公爵のため息5
公爵が外套ごと簡単に抱えられるほど子供は軽い。
あの子供が生きていれば12歳になるはずだ。
アルバートの腕の中の子供は8歳ほどにしか見えない。
違うのではないかと思いながら、煤で汚れた顔に面影がある。
痛み切った髪に、記憶にある色が重なる。
間違いでも構わなかった。
勢いのままに扉を開け放つと、見覚えのない侍女が胡乱気な顔で奥から出てきた。
「誰ですか。こんな雪の日に」
侍女の無礼に腹を立てている暇はアルバートには無い。
「ミザール公爵が来たと子爵に伝えなさい。暖炉のある部屋に、いや、もうここで構わない。すぐに子爵を呼びなさい」
無礼な侍女は、相手が公爵だと分かると途端に大きく頭を下げ、靴音も騒々しく階段を上がっていった。
待つ間に、公爵は明かりの減らされた薄暗い玄関広間を見渡した。
以前は隅々まで良く掃き清められ、高価ではなくとも品の良い置物が置かれ、明るい色の壁掛けと笑顔の子爵夫妻が来た者を歓迎してくれた。
今掛かっている金糸銀糸をふんだんに使った壁掛けは、明かりを惜しんだ玄関広間では重さばかりが目立ち、せっかくの金糸銀糸も輝ききれずに沈んでいる。
やたら大きく派手な彩色が施された壺はアルバートの審美眼では偽物に見えた。
極めつけはおそらく金で作られた象に赤や青の宝石が象嵌された、珍妙な置物だ。
いっそ珍品とさえ言える悪趣味な置物が、今のカステリ家の現状を端的に表しているようだった。