第一章 フェルキア大公家への出仕
男爵家は瞬く間に没落してしまう。
姑はある決断をアルビラに告げる。
「アルビラこの屋敷を人手に渡しました。
その金で田舎に暮らす事にしました。
もう契約し終え10日後にここを出ていかなくてはなりません」
衝撃的な告白を姑から聞いたのは男爵の葬儀を終えた5カ月後だった。
「…お義母様。
私は何も聞いていません」
「貴方に何を相談しなくては何も決められないとでも?
この屋敷の当主はリチャードよ。
私の息子。
お前にどうこういう資格はないの!」
「だから……と言って……」
「いいアルビラ。
その金は売掛金や借金の返済でほぼ消えます。
田舎の小さな家にリチャードの静養を兼ねて移り住みます。
それとお前はファルキア大公家に侍女として出仕させることにしました。
明後日から公都へ向かいなさい。
もう支度は出来ています。
勿論召使も執事も小間使いもつきません。
賃金は私達と子供達の生活費に当てます。
お前に選択権はないのですよ。
お前が我が家に来てからどんな気持ちで私が過ごしていたか!
叩き出されないだけでもありがたく思いなさい!
もし嫌で逃げてたりしたらファルキア公国だけでなく。
エルディア大陸から薄情者として貴族世界から追放されるでしょうね。
わかるわね!」
「…しかし……」
「勘違いしないでアルビラ!
お前は男爵家の嫁。
もしこの家から逃げ出すようならどこに行ってもお前が貴族世界で暮らしていけない様にすることは
簡単なのよ。
平民以下の暮らしをしたいの?
場末で娼婦にでもなりたいの!!」
今までの恨みをこの場で晴らすようにアルビラを思いきり叱責して気がすんだのか。
烈火の如く怒りに満ちた顔は消え、いつもの感情のない無機質な姑の顔に戻る。
「……ました」
「声が小さい!」
「わかりましたお義母様」
アルビラが男爵家を去る日。
同じく5人の子供達も養育者の元へと去って行く。
どの子供も不安そうで今にも泣きそうだったが、長男のベルナードは唯一毅然として長男らしく落ち着いていた。
「母上お元気で。
皆は私が面倒を見ます」
「お願いね」
「さあアルビラ早く行かないと今日中には公都へ到着しないよ」
姑はまるで追い出すようにアルビラを急き立てた。
夫はおそらく寝室のベットの上でこの会話を聞いているだろう。
そして俯いて拳をぎゅっと握りしめて自分を心の中で罵倒しているだろう。
そう思いながら夫の部屋の窓に目線を移す。
まあどうでもいいか……。
まもなく厳しい冬がファルキアに訪れるのを冷たい風が告げた。
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「初めましてコーディル男爵の妻アルビラ・ディア・コーディルでございます。
女官長グレース・ディア・ドルレード侯爵夫人にお会いできて光栄でございます。
女官長の元でファルキア大公妃殿下に誠心誠意尽くしたいと存じます」
アルビラをこれでもかというくらいにあからさまに女官長のドルレード侯爵夫人に媚びを売る言葉を並べカーテシーを披露した。
男爵家で手に入れた豪華なドレスは売り払い、出来るだけシンプルなデザインでかつ上質な生地を使ったドレスを揃えた。
今日のドレスも色は藍色の白のレース刺繍があしらった上品なものだ。
しかも髪はすべてアップに結い上げてあらゆる豪華さや華やかさを排除した。
いままでのアルビラの好みとは正反対だった。
最初ドルレード侯爵夫人のアルビラを見る視線は冷たい。
下位の貴族を軽蔑した様子の侯爵夫人もその言葉に意外とまんざらでもないくらい満足そうな笑みを漏らした。
かかった!
アルビラは自分の選択が間違いなかったとある計画の第一歩を踏み出した。
新しい大公家の生活が始まる。
しかしアルビラの宮廷生活は順風満帆にはいかなかった。