真夜中のバー
あの日、愛から夕飯食べてくるからいらないとメッセージが送られてきた。
誰と、とは聞かなかった。
もう1週間くらい前になるだろうか。
健太郎とはあまり話していない。
シフトが被らないか、一緒になっても忘年会シーズンで話す暇もなかった。
忙しくてちょうどよかった。
時間があると、思い出してしまうから。
「おー、おかえり!よかった帰ってきた〜」
「麗ちゃん!明日帰ってくるんじゃなかったの?」
「ホームシックになっちゃって今日のうちに帰ってきたわ〜やっぱ我が家が一番」
バイトで疲れて帰ると、出張でいないはずの麗がリビングでくつろいでいた。
「優、ちょっと痩せた?」
「そうかな?そんなことはないよ」
麗は優の頬に手を当てて親指でスッと目元を撫でた。
「っていうかやつれた?上手く隠してるようだけどあたしの目は誤魔化せないわよ。寝てないでしょ?」
「ふふ、麗ちゃんには隠せないね。ちょっとレポートが重なってたんだー。それなのに夜中に映画も見ちゃって。おすすめだから麗ちゃんも観なよ」
ふぅん、と疑うような視線を優に向ける麗に対して、あくまでシラを切るつもりだった。
優が踏み込まれるのが嫌だと意思表示をすれば、大抵麗は折れてくれる。
「ま、いいわ。ちょっとこれから飲みに行くの付き合ってよ。」
「え」
「グイッと行きたい感じなんだよねー!せっかく金曜日なことだし!」
「私、」
「『レポートを頑張った優ちゃん』のお疲れ様会ってことで?特別にお姉さんが奢ってあげるし?」
「……ハイ。」
折れてくれたのかは微妙だが、話し相手をしてくれるというのは有難い。
麗がニヤリと不敵に笑ったのを見て、頷いたことを早々に後悔した。
◇◆◇
連れて来てくれたのは麗の行きつけだというバーだった。
「マスター、あたしいつもの。この子は、そうだなー、オレンジブロッサムねー」
マスターと呼ばれた壮年の男性は、カウンター席を案内してにこやかに頷いた。
「わーおしゃれ」
「でしょう。落ち着くよねぇ」
「愛も成人したら一緒に来たいね」
「愛がお酒飲めるイメージ全然ないんだけど」
「まだ高校生ですからね。」
「ママはお酒強いけど、パパあんまり飲まないからどっちに似るかね」
「楽しみだね」
麗が選んでくれたカクテルは飲みやすくてスルスル飲めてしまう。
ナッツをつまみながら、麗の仕事の話を聞く。
「で?健太郎くんと上手くいってないの?」
「ん…そんなことないよ」
ひとしきり話して満足したのか、麗はそう切り出した。
上手くいくいかないの話ではない。元々、優と健太郎の関係は微妙なものなのだ。
「健太郎くん、優のこと大切にしてくれそうだけどなぁ」
「私のことなんか好きじゃないよ」
彼は。否。
彼も。
「何でよ」
「好きになるわけないじゃない」
「はぁ?何バカ言ってんの」
麗にしたらバカなことかもしれない。
「好きだって言われたんでしょ?」
麗にはわからないのだ。何の取り柄もない優の気持ちなんか。美人で誰からも評価されて好かれる麗には。
酔っているのかもしれない。目の前に置かれた洒落たグラスが少し揺れた。
「私を見てくれるかと思ったの」
真剣な瞳から目が離せなかった。
この人は愛してくれるかも、なんて。
そんなわけ、なかったのに。
きっと優が健太郎の周りにいない珍しいタイプだっただけで、ただの気まぐれだ。
そうじゃなきゃ、見目もよくて優しくて、女に不自由しなさそうな人が優を選ぶわけない。
気まぐれで、デートに誘って、手を繋いで、好きだと言ったのだ。
あの手の温かさも、嬉しそうに笑うのも、特別なんかじゃなかった。
「すき、なの」
簡単に好きだと言わないから、躍起になってただけなんじゃないの。
こんなに好きにさせて、どうしてくれるの。
「バカね。ちゃんと本人に言ってあげなさい」
麗は、どうせ何も言ってないんでしょうとわかった顔で、優の頭を撫でた。




