【第2話】光るグラスに旨い酒を
「慌てるなルデム。何か<手>はあるはずだ。依頼をキャンセルしなくても……」
「うむ。焦りは禁物だな」
昼に水で喉を潤しながら会話する二人。
ここサーベーデン市は、美しい景観に囲まれた地方の都市である。隣接する大きな湖から水を得られる。これは湧き水なので透明度も高い。東には4000m級のオクサーヌ山が屹立している。山からは希少な薬の原材料がとれて、ふもとの広大な牧草地では家畜を飼育できる。食糧は多くが自給自足であり、衣類やその生地は他の町や都市との交易で入って来る。人々は工夫して生きる楽しみを見つけ、大方は満足してここで暮らして来た。
「ポイントは二つ。ヤツの居場所を特定することと、もう一つは<輝きの剣>を見つけることだ」
「以前にも聞いたな。それは魔法の武器かい?」
「うん、亡くなった父から伝え聞いた伝説があってな」
言い伝えは幾つかの句に分かれている。エルデオーネによると、輝きの剣は湖の底に封じられている。
「どこの湖かは不明だがな。そしてその剣の本当の値打ちがわからなければ発見できないらしい」
他にも、輝きは暗闇を解消する。人の輝きよ、その手に宿れとも伝わるそうだ。
「そして父は、いつかきっとその剣が必要になると言っていた。おじいさんから受け継いだ、我が家に伝わる伝説らしいんだ」
「そんなものが本当に!?」
二人の装備であるが、エルデオーネは鉄で補強された革のヨロイと剣。ルデムは濃い紺色の上着と茶のパンツ、黒のブーツとジャケット姿で、特殊な力を持った魔法の弓を持ち背中に矢筒を負っている。しかしこれだけでは<魔人>に対抗するのは難しいだろう。エルデオーネの言う伝説が本物だと良いのだが。
* * *
彼らは店を出て、時間を気にしつつ情報収集を始めた。先ずはマドマンに関する情報だ。
「こんにちは、お嬢さん。私はこの辺りで賞金稼ぎをしているルデムと申します。少し話を……」
ルデムは若い女性に声を掛ける。すると騎士は相棒を見て、その尻をペシッ!と叩いた。
「お前……!」と言い顔を寄せる。小声で、
「好みのご婦人を見ては見境なく声を掛けて……コノ!」
と、なじった。エルデオーネは、まだ独り身のルデムへ意味ありげな目を向けて言う。
「ルデムよ……こんな非常事態でも<生命力>は衰えんという訳だな?ウイ!!」
「違うって!」
咳ばらいする賞金稼ぎ。
「<情報屋>を探しているのさ」
「そうだったのか。オレも手伝おう」
道行く人に次々と声を掛けてゆく二人。
「この街で一番安くてウマい酒を飲ませてくれる場所を探してるんだが……?」
「知りません」
「この街で一番……こんなことで見つかるのかね?」
「任せろエルデオーネ。その内に情報を得られる」
果たして二人は一時間ほど掛けて、街で一番安くてウマい酒を飲ませる酒場を聞き出す。チップを渡しつつ、
「ほう、で……その店の名は?」
「<光るグラス>という酒場さ。行き方は……」
「ありがとう」
男性は去った。
「さすがは賞金稼ぎだな。頼みになるぜ!」
「よし、では店を探そう。そろそろ日も沈むだろう」
* * *
ある程度の大きさの都市には<時計台>がほぼ必ずあって、正確な時刻を教えてくれる。これは科学技術によるものではなく、<時間の精霊>の特徴を活かし応用したものだ。現在、夕方の4時半。
<光るグラス>という名の酒場は、昼間にランチを出す食堂も兼ねていた。恰幅のいい主人へエルデオーネが話しかける。カウンターに右腕を乗せて渋い顔をし、ベテラン風を装って言った。
「この店で一番安くてウマい酒を出してくれ」
「あいにくだが」と店主。
「夜にしてくんな」
そこで二人は食事をしながら夜を待つことにした。
そんな二人へ男性客の一人が近づきエルデオーネを指さして、こんなことを言った。
「おや!マア!あんさんは<騎士 ナイト>ではないかい!?どこの騎士かは知らないが……こんなところで油を売ってていいのかね?」
ルデムだったらこんな場合、相手にしないのだが、エルデオーネは違った。
「その言葉、そっくりそのまま返すぜ!あんたこそ、こんなところで油を売ってていいのかね!?」
すると男性客が再び、
「なんの!そのセリフ、そっくりそのままお返しするぞっ!!」
「イヤイヤ、こっちこそそのセリフをお返しするぜ!!」
「いいや!その話はそっくりそのまま、その言葉を……」
ルデムが割って入る。
「エルデオーネッ!いつまで言い合いしてるんだ!全く……仕方ねえな」
ルデムが若き騎士を引きはがす。男性客はフン!と言い捨てて立ち去った。
「そろそろ夜だな」と賞金稼ぎ。
「安くてウマい酒を注文しよう」