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episode3-2 ビシソワーズ

 とりあえず、とガオは男を風呂に案内し、もこもこの服装で汚れていた服を洗濯してやり。

 乾燥機(かんそうき)にかけ(かわ)く頃には男は風呂上がりでさっぱりしていて。

 不思議そうに瞬いていた。


「居酒屋……か? 俺はいつのまに日本に……?」

「日本のような日本じゃないような!」

「そうか……腹減ったな、金はあまりねえが大丈夫なのか」

「大丈夫! ご注文は何にしますか」

「居酒屋でいうような注文じゃあねえのかもしれねえが、ビシソワーズってあるかい……」

「あるよお、ねっ、アップル!」

「ないです、一切じゃがいもなんてありません。そいつから離れろガオ」

「こら! あるだろ! つくれ!」

「っち、面倒なものを。今作るから待ってろ」


 アップルが作る準備をしている間に、ガオは男の話し相手となるべく、隣に座り込んだ。

 隣に座り込んできたガオに男は嫌な思いをするわけでもなく、むしろ安心した。

 どこかこの少年には暖かさをかんじる。


「おにーさん、なにをしてる人なの?」

「俺かあ。俺は登山家だよ。すっげえ山に挑戦するんだ」

「ああいいねえ! 山好きだよ俺も! きのこおいしいよねえ」

「はは、きのこだけが山の良さじゃねえぞ、すげえ偉大でな。言葉に出来ねえんだ」

「そっかあ……景色が好きなの?」

「わかんねえ。なんでだかは、わかんねえ……。今はわかんねえんだ」

「そうかあ」


 そこからガオと男は話し込み、中学時代の初恋や、大学時代のサークルはなしまでしていく。

 そこから妻の話となっていった。


「うちの奥さんが美人でなあ」

「いいなあ!」

「とても好きで好きで。でも別れちまったんだ、子供もいる。だがもう会ってくれねえんだ」

「えっ、どうして」

養育費(よういくひ)滞納(たいのう)したから。山の方に金をかけるのに精一杯だったんだ」

「えー……そんなに好きだったの?」

「ああ、でも。不思議だな、いつも辛いときは嫁と初めて一緒にデートしたたっけえ店のビシソワーズを思い出すんだ。

 緊張して味もおもいだせねえのに」

「それほどすきだったんだね!」

「そうだな、そうだ」


 男の話し込んだ後に、アップルがそっと器を置いて。スプーンを差し出した。

 アップルの眼差しが(うと)んでいるのにもかかわらず、悪い気はしなかった。

 男はスプーンをもらい、いただきます、とスープを頂くとぽろぽろ涙した。


「ああ。ああ……なんてことだ」

「……まずかった?」

「いや、あのときの味が想像の通りだった……そうか、そうかあ。こういう、味だったんだな……今度はうまい」


 男はずずっと器ごと手のひらで煽り、皿を斜めにしてスープをごくっごくっと飲んだ。


「マナーがないな。ふられて当たり前だ」

 アップルの皮肉は、どこか生ぬるい暖かい声で。

 男は満面の笑みで消えた。


 *


 

 ざざ、っざざ。

 目が覚めたのはテントの中。

 テントの中で、数人は凍えている。

 自分も凍え死ぬところであったはずだ、現に指先は白みを超えて紫色だ。

 でも不思議だ、腹は満たされている。

 空きっ腹であるはずなのに、生きる意欲がわいている。

 まだまだ死ねないと、男は両手で顔をはたき気合いを入れ、そこから忍耐強く救助を待った。

 ――数日後、新聞には奇跡の生還、と見出しが載ってあり。

 そこからビシソワーズがはやったという。


 

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