【第5話】相棒を射れ!
サーベーデン市の東に位置するオクサーヌ山の中腹へ向かう二人。その山小屋にマドマンが潜伏していると<ミミ婆さん>が教えてくれたからだ。夕陽に染まり赤く燃えているように見えるオクサーヌ。
「不吉だな」
「うん……行こうルデム!」
山を500mほど登ったところに山小屋はあった。まだマドマンは居るだろうか。騎士エルデオーネは賞金稼ぎルデムより先にそこへたどり着く。小屋は登山客らが利用するもので、それほど大きくない建物だ。エルデオーネがそっと近づきドアノブに手を掛けようとした、その時……バン!!と扉が開いて男が一人、飛び出して来る。手には何も持っていない。両腕は赤黒く腫れ上がっていて、通常の人間のものより大きく、長く尖った爪を生やしている。
ゲブゲブ!!とマドマンは笑いながら泡を吹いている。衣服のあちこちに血がこびりついている。腰には鞘も魔剣らしいものも見えない。しかし赤光を放つ、つり上がった目と、禍々しい気は<魔人>のものだ。もはや人間ではない。ルデムは遅れている。そこでエルディオーネは単身、<輝きの剣>を抜き放った!
――相棒は来ない――
――彼は魔人だ!――
――エルデオーネよりも強い――
――もうすぐ日は沈む――
幾つものささやきが若き騎士を翻弄する。相棒は来ないだと?そんなバカな!彼は頭に血が昇っていて、マドマンから送られてくる<ウソの情報>と<本当の情報>に惑わされてしまっている。
「ヘッ!へへへへ!!<情報>に踊らされるがいいッ!!」
もはや半分魔物と化したマドマンは長く大きな腕でエルデオーネを襲う!
* * *
<輝きの剣>で応戦するも、魔人マドマンの猛烈な勢いに圧倒されるエルデオーネ。
「相棒はまだ来ないのかッ!?」
マドマンは魔物の腕の爪で騎士を切り裂こうとする。沈みゆく夕陽の中でも<輝きの剣>はまぶしく自ら光を放つ。何とか一人でマドマンの攻撃を受け流しているが、いつまで耐えきれるのかわからない。騎士が手にしている剣は片手でも両手でも扱いやすいようにバランス調節されている「剣 ソード」に分類される。彼にとっては慣れ親しんだ武器だ。
エルデオーネは<輝きの剣>が放つ光を頼りに、うす暗く成りつつあるオクサーヌ山の中腹でマドマンと戦っている。早くケリを付けないと夜に成り、闇へ紛れてまた逃げられてしまうかも知れない。
――ルデムは道に迷っているぞ――
――それは<輝きの剣>ではない――
――体力では人間は魔人に敵わない!――
――エルデオーネはそろそろ限界だ。ウヒャヒャ!――
ウソの情報と本当の情報で騎士を惑わすマドマン。
「<情報>というものは、50%ウソを混ぜた時に最も利用価値が下がる!知っていよう?ウヒャヒャヒャ!さあトドメだ!!」
すでに幾つもケガをしているエルデオーネ。やはり一人では対抗できないのか!?しかし早くここへ来ていなければ逃げられてしまっていたかも知れない。
「何も信じられない場合、どうする!?ルデムのヤツ、どうしているんだっ!」
その時、ヒュッ!!と風を切る音とともにマドマンの近くの木へ一本の矢が突き立つ。ルデムのものだ。
「エルデオーネ!無事かっ!?」
* * *
「下がれルデム!マドマンは強い!!弓では相手に成らんぞ!」
賞金稼ぎは、マドマンと戦うエルデオーネの背後に入らぬよう、遠回りして別の角度から追いついたのだ。しかし彼の弓でマドマンを直接には攻撃できない。今回の依頼は相手の捕獲だ。万に一つ魔人を倒してしまうと仕事をし損なったことに成る。
エルデオーネは思った。それにしてもマドマンはどこに<魔剣>を隠し持っているのだろうかと。山小屋の中に置いてあるのだろうか。仮にそうでも魔人は、魔剣の力など借りずにエルデオーネを仕留めてしまいそうである。どうやって魔物の腕をかいくぐり、<輝きの剣>の一太刀を浴びせればいいのだろう!?
「手も足も出ないのだろう?ゲベベ!!」
力の差に慢心して嘲笑いつつ腕をくり出すマドマン。先に騎士の息の根を止めようとしている。決死の覚悟で彼の腕を避け、また受け流す騎士の体力も残り少ない。剣の使い手として高い戦闘力を誇るエルデオーネも魔人の体力には及ばない。マドマンの腕に切り付けても爪に阻まれてしまう。
「お前の相棒が弓でオマエを狙っているぞ、騎士よ!!」
情報を操る魔人からまたニセの情報が!?しかし若き騎士はそれを聞いても落ち着いている。
「ほう!相棒がオレを射ろうとしているって?本当に!?」
「本当さ!ホレ、矢を放つぞ!」
「それは結構」
何だと?こいつ……騎士は今、何と言ったんだ?マドマンの攻撃が一瞬ゆるんだ。
「ルデムは確かにオレを狙って弓を射るだろうぜ。それは本当だ!」
賞金稼ぎは弓に矢をつがえずに、何と「風」を射った。しかもエルデオーネに向かって!彼の<風切りの弓>は<風の矢>を射出したのだ。
「とっておきの<情報>は最後まで秘密にするものだぜ」
エルデオーネの言葉に動揺を隠しきれないマドマン!