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雛祭りの後始末

作者: 華嵐三十浪

今年で最後。と言われたから

今日が雛祭り記念日。。。。。

旧来の桃の節句は、その名の通りもっと暖かさを肌で感じられて穏やかに花を愛でる時期に行われていたのだろう。


今はまだ昼の暖かさと比べると、夜はキンとまだ冷える。カレンダーや暦の上では春ということになってるが、気が抜けるほど暖かくなるまでには、もう少し季節が進まねばならないだろう。

現代の桃の節句はそんな時期に執り行われている。



「上様」

柔らかく静かな響きが音を奏でる。そんな声が聞こえ、上様と声をかけられた影が静かに振り向いた。

正確には振り向いたわけではない、というより振り向けなかったが正しい。

上様と呼ばれたのはキリリと目元涼やかな男雛で、呼びかけたのは優しげな顔をした女雛であったからだ。

「いかがなされました?今日は外ばかり見ておいでですが、気にかかることがございましたか?」

「いや、気にかかることはないが、あと少しでここからの眺めも見ることがなくなるかと思えば名残惜しゅうてな」

この雛人形たちは、今年のひな祭りを最後に人形供養に出されることになっていた。

この家の娘たちが幼い頃に奮発して購入されたが、もうすでに娘たちは嫁に行き子供もいる。

雛人形の役割としては娘たちの誰かについていくものなのだが、娘たちの誰も雛人形を連れて行きたがらなかった。

娘たちが産んだ子供に女の子がいないわけではなかったが、家屋の狭さや飾る時の手間を理由に実家に置いたままになっていた。

ある意味不遇な対処をされていたのだが、幸い、この家の女房はマメだったので年に一度の桃の節句には必ず飾ってもらえていた。しかし、女房も歳を取り毎年の飾り付けが億劫になってきているようだった。

幸いたまえと、慶事を願う形代として存在しているのにそのこと自体が暮らしに負担を及ぼすようになっていては肩身の狭さを感じざるを得なかった。

「さようでございますなぁ。長くこの家におりましたゆえ」

「名残惜しんでおるのは我等だけかもしれぬがな。。。。。」

女雛の優しげな顔が少し曇って見えた。


3DKの負の遺産。。。。。。。2、3年前に投げかけられた言葉だった。

その時の桃の節句に、この家の女房が雛人形の引き取りを娘たちに打診した。

しかし、娘たちの答えはいずれもNo!であった。その時に口をついて出たセリフが、高度経済成長期の負の遺産、であった。

家名もなく資産もない、庶民キングとも言える自分達には分不相応だと。

たしかに、娘たちの言い分はもっともであった。

この家の雛人形は、この家の主人と女房がまだ若く娘たちもまだ幼い頃に奮発して購入された豪華な7段飾りであった。正直なところ、いくら主人の経済事情が許すからといって3DKの住まいには分不相応な調度品であると言えた。

しかしながら、ちょうどその時期世間はあちこちで分不相応な調度品を整える家庭が増えていた。高度経済成長という夢のような時期がどこまでも続き、生活の変化というものがないという前提がなぜか信じられていたためだ。

女の子のいる家には雛人形、男の子のいる家には鯉のぼりが当たり前のように整えられていった。

モノの本来の意味や役割などは、ほとんど考えられていなかったのだろう。なぜ、それが必要であるのか。。。

もっとも、歴史の流れから見た一瞬の好景気に浮かれていたのは、この屋の主人だけではないので誰を責めるわけにもいかないだろう。

どちらにせよ、祈りと願いの象徴は時代と主に変化をするものなのだと思う。それについて思うところはあれ、男雛自身は仕方のないことだと思っていた。

しかし、人形として形のみとはいえども従者があり妻として仕えてくれるモノがある以上、不用品としての終焉は少々悔しい気がしていた。

「皆の者。。。すまぬ。我の力が至らぬばかりに重要無形文化民俗財にも高価な骨董品にもなれなんだ。。。。」

男雛は少し顔を陰らせ静かに嗚咽する。実際に人形であるので表情が変わることはないが、全身から申し訳なさを滲み出している。

申し訳なさや悔しさを滲み出す男雛に対して、その他の人形達は驚いていた。


そんな大それたこと考えてたんだ。。。。


わしら高度経済成長期の大量生産品じゃん。。。。


有名な人形師の作品でもないのよ。。。


どう間違ってもゴミか寺だろ。。。


数がありすぎてリサイクルショップにすら引き取ってもらえないよ。。


中古になっても骨董品になるような年月経ってないし。。


各人形思惑は様々だが、男雛の壮大と言える野望に引き気味だった。だが、とても真面目に無念を感じている男雛に対して胸の内を口から外に出す人形はいなかった。

それに、中古品やゴミとして無体な扱いを受けるよりも、寺社仏閣で弔われる方が何倍もマシだろうとも皆思っていた。高度経済成長期の負の遺産であり続けるよりは、いくらもましな終焉であるだろうと。。。。。


このなんとも言えない空気を突き破ったのは、この上なく楽しくてしかたがないといった感じの女雛の高らかな笑い声だった。女雛はひとしきりコロコロと笑った後、他の人形たちの注目を浴びていることに気がつき、あわてて扇で口元を隠した。

「う、上様。すいませんはしたないことで」

女雛は自分の出した笑い声に自分で驚きながら、まだ肩を震わせていた。男雛は普段の女雛とは違う様子にオロオロしながら声をかける。

「姫いかがいたした?やはり、処分されるのは怖いのか?」

「はい、恐ろしゅうございます」

男雛の問いかけに、恐ろしいと答えながらも女雛は笑い涙をこらえているように見えた。

下の段からも三人官女の一人が不安そうに声をかける。女雛は、三人官女に微笑み返すと、ほがらかな顔のまま男雛に目を向けた。

「でも、上様とご一緒で良かった」

女雛は満面の笑みで男雛を見つめ頬を染めた。

「我らは人形ゆえ、その営みも感情も人の真似事で上っ面でありましたが、上様は上っ面ですら真剣であられました。どうすれば、娘たちが喜び女房が笑ってくれるか主人の面目が立つかなど、いつもいつも百面相であれこれ考えておられて。。。お顔を見ているだけで楽しかった。。。私は上様のお側にいられて幸せです」

さらに女雛は幸せで仕方ないといった顔をしながら続ける。

「上様。私たちにどういう常世があるかは存じませぬが、黄泉比良坂でも根の国でも必ずご一緒いたしましょうね」

微笑む女雛とは対照的に男雛は姫を呼びながら大泣きしていた。

大泣きをする男雛を横目に下段から笑い声が起こり、いつの間にか全部の人形たちが笑い出していた。

「なんとも、独り身にては目の毒にて。。。」

「我らは共働きのものにて、他には行くところもありません。嫌でも邪魔でもお供仕ります」

「姫さまと殿が参られるというなら、我らは天香山や壇ノ浦の底でもついてまいります」

皆がにこやかに男雛と女雛を囃し立て、男雛は鼻水をタラさんばかりに泣き叫ぶ。

「我は果報者である!姫!皆の者!例え世がついえるとも我と一緒だ」

「はい、上様」

「仰せられますままに」


桃の節句が過ぎ人間達が月日が早いとぼやきながら桜を眺める頃、とある寺に一式の雛人形が供養のため納められた。その後、厄除け祈願が主なお寺であったがどこからともなく良縁を得られるとの噂が立つようになったらしい。






お楽しみいただけたら幸いです。

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