綺麗な思い出に
このままじゃダメだ。
久しぶりに話す機会があったのは、始まりと同じ、バイト終わりの帰り道。
「顔色悪い」
「最近忙しくて眠れてなくて。今日は早目に寝るよ。チーフにも心配されちゃったしみんなに迷惑かけられないもんね」
早口にならないように、声が明るくなりすぎないように少し抑えて、唇の端をキュッと上げる。
誤魔化すのには自信があった。
「……優の悪いところ。強がりが強がりに見えない。」
「え?」
「無理に笑うなよ。俺が気を遣わせてるみたいじゃん」
やわらかい声に目が潤みそうになる。
ーーーだめ。
みのりみたいに、自分のことが好きじゃなくても一緒にいれたらいいと言えるほど、強くなれない。
でも、せめて健太郎の幸せは願いたいと思った。
「別れよう」
それは、静かな懇願だった。
「なかったことに、して」
なかったことにしていい。
健太郎は忘れたら、いい。
たった一度のキスも、誰も知らないまま、優だけが覚えているから。誰にも言わないから、ちゃんと笑えるようになるから、せめてそれに縋らせて。
「何で?…やっぱり好きになれない?」
好きだと告げてしまいそうになる口はぎゅっと結んで、小さく頷いた。
「……目、見て言って」
そっと優の頬に触れて、健太郎の方を向かせる。
やっぱりまっすぐに優を見据える瞳に、嘘をつけるはずがなかったのに。
「…んで、綺麗に別れさせてもくれないの…?」
ぽろりと、一粒涙がこぼれた。
「は…?」
また、一粒。
「…私のことなんか好きになれないくせに…」
健太郎だって愛のように素直で甘え上手で可愛い女の子がいいと思ったくせに。ちょっと毛色の違うタイプを摘まみ食いしてみたかっただけのくせに。
だったらせめて、綺麗なままの思い出が欲しかったのに。
それなのに健太郎は、怪訝そうに問う。
「…どういうこと?」
このまま口を開いたら、取り返しがつかない。優は目を閉じて深呼吸した。
落ち着いて、冷静に、話をしなければ。
自身に言い聞かせる。できるはずだった。これまでもそうしてきたのだから。
それなのに、まだ彼は柔らかく囁く。
「俺は優が好きだよ」
心が凍りつく感覚。
なんて、悲しい響きなんだろう。
「うそつき」
涙はもう何にも阻まれずにこぼれ落ちていた。
「可愛い子の方がいいんでしょ。何の取り柄もない私よりあの子の方がいいと思ったんでしょ」
「え?優」
「私なんか並んだってあんな風に似合わないもの…!!」
どこから見ても、理想的なカップルだった。
優が健太郎の隣に並んだって、あんな理想のカップルには見えない。
「ま、待って!全然身に覚えないんだけど」
「先週」
「先週?」
「買い物、してたでしょ。…愛と。」
ハッと息を飲んで気まずそうな表情になった。
「見て…」
それが答えだった。
思わず笑ってしまいそうになった。
この期に及んで、ほんの少しでも否定の言葉を期待していたなんて。
「ごめんなさい。邪魔しないから。私のことは気にしないで、いいから」
面喰らったような顔の健太郎に、さようならと呟いて、背中を向ける。
その場を去ろうとする優の手を健太郎がつかむ
「優、誤解」
「聞きたくない!」
優の手を掴んだ手を力任せに振り払った。
「可愛気がないのも隣にいて釣り合わないのも私が一番わかってる…!も、十分でしょ?」
自分を守るように、自分を抱きしめる。
「もう傷付くのはいや」




