episode3-1 ビシソワーズ
皆の心を一つに、だなんて馬鹿げている。
日々その思いは強く強くアップルは感じていた。
「だから、オレはガオに施してやろうとしていただけなんだ」
「何が施しなんですか、嫌いなピーマンをガオに押しつけるんじゃない」
「うるさいやつだな、そんなに五月蠅いならお前が食え」
「これは貴方のためのピーマンです、貴方が食べないと農家の方に……」
だんっ。
アップルはテーブルを叩いて、我慢の限界を伝える。
縊り殺してやりたい。
でもそれはできない。今まで我慢してきた物がすべて台無しになる。
そもそも、ルドルフと名無しは「同じ人殺し」だろうから。
この脅しすら無意味なのだろうとアップルは予測している。
それでも脅して不服を伝えずにはいられなかった。
お互いいざとなったら殺せると、腹に抱えている。どうしても我慢の限界なら。
だからこそ何も出来ない飯を食うだけのガオがアップルには可愛くてたまらないのだ。
一般人はきっとガオだけなのだろうと思案できる。
ガオは何かの偶然でここにいるだけなのだろうと感じる。
「ねえねえ、もうやめようよお。俺ピーマンたべてあげるからあ」
「駄目ですよガオ。甘やかすからアップルはつけあがるんです」
「ガオがこう言ってるんだから、ガオが食べて解決。それでいいじゃないか」
「アップル、貴方ねえ……」
「おい」
ずっと黙っていた名無しが、お茶を啜り、ことんと湯飲みを置いた。
威圧感が尋常じゃない。同じ人殺しにも、格というものがある。
きっと格だけで言うなら名無しは、比べものにならないほど人を殺した過去があるだろう気迫を感じる。
この状況を作り出したアップルですらこの威圧感には指一本動かせない。
「早くしろ。店を開ける時間だろう。アップル、食え」
「なんだと、貴様、オレは……ッ」
「いいこだから」
そんな思い、みじんたりともない据わった眼差しで脅されても怖いだけで。名無しはアップルにあーんの形をとってピーマンを押しつける。
しょうがないのでアップルは、名無しからよこされたフォークにかじりつくような形でピーマンを食べれば、名無しは満足そうに拍手して満面の笑みだ。
ガオだけはこの威圧感になんともないのだから、今度はガオの一般人さを疑う。
「食べ物はありがたいんだぞ」
「それは! わかるが! 食える奴が食えばいいだろう!」
「栄養あるんだからお食べ。さて、店開くぞ。ガオもルドルフも早く食べちゃいなさい」
名無しがにこにこ告げれば、二人ははっとして食事を続けた。
ガオのほっぺについたソースをルドルフが甘やかして、拭いている。
ルドルフの幸せそうな目がアップルを向いて、哀れんできた。
生涯こいつとは気が合わないな、とアップルは気が遠のいた。
*
アップルは眠り姫の周りに咲いている花畑の世話をし、雑草を抜いている。
客からは今週だと和食が大人気で、こういうとき自分の出番は数少ない。
アップルの担当は洋食であり、オムライスだのナポリタンだのハンバーグだのも、全部和製洋食だから名無しがやれと仕事を押しつける。
そこさえ抑えなければだいたいの客は、幼い頃食べたものを選ぶのでアップルは楽をできるのだ。
「アップル、手伝うよお」
店の中からガオが走ってやってくる。
また誰かを見送ったあとなのか目元が赤い。
毎回泣いてばかりいるのだから、泣き虫じゃなくなっただなんて嘘に決まっている。
だがその強がりは暴いてやるほど無粋ではない、とアップルはガオに雑草の入ったゴミ袋を手渡した。
「それならこれ捨ててこい」
「うん、わかった。ねえ、アップル。アップルはさ、天国いったらやりたいことってある?」
「あるとも」
「なあに」
「此処では言えないことだ」
「えー、えっちだあ」
ガオがけらけら笑う者だから、からかいたくなったアップルはガオを引き寄せ、喉元に手を這わせ。舌なめずりをする。
「ここから、ここのライン、きっと切り裂いたら愛しい程の赤みが熟れる。そういう人を山盛りにしたい」
「アップル、やめ、ろ!」
「お前、此処が現世じゃなくて助かったな? そうじゃなければ今頃、オレたち誰かがお前を殺していたかもしれない」
「そんなことないよお。みんないいやつだもん!」
「なら試してみるか? いいやつじゃないと」
喉元をなぞっていた手で胸板を撫で、喉仏に甘噛みしてやればくうんと唸るガオ。
大変可愛らしいと、アップルは喉を鳴らして酷薄に嗤った。
アップルの手が下肢に伸びそうで、ガオがきゃんきゃん泣きわめくと、空からむさ苦しい男が振ってきてアップルの頭上に落ちた。
「ぐふっ!!!」
「がはっ……!」
「あ、お客さんだあ、お客さんだよ、アップル。案内しないと」
「どうせ和食だろうから、名無しにでも……」
「……ビシソワーズを……」
「なんかカタカナいってるよ!」
「気のせいだ!」
「じゃがいもの……ビシソワーズを、もういちど……」
アップルの頭上でうなされているむさ苦しい男が唱えたのは、確かに洋食だった。