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side 健太郎

嫌われてはいないはずだ。

だから、逃げ道をなくせば、なし崩しに付き合えると思った。

長期戦は覚悟の上で。


「はじめまして。澤村優です。土屋さんが仕事教えてくださると聞きました。よろしくお願いします。」


まず、第一印象がよかった。


礼儀正しく、やわらかい笑顔、誰にでも変わらない態度、真面目な勤務姿勢。


「あれ、ここにあったゴミ片付けてくれたの、もしかして澤村さん?」

「はい」

「大変だったでしょ。重いのに」

「舐めないでください?意外と力持ちなんですよー」

「はは、頼もしい」


真面目だが、冗談も通じるし、よく気が利く。


身長は高くないけど、しゃんとしている。

よく働いて、何でも一人でこなしてしまう。こちらが歯がゆくなるくらい。


残ってマニュアルを読んだり、メモを見返したり、早くに来て予約リストを確認したり。

器用に仕事をこなす裏で、たくさん努力をしていたのを、知っている。


そしてよく気がつく。気が利く。仕事がしやすい。



「なんかいいな」。人を安心させる空気感と、簡単に近づけない気高さ。


気がついたら、目で追っていた。


「優」


名前で呼ぶようにして、名前で呼ばせるようにして。敬語もやめさせて。


「この後飯行かない?」

「いいよ。みっちゃんも行くー?」


そして、これだ。


ぱちくりと、ゆっくり瞬きをして、みのりが健太郎に目配せする。


「…みっちゃんも、空いてたら一緒に行こう」

「え、えー、いいんですかぁー私もご一緒してぇ」

「健太郎とみっちゃんはもう上がりだよね?よかったら2人で先に行っててね」

「連絡する」


仕事引き継ぐねとホールに戻る優を見送りながら、みのりは眉を寄せていた。


2人で先に入ったカフェで、彼女は不機嫌そうにジューと行儀悪く音を立ててジュースを啜った。


「あたしも来てよかったんですかー?健太郎さんがああ言うから、行くって言っちゃいましたけど。ほんとは2人で来たかったんでしょう?」

「いいよ。脈ナシなのがよーくわかった。」

「…んー、気がないなら、ご飯もはっきり断るんじゃないかなぁ。優さんなら」

「やっぱそう…?」

「と、思いますけどー。なんか意外です。優さんってこういうのすぐ気付きそうなのに」


勘のいいみのりにはすぐに気付かれた。

隠してもいないのだが、2学年下のみのりは入って1ヶ月くらいで把握していた。

同じくらい、仕事でも人の心にも察しがいいはずの優は、こと自分への好意に関しては鈍いらしい。


「ストレートに告白するしかない気がします。」

「好きです付き合ってください、くらい、わかりやすくね。」

「そう思いますよぉ」


友達や後輩にも、姉と妹にもこんなに愛されて、信頼されているというのに。

当の本人ときたら。


肩肘張って、一人で全部やろうとする。

甘えない。隙がない。

甘やかしたい。


やわらかい笑顔の中に垣間見える寂しさとか、たまに悲しを湛える瞳が見ている先とか、心に触れたいのに。



ようやく触れた弱い部分。

「嫌な思い出があって」という、そのトラウマを植え付けた相手への怒りと、怯えて、震えているのに、手を伸ばせないもどかしさ。


ーーーああ早く。その涙をふいて、抱きしめる権利を俺にちょうだい。



思い知った。

そんなことじゃ諦められないくらい、好き。





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