第一章 ファルキア宮廷の出仕 女官達の牽制
ガン!ガンガン!
けたたましい爆音がワイン蔵で使用している地下室で響き渡る。
夕食前には給仕がやってくるが昼間は誰もこない。
良くない行いをするにはとっておきの場所だった。
そんな事態がまさにそこで起こっているのだ。
数名の女官と召使が4.5人は研ぎ澄まされた刃の様な冷たい視線をアルビラに向けている。
その中の一人が手に蝋燭の燭台を持ってアルビラの歪んだ口から血を流している顔に火を近づける。
すでに石の床に倒れかけたアルビラの髪を一人の女がむしり取るように手に握りしめた。
「大体あとからきて生意気なんだよ!!
大公殿下に色目使いやがって!!」
狂気にも近い常軌を逸した血走った瞳が個人的な恨みによるものであるのをアルビラは本能的に知った。
「はぁ?
貴方大公の御手付きだったのね」
やや斜め使いに相手を挑発するような蔑んだ様な表情をその女に向ける。
女の瞳には更に強い殺気が宿る。
「このアマ!!」
バン!バンバン!!
怒鳴り声と共にアルビラの頬を拳で殴りつける。
「なんの事?
私は自分の仕事をしているだけですが。
大公殿下に媚びなど売ってはいませんわ。
いいがかりは止めていただきたいわ」
「はあっ!
貴族様か知らないけど没落した家柄じゃない。
私らは平民けどあなたよりも裕福な家、大公家に請われて仕えているのよ。
たかが貴族というだけで。
大公付きの侍女?」
「そんなの僻みじゃないのかしら?
本当に優秀なら仕事で見返しなさいな」
「なんだって??」
バッンバンバン!!
その時だった。
開かれるはずのない地下室の扉が開けられた音が鳴り響いた。
カンカンカン!!
近づく足音、ヒールの音どうやら女性のようだ。
階段を降り、その足音は次第に大きくなってくる。
明らかにこちらに向かってきている。
暗い地下室にぼんやり照らされた燭台の炎に浮かび上がるその人物。
「マリー女官長様」
一斉にその方向を向いた先には女官長だった。
静寂の支配する地下室にほ全員の侍女、そして冷たい石の床に項垂れるアルビラを見て全てを悟った様に煩わしいと言わんばかりに深い溜息をついた。
「にょ…女官……」
アルビラを最初に叩いた侍女が震える声でその名を言った。
「……大公妃殿下が外出されます。
貴方達。
大公妃殿下を煩わすのですか?
妃殿下はお仕度が出来ないとご立腹ですよ」
暗く静かな地下室に冷気を放つ女官長の一言は絶対的に自分達に非があるのは明らかだった。
「…………」
「………」
「…………」
「早くしなさい!」
女官長の一言に皆俯いて静かにその場を順番に退出していった。
名残惜しそうに。アルビラを睨みつけながら。
アルビラと女官長の二人きりになった地下室で女官長はアルビラを見下ろし静かに淡々と言葉を告げた。
「貴方も早く立ちなさい。
……私は貴方の欲望を隠さない。
その瞳…この相手を食い尽くさんばかり
の。
嫌いじゃないわ。
実は待っていたのよ。
貴方の様な人をね……ふぅッ!
さあ行きましょう。
大公殿下がお呼びよ」
女官長はその言葉の本心を読み取れないほど眉一つ動かさず抑揚のない言葉を紡ぐ。
アルビラは思う。
変に擦り寄る人よりもかえって信用出来る気になっていた。
何かが変わるその先導者の導きそう感じ、変化は最大のチャンスだと。
「大公殿下には私から貴方の事を話してあります。
妃殿下は今夜お戻りではありません。
いえ当分の間お帰りではないでしょう。
その間貴方は殿下の身の周りのお世話係り
を担当します。今夜から。
いいわね。
全てのお世話よ」
アルビラの胸の奥深くに沸々と湧く欲望はもう止まらなかった。
二度とこないチャンスだったで、女官長の意味する言葉でそれが何を意味するのか。
アルビラはすぐに理解出来た。
チャンスだと。
大公の部屋に行くまで女官長と二人きりで宮殿では誰ともすれ違わなかった。
どこか陰鬱さが潜み、なんとも言えない静寂がその空間を支配していた。
突き当りに見えたその扉はアルビラに許された事のない大公の寝室だ。




