消えた娘1
食器の割れる音が食堂に響く。
茶器をぶつけられた娘はただ床に頭をこすりつけて、もうしわけありませんと繰り返した。
その薄汚れた顔にフェリクスを見下していた女の面影を見て、フェリクスは腹立ちまぎれに杖で打ち据えた。
リリィが本当に病気になったのは、結婚生活4年目を迎えた頃だ。
フェリクスの計画は思い描いていたほどには上手くいかなかった。
商人から売れると聞かされて資金を提供した品もそれほど売れず、上位貴族との繋がりを増やすために贅沢な衣裳を誂え、頻繁に社交場に顔を出しても、その場では良い手応えを感じていたはずの相手からは茶会や夜会の誘いもない。
減るばかりの金を取り戻すために頻繁に賭場に通うようになった。
賭場といっても道楽で遊ぶのではない、とフェリクスは言い張った。
手っ取り早く金と人脈を増やすための正当な手段だ。
商人の紹介で訪れた賭場には身分を隠した上位貴族も混ざっていたが、フェリクスがわざと負けてやっても感謝もない。
次第にリリィやロバートからも金の出処を怪しまれるようになって、本邸に帰るのが億劫になった。
どうせあの二人が執務を行っているなら、フェリクスが面倒なことをする必要もない。
あの二人が引きこもって書類仕事をするなら、自分は外部との積極的な交流をしているのだとフェリクスは考えていた。
賭場にはイザベラを伴うこともあったが、夜会には連れていけなかった。
金蔓である公爵には、妻がリリィであることが知られていたからだ。
下手に夜会にイザベラを伴って、よからぬ噂が公爵の耳に入るのは好ましくなかった。
代わりに、公爵の誕生日を祝ってミザール家で行われる一門を招く夜会では、誰もが公爵への挨拶の機会を伺うなかで、公爵は必ずフェリクスの挨拶を受けた。
リリィの体調を訊ねるためだが、公爵と言葉を交わすフェリクスを上位の者たちが羨ましそうに見てくるのは気持ちがよかった。
それでも公爵はリリィの治療費以上の金を出したり、カステリ家を特別に取り立てることはなかった。
それがどうやらリリィの願いによるものらしいと公爵との会話で知って、フェリクスは次第にリリィを疎ましく思うようになっていた。
よろしければ評価、ブックマークをお願い致します。