episode5-1 青椒肉絲
「ピーマンお好きですか」
ルドルフはクリスタルを磨きながら眠り姫に声をかけた。
手拭いを濡らし、精一杯ぴっかぴかのつっるつるにしてやり。光沢が滑らかに輝く。
クリスタルの中では眠り姫は心地よさそうに少し微笑んで眠っている。
返事がないのは分かっている。それでも語りかけたくなるのはどうしてだろう。
「ガオがね、ピーマン嫌いなんですよ。それでも、なお、アップルのを食べてあげてる。
どういうことだとおもいますか」
声に怒りが籠もっていく。苛つきと呆れは隠しきれない。
抑えても抑えてもわいてくる。どうしようもない。
このクリスタルはちょっとやそっとじゃ壊れないと分かっているので、だんっと拳をクリスタルにおいた。
「ガオがあいつのために、いちいち心砕くのが気に食わないんです。もっと寛容になれれば、ガオも僕にもっと懐いてくれると思うんですけどねえ」
それは優しさからではなく、懐かれて好かれたい計算高さからのものによる作戦。
こういうとき、優しさのかけらは少しもないのだから、自分自身が非人道的に感じる。
ルドルフはでもそれで罪悪感を背負うのではなく、ただこのままだとガオに好かれないのだけがまずいなあと思案しているだけ。
良心のある人間を志そうとは決めたけれど、中々思うようにはいかないな、とルドルフは掃除の道具を片付ける。
最後に殴ったクリスタルの箇所を撫でて、「ごめんなさいね、痛かったでしょう」と微苦笑した。
「ガオもなんであんな極悪の塊に懐くんだか……」
思案してぶつぶつと呟いてるときに、目の前に人が突っ立っていてぶつかる。
ああまずいと、倒れかけの人を抱き留めると、働き盛りくらいの女性だった。
女性は甘い香りの、ふわふわとした髪の毛にシフォン生地のワンピースを着ていた。
「あれ、ここ、どこ、ですか」
「ああ、それは気にしなくて良いですよ。そのうちご自宅にまで帰れますよ」
「そうなんですか?」
「……まあ、多分。貴方次第です」
半分は嘘はついていない。優しい手つきで女性の頬を撫でれば起こさせて、居酒屋の中を案内した。
*
女性は店内をきょろきょろ見回し、案内されたカウンターに腰を落ち着けた。
「ええ、可愛くないおみせえ……」
「年季が入っているでしょう? 建物もあちこちぼろですよ」
ルドルフは大笑いし、女性に暖まるようにおしぼりを手渡した。
白湯を淹れ、湯飲みを目の前に置くと、女性はむっとした顔をした。
「いちごみるくがいい」
「おや、随分幼女趣味ですね」
「ひどおい。ここなによ、お菓子もないのお?」
「あるにはあるけど、本当にそれでいいんですか? 人生最後の日、貴方は最後に選ぶのはお菓子?」
ルドルフの言葉に女性はぽかんとして、一気に青ざめる。
その顔をみてルドルフは、ああしくじったな、と内心笑った。
「ここはあの世、最後に一皿だけ与えてやろうっていう神のお恵みですよ」
「う、嘘よお!!!」
「何やってるのルドルフ! 脅しちゃ可哀想だろう!」
「アッ、ガオ!! 誤解です違うんです、僕は食べて頂こうとしていただけです!」
「虐めてたの見てたよ! 大丈夫、言えないけど一定の条件で帰れるからさ! 現世に!」
「あ、あの世っていうのは本当なの!? やだーーー助けてママーー!!!!」
あ、しくじったなとガオも慌てておろおろした。
女性が落ち着くまで精一杯なだめるガオ。それを見て苛立つルドルフ。
やっと落ち着く頃に、女性はなんとなく料理を食べれば条件の何らかが満たされるのだと察した。
「じゃ、じゃあパンケーキ……」
「ああ、じゃあ俺の出番かな。お菓子は俺の役目なんだ」
「ふ、ふふふ。パンケーキ?」
ルドルフが小さく笑えば、どうしたのだろうとガオが小首かしげる。
「その仕草は、携帯を探してますね。ないですよ、写真でもとるつもりで? 写真が撮りたくてパンケーキ?」
「うっ……いやーな男ねえ! 分かった、分かったわ。よそゆきの顔じゃなくすればいいんでしょ?
それなら……そうね、青椒肉絲かな」
「おや、貴方とは縁がありますね。中華は僕の担当なんですよ」
「いやああああ!!!!!!」
「まあまあ、美味しく作りますからお待ちを」
ルドルフが厨房で調理の支度をし始めれば、ガオは女性に話し相手となってやろうと隣へ腰掛けた。