episode2 ラーメン
天国の使者から仕入れた果物は瑞々しく、死者にはもったいないほどのもの。
正確には死者と言うべきか、死にかけてるだけだというべきか。
そんな思案をしながら仕入れた果物を冷蔵庫にたっぷりとしまうのは、銀髪の中華服に身を包んだ男。
鋭い眼差しは少しだけ垂れ下がっていて、赤い目をしている。
赤い目の男は、外に出てクリスタルを磨いていれば、足下に転がる子供に気づく。
「おなかすいたあ……」
「残酷ですねえ」
「なにが……」
「こんな小さな子まで、この場所は招くんですね」
男は子供を支えて起こすと、水を飲ませる。
子供の意識が名札に向いたので、「ルドルフといいます」と自己紹介をする。
偽名なのだからこの自己紹介に何の意味があるかもわからない。
男はとりあえず、と体を抱えて居酒屋の中に入る。
居酒屋の中に入れば、ガオが二階から降りてきたところだった。
「ルドルフが子供を連れ込んでるう!」
「ち、違いますガオ。僕にそんな不純な物は一切ない!」
「アップルが言ってたよお、ルドルフはショタコンだから俺にちょっかいをだすんだって」
「違います。ガオは清くて透明だからこそ穢れないように守ってるだけです」
「汚いよ俺だって!」
「貴方の魂は何一つ汚くない。僕は知ってるんですよ、貴方がハチ公だって。銅像にまでなってるんだから立派じゃないですか」
「……どこで知ったの」
「姫が夢の中で教えてくださいました」
「もう、眠り姫ったら!」
ガオは頬を膨らませて腰に手を当て拗ねた。
そんな姿でさえ愛しく、ルドルフはほっこりとしたが子供の声に意識が向く。
ガオは子供に近づくと、匂いを嗅いで「お日様の匂いがする」と嬉しげだった。
ハチ公だった存在は子供が大好きのようで、表情がぺかーっと輝く。
無邪気なガオにルドルフは頭をなで回す。
「お腹がすいたと言ったきり、話す様子がないんです」
「魂自体に気力がないほど弱っているのかもね。俺がお風呂にいれてあげるよ。
お風呂ならきっと暖まってエネルギーがでる」
「お願いします、メニューも聞いて指名も頼みますね」
「うん!」
ルドルフは子供のことはガオに任せて、食材の管理をはじめる。
冷蔵庫の温度調整、痛んでいないか食材のチェック。
顧客の来訪履歴の記入、天国行きと現世戻りの記入。
それらが終えてからやっとの休憩だ。
その頃にはほかほかの子供とガオが戻ってくる。
バラ色のガオの頬は柔らかそうでむにむにしたいし、つつきたい。
したら膨れるだろうな、と思案しながらルドルフは二人に飲み物を差し出す。
「まずは水を。水分は大事ですよう」
「ありがと、おにーちゃん! お腹すいたあ……ここどこお……」
「ここはお店ですよ。居酒屋です」
「変わったお店だね。こんな建物見た覚えない」
「では、食べたい食べ物はなんですか」
「うーん、いつもよく食べてるのはB錠剤だよ。たまにCセットのゼリー」
「……ああ、なるほど」
未来から来たパターンだろうか。だとしたら今の自分たちには食事は作れない。
困ったなと顔をしかめれば、ガオらしい発想を提案してくれた。
「絵本でみた覚えがあって食べてみたいものってある?」
「それならね、ラーメン! 体に悪いって有名で、じいちゃんが生きてた頃に廃止になったんだって! 聞いてからずっと食べてみたかったんだ」
「そうなんですね、では作ります」
ちょうど中華担当は自分で、スープの仕込みもある程度はしてある。
ここの客は中華と言えばラーメンか餃子をよく頼むので、ラーメンはお手の物となってしまう。
ルドルフは麺をゆで、具材を切り、ゆでた麺にスープと湯を入れると、具材を載せ。
子供用どんぶりにいっぱいのラーメンを作って見せた。
「わあ! きれい!」
「さあ冷めないうちにどうぞ」
「いただきまーす! ど、どうやってたべるの」
「ああ、箸は難しいですね。フォークでどうぞ、こうやって啜るんです」
食べるものまねをすれば、子供は勢いよく食べる。
子供はにこにこしていたが、徐々に落ち込んでいく。
「……じいちゃんのいってたほどじゃないね」
「おいしくなかったですか?」
「うん……ちょっとまずい」
横から失礼、とガオがカウンターに並んでる箸入れから割り箸を取り出すと、ぱちっと割り慌てて食べて。味を確認してから、首を左右に振る。
ガオは割り箸をおいて、子供をぎゅっと抱きしめる。
「あったかい」
「うん。ねえ、もうお腹すくなんてこともないよ。大丈夫」
「ほんと? ぽかぽかしてきた。ねえ、ぼくのお母さんね。お腹すいたっていってたんだ」
「うん」
「だからぼくさ、B錠剤沢山盗んできてさ、お母さんに届けようとしたんだ……ああ、それで……捕まって……」
「いいんだよ、思い出さなくて。そんな辛い目にももうあわないよ」
「うん……そっかあ、ラーメンってまずいのかあ……」
子供は光を放って消える。
*
ルドルフは落ち込むガオになんと声をかけていいのか分からず。
ガオを励ましてやりたい気持ちでいっぱいだった。
こんなにも毎日毎日美味しいと感じる客、まずいと感じる客の連鎖で全員によくも気持ちを込められるものだと感服する。
うちの店員はガオ以外は誰一人優しくないから、ガオに清涼剤のような爽やかさを見いだす。
「天国だから。きっと。きっといいことなんだよね」
「そうですね。天国ではそれこそ美味しい物食べ放題なんじゃないですかね」
「うん。それにしても未来はディストピアになっちゃうのか、やだなあ」
「大丈夫ですよ。いつの未来か分からないのですから。考えるほど無駄な遠い遠い出来事かもしれません」
「うん、そうだねえ……、ねえルドルフ。杏仁豆腐作って」
「スイーツは貴方の担当でしょう?」
「まかないだよまかない! 俺はまかない、杏仁豆腐がいい!」
「はい、仰せのままに、忠犬様」
ルドルフは杏仁豆腐を作る準備をしながら、ガオを盗み見する。
盗み見されたガオはきょとんとしてからにぱっと笑いかけ、手をぐっぱぐっぱと開いた。
何をしても可愛らしい魂だ。
心からこの子犬には、気を許せる。
主人を何年も思い続けて信じ続けてきた実績がある。
人を、裏切らないのだと。
(裏切りばかり見てきた僕だから、貴方が尊く見えるのですよ。
ガオと出会わせてくれた事実は感謝してます、眠り姫)
ルドルフは冷蔵庫からすでに出来ている杏仁豆腐を取り出して、
皿に盛り付けガオに手渡した。
「あれを冷やした物がこちらのものとなります」
「クッキング番組みたいなことをするんじゃないよ!!」