序章 悪女になるまで 意に沿わぬ結婚
男爵に連れられ実家を出たアルビラにも待ち受ける運命とは?
男爵の屋敷までは数キロの所の地方都市では二番目に大きいダイヨンという町中に住居を構えていた。
中心部に始めて見る豪華な屋敷の前で馬車は速度を弱めて閉ざされていた門が開き、その馬車ごと屋敷に入る。
屋敷内に入ってはいるものの建物らしき物が見えない。
両側に白樺の木が植えられた小道を悠々と馬車が進んでいる。
随分と悠々自適な生活を送れているのね。
男爵といって下級貴族の地位の割に金持ちなのね。
新興貴族の一員かしら、最近は爵位を金で買うという人も現れ始めてきていると聞くわ。
そう思いながらも早く窓から屋敷を見たいという気持ちがせいて窓から身を乗り出してみる。
頬に向かい風が気持ちいい。
あの貧しい子爵家で一生過ごす事を思えば愛人だろうがなんだろうがいいかもしれない。
そう思いながらも目に飛び込んできたのは白亜の豪邸だった。
まるで白鳥が翼を広げたような左右対称なシンメトリーの白亜の豪邸。
綺麗に整備された玄関口に大きな噴水が水しぶきを立てている。
丁度緑豊かな季節、玄関前は華やかな花々が飾られて目に美しい。
「なんて素敵」
思わず口にした後、はっと手を押し当てた。
男爵はクスッと笑い目を細めて今日始めての言葉を放った。
「ここでの生活は君が思うほど楽ではないが。
それに似合うだけの待遇は用意している」
アルビラはその言葉だけで十分だった。
ある意味本望だ。
あの子爵家ではただ耐える事しか出来なかったからだ。
どんな苦労も厭わずに。
自分のしたい事を存分にしようと心に誓う。
馬車を降りると多くの使用人が出迎えていた。
いや使用人だけではない。
五十手前だろうか、上品なダークグリーンの金糸の刺繍が散りばめてあるドレスを着た女性とその後方に細くてヒョロヒョロした三十前半の男が立っていた。
明らかに他の使用人とは身なりが違うので、男爵の妻と息子だとわかる。
「おかえりなさいませ旦那様」
夫人が僅かに微笑んだ顔で主人を出迎えた。
「ああ」
そう言って執事に帽子を預ける。
「お父様。
ご無事におかえりくださりよかったです」
息子がやや青白い顔でか細い声を出す。
「今日は顔色が悪いな。
無理をせずに部屋で休みなさい」
「ありがとうございます」
「所で旦那様。
後ろの女性は?」
「お前の妻だ。」
聞いていた家族は勿論の事、当の本人アルビラも言葉を失って茫然と立ち尽くした。
てっきり愛人に収まると思っていたからだ。
「旦那様
何かの冗談でしょうか?」
「冗談でこんなことは言わん。
明日神殿で婚姻式を行う。
ドレスと装身具は町の店で購入した物を使うといい」
アルビラにそう言うとスタスタと男爵は屋敷へと入って行った。
「旦那様!」
夫人が後から追いかける。
残されたのは二人夫らしい人と妻らしいアルビラだけだった。
息子をまじまじと見るといかにもひ弱そうで病弱を絵に描いたような人物だ。
あまりにアルビラが見つめるので息子は咳払いをして話始めた。
「初めましてリチャード・ディア・コーディルと申します。
お名前を伺っても?」
「アルビラ・ディア・ファルラです。」
「ああ~ファルラ子爵のご令嬢。
これからよろしくおねがいします。」
良くも悪くも善良な貴族子息風だ。
しいてゆうならやや貧祖な感じの顔立ちだけだろうか。
ただそれだけの印象だった。
婚礼は翌日に簡素に男爵家の家族と僅かな見届け人、子爵家からは誰一人参加しなかった。
男爵夫人は不満そうだが、家長の許した結婚に反対など出来ない。
しかも財力はこの夫あってであったから、アルビラに向かって批判や嫌がらせはしなかったが明らかに不快だと表情が物語っている。
こうしてアルビラの男爵家の嫁としての生活が始まった。
新しい男爵家の生活へ。