side 健太郎
少し近付けたと思うと、すっとすり抜けていく。
まるで、傷ついた臆病な子猫を餌で釣って、近寄ってくるのを待ってるような気分だ。
コーヒーはホットのブラック派。
スイーツには紅茶。
洋食と和食なら和食。
好き嫌いはほとんどないが、辛いものやパクチーが好き。
映画はロマンスよりサスペンス。意外とアクションやホラーも好き。
ジャスミンの香りが好き。
冷え性で頭痛持ち。
お酒は付き合い程度だがそこそこ飲める。
一緒にいる時間が増えると、彼女の好みは少しずつわかってきた。
何をしても喜んで見せてくれるから、本当にほしい言葉も、本心でしてほしいことも、わかりにくい。
涙も悲しみも、文句やわがままも、全部受け止めたいのに、見せてくれるのは作り笑いばっかりで。
好意的な姉の麗と、警戒心の強い妹。
優の姉妹がバイト先に食事をしにきたとき。
「あれぇ、優は来なかったの?」
「用事あるみたいで」
ちょっと…いや、かなり、優の様子が気になっていたのに。
酒に酔って、送ってくれた優にキスをしてしまったあの日からなんとなく後ろめたさがあったのもある。
優が何も言わないのをいいことに黙っていたが、話さなきゃいけなかったのに。
「クリスマスはどうするの?」
「まだ決めてないんですけど、プレゼント迷ってて。何がいいと思います?」
将を射んとすると者はまずは馬を射よ。
この言葉が頭をよぎったことは認めよう。
クリスマスプレゼントの相談をすると、麗と愛はあれがいいこれがいいと案を出してくれる。
「わたし、一緒に買いにいこっか?」
プレゼントを考えているのが楽しくなってきたらしい愛がそう申し出てくれた。
「愛、あんた自分の好みで選ぶつもりでしょ」
「えー、選ばないよ!」
「じゃあ何選ぶ??」
例えばお財布ならココ、バッグならこういうの、と、優の好きそうなものをつらつら上げてくれる。
「へー、意外とちゃんと好み知ってんのね」
「そうだよ!」
「すごいな愛ちゃん。じゃあお願いしようかな。」
ふふん、と得意げな愛に健太郎は協力を依頼した。
これがまさか裏目に出るとは思わなかった。
実際には「優ちゃんはこういうの好き」「優ちゃん昔こんなこと言ってた」と、大好きな姉の話を楽しそうにする愛の話を楽しく聞きながら買い物をしていただけで、やましいことは何一つないのだが。
◇◆◇
調子悪そうなのは気付いていたのに、12月の忙しさとに加えて、シフトが合わなくてあまり話せなかった。
おそらく、避けられている。
頬に手を添えて目を合わせた。
うるうると揺れる瞳。
こぼれそうでこぼれない涙。
「……目、見て言って」
その涙は、何。
「…んで、綺麗に別れさせてもくれないの…?」
ぽろりと、一粒涙がこぼれた。
ーーーあ、美しいな。
焦る気持ちと裏腹に、その涙に、濡れたまつ毛に、見惚れていた。
泣かせたいわけじゃない、悲しませたいわけじゃない。
でも同時に、その表情に感情に触れられるのが嬉しくもあった。
◇◆◇
「…ろう、健太郎?お待たせ」
「ああ、うん」
ボーッとしていたらしい。
ショッピングモールに買い物に来ていたことを思い出した。
優が健太郎の服の袖をツンツンと引っ張って、顔を見上げている。
「行こっか」
見つめたら目を逸らさずに見つめ返してくれるようになったのも。
自然と手を絡めてくれるようになったのも。
歩くときに半歩後ろから隣に並んでくれるようになったのも。
キスしたときに頬を染めながら微笑んでくれるのも。
「どうしたの?」
「んー?」
その些細な変化に気付くたび、舞い上がるほど嬉しくなるのに。
「楽しそう」
優は意識していないんだろうな。




