婚約者が『悪役令嬢』と呼ばれたので取り敢えず相手を処す
悪役令嬢ネタを結婚事情の二人で擦ってみた話。
こちらの世界観ではこうなります、みたいな感じ。
本編『薬術の魔女の結婚事情』(https://ncode.syosetu.com/n0055he/)
「ねー、『悪役令嬢』ってなんだと思う」
とある休日。
屋敷に来ていた婚約者(予定)が問うてきた。
「……その言葉は、一体何処で拝聴なされたのです」
「なんか学校の人に言われた」
「……聖女候補ですか?」
「聖女……その2ちゃんじゃないよ? なんでそう思ったの?」
「いえ、失礼。……では、何方が?」
「なんか伯爵令嬢の子」
「……然様で御座いますか」
『面倒な事になった』と、思った。
悪役令嬢を知っていると言う事は、まず転生者や転移者かどうか調べねばならないからだ。王の盾である監視員として。
そうならなぜ隠していたのか。
そうでなければその単語をどこで知ったか、調べねばならない。
また転移者や転生者ならば、この歳(15以上)まで隠していた協力者がいるかも調べねばいけない。
身分に関してもそうだ。
名誉毀損、として訴えられなくもないが婚約者は平民だ。そして自身は宮廷魔術師、つまりは魔術伯として伯爵の身分を得ているが一代限り。だが相手は『伯爵令嬢』。故に、多少は歴史の重みがある。
「その、伯爵令嬢の家名は分かります?」
「うーんと、なんだったかな」
覚えていなさそうである。面倒事が更に増えた。
×
どうにかして伯爵令嬢を特定した。
まあただ婚約者に付けていた盗聴の式神を機能増強して盗撮機能を追加しただけである。
『出たわね『悪役令嬢』!』
堂々と言い放っていたのですぐに分かった。
盗聴越しでも相当な音量だった。対面する婚約者の困り顔がありありと想像できる。
『ね、その『悪役令嬢』ってなに』
『貴女みたいな女のことよ!』
『わたし、きみになにかした? あと令嬢じゃないよ』
婚約者の冷静な指摘を受けてもなお、『悪役令嬢』と呼んでいるようだ。
『あっ! また絡んでいやがったなお前っ!』
そこに婚約者の友人の声が割り込んでくる。亜麻色の髪を振り乱して今にも噛み付かんばかりの形相だ。
『まぁ! 取り巻きが来たわ! 私を虐める気!?』
『は? やる訳ねーだろ。やんならテメェの家、丸ごと潰したろか?』
『なんて恐ろしい!』
本当に恐ろしい話である。その友人は大公爵家の者なので、不敬罪で伯爵家が潰れてしまう。そこの伯爵令嬢はそれを理解しているのだろうか。
『止めなさいよ、みっともない』
ブルネットの髪を揺らし、もう一人の友人が呆れた声を上げた。彼女が来たのならばひとまず大事にはならなそうだと密かに安堵する。
『友人の面子潰されて『はいそーですか』ってやってられるほど親切じゃあねーんだわ、うちの家は!』
『口調乱れてるわよ、落ち着きなさい』
二人の言い合いをそのままに、
『その『悪役令嬢』って、どこで聞いたの?』
婚約者が問う。その声色は、迷子で泣き喚く子供に対するものとよく似ていた。
『お話の中よ! 貴女、『エンジェル・クラスタ』の悪役令嬢でしょう?!』
『は?』
聞いたことのない物語だ。
即座に部下へ同名の作品がこの世界にあるのか調べるよう、指示を飛ばす。
『えんじぇ……その、なんとかっていうお話と現実のわたしに何の関係があるか聞いてもいい?』
『大有りよ! 貴女、この世界を滅ぼすんでしょう!』
『……はぁ?』
『あの話では、婚約者を奪われた貴女が、世界を恨んで悪神を召喚して世界を滅ぼすのよ!』
『ふーん』
周囲のしらけた雰囲気が手に取るようにわかる。
だが。婚約者(予定)に婚約者が居るとは初耳だった。知れず、その情報に苛立つ。
『と、ところで婚約者って誰に奪われるの』
戸惑った婚約者の声にはっと意識を戻す。そもそも婚約者が誰なのか気になるが、まあいいだろう。
『ちょっと何を真に受けてるのよ』
『だ、だって……』
ブルネットの髪の友人の指摘に、婚約者は『ほんとだったら困るもん』と小声で返した。声が震えており、随分と狼狽えて居るようだ。
『は! そんなことも判らない訳? それは……』
こくり、と婚約者の喉が鳴る音がした。
『私よ!』
『はっ』
婚約者が聞いたこともない返事をしていた。冷たいような、呆れたような声だ。
それもそのはず。婚約済みと分かっている相手に手を出すことは、とてもみっともない事だからだ。だが、伯爵令嬢は理解していなさそうである。
少なくとも、自信満々に言う台詞ではなかろう。
『ち、ちなみに婚約者の名前って……?』
『ふざけているの? それは——』
告げられた名は、とある侯爵家の次男だった。そうか、其奴か。……とは思いつつ。あり得ない話だと結論付けた。彼には既に別の家との婚約者が居り、交友を深めているからだ。
『えっと……誰?』
こそ、と小声で婚約者がブルネットの髪の友人に聞いていた。やはり、知らないようだ。ちなみに亜麻色の髪の友人は、未だに仏頂面で伯爵令嬢を睨んでいる。
『知らないの? 侯爵家の御子息よ。金髪碧眼で顔が良いとか噂になっているのよ』
『へー』
全くもって興味がなさそうな返事だ。少し、安堵した。
そこで丁度、部下の方から「『エンジェル・クラスタ』というような題名の物語はこの国を含め近隣の国にも無いようです」と知らせを受けた。これで、その伯爵令嬢が転生者か転移者であるか絞る事ができた。
まあ、伯爵令嬢の出身地周辺での召喚の記録はここ20年は無いので、おおよそ転生者だろうが。
×
そうして証拠を集め、件の伯爵令嬢が転生者であると突き止めた。
どうやら誕生日前に高熱を出し、その後から急に魔力の質が上がり言動がおかしくなったのだという。親族は憔悴しきっていた。
それを哀れんだ王弟と教会によって修道院へ迎え入れられた。ということにした。
修道院へ迎え入れたのは事実だ。ただ、当人には「日頃の慈悲深い行為に感銘を受けた」だのと適当に理由を付けた。
伯爵令嬢が入った修道院は監視員のものである。これからしばらくは監視の下で修道院で暮らしてもらい、司教によって教育されるのだ。
修道院を出る頃には、模範的な信心深い淑女になっているだろう。




