいいんじゃないかな。さっきレナリヤが謝った時にラパンはいなかったから、授業後の話し合いは二人揃って聞き取りをした方がいいと思う。」

「そうだな。色々助かる。」

『ラパンの家族にも話しておいた方がいいな。・・今回が初めてってわけじゃないが、こんな時他にも教師がいてくれたらなぁ』クッスルは教師という珍しい仕事にやりがいを感じつつ、天を仰いだ。


 そして昼食の時間になると、ラパンとベープが戻ってきた。

 ラパンは混乱していた。さっき先生に怒鳴られるまで、自分が(けな)していたレナリヤは全く違う表情をしているのだ。ずっと不機嫌そうにしていて、自分に貶されると更に苛立った様子をしていたのに、カーナとチャシーまで一緒に笑顔で昼食を取っているのだ。

 『な、なんで??お、お前らレナリヤのこと悪く言ってたじゃん。俺があいつらの代わりにしてやってたのに・・!』

 「ベープ、ラパン丁度いい時間に戻ってきたな。ベープ、ありがとう。ラパン、少しは頭冷えたか?沢山泣いたら腹も減ったろ。さぁ飯にしよう!」

 クッスルが生徒と食事をするのは別に今回に限ったことではなく、寧ろ昼時にクッスルが一緒に生徒達と食事をしない方が珍しかった。この習慣がこれまでの問題児の時にも役に立っていた。とは言ってもクッスルはそういう打算的な考えで生徒と食事をとっていたのではなく、年齢差を少しでも埋めて生徒の近くにありたいという一心で昔からそう心掛けてきただけだった。教師として先輩がいたわけでもないので、独学で自身の得てきた知識や技術を伝えているのだ。

 流石に口数が少なかったラパンだったが、クッスルも「ラパン、今はお前を怒鳴ったりせん。少しは冷静になってきただろうしな。さっきのことは、授業が全部終わったら、レナリヤも含めてちゃんと話を聞く。」



 レナリヤはカーナとチャシーだけでなく、他の生徒ともあっという間に打ち解けていた。

呼び出されていたルージュが戻ってきたのをみつけると、「あ!3人共また後でね!」と言ってレーゼ、カーナ、チャシーの3人から離れると、ルージュの所に駆け寄ってきた。

「先生との話は終わったの?」

「まあね。それよりみんなとあっという間に仲良くなったみたいじゃん。俺なんてまだラパンくらいとしか話してないのに」

「ルージュが教えてくれたからね。家族みたいな感覚で接すればいいのかなって。そしたら、皆と話すのも苦じゃなくたったんだ」

「へー、すごいじゃん。ラパンとも話せそう?」

「私男の子の兄弟っていないからよくわかんないけど、他のみんなと同じように接するよ。まぁ私が悪くないことは譲らないけどね!」

「レナリヤは強いなぁ。」

「強いってのはよくわからないけど、気が付けたのはルージュのおかげよ!ありがとう!」

裏表のない「ありがとう!」の言葉と、彼女の真っ直ぐな瞳に一瞬呆けてしまった。



 どうしたわけかレナリヤは、俺が行くところにずっと付いてきていた。

『どうしたんだ?これ?なんか助けてあげたわけでもないのに、随分気に入られちゃったみたいだな・・このくらいの女の子ってこういうもんなのかな』と天之川 焚慈だった頃は学級委員などはしていたものの、クラスではただのモブ眼鏡でしかなかった為、今の状況があまり理解できずに首を傾げていた。


 昼食後の授業はベープを始めとする15歳の生徒に任せて、クッスルは用事があると言って出掛けていった。

そして授業が終わる時間頃にクッスルはしっかり戻ってきて、他の生徒は家に帰した。

 この世界では時計がないので、定かではないが時刻は15時頃だろう。

まだ日は沈んでいない明るい時間帯だ。だが、ラパンは暗い顔をしていた。その横のレナリヤは正反対に明るい表情だ。クッスルは『いじめられてた側がこんなに明るい表情をしてるのは見たことないな。いじめた側は大人に注意されることを恐れて暗い表情になるのはわかるが・・まぁ、こうしてても埒があかない。まずはレナリヤに聞くか』とまずはレナリヤに話を振った。


「まず、レナリヤ。さっき戻ってきて、みんなの前でしっかり謝ったのは偉かったぞ。誰にでもできることじゃない。」クッスルはラパンが居なかった時に、レナリヤがとった行動をわかるように褒めた。

「ルージュが私が悪かったことを、教えてくれたんだよ!だから私謝らなきゃって思えたの!」

「そうか・・それは良かった。で、ラパンとは何があったんだ?」

「知らないわ。なんか朝来てからずっと私に先生に注意された時みたいに、突っかかってきたのよ!ラパンについては私悪いことしてない!」

「・・ラパン、どうしてそんなことしたんだ?」

「ぼ、僕はカーナとチャシー達が昨日レナリヤが嫌な奴だって言ってたから・・!」

「ラパンはレナリヤに何かされたのか?」

「・・・」

「人が言ってたから決めつけたのか?」

「あ、あいつらの代わりに俺があいつらのしたかったことをしてやったんだ・・ぼ、僕は悪くない」

「じゃあレナリヤが悪いのか?・・ラパン、お前が逆の立場だったらどう思う?喧嘩した相手と全く関係ない相手が一方的に自分を攻撃してきたら。」

「・・・」

「ラパン、どう思う?」

「で、でも!あいつらだって!」

「確かにカーナとチャシーも良くなかったな。だが、それはラパンの件とは別のことだ。それにカーナとチャシーはちゃんとさっきレナリヤが謝った時に謝ったんだ。ラパン、謝ってないのはお前だけだぞ。」

「・・う・・」

「自分が悪かったことはわかるか?」

「・・・はぃ」

「よし、自分が悪かったことを理解できるのは偉いぞ!レナリヤもラパンも優秀な生徒だ!あとはちゃんとごめんなさいができればそれで終わりだ」

ぐしゃぐしゃの顔になってるラパンを見て、レナリヤは思わず「先生、もういいよ」と言いかけた所で、ラパンの口から絞り出すように「・・ご、ごべんだざぃ」と嗚咽交じりに謝罪の言葉が出た。

「よし!!よく謝れたな!ラパン!」


 クッスルは事態の報告を通信魔法で、それぞれの家族に行い、二人を連れて家に送り届けた。そして再度説明をした。二人ともちゃんと自身の非を認め謝ることもできたので、褒めてあげるように伝え、帰路に着いた。


「ただいまー」

「あら、おかえりなさい。ルージュから聞いたわよ。今日大変だったんだってね」

「確かに、大変だったんだが・・ルージュ様様だったよ・・ルージュはもう寝たのか?」

「ええ、ご飯食べたらもう寝るって。ルージュ、そんなにお手柄だったの?」

「ああ、親として贔屓目抜きにしてもちょっと驚いた。今までずっと一人で遊んでたから、正直心配してたとこもあったんだが・・全くの杞憂だったよ。誇らしいとも思う反面、少し怖い位だ。」

「そんなに?」

「あぁ・・レナリヤちゃんのことは前から話してただろ?あの子はカーンの事が好きすぎて、鍛冶にも熱中してて学舎に来る前から、行きたくないって言ってた上にあのハッキリした性格だろ?だから今回のことも、しばらく時間掛かるかと思ってたんだが・・頭を冷やさせる為に、ルージュに付き添わせて少し歩いてくるように指示したんだが・・そんなにしないで戻ってきたと思ったら、いきなりみんなの前で謝ったんだよ。あの子はハッキリした性格だから、あの謝り方自体はあの子らしいとも思うんだが・・。それよりも、その後ルージュにどういう風にレナリヤと話したのか別室で聞いてみたら、それよりもラパンの事の方が難しいと思う。どうするの?って聞いてきたんだよ。あの年であれば褒められればそこで満足して終わりなのが、普通だと思ってきたんだが。少なくとも、今まで見てきた子達や自分の幼少期を振り返ってみてもそうだったから、すぐに次の問題に目を向けてるのに心底驚いたんだよ。しかも、濁して終わろうかと思ったんだが、最後に釘を指すように、もう一度確認してくるんだもんなぁ・・正直、息子や生徒と話しているってより、同年代か少し先輩の人間と話してる気持ちになったくらいだ。」

「うーん・・まぁ、レナリヤちゃんについては相性が良かったのもあるんじゃないかしら?ルージュも一人で夢中になって過ごしてきたように、レナリヤちゃんも鍛冶に夢中なんでしょう?その後のことは、優秀な息子を持ったと胸を張ればいいじゃない。今回の事でルージュの優秀な所も見えたでしょうけど、そうは言ってもあの子はまだ5歳なんだから、その内年相応の失敗もあるだろうから、その時は先生として、家では私も含めて親として力になってあげたらいいじゃない。」

「そうだな。喜びより驚きが勝るなんてあるんだなぁ。」

「ふふ、あの子が多きくなったら楽しみね」



ルージュは食事を取ってすぐに布団に入っていたが、眠たかったわけではなかった。

これまで、一人遊び兼自身の強化の時間が、学舎に通うことでどうしても時間が短くなってしまうことをどう対処しようか考えていた。昨日、今日と通って普段の学舎の時間は恐らく9時~15時位だ。年上の生徒達はう少し学舎に居るようだが、大体その位の様子だ。明日、学舎から戻ったら、それ以降森に早朝行く理由がほしい。学舎後は遊びに行くので問題ないだろうが、早朝から行くのは何か理由をつけないと・・。

『うーん・・小学生とかなら、昔飼育委員で世話の為に、早く家出るとかあったなぁ。森にはそんなのないし・・大人納得させる理由かぁ・・。』




















       ⅰ―4


「おはよう」

昨晩考え続けていたルージュにとっての重要事項を考えながら、両親と挨拶をして食卓についた。いつもの食卓のパンだ。そういえば、あまり気にしたこともなかったけど、天之川 焚慈の頃と同じような食事が並ぶのでこれまで全く違和感なかったけど、人間のいる世界って食文化も似たような進化をするもんなんだろうか。

「・・ジュ。ルージュ?」

「へ?」

「なんだ、まだ寝ぼけてるのか?そうだ、昨日気にしてたラパンの件だが、あの後ちゃんとラパンも謝ることが出来て、一応一段落になったぞ。」

「そうなんだ、良かったね!」『謝ったとしても、本人が納得できてるかは微妙だなぁ。まぁ、こればっかりは時間掛かるだろうし、現状できることはないよなぁ』

「また何かあったら、ルージュも頼むな!まぁ、あんな事そう頻繁にあるわけじゃないんだがな」

クッスルは笑いながら、「じゃあ父さんは先に行くから、遅れずに来いよ」と言って出かけて行った。



 授業が終わって昼食の時間になると、ラパンが初日と同じように俺の所にやってきた。

一人で食べようかと思っていたが、ラパンが来るのは少し意外だった。登校時は若干元気なさそうだったが、クラスメイトが普段通りに接したこともあって、割とすぐ普段通りになっていた。

「一人で飯食うなんて可哀そうだから、俺が一緒に食ってやるよ!」と()も仕方ねぇなぁと恩着せがましくやってきたが、ラパンより年下で強気にでれるのが、俺しかいないんだろう。

レナリヤは別に誰かと一緒に食べてるわけじゃないが、寂しそうな様子ではなく、近くにいるレーゼ達のグループと時々話を振られたりしながら、問題なく過ごしていた。

 授業が終わって下校時間になると、レナリヤが走り寄ってきた。

「ルージュ!一緒に帰ろ!」

「うん、帰ろー」

少し驚いたが、まぁ友達ができるのは良いことだなと思いつつ、昨日のことを軽く振ってみた。

「ラパンとのことは、今日の様子だととりあえず一段落したんだね」

「あぁ・・うん。まぁね。私はもう気にしてないけど」

「だろうね、レナリヤのいい所はそのサッパリした所だね」

「そ、そうかな・・えへへ」

「そういえばさ、カーンさんの鍛冶の仕事ってどのくらいからしてるの?」

「え?村のみんなの依頼の数とかによるよ。」

「そうなんだ、なんか朝早くから毎日してるのかと思ってた。(朝早かったら手伝いするっていうのは良い口実になるかと思ったんだけどなぁ)」

「まぁ父さんは鍛冶が全てって人だから、なんだかんだ朝早いけどね。ルージュのお父さんはどうなの?」

『・・でもカーンさんの手伝いとか弟子入りみたいにしたら、自己強化に割いてる時間なんてなさそうだな。やっぱり別の方法で考えよう』

「父さんは割と時間通りだね。帰りはその日何かあれば、生徒のご両親に説明しに行ったりして帰るから遅いことも時々あるかなぁ。レナリヤは朝早いの?」

「そうなんだ。私?私はお父さんの手伝いするから、お父さんと同じくらいに起きるよ!なんだかんだ、学舎に行くより父さんが遅く起きることなんてないから」

「そっかぁ(うーん、森に行くいい口実が見当たらない)。」

「ルージュは今まで学舎に通うまでは、どうやって過ごしてたの?」

「森や湖で虫とか動物探したり(自己強化は何て言おう?)・・た、体操とかして体づくりしてたよ!(体づくりって通じるかな・・?)」

「体操?体づくり?何それ!私もやってみたい!」

「へ?・・そっかぁ。そしたら、家帰った後で森でやろっか。」

「うん!」



母さんに一言伝えて、レナリヤと森に来ると、日はまだ高く15時頃だろうと思うが森はヒンヤリとしていた。

「レナリヤは森にはよく来る?」

「お父さんの狩りの手伝いとかでは時々来るけど、そんなに沢山来たことはないなー」

「そっか、(じゃああんまり深く入ると不安かな)そしたら、この辺で体操しよっか」

簡単な柔軟体操をした後で、自己強化の様子をレナリヤに伝えると、レナリヤは目を輝かせた。

「すごい!!その自己強化っていうのしたらあんな大きな木も持ち上げられるなんて!!お父さんと同じくらい力持ちじゃない!」

「レナリヤもやってみる?」

視た感じ、レナリヤの魔力量なら強化で少し加減を過っても体を壊してしまうほどにはならないだろう。

「うん!」

本人にまずは魔力を感じる所から、伝えてみる。しかし、中々できないので、レナリヤの魔力感知力を鋭くするように後押ししてみるとやっとレナリヤは魔力を感じることができた。

「すごい!!私にこんなのあったなんて・・!」

その後はまず後押しがなくても自身で感知できるように、レナリヤには自分だけで感知できるように、それだけに集中させると、日が暮れる頃にはレナリヤは自分で感じ取れるようになっていた。

「これを普段から出来るようになることが大事かな。歩く時に意識しないのと同じように、魔力を感じることが自然にできるようにするんだ。そうなったら自己強化もできるようになってくるよ」

「すごい!ルージュこんなことずっとしてたんだ!」

レナリヤは満面の笑みで、その日は別れた。



翌日、まだクッスルも家に居る時間帯に、ドアを勢いよくバンバン叩く音が響いてきた。

「ルージュー!!」

レナリヤの声が響いてくる。

「レナリヤ?どうしたの?こんな朝っぱらから。」

「学舎行こうよ!」

「いや、まだご飯も食べてないし・・こんな早くから学舎行ったって授業始まるのはまだ時間あるじゃん」

「昨日の自己強化っていうのやろうよ!私ももっとあれで鍛えてみたいの!」



レナリヤは昨日別れてからも本当にずっと魔力感知を意識していたらしく、目はギンギンで興奮冷めやらぬ様子だった。

「自己強化っていうのもやってみたかったんだけど、やり方わかんなかったから、早く知りたくて!」

「あー、それで朝来たんだ」

「いいじゃない!ルージュが遅いのよ!」

「アハハハ、それで、自己強化についてはちょっとレナリヤ一人でやるのはやめてほしいんだ。」

「えー!?なんでよ!?」

「まず、自己強化って自分の身体に合わせて強化しないと大怪我するんだよ。だから俺が一人でも大丈夫って思えるまでは絶対にしないでほしいんだ。」

「大丈夫よ!」

「約束できないなら教えないよ」

「え!?わ、わかったわよ・・」

「とは言っても、特訓するのはいいけど、もう皆来ちゃうしなぁ・・とりあえず今は魔力感知を続けて。」

「それは昨日からずっとやってるわよ!今もちゃんと自分の魔力わかるもん!」

確かにレナリヤの魔力は安定していて自覚しているのも視てとれた。

「自分の魔力を感知できるのは初歩の初歩。更に自分のその魔力を広げることが出来たら、自分以外のものを感知できるようになるんだよ。目の前に木があるでしょ?僕がレナリヤの足りない分の魔力を補うから、魔力を木に向けて広げるように意識して。やりづらかったら、手を伸ばして触るようなイメージでもいいよ」

「!出来たぁ!!すごい!触ってないのに、わかる!」

「まぁ、これが更に出来るようになったら、ここから学舎に来る生徒がわかったりとか、いろんな使い方があるんだよ。」

レナリヤは言葉が出ないほど感激したようで、目をキラッキラさせていた。

「これで、自分でもできるよね?・・あ、あと授業はちゃんと授業に集中してね。」



レナリヤは言いつけ通り、授業はちゃんとこれまで通り、しっかりと勉強していた。ただ休み時間や昼食時間はあっという間に平らげてしまって、ひたすら魔力感知の特訓に集中していた。

「レナリヤちゃん、今日はどうしたの?何してるの?」

「レーゼ、元々レナリヤは一人でいること多かったんだし、気にしなくていいんじゃなーい?ねー、チャシー?」

「うん、私もそう思うなぁ」

レーゼが声かけても反応がなかったので、心配していたが初日の事があったカーナとチャシーは放っとけば?とその場を去っていったが、レーゼは何となくもう少し踏み込んでみたかった。レーゼは勇気を出してレナリヤの肩を叩いてみようと手を伸ばし、触れるか触れないか寸前の所で

「出来た!!!」

「キャッ!」

レナリヤは魔力感知で集中していた時に、自分を覆っている魔力がレーゼの手を感知できたことに歓喜の声を上げたのだが、そんな事は何も知らないレーゼは心臓が飛び出るほど驚いた。そうでなくても和解はしたものの初日の一件があったので、あんまりしつこくすると怒らせてしまうんじゃないかとまだ距離感が掴めてない中で、今回勇気を振り絞って声をかけてみたのだから、驚くのは当然だった。

「うん?あれ?レーゼ、何してんの?」

キョトンとした様子を見て、怒らせたわけじゃなかったと安堵したレーゼは素直に疑問を口にした。

「えーっと、声かけても反応なかったから、ちょっと肩叩いてみようかなって思ったんだけど、レナリヤが出来たって叫んだからちょっと驚いちゃったの。・・何してたの?」

「あー、そうなんだ。驚かせちゃってごめん。つい嬉しくて。うーん・・私説明するの難しいなぁ・・今日の帰りさ、私と一緒にルージュと帰ろ。ルージュは説明上手だから。」

「?ルージュくん?それってどういう・・」

「ルージュはちゃんと教えてくれると思うからさ。」

レナリヤはニンマリ笑うと、じゃあ私もうちょっと集中したいから!と話を打ち切ってしまった。

『怒ってないみたいでよかったぁ。・・でもなんでルージュくん?』



レーゼは複雑な心境だった。初日、レナリヤにカーナとチャシーと3人でレナリヤに声をかけた時、レーゼはレナリヤとも何事もなく仲良くなれると漠然と思っていた。結果として、翌日レナリヤが謝ったことで仲直りとなったわけだが、その功労者はルージュだった。先生からの頭を冷やしてくるようにいう指示で、ルージュと出掛けて帰ってきた時には、既に改心していた。あの短い時間で・・あの一件があったから尚更補正が掛かってしまうのだろうが、レナリヤは少し気難しい印象がついてしまっていた。

沢山の物語で登場する英雄や素敵な仲間達。カーナとチャシーと仲良くなれたように、レナリヤとも仲良くなれると思っていたのに、自分ではできなかった。この思いがレーゼにとっては小さな嫉妬と大きな羨望が入り交ざっていた。そんな中、レナリヤからまたもや「ルージュ」と言われて、心は小さく(ざわ)めいた。それと共に何をしているのか気になって仕方なかった。



下校の時間になると、レナリヤはすぐにルージュの所に来ていた。

「ルージュ!帰ろ!・・あ、あとレーゼも一緒にいい?お昼に何してるのか聞かれたんだけど、うまく答えられる自信なかったから、特訓の事なんて言えばいいのかわかんなかったから、ルージュに帰る時に聞いてって話したの」

「そっかぁ(レナリヤ説明するの苦手そうだもんなぁ)。・・で、レーゼは・・」

視線を向けると、レーゼはいつメンに経緯を簡単に伝えると、こちらに走ってきた。

「遅くなって、ごめんなさい!」

「大して待ってないから大丈夫だよ」

笑って返したが、レナリヤは「早く行こうよー」と口を尖らせている。

『魔力修行に相当ハマってるなぁ』

自分も熱中すると時を忘れて熱中し、その場を離れる必要がある時は一刻でも早く戻りたいというタイプなので、レナリヤが熱中している様子はあまり他人事に思えなかった。



昨日と同じく家に帰ってから森に集まる約束をしながら、道中これまでレナリヤに説明した内容を簡単にレーゼに話すと、レーゼの理解はレナリヤよりも早く、話は簡単に進んだ。

「ルージュくんは魔力操作が出来るの?私も授業で魔法は学んでたけど(先生のお子さんだし、学舎に来る前から教えてもらってたのかな・・。)。」

「レーゼのわかんないのは終わった!?ルージュ、今日お昼後にレーゼに肩叩かれる時、感知できたんだよ!!」

レナリヤは話したくて仕方なかったようで、褒めて褒めてと言わんばかりに、嬉しそうに語っている。

「あ、それでレナリヤちゃん、出来たって言ってたんだ」

「そうそう!あと、レーゼ、私の事はレナリヤでいいよ!なんかレナリヤちゃんって言われると調子狂う」

「うん、じゃあこれからはレナリヤって呼ぶわ。」

「僕もルージュでいいですよ。ちょっとくん付けは・・」

「そうなんだ(レナリヤはわからないでもないけど・・二人は変わってるなぁ・・)じゃあ私も呼び捨てでいいよ。」



森に着くと早速レナリヤは自己強化について教えるようにせがんできた。

「それはちゃんとこれから教えるから。それで、さっき帰りの途中の感じだとレーゼは魔法について知識があるようだけど、どこまで知ってて、何ができるのかな。」

「えっと・・魔法には位階っていうのがあって、極級魔法っていうのを頂点に上級・中級とあって一番下は単に魔法と呼ばれてて、それぞれの位階は更に位階があって・・」

      ・

      ・

「うん、知識は問題ないね。じゃあ何ができる?」

「その・・レナリヤちゃんと同じ魔力感知くらい・・あとは水を出すウォーターとか。」

「なるほど・・ってあれ?水を出す魔法ってウォーターって言うの?」

「・・え?そうだけど・・」

「火を出す魔法は?ファイヤとか?雷はサンダーとか?」

「そうだよ?高位になれば名前も変わるけど、基本魔法はルージュの言う通りだよ?」

「英語じゃん・・」

「え?ルージュなんて?」

「あ、いやいや。こっちのこと。話逸れちゃってごめん。」

「ねー、ルージュ、早く教えてよー」

「うーん、じゃあまず、レナリヤには約束通り、自己強化を教えるよ。レナリヤはこの石を握りつぶすことは出来る?」

足元に転がっていた何でもない石を拾い見せる。

「出来ない!・・けど強化したら出来るんだよね!?」

「そうだね、まずは成功体験ってことで、僕がレナリヤを強化するよ。・・やってみて」

グシャ

まるで泥団子を握るように、レナリヤは派手な音もさせず石ころを粉々にしてしまった。

「すっごーい!!自分でやるにはどうしたらいいの!?早く教えて!」

「まずは体に纏ってる魔力があるでしょ?レナリヤの場合はまず、その魔力を掌に集めるようにイメージして。多分、それだけでも今日の日暮れまでじゃできないだろうから・・(うん?いや、なんか魔力が右手に集まってる・・うわぁ・・マジか)」

「ルージュできたよ!出来たらどうするの!?」

「あとはさっきと同じで、石ころ拾って握るだけだよ。で、それだけなんだけど、その状態を維持して他の動作するのって言うほど簡単じゃないんだ。(レナリヤの感じだとこれもできちゃいそうだけど)で、レナリヤ。さっきは成功体験をしてもらったけど、次はわざと失敗体験をしてもらうよ。」

「・・え?何?」

俺が話し続けている間もレナリヤは必死に手に魔力を集中していて、こちらの説明を聞き取る余裕がないようだった。


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通信魔法で直接伝えた後、レナリヤの手に魔力を今度は過剰に加えた。

拾い上げていた石ころは粉々になったが、同時にレナリヤの小さな手がゴキッと鈍い音と鳥の骨を砕いたような音が続けて鳴って更に割れた石ころの破片で手が傷つき。、レナリヤの手は血まみれになった。


「アッアァァァアアアーー!!」

経験したことのない痛みで言葉がだせず、レナリヤは(うずくま)っている。

レナリヤの手に治癒魔法をかけると、彼女の手はみるみる元通りになっていった。

「レナリヤ、今のが自己強化でよくある失敗例だよ。僕が居ない所で一人で自己強化をしようとすると今みたいな失敗する可能性があるから、僕が大丈夫って思えるまでは一人で自己強化するのはやめてね」

レナリヤはさっきまでの痛みと手があっという間に治ってしまったことに驚きで声が出ず、コクコク首を縦に振っていた。

「で、次はレーゼ。今見せた治癒魔法の練習はどうかな?」

「え?私にも教えてくれるの?」

「・・?あれ?そういう流れなのかなーって勝手に思い込んでたよ、ごめんごめん」

「あ、うぅん!違うの!教えてくれるなら教えてほしい!ただ、その、さっきレナリヤにしたのって・・通信魔法使ってたよね!?」

「え?あぁ、相手がこっちの声が聞こえない時とかに便利なんだよね。」

「私、通信魔法にすごく憧れてるの!」

「通信魔法に?(地味な魔法に惹かれるんだなぁ)」

「うん!高位の通信魔法が使えたら遠く離れた人ともお話しできるって!」

「規模によるけど、高位の魔法を使うなら、ある程度基本はできないとね。」

「そうなんだね。じゃあ、ルージュ魔法の練習よろしくおねがいします」

「レーゼは丁寧だよなぁ、年上なんだし気にしなくていいのに。」

「そんなことないよ。私が教えてもらうんだもん。」


「そういえば、魔法の勉強はまだ授業でそんなにやってないから聞きたいんだけど、魔法の名称って誰がつけたとかあるの?」

「んーとね、魔法に限らず今の生活や日にちの概念とかを普及したって言われてるのは、ライザー・カトゥルーって人って言われてるわ」

「・・レーゼって難しい言葉自然と使うね。」

「えへへ、そうかな。私色んな物語を見聞きするのが大好きだから、そういうのも自然と身に付いちゃったんだ。」

「へー、ブゼンさんとか?」

「うん、お父さんは色んな物語を教えてくれたし、学舎に来てからは先生にも色々教えてもらってるよ。でもお父さんから聞いた物語の話をすると、先生は驚いてたなぁ。私の知らない物語も沢山あるって言ってた。」

「へー、そりゃ、父さんより色んな物語を知ってるってすごいことだね。」

「へへ、あ、それでね、さっき言ってたライザー・カトゥルーっていう人の物語が有名なのはさっき話したこともあるんだけど、この人は物語では英雄とかで語られないの。そういう逸話がないってことじゃないんだけど、もう一つの呼び名が、他の物語ではないって言うのが大きいんだよ!」

レーゼは珍しく、胸を張り、次の言葉を少し勿体ぶった。物語が好きというのは本当のようで、学舎では見たことがない笑顔で本当に楽しそうに話している。

「レーゼ、勿体ぶらずに教えてよー」

「うふふ、えーとね、この人は「転生者」って言われてるの!自分でそうやって言い出して、周囲もそうやって呼ぶようになって今の物語になってるんだって。他にもこの人は自分を「世界の王」と言ってたらしいわ。あとね、これは本当かはわからないんだけど、勇者ディズィンの話が有名な理由ってどうしてか知ってる?」

「え?人類最強みたいな勇者じゃなかったっけ?」

「うん、勿論すごい活躍をしたっていうのはあるんだけど、彼は神の祝福を受けて、今でも実際に生きてるのよ。そして活躍が今も続いてるっていうのが、色褪せず今でも語られる理由なの。」

「今も生きてる?そんなことが・・」

「ルージュって大人みたいな反応するのね。まぁ大人でも勇者ディズィンについては有名すぎることだから驚く人なんていないけど。私達くらいの年齢の子ってそんな驚いて神妙な顔しないよ。」

「え!?そんな感じなの!?」

レーゼは面白そうにクスクス笑っているが、同年代の子に(とは言ってもレーゼも結構増せた子供に思うが)そんな指摘をされるとは思いもしなかった。

「・・まぁいいや、それでライザー・カトゥルーって人の話は結局なんなの?」

「あ、そうだった。このライザー・カトゥルーって人も実は今も生きてて、彼が立ち上げたギルドに今もいるって話があるの」

「!!」

「だから勇者ディズィンと同じように話が色褪せないんだけど・・でも、ライザーは勇者ディズィン程目撃者が多くないの。勇者ディズィンは今でも在籍してるフラーナック王国や人類保持同盟から依頼された件については実際に出陣してるんだけど、ライザーはギルド本部の関係者以外からは新しい話がでてこないのよ。だから、彼の物語を知ってる人たちの見解としては、本当に生きてるけどギルド本部の中から出てこないか出られないっていうのと、ギルドの影響力を維持する為に、ギルド本部がそれらしい話を定期的に流してるって考えてる人達が多いみたい。」

「へー、すごく勉強になったよ。ありがとう!」

これは聞き捨てならない情報だなぁ。今も生きてるかどうかは置いといて、俺と同じ世界から来た人間なんだろうし、いつか会っておきたいな。

「ううん、私もこんなに物語について話を真剣に聞いてくれたの初めてだったからすごく嬉しかった!またルージュが聞きたくなったら物語教えてあげるね!」

「そうだね。あ、そうだ。レーゼは俺と話すときは通信魔法で話そうか。普段からそうしてれば上達も早くなると思うし」

「そっかぁ!そうだね!」

「それで、普段の特訓はさっき話したように別の基礎魔法を習得するのを心がけよう。そうすれば全体的に出来ることが増えるし」

「ちょっとレーゼ!ルージュと話す時は私も入れてよ!」

あの後、自己強化の特訓に集中していたレナリヤは、いつから話を聞いていたのか、何故か不機嫌そうにレーゼに訴えている。

「う、うん。勿論そうしたいんだけど、私まだ頑張って一人しかできないの」

「えー!?」

「レナリヤ、無茶言っちゃだめだよ。ぶっちゃけ通信魔法を今既に出来てるだけで、レーゼってすごいんだよ?」

「じゃあ、私も通信魔法の練習する!」

レナリヤが駄々っ子のように拗ねてしまったが、順番に教えていくと伝えてやっと機嫌を少し直してくれた。

レナリヤは鍛冶に魔法を活かすことができそうという所が魔法に関心を持った始まりだ。通信魔法は覚えておいて損のない魔法だが、レナリヤの意気込みの方向を考えるとそんなに急がなくてもいいんだけど・・まぁ彼女の上達具合を見ながら考えていくか。


その後、それぞれの練習をしていい時間になってきた。

「で、二人に一つお願いなんだけどさ、学舎の皆には一応内緒にしてもらえないかな?」

「え?何で内緒なの?」

「いや、ダメってわけでもないんだけど、僕は父さんみたく先生じゃないし、そんなに多く人に教えられる自信もないし・・あとわがままかもしれないけど、自分の練習もしたいんだよね。あんまり人数増やしたくないんだ」

「そっか、わかったよ!あと、私たちに教えてくれてありがとう!」

レナリヤは自身の性格も重なったのか納得した様子で答えてくれた。レーゼも理解してくれてそのままその日は解散となった。



 学舎で授業を受けて、森で特訓という日が数日過ぎた晩、クッスルから声をかけられたルージュは頭を抱えていた。

「ルージュ、カーンから聞いたんだが、レナリヤちゃんに強化の魔法を教えてるんだって?父さんはルージュが魔法を使えるのを知らなかったんだが・・聞いた話だとカーンが持ち上げるような大木も持ち上げられるって聞いたぞ?」

『内緒にした方がいいかと思ってたけど、バレちゃったならある程度簡単なので使えるのを披露して誤魔化すか』

「学舎に行く前から、森で遊んでて出来るようになったんだよ」

「そうだったのか・・一応父さんは教師だし、お前がレナリヤちゃんに間違った教え方をして危険なことになったらいけないから、一度父さんに魔法を使うのを実演してほしいんだが、明日早朝にいいか?」

「うん、わかったよ」


 いつもの森でクッスルと対峙していた。

「まず、強化魔法がどの程度できるのか、実戦形式で来い。」


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ルージュはわざと通信魔法で、父に声を掛けた。

通信魔法が出来るなどと全く予想していなかったクッスルはこの時点で驚き、大きな隙が出来た。

「なっ・・!グッ!!」

その隙を突かれるだけでも驚きは消えないが、宣言通り真っ直ぐ突っ込んできたルージュからの鳩尾(みぞおち)への正拳突きの重たさは子供のそれではなかった。村の住人ならカーンから殴られたらこのくらいかもしれない。


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続けて猛ラッシュをかけた。左の所で父も防御をやっとできたが、最初の真っ直ぐの印象を頭に染み込ませたことで最後の正面は見事にフェイントとなった。最初の一撃と同じ個所にくると想定した父が鳩尾を守るように動いた所を顎に決定的な一撃を与え、クッスルはそのまま湖にぶっ飛んでいった。



 「う・・俺は・・!」

予想外の顎への重い一撃をくらい意識を失ったのを勢いよく起き上がってやっと把握できたが、理解するとともにおかしなことに気が付く。あれだけ重たい拳を受けたはずなのに全く痛みがないのだ。それどころか、湖に落ちたはずなのだが、濡れてもいない。

「あ、父さん。目覚めたんだね。今火起こすから。服は乾かしたけど、一応湖に落ちちゃたから体冷やしちゃまずいしね」

言いながら、ルージュは何でもないように枝など集め、火を付けて焚火を作り上げた。枝を集めたというのは拾ってきたのではなく、枝がひとりでに集まってきた。更に火も道具を使ったのではなく、突然火が付いた。無詠唱。無詠唱で魔法を行使するのは冒険者をしていた頃には、そういう者もいた。しかし、こんな子供じゃ見たことがなかった。しかも戦闘の仕方をよくわかっている。

「ルージュ、色々聞きたいことは山ほどできたんだが・・父さん、あんな重たい連打をされた上にその殆どをまともに受けてしまった以上、あれは間違いなく大怪我して寝込むレベルだったと思うんだが・・全く痛みを感じないんだ」

「勿論すぐ治したよ。だって父さんをケガさせるのが目的じゃないし、ケガしてたら、学舎で教えられる人がいないじゃない。治せないのに大怪我させたりしないから安心してよ」

然も当然のように、話してる我が子を見てクッスルは驚きを隠せないでいた。優秀なんてレベルじゃない。ちょっと魔法が出来る程度でラパンのように得意になってレナリヤちゃんにいい所を見せたいみたいな流れだと思っていたので、魔法の難しさや危なさというのをこの機会に教えておこうと思ったのだが・・冒険者の頃の経験を総動員しても勝てるのか今では自信がなかった。

「ルージュ、お前いつからこんなに魔法が出来たんだ?」

「うーん、結構前からかなぁ」

「そうか・・魔法は他にも色々できるのか?」

「そうだね、だけど剣術とか武術とか、あと地域の事や文化の事とか自分だけで知れないことが学舎では知れるから、学舎で授業受けるのは楽しいよ」

「そうかぁ。お前が魔法については先生した方がいい気が父さんするんだが・・」

「それはしないよ。レナリヤとレーゼでもう手一杯だよ。学舎行くようになったから、時間足りないんだもん。自分の特訓もしたいからさ。」

「自分の特訓って・・今から言うことじゃないかもしれんが、冒険者でもあっという間に銀級になれそうなくらいにお前強いぞ?いや金級かな。」

「僕ね、自分のできることが増えると楽しいんだよ・・父さん、明日から朝早くから森で特訓してもいい?」

「ああ、お前なら森の動物も、仮に魔物が来ても大丈夫だろう。」

「やったー!(気乗りしなかったけど、ラッキーだったな)」

『喜んでる顔は年相応なんだがなぁ。』




















       β


 それから8年経った。朝は自分の鍛錬と遊び。昼間は学舎。その後はレーゼとレナリヤの3人で鍛錬。レーゼもレナリヤも父さん曰く銀級冒険者くらいにはなれちゃうんじゃないかとのこと。

 ただ、戦闘面を特化したわけではなく、レナリヤが自己強化にあんなに感動していたのは、重い鉱石や金槌などを自己強化をできれば自分でも扱えるということに感激したからだった。レーゼも当初から話していた通り、通信魔法に憧れていたので、鍛錬が進むと自然とそちらの方に力を注いでいた。

 そして学舎の授業についてもみんな真面目に受けていたし、ラパンを始め学舎の仲間達との中での

大きないざこざはもうなかった。そりゃ、子供らしい小さな喧嘩程度は時々あったが。



 そんなある日、村ではあまり見かけない少し身なりのいい服装の白髪交じりの男性が村長と何やら話していた。

「おー、ルージュ、良い所に来た。お前の父さんを呼んできてくれないか?」

「いいけど、その人は誰?」

「この方は王都から来られた方だよ」

「そうなんだ(それじゃあ、説明になってないよ)。・・じゃあ父さんを呼んでくる」

それ以上教えてくれそうになかったので、言われた通り父に声をかけると、約束していたわけではなかったようで「村長が父さんを?一体何の用だ?」と頭を捻りながら出て行った。

そして、父は夜になっても帰ってこなかった。

母も心配していたが、ルージュは先に寝てなさいと諭されて渋々眠りについた。


翌日、いつものように朝の鍛錬をして授業を受けていたが、父は考え事をしている様子だった。そして普段通り森でレーゼとレナリヤと話していると、レナリヤは気が付いていたようで

「で?今日は一日中何を考えてたのよ?先生もあんたもずっと難しい顔してたわよ。ああいう所親子って感じよね」

「それは当事者としてはよくわかんないけど・・ただ、俺もわかんないんだよ」

「わかんないのに難しい顔してんの?よくわかんない」

昨日のことをサラッと伝えると、レーゼが「私のお父さんも昨日村長さんに呼ばれてたなぁ」と口を開いたが「でも何があったのかは知らされてないから私もわかんないけど」と結んだ。

「そんなわかんないこと、考えたって仕方ないじゃん!」

レナリヤはいつもの調子で、それ以上その話をしてても仕方ないと切り上げて「ルージュ、今日は火の魔法の調子を見てくれる約束でしょ!」と鍛錬をせがんできた。

 「まぁ、レナリヤが言う通り、気にはなるけど悩んでてもしょうがないか」と気持ちを切り替えてその後は過ごした。



 レナリヤは自身の自己強化だけでなく、鍛冶の為に火魔法にも熱心だった。集中力の高さもあるせいか、成長は目を見張るものだった。レーゼの通信魔法も、もう何年も鍛錬してることもあって精度がとても高かった。

 彼女たちの成長ぶりを思い返しながら夕飯を食べていると、昨日よりは早く帰ってきたクッスルが席に着いた。「ルージュ、近いうちに新しい人達が、村に来る。それに伴って、お前と同い年の子も学舎に新しく来ることになった。」

「・・それが、昨日村長さんに呼ばれてた件?」

「そうだ。お前に伝わるかどうかわからないが、彼らの事情が少し複雑なんだ。」

食事中だったので、肉を飲み込みこみながら、話の続きを待っていると、父の食事を母が運んできた。

「複雑っていうのがな、彼らは「元」貴族なんだ。」

『・・貴族?この世界にもちゃんとそういうのあるんだなぁ・・でも、「元」って言ったな』

「元?」

「そう。正確には既に貴族じゃない。ただ、それなりに長い時間貴族だったんだ。だから、正直かなり気位が高いんだ。村長もみんなも、そんなめんどくさいのを迎えたくはなかったんだが・・色々な事情もあって、結論はさっき話した通り迎えることになった。学舎に来る子は「チーキィ・チープ」という子だ。父さんも気を付けてはおこうと思うが、ルージュも気に留めておいてくれ」

「・・わかったよ」

予め、わざわざ伝えておくってことは、一波乱ありそうだなぁとクッスルと同じように頭を抱えてしまった。



 彼らが村にやってきた日は大騒ぎだった。

「スージィ!これはどういうことだ!?住まいはお前に一任すると言ったが、これは小屋じゃないか!私達が住むような所じゃないぞ!」

「お預かりしたものでは、この物件が精一杯でございました。それでは、これで私の務めは終わりましたので失礼させて頂きます」

「な、待て!!」

しかし、引き止めてもスージィと呼ばれた、あの日村長と話していた人物は、足を止めることなく去っていってしまった。

「なんということだ・・!おい!そこの者!村長はどこだ!?」

この後村長宅に怒鳴りこんでいったが、予めこうなることを想定していたことから、その場にクッスルと力のあるカーンを始めとして男達が5人程待機していた為、一応、一旦は話がついた。

 クッスルは今は教師をしているが、教師となった今も定期的に新しい情報も収集し、伝える内容が古くならないように努めていた為、彼らについてもどういう経緯でこの村に来たのかを把握していた。

 その為、彼らが今も力があるようなことを嘯いても、それに騙されずに対応した。

 ただ、カーンだけはドワーフの集落からの移住者だったこともあり、あまりピンときてない様子だった。

「村のみんなと何が違うんだ?」と心底不思議そうにしていたので、クッスルも簡単には伝えたが、やはり理解が難しい様子だった。こうなると娘のレナリヤもその辺の機微は疎いかもしれない。クッスルは明日からの学舎で何事も起こらないようにと願わずにはいられなかった。



 翌日、チーキィが来るかは正直疑っていたが、少し遅れたものの凡そ時間通りに登校してきた。

「おや、ちゃんと来られたんだね」

「昨日スージィに何度も言われたからな。それにしても、お前田舎者の癖に僕と対等に話すなんて無礼じゃないか」

「チーキィくん。私はこの学舎の教師だ。そして、君達がこの村に来た経緯も知っている。君が既に貴族じゃないこともね。私達と君達は今はもう同じ立場だ。そこに優劣はない。生徒達もね。君の家の事について、わざわざ私の口から生徒のみんなには話さないが、そこら辺はちゃんとしてもらうからね。あまりに目に余るようなら放っておくことはしないから、そのつもりで。君が私達ルートゥ村の一員として手を開いてくれるなら私達もそれを歓迎するよ」

チーキィは「チッ」と舌打ちをしながら、クッスルに案内される先に付いていった。

「おはよう、みんな。お父さん達から聞いているかもしれんが、昨日から村に来たチーキィ・チープくんだ。みんな仲良くするように」

「僕はピーギー・チープ男爵の息子、チーキィ・チープだ」

ラパンは小さな声で「貴族の息子ってことか?すげぇ」と勝手に感動している。ずっと村で生きてきたラパンには貴族など御伽噺だと思っていたので、憧れてしまうのは仕方ない所もあった。クッスルはラパンの様子に危なさを少し感じつつ、とりあえず問題が起こったりしない限り、彼の家の事は触れないようにしようと思うのだった。



 チーキィは王都のことは俺の方が詳しいと言わんばかりに、授業中にペラペラと聞かれてもいないことを話したり、剣術の授業の時には家宝の宝剣があるなど所々自慢を周囲に話していた。

 そしてそれを素直に信じてあっという間に入れ込んでしまってるのが、ラパンだった。チーキィも今の状況で自分を持ち上げてくる人間がラパンくらいしかいないとしても、貴族だった頃を思い出して気持ちいいのか得意気な様子だった。

 それだけなら、勝手にやってろと思っていたが、昼の時間になるとレナリヤの側に寄って行くと、「僕と一緒に食事をさせてあげよう!」と訳の分からないことを言った。

 レナリヤは当然のように無視して昼飯を掻き込んでいた。

「・・な!僕を無視する上に何て下品なやつ!!」レナリヤは少しだけ「何さ」と見やったが、まるで興味ない様子だった。

「おい、ラパン。何だ?あいつは!?」

「あいつは鍛冶屋の娘で、父親がドワーフだからか俺らとは感性が違うんすよ」

「何?ドワーフ?ドワーフの割には随分人間寄りの顔立ちじゃないか。」

「たしか、ハーフなんすよ。それに、親父さんのカーンさんもドワーフにしては珍しく毛は薄いんですよね」

それからというもの、チーキィは「おい、ドワーフの娘」と差別的な意図を込めて、何度もレナリヤに近寄ったがレナリヤは全く相手にしなかった。ラパンが調子づくのは小さなキッカケでもよくあったので、もう他の生徒にとってもいつもの風景のように扱われていた。



 それから半年程経った頃、チーキィがキレた。もっと早くても不思議じゃなかったが、ラパンの持ち上げが随分功を奏していたようだった。

 何かにつけて自慢していた宝剣をとうとう持ってきたのだが、鍛冶師の娘だったレナリヤが「それ災いの剣じゃない!」と正しく指摘してしまったことが問題だった。

 災いの剣というのは要するに魔剣と言われるもので、当然色々ないわくつきなものなのばかりだ。

チーキィはその剣を宝剣として信じていたものを、難癖つけられたように思ったが、周囲は鍛冶師として信頼の厚いカーンの娘で昔から手伝っていたことを知っているので、レナリヤの言葉が正しく思えた。

「この女―!いつもいつも僕の事を・・!」

チーキィはとうとうレナリヤに手を上げてしまった。そしていよいよ、剣に手を掛けた所で、流石にまずいと思ったレーゼは声をあげようとしたが、(すく)みあがってしまって声がだせなかった。

「何してるの?」

俺はチーキィが手にかけていた剣の柄を掴んでいた。レナリヤは自己強化で体を守ってるだろうから、さっきの叩かれたのは大丈夫だろうが、剣を抜くのは流石に見過ごせない。

「る、ルージュ!ちょっとレナリヤが失礼な事チーキィにいったから、ちょっとお仕置きが必要かなってことだったんだよ」

こんな状況になっても庇うなんて・・まぁラパンが間に入ることで、少しは空気が和むみたいな効果あるのか?「そうだよ!こいつは僕の家の家宝を災いの剣といったんだぞ!無礼にも程がある!!」

「その点はレナリヤにも非があるかもしれないけど、手をあげたり、ましてや剣を抜くのはどうなの?流石に見過ごせないよ」

「チッ!」

その後、下校時間になるとラパンを連れて、チーキィは足早に帰っていった。



 いつもの3人で帰宅途中に、レナリヤには一言言っておいた。

「レナリヤ、正しい見立てだとしても、みんないる所で、家宝って言ってるものを災いの剣なんて言ったら、そうでなくてもプライドの高いチーキィにとっては面目丸つぶれになっちゃうから、もうちょっと伝え方考えた方がいいよ」

「やっぱり、そうなんだぁ・・」

「あれ?俺に言われるって思ってたの?」

「だって、さっき止めに入ってくれた時「その点はレナリヤに非があるかもしれないけど~」って言ってたじゃん」

「あー、そういうことか。でも今俺が改めて言ったことは理解できた?」

「まぁ言ってるのはわかったけど、正しいこと言うのに相手のプライドとかも気を付けてっていうのはわからないなぁ」

「うーん、レナリヤがカーンさんから造ってもらった大事にしてるものが、大したものじゃないみたいに言われたら嫌じゃない?たぶんそれに近い感覚だと思うよ」

「・・そっか。明日にでも謝った方がいいかな」

「いや、それは今後気を付けるようにするのでいいと思う。謝るにしてもレナリヤは「昨日はあんな言い方してゴメン!でも災いの剣っていうのは見間違いじゃないから!」みたいに言うでしょ。それじゃ追い打ちかけてるだけでチーキィは謝られてるように思えないだろうから。」

「そういうもんなの?にしても、ルージュはホントお見通しだよねー。私、正にその通りに謝ろうって思ってたもん」

「とにかく、ケガも無くて良かったよね」

「えへへ、いつも教えてもらってた自己強化が役に立ったね」

レーゼが綺麗に話をまとめてくれて、その話は終わったが、半年前にクッスルがわざわざ忠告してくれた通り、やっぱり問題が起きてしまったことに、やるせない思いから天を仰いだ。

 空は曇り空から夕陽が差し込み、朱色の綺麗な景色で、曇っていた心模様を和らげてくれたことで『いい方向に解決してくれたらいいな』と願いながら帰路に着いた。



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 夕飯を食べ始めた所で、レーゼから通信魔法が届いた。レーゼは通信魔法に昔から憧れていたこともあって精度がそこら辺の冒険者に比べても高かった。その為、レーゼとは普段から鍛錬後も通信魔法で話していたので、通信魔法自体は驚かなかったが、内容が物騒だった。しかもこっちにはまだ村人が報せにきてないので、クッスルも何も知らずくつろいでいる。

「父さん、今レーゼが通信魔法で教えてくれたんだけど・・」

クッスルは頭に手を当てて、疲れた顔で深くため息をついた。そして、少しの間の後、立ち上がり玄関に向かった。

「あなた・・出かけるの?」

「あぁ、レーゼちゃんが通信魔法を出来ることは知ってるし、学舎の出来事の事でもあるからな。まぁ暴力に訴えようとすれば、学舎と違ってカーンがいるから大丈夫だとは思うが・・それよりも・・いやとにかく行ってくる。」

クッスルは話しながら母さんに答えて、そのまま走って出て行った。見送った先で村人が「チープ親子がカーンの家に怒鳴りこんでるぞ」と話してるのが聞こえてくる。

野次馬根性で出かけるのを母は止めるのがわかっていたので、夕飯を平らげて部屋に戻って、窓からサッシャー家に急いだ。

 村人が集まり始めた所だったが、ピーギーの喚き声は響き渡っていた。

「お前の娘は我が家の家宝の剣を、大衆の面前で災いの剣と侮辱したのだぞ!?貴族への侮辱は死刑と決まっておる!さっさと娘をださんか!」

カーンは黙って睨みつけるだけで、口は一文字に結んで言われるがまま黙り込んでいた。

「貴様!さっきから聞いとるのか!?娘をこれ以上庇うならお前ら一家まとめて死刑にするぞ!」

その言葉にカーンが眉を吊り上げた所で、クッスルが駆け付けた。

「カーン!・・ハァハァ、よく我慢してくれた・・ハァハァ」

全力で駆け付けたクッスルは息が切れて中々、話せずにいたが、カーンはクッスルに視線を移すと自分の為に駆けつけてくれた友を見て少し心が冷静さを取り戻した。

「お前から通信魔法で止められてなければ、八つ裂きにしてたぞ・・」

「カーン、耐えてくれて本当にありがとう。チープさん、状況は先刻お伝えした通りです。子供同士の喧嘩の範囲内の話です。こんな騒動を起こすような内容じゃありません」

「貴族を侮辱したことが問題だと言っとるんだ!しかも家宝を侮辱するなど・・!」

「カーンが着くまでは黙っているように言われていたから、答えなかったが、娘の鑑定は間違ってなどいないぞ。お前が今手に持っている剣は、剣を扱う者達からは災いの剣と分類されている物で間違いない。正しく鑑定できた娘を誇らしく思いこそすれ、恥に思うなどありえん。」

「な!なんだと!?娘も娘なら父も父ということか!えぇい!切り伏せてくれる!」

その瞬間、ピーギーの剣を持つ手とカーンが手に持っていた大鎚が凍り付いた。丁度間で二人を止めようとしていたクッスルが魔法を使ったように集まっている村人やピーギーは思った。

「お、落ち着いて!そもそも、ピーギーさん!あなたもう貴族じゃないでしょう!我々と同じ立場なんですよ!」

「こんな卑しいドワーフを庇うというのか!?」

「そこまでだ!!クッスル、お前が駆け付けてくれて良かった。それでこの様じゃ、お前が来てなかったら既に死体が2つ転がってただろうな」



 村長が遅れて駆けつけて、その場はチープ親子をそのまま連行していって収まった。クッスルも同行したが、カーンは手が凍り付いたままだったので、その場に残ることになった。

「父さんの手・・」

「・・ああ、これはルージュだろうな。クッスルも別れ際に「息子が後で治してくれるはずだ」って言ってたしな。」

カーンはそこにもういるだろう?と視線を向けた。

やっぱりカーンさんは鍛冶師ってより現役の戦士って感じだなぁ。父さんが全力で駆け付けたのもチープ親子の身の危険を心配したからだよな。

「カーンさん、すみません。あの時はこうでもしないと間違いなく殺してしまうと思ったので。」

「そうだな。クッスルの意をしっかり汲んでやってくれたことだよな。にしても、レナリヤやクッスルからも聞いてはいたが、お前のその才能はすさまじいな。」

「ルージュ!何もそこまでしなくても良かったんじゃない!?」

父も納得してる様子ではあるものの、ルージュならもっとうまくできたんじゃないかとレナリヤは口を尖らせた。

「いやいや、レナリヤはわかってないだろうけど、カーンさんを抑えるのってそんな簡単じゃないんだよ。それに本当に本気になったカーンさんなら、この程度の凍り方じゃ強引に攻撃をやりきるよ」

「ハハッ、そこまで考えて凍らせたのか。確かに凍らせられたことで我に返ったよ。冷静になって、ルージュがしたと考えて合点がいった。お前のおかげで、クッスルが必死に俺が殺人者にならないようにしてくれたことを守ることが出来た。礼を言う。」

治療魔法でカーンの手を戻すと、カーンは自身の手の感覚が確認しながら笑った。

「でもカーンさんもよくあそこまで耐えましたよね」

「いや、そうでもない。災いの剣であることを改めて指摘したが、鍛冶師ならあれが災いの剣と指摘するだけでなく、どういう災いがあるのかを持ち主に伝えて、手放して然るべき処置をすることを伝えなけりゃならん。だが、俺は自分の感情を優先して、それをしなかった・・まぁ、あれはそのまま所持してどん底まで落ちろと思ったからだ。あの剣を大事に持っている限りあいつは遠からず、不幸な結末になるのがわかってたんだ・・さて、手も直してもらったし、俺も村長の所に行って、さっきは言いそびれた災いの剣について忠告だけしに行っておくか。」



 村長宅に連れてこられたチープ親子は相変わらずの主張を繰り返していたが、村長も村民もここまで来て同じことを主張し続けられる醜態にある意味感心するやら、そのままゲンナリするやらで皆顔を(しか)めていた。

そんな中クッスルだけが根気強く、対応していた。そんな中、そろそろ、村長たちも痺れを切れそうな所で、カーンが入ってきた。

「カーン・・良かった。腕は大丈夫なんだな」

「ああ」

「私の腕も治さず、ドワーフを先に治療だと!?」

「そうか、凍った腕を治してほしいのか。いいだろう。今俺がその氷を溶かしてやる。ただ、まぁ俺は氷は溶かせるが治療ができるわけじゃないからな」

カーンは凍った手を掴むと火魔法と自己強化の応用で自身の手を高熱にして溶かし始めた。上位の冒険者の中にはこの位は出来る者も珍しいわけではない。だが、ただの鍛冶師には普通なら考えられない芸当だったが、そういった知識に明るいのはクッスルだけなので、みんなカーンのその芸当に純粋に驚いていた。そしてカーンは氷を溶かしながら、ここに来た目的について、言葉を続けた。

「それでな、鍛冶師としてさっきお前に言い忘れたことがあったんだ。今お前の手と一緒に溶かしているこの災いの剣だが、この剣は持ち主に転落の相を刻む剣だ。」

「き、きさま!まだ我が家宝を愚弄するか!!」

「いいや、愚弄じゃない。真実だ。鍛冶師が災いの剣を持った者に出会った時、どういう災いがあるのかを持ち主に伝えて、手放して然るべき処置をすることを伝えなくてはいかんのだ。それをさっきは出来なかったから務めを果たすためにここに来た」

「適当な理由を並べて我が家宝を横取りする算段であろうが!!・・アツッ、アチチッ!手!手をはなさんか!」

「忠告はしたんだ。そのまま所有して不幸な結末になっても後はお前の好きにすればいいさ・・俺はアンタらの事なんてこの村に来るまで知らないが、その剣を手に入れてからじゃないのか?お前たちが男爵位を剥奪されるような不幸に見舞われるようになったのは。」

「・・・!」

カーンは話し終えると、手を離した。ピーギーの手の氷は当の昔に溶け、高温の手で握られ続けた手は火傷を負っていた。しかし、それよりもカーンの最後の言葉にピーギーは思い当たるものがあった。

「そうだな。災いの剣の処理方法は一般的には破壊する。破壊が難しければ、封印するとかだな。あとは珍しい魔法やスキルになるからあまり選択肢には上がらないが、浄化というものもあるらしい。あと他に最も多い方法としては・・誰かに渡して災いの物品を物理的に自分から引き離すとか、逆にそれを利用して相手に災いをもたらすとかだな」

「!!!!」

ピーギーは思い出す。あの剣を手に入れた時のことを。

「・・お前が、娘に切りかかったチーキィか。」

「ヒッッ!」

カーンはドワーフということもあって、小柄でチーキィよりも身長は低いが、ここまでの迫力でチーキィにはすさまじく大きく見えていた。

「確かに、娘が言ってた通りだな。」

「?」

「娘はお前のことなど全く関心がなかったらしい。クッスルから今回の事を報告されてたから、娘に確認したんだがな。お前の話なんかより、他の話に夢中だった。今、自分の目で見ても、お前が娘にとって脅威になることはないことが確認できて何よりだ。」

興味が無くなった様子で目を逸らすと、カーンは「じゃあ、あとは任せる」と言ってさっさと帰ってしまった。

チーキィはそれまでカーンの迫力に気圧され、強い恐怖を抱いていたが、それと同じくらいレナリヤの家でも自分に完璧に無関心だったことが晴天の霹靂だった。自分にぶたれ、止められたものの剣まで抜かれたのに、自分について何ら感想を持たれていないなんて・・!「貴族」の自分が!!チーキィは悔しくて震えと涙が止まらなかった。


カーンが去ってから少しの間静まり返っていたが、クッスルが改めて今後について口を開こうとすると、村長は手で遮った。

「チープさん、あんたらの横暴さには常々困り果てていたんだが、今回の件で、もう勘弁ならん。村に来た時から何度も言ったが、あんたはもう貴族じゃない。我々と同じ立場で、この村で言うなら新参者だ。あんたの言い分がそもそも正しいとは私は思っていないが、万分の一にでも、あんた達に正しい所があったとして、ここにいる者達があんた達を庇う人間がいると思うか?」

「ら、ラパンなら!僕らを庇うはずだ!」

「ラパンな。あいつは素直な子だからな。お前が貴族だというのを信じているから、これまでそうしてきただろうが、弁明をするならちゃんと現実を教えてあげるさ。で?他には誰かいるか?」

チーキィは生徒達の名前を必死に挙げるが、村長はやれやれといった表情で話し終わるのをまっていたが、ピーギーはカーンに告げられた言葉で青褪めた表情になってからは糸が切れたように静かになっていた。

「もういないかな?本当に信じてるなら、随分とおめでたいと心底思うが、君を慕ってたという話は一度も耳にしたことがないよ。狭い村だからな。村の噂なんてあっという間に広まるんだがね。さて、これ以上、無駄な時間はお互い無意味だな。結論を述べよう。チープ家はルートゥ村を追放とする。本当ならあんたらの言う死刑でもいいんだがね。クッスルがこれまで必死にあんた達を庇っていたこと踏まえてそれはしない。但し、それが最大の譲歩だ。それ以上はしない。よって「今すぐ」に追放とする」

「今すぐだって!?こんな夜に!?荷物だって・・王都で訴えれば例え今は貴族でなくともお前らの理不尽は裁かれるのだぞ!?」

「なら、せいぜい訴えてみるといい。」

ピーギーは思ったところは口に出たが、村長の静かな言葉と合図で村人が二人を持ち上げられた所で、やっと現状がもうどうにもならないことを理解したようで大人しくなった。



 男は器用さが売りで、女が家事をしている家が多い中、率先して炊事、洗濯、掃除と何でもやった。この世界・この時代の男にしては珍しかったが、それを喜んでしていた。長男でもなかったので、家の仕事を継ぐということも考えられていなかったので、そういうのも仕事に活かせるかもなと家族も理解を示してくれていた。そんなある日、幸せな日常は突然終わった。

姉が貴族に見初められ、連れ去られた。

家族は止めたが、兄と姉の恋人は激昂し、貴族の家から連れ出そうとした。母は男を連れて急いで村をでた。後に失敗し、村に残っていた家族は全員処刑されたという報せを聞いた。着の身着のまま出てきたので、乞食をするしかなかった。男は店の手伝いなど必死に働いたが、体の弱かった母は間もなく逝ってしまった。

失意の中、職場で出会った女性に癒され、程なく結ばれたが、不幸なことにあの貴族が今度は嫁を気に入り目の前で連れ去っていった。この時は男も既に青年だったので、覚悟を決めて連れ帰しに行こうと準備を始めた。

 しかし、準備を整え出発した矢先、嫁と脱走を手助けしようとした使用人が処刑された。嫁と使用人の首が並んで晒されていた。使用人は男の姉だった。

 男は一頻(ひとしき)り泣いた後、『こいつらは必ず殺しつくさなければならない』と心に誓った。

その後、貴族の使用人の募集から潜入し、その貴族の家で執事長になるまで長く務めた。

 執事長になってからは、他の貴族との交流も増えた。そんな中とある貴族から宝剣を贈られたが、これが男にとっては願ってもない宝だった。主の所有物になるものを事前に鑑定するのは当然だった為、鑑定を依頼した所、それは「転落の相を刻む災いの剣」だった。男は鍛冶師に余分に鑑定料を支払い、口外しないように願った。鍛冶師は男の生い立ちを知っていた為、快諾した。

 こうして、この貴族の家には新しい家宝の宝剣が飾られるようになった。この宝剣の送り主の意図がどうだろうと男はどうでもよかった。ただ、ここの家族を不幸にできるなら男にとっては正に宝と呼ぶに相応しかった。送り主との利害が一致したのだ。

 それから数十年をゆっくりとこの貴族は転がり落ち、とうとう男爵の位を剥奪された。

最後の仕事として今後の住まいを方々探したが、元貴族などというめんどくさい人材を受け入れてくれる所は中々見つからなかった。

 そしてやっと見つかったのは、ルートゥ村という所だった。他の村と同じ反応だったが、村長も教師の方も鍛冶師の方もみんな良い人が多かった。男はあんな奴らを押し付けることに罪悪感を覚えたのと、村人が毅然と立ち向かえるように、「うっかり」口を滑らせる。

「彼らは「元」貴族でございます。今の彼らには何の力もありません。何かあった時「王都に訴える」と言ったとしても、相手にされることはございません。彼らは王都に見限られた為、男爵位を剥奪されたのです。この村にいる間は村人ですが、追放されてしまえば浮浪者と変わりません。」

 男は彼らを案内した後は、新しい主人の元で、彼らのその後の訃報を楽しみに過ごした。


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